【テーマ5】気候変動に伴う健康影響に関するデータ収集・データドリブンな解析
横堀 將司
Shoji Yokobori
テーマリーダー
日本医科大学/大学院医学研究科
救急医学を専攻しつつ、低体温症や熱中症等、環境障害について臨床・基礎研究を進めてきた。本テーマでは、従来、迅速性の高い情報収集が難しかった熱中症の発症を、スマートフォンアプリを用いて認識し、悉皆性・即時性の高いデータを収集することを主題としている。さらにはGISデータを用い、熱中症発症の地理的要因をリアルワールドデータから紐解くことで、熱中症被害者の半減を目指す。専門は、救急医学、脳神経外科学、外傷学、集中治療医学。
概要
暑熱環境による健康被害の実態把握のためには、厚労省発表による死者数、レセプトデータ、総務省発表による救急搬送者数や学術団体の調査データなどが活用されうるが、即時性の高い発生者数の把握は難しい。またこれらの多くが、救急患者や病院受診者等、医療機関にリーチできた患者からのデータ取得であり、死亡に至る重症熱中症患者の予備群となる、軽症・中等症患者の行動様式や患者を取り巻く環境については明確になっていない。さらには、熱中症の発症から重症化、死亡といったタイムラインを追っての個々の患者評価自体が困難であり、労働、学校現場、医療機関、解剖例などにおけるデータを繋げての、患者の経時的評価と発症要因の抽出にも課題がある。個別の環境対応における成果を最大化するためにも、熱中症対策に必要な基本的データ・研究の熱中症プラットホームとなる領域横断的研究が必須である。
本テーマは熱中症の初期診断、予防啓発から医療機関への受診誘導、患者重症化予防を促し、個々の患者データを領域横断的に取得する熱中症アプリを開発する。発症時の位置情報(屋内・屋外)・発症様式(運動・安静時)環境(WBGT・エアコンの使用等)の情報を個々の患者よりタイムリーに取得することにより、WBGTの絶対値のみによる熱中症警戒情報、特別警戒情報の発表に資するアラートの補足因子たるべき情報を収集し検討する。
目標
地域性や季節性、年齢や労作等をも加味した重み付けによる熱中症予防に資する情報提供を行う、より粒度の高いデータを基にした熱中症予防を推進し、重症熱中症患者数や死者数を減ずる。また、アプリ開発において、今までコラボレーションがなかった分野をつなぎ、分野横断的研究によりシナジー効果を新たに生み出す熱中症予防の方略を開発することを目指す。
【サブテーマ5(1)】熱中症アプリの開発と環境リスクデータの分析
サブテーマリーダー
横堀 將司(日本医科大学/大学院医学研究科)
本サブテーマでは即時的かつ領域横断的にデータ収集が可能となる熱中症プラットホームを開発したうえで、熱中症患者発生時のWBGT等環境因子や年齢、既往歴等の患者因子を追跡し、関係領域と連携する。健康アウトカムのみならず、年齢、既往歴等の患者情報、暑さ指数等の環境情報、労働・学校現場の具体的な情報、緯度・経度といった位置情報など、熱中症対策に必要な基本的データをとりまとめる。多領域における取組を相互につなぎ、総合的かつ計画的な研究を推進可能とする基盤整備を行う。これにより労働環境や学校現場などの発症危険因子の同定、患者生命転帰、機能転帰、解剖例の詳細なデータなどの健康アウトカムデータを連結した横断的解析が可能となる。
概要
暑熱による熱中症の死亡数は増加している。近年では年間1,000人を超える年が頻発し、自然災害による死亡数をはるかに上回っている。重度熱中症の予防のためには、国民に一次予防を促すことが最も効果があると思われるが、暑熱による健康被害の実態把握は依然十分でない。特に即時性の高い発生者数の把握は難しく、環境省による熱中症警戒情報の発表はWBGTの絶対値のみにより判断されている。また、暑熱健康被害の把握については現状、医療機関にリーチできた患者のみであり、軽症患者の行動様式や取り巻く環境については明確になっていない。さらには熱中症の発症から重症化、死亡といったタイムラインを追っての個々の患者評価自体が困難であり、労働、学校現場、医療機関、死亡例などにおける横断的データを繋げた患者の経時的評価と発症要因の抽出にも課題がある。本サブテーマでは、ポピュレーションアプローチ(一次・二次予防)とハイリスクアプローチ(三次予防)を有機的に組み合わせた影響評価・適応のデータを学際的にシェアし、社会の適応行動を促進する方略を検討する。

目標
本サブテーマの目標は以下を設定している。
- 即時的かつ領域横断的にデータ収集が可能となる熱中症プラットホームを開発
- 警戒情報の発表基準補足因子になりうる情報の提供
- 中期目標到達(熱中症死亡者数半減)に向けての科学面で効果的な政策立案を支援する提言
- ① 熱中症アプリの開発とテストラン
日本救急医学会熱中症ガイドライン2024における重症度を参考に、一般市民が使用するスマホアプリケーションを作成する。患者が病態を入力するとそれに見合う重症度を判定し、応急処置を周知させる、あるいは救急車の通報を促す、または近隣の医療機関まで案内する構造とする。 - ② 熱中症診断チャットボットの開発
