【テーマ2】気候変動に対する地域単位の包括的な適応戦略の解析・創出
櫻井 玄
Gen Sakurai
テーマリーダー
農業・食品産業技術総合研究機構/農業環境研究部門
数理モデルと統計的な手法を用いて、植物生理学的な現象に関する数理モデル解析や作物に対する気候変動影響評価、土壌炭素動態の数理解析などを行ってきた。様々な分野に対する数理モデル構築と統計解析を得意としており、南オーストラリア大学のPhenomics and Bioinformatics Research Centreにおける応用数学的な研究や全球作物モデルの国際モデル比較プロジェクトへの参画など国際的な連携も行いながら、農学における数理・統計モデル研究を進めている。
概要
気候変動は農業や洪水、森林、水産業に大きな影響を及ぼし、それぞれの分野で研究が進められてきた。しかし適応策は個別に議論されるのではなく、地域という単位で分野横断的に統合して考える必要がある。たとえば洪水被害は強度だけでなく土地利用にも依存し、農業においても品種開発に加え洪水リスクや最適栽培地域を考慮することが重要である。本テーマでは、農業・河川・森林・水産業の知見を統合し、高解像度かつ経済的視点から適応策を評価する。そのうえで、相乗効果やコンフリクトを分析し、包括的な地域適応策を提示する。人口減少と気候変動という現実的課題に対応するシステムチェンジも視野に入れ、実践的な適応への足がかりとなる研究を目指す。
目標
農業と流域治水、森林管理、水産業に関する様々な気候変動適応策を、それぞれの分野について網羅的に高い空間解像度でその経済性含めて詳細に評価するとともに、それらの分野の各適応策の分野間のシナジー的な効果やコンフリクトになる要因を探索する。また、それらの分野間の知見を統合し、農地利用の変換や氾濫許容範囲の選択も含めた地域の土地利用や産業構造自体の変化まで含めた、俯瞰的な適応策を評価・提案する。得られた知見をデータベース化し、テーマ1の気候変動適応実践支援システムの構築に寄与するとともに、地域適応計画だけでなく、現在の地方の政策立案と改革にも資する知見を提供することを目標とする。
【サブテーマ2(1)】農業における適応策の広域的・包括的施策の評価と提案
サブテーマリーダー
櫻井 玄(農業・食品産業技術総合研究機構/農業環境研究部門)
概要
本研究の目的は、将来の気候変動下における農業分野の地域適応計画に貢献するため、イネや穀物、野菜、果樹など多様な作物に対して包括的な適応策を評価・提案することである。これまで農業への影響や適応策は多く検討されてきたが、品種変更の広域的効果や根菜類などマイナー作物の評価、肥料コスト・補助金・農業人口といった社会制度的要因の考慮は不十分であった。さらに、河川氾濫や土砂災害、獣害など他分野との関連性が十分に解析されていない。そこで本研究では、作物転換の費用便益評価や農業人口動態など社会的変化を含めた適応策の広域評価を行い、災害リスクや環境変化との相互作用も踏まえて、将来の農業の可能な姿を提示する。また、穀物の霜害・高温障害、果樹や乳牛の適応策、地域別の精緻な予測、過去の野菜適地の移動分析など、既往研究の更新も進める。全国規模の多様なデータ収集に基づき、データドリブン手法、プロセスベースモデル、実験研究を組み合わせ、多面的な適応策評価を行う。
目標
- 複数作物・品種や農業・家畜経営を包括的に捉えたうえでの適応策を評価・提案する。
- 河川洪水や森林の土砂災害、獣害などの農地周辺環境を加味した上での土地利用を評価・提案する。
- 農業就労人口の変化など、各地域の社会環境要因を考慮したうえでの現実的な適応策を評価・提案する。
- 上記にあげる包括的な適応策だけでなく、これまでの農業に対する影響・適応策研究をさらに精緻化させていく。
研究対象と計画
(包括的な視点)
- 多数の作物・品種について気候変動の収量への影響と適応策効果の評価
- 日本全国の農地の災害確率などのインデックス化(他のサブテーマとの共同)
- 農業の経営指標まで加味したうえでの適応策評価
- 農業就労人口の増減に対する要因解析
- 過去において作物転換がどのようにされてきたか、過去のイベントに関する解析
(精緻な視点)
- 北海道(大規模栽培)や新潟(稲作中心)など地域に特化した影響・適応研究の精緻化
- 畜舎の遮光や果樹の品種変換など有用な適応策の精緻な評価とそのポテンシャルの評価
- 穀物類への霜害や極端な高温による障害など気象イベントへの適応策の評価
【サブテーマ2(2)】河川洪水被害減少のための包括的適応策の評価と流域治水策の提案
風間 聡
So Kazama
サブテーマリーダー
東北大学/工学研究科
増加する洪水被害に対して人口減を好機とした適応の推進を目標に、サブテーマ2(2)において数値計算に基づいた洪水被害と適応策の評価を進めている。洪水適応策には氾濫を許容した上流の自然再生や中流の遊水地を主に対象にしている。専門は水文学。
概要
上流域の無人集落への氾濫と中流域の農地への氾濫を表現できる数値モデルを開発する。統括班が提供する最新の気候シナリオと社会シナリオに応じた被害額や適応策の便益を求める。数値モデルは土地利用変化や河道、植生を反映でき、様々な適応条件から費用便益を計算する。成果として日本全国の洪水氾濫適地を1kmの分解能の地図情報で発信する。サブテーマ2-3森林の成果を反映した食害や植生変化などの条件による被害額の推定を2050年と2100年時点で求める。中流においてはサブテーマ2-1農業の成果をもとに最適な品種や氾濫による品質の劣化などの経済損失を求める。これらをもとにした上流中流氾濫原に適した土地利用政策を示す。
目標
- 洪水氾濫モデルならびに経済評価モデルの構築
- 上流・中流の適応策とその適地の特定
研究対象と計画
- 影響予測・適応策評価データベースの構築
- 上流無人域の氾濫モデルの開発
- 氾濫原農業の可能性評価手法の開発
- 適応実施主体(地方公共団体等)の適応策の実現性評価
- 科学的知見(影響予測・適応策評価)の提供方法の検討
【サブテーマ2(3)】森林管理・森林域害獣管理・土砂災害被害低減のための広域的・包括的適応策の評価と提案
中尾 勝洋
Katsuhiro Nakao
サブテーマリーダー
森林研究・整備機構/森林総合研究所 関西支所
森林域における気候変動影響の検出や予測に基づく適応策の推進を目標に、サブテーマ2(3)で参画する研究者らと共同しながら研究を進めている。また、市民や政策決定者らとの対話を通じて、研究成果の社会への実装化にも取り組む。専門は森林生態学、植生学。
概要
気候変動による1)スギ、ヒノキ等の人工林樹種の成長量予測モデル、2)過去の災害データに基づく土砂災害リスクモデル、3)深刻な獣害をもたらすニホンジカ等の生息密度予測モデルを高度化する。これらをもとに、要素間の相互関係を考慮した統合モデルを開発し、気候変動適応実践支援システムに資する、地域単位の包括的な適応戦略の評価と提案を行う。
目標
- 森林域における気候変動影響予測の高精度での予測
- 対象とする要素間のシナジーやトレードオフを組み込んだ統合評価モデルの開発
研究対象と計画
- 高温・乾燥ストレス等による人工林(スギ、ヒノキ、カラマツ)への影響予測モデル開発
- 豪雨の増大等による土砂災害リスクの影響予測モデル開発
- 気候や土地利用等の社会的要因の変化によるニホンジカ等の生息密度予測モデル開発
- 前述3要素間のシナジーやトレードオフを組み込んだ統合評価モデル開発
- 森林や流域管理に関する既存施策や海外事例の整理と国内で適用可能な適応策オプションの検討
- 気候変動及び人口減少時代における森林管理策を創出し、他サブテーマと共同し地域単位における包括的な適応策の提案
【サブテーマ2(4)】水産業における地域の特性に合わせた効果的な適応策オプションの評価と提案
木所 英昭
Hideaki Kidokoro
サブテーマリーダー
水産研究・教育機構/水産資源研究所 底魚資源部
これまで日本海におけるスルメイカを中心に海洋環境の変化による水産資源への応答特性を研究してきた。近年は気候変動による水産業への影響と適応策を社会経済的な視点を含めて研究を推進している。また、日本海におけるズワイガニやマダラなどの主要水産資源の資源評価のとりまとめも担当している。
概要
近年、日本各地域で水産分野への気候変動の影響が顕在化するとともに、様々な適応が進められている。冷水性魚介類の不漁や磯焼けによる磯根資源の減少に対して、暖水性魚介類の消費推進や植食性魚類の駆除、藻類養殖の適応策などが実施されている。本研究では、地域特性に応じた適応策を体系的に整理し、組み合わせることで水産業の総合的な適応策オプションの開発を目指す。
目標
- 藻類養殖における気候変動の影響評価と適応策(飼育技術・高温耐性品種)のオプション提示
- ホタテガイやマガキにおける既存の適応策の効果と気候変動による適応限界の把握
- 気候変動による岩礁性藻場生態系の変化と磯根資源に与える影響把握、社会的な変化も考慮した適応策のオプション提示
- 底魚類・沿岸域の漁業資源における魚種組成の変化予測と流通・消費も含めた有効利用方策のオプション提示
- 適応策の効果と限界をもとにした各地の水産業における総合的な適応策オプションの構築
研究対象と計画
- 藻類養殖では、コンブ(数品種)、ワカメ、ヒジキ等を対象に、水温、栄養塩類等の環境条件を考慮したモデルを作成し、複数の気候シナリオを用いて適応策の効果を検討する。
- ホタテガイやマガキについても既存知見を基に複数の気候シナリオを用いて将来予測し、温暖化レベルによる影響評価と既存の適応策の限界を把握する。
- 岩礁性藻場では、道東、三陸沿岸、瀬戸内海および九州沿岸での現場調査と既存データの収集によって藻場構成種等の変化を把握する。
- 岩礁性藻場の変化による磯根資源(ウニ類、アワビ類、サザエ)の生理・生態的な応答を明らかにし、将来予測を行うと共に、磯根資源に対する適応策を検討する。
- 底魚・沿岸域の漁業資源においては、最新の海洋環境データセットと漁獲情報を統合し、これらのデータセットをもとにした気候変動による分布予測モデルを作成する。
- 作成した底魚・沿岸域の漁業資源の分布予測モデルと最新の気候シナリオ(複数)を用いて将来予測を行い、魚種組成の変化を明らかにするとともに流通・消費も含めた効果的な利用方策を検討する。
- 以上で得られた、養殖業、岩礁性藻場・磯根資源、底魚・沿岸域の資源における適応策オプションを組み合わせるとともに、社会経済的な変化も考慮して各地の水産業における総合的な適応策オプションを検討する。
想定している適応策
- 適応限界をもとにした藻類養殖の適正種選択
- 岩礁性藻場の構成種に応じたウニ類の適正密度管理
- 各地域の魚種組成の変化に応じた流通消費活動
- 気候変動に頑健な業種・対象種に特化した各地域の水産業体制構築
- 沿岸地域の水産業振興による気候変動への社会経済的対策