どのようにアプリケーションを入力してよいかわからない場合や、医療用語に詳しくない一般市民のためにチャットボットを開発し、患者との音声会話や入力でのやり取りから患者の状態を把握し、重症度診断を行う。 - ③ サブテーマ5(2)、サブテーマ5(3)との連動による熱中症弱者(要配慮者)を対象とした環境リスク評価および領域横断的・学際的熱中症環境リスク評価
熱中症アプリの中の調査項目において、熱中症弱者(要配慮者)を調査する項目や、あるいは領域横断的に評価すべき各項目を集約し、データを前向きに取得する。これにより、労働、スポーツ、住環境など、各領域における取組の熱中症予防の有用性を評価する。 - ④ モデル地域の策定と実証研究
モデル地域(都市部と地方部)を選定し、熱中症アプリケーションの実証を行う。実証後に検証を行い、そののちに全国展開を行う。より正確なデータ取得のためには、広く普及する必要があり、広報活動を行う。 - ⑤ GPSデータに相応する環境因子の同定
患者が使用した地点におけるGPSデータを元に、相応する環境因子との同定を行い、危険因子を調査する。特に地域のWBGTデータとの突合・発症者数・死者数との比較を行うことで、各地域での重症熱中症が発症する閾値を検討する。熱中症警戒情報等の地域別、季節別等の閾値を検討し、警戒情報の発表基準補足因子になりうる情報提供システムの整備を行う。 - ⑥ アプリケーションから得られるデータを用いた予防効果の判定
アプリにより示された応急処置や指定暑熱避難施設の使用の有無による予防効果を検証する。ポピュレーションアプローチ(一次・二次予防)とハイリスクアプローチ(三次予防)を有機的に組み合わせた社会の適応行動を促進する方略を検討し、市民、政策立案者に提言する各地域での重症熱中症が発症する閾値を検討する。
【サブテーマ5(2)】熱中症弱者(要配慮者)を対象とした環境リスク評価
神田 潤
Jun Kanda
サブテーマリーダー
日本医科大学/大学院医学研究科
日本救急医学会「熱中症及び低体温症に関する委員会」において、熱中症の予防と治療法に関する研究を推進し、「熱中症診療ガイドライン2024」や「新型コロナウイルス感染症流行下における熱中症診療の手引き(初版・改訂版)」を取りまとめた。プロ野球やJリーグなどのエリートスポーツから、高齢者施設や少年スポーツなどの熱中症弱者(要配慮者)まで、幅広い対象に対する熱中症対策に携わっている。熱中症予防にはウェアラブルデバイスやアプリケーションの開発が有効であると考え、「アラームへの反応から意識障害の程度を判定する熱中症予防システム」(特許第7742132号)を発明した。近年は、気候変動に伴う暑熱リスクの増大を背景に、個人レベルでの生理的モニタリングと社会実装の融合を目指した研究を推進している。
概要
高齢者、特にセルフケアが困難な認知症患者や精神疾患患者、小児・乳幼児などは、熱中症の早期発見が難しく「熱中症弱者(要配慮者)」とされている。日本救急医学会による全国規模の熱中症調査(Heatstroke STUDY)では、日常生活中の高齢者における非労作性熱中症が全体の50%以上を占めることが明らかになった。
2030年に熱中症死亡者数を半減させるためには、熱中症弱者とその支援者をサポートする熱中症アプリケーションの開発・普及が有効である。
目標
本研究の目標は、2030年までに「熱中症弱者(要配慮者)」とその支援者を支える熱中症予防アプリケーションを社会実装し、熱中症による死亡者数を半減させることである。そのために、臨床・疫学・工学・社会実装を統合した多層的なアプローチを展開する。
【基盤データの収集とリスク構造の解明】
- Heatstroke STUDYによる入院患者データの解析
- ウェアラブルデバイスを活用した少年サッカーチームなどでのモニタリング研究
- 検案記録を用いた熱中症死亡例の検討
- 救急救助統計など既存データを用いた気象・災害要因との複合リスク解析
- 気候変動適応情報プラットフォームとの連携による情報統合と分析基盤の構築
【実装・普及による社会的インパクトの創出】
- 得られた知見を基に、リスク回避・早期介入のための指標や行動基準を策定
- 熱中症弱者を支援する人々(介護者、指導者、家族など)を対象とした支援体制の整備
- 熱中症対策における全国的な指針・政策形成への反映
- モデル地区での実証研究を経て、全国への展開と社会実装を推進
【サブテーマ5(3)】領域横断的・学際的熱中症環境リスク評価
島崎 淳也
SHIMAZAKI Junya
サブテーマリーダー
関西医科大学/医学部
重症熱中症の病態解明と重症度・予後予測、治療方法の開発を臨床研究、基礎研究の両面から進めてきた。現在は主に労作性熱中症の発生メカニズム解明、科学的根拠のある予防策策定に取り組んでいる。専門は救急集中治療医学、外傷外科。
概要
気候変動に伴う健康被害は大きな問題となっている。本邦の熱中症患者の救急搬送件数・死亡者数は増加の一途を辿っており、根本的な熱中症対策が求められている。熱中症発症には年齢や生活様式等、様々な因子が関与しているため、学校やスポーツ現場、屋外労働作業の現場においてそれぞれの有効な適応策を明確にし、即時性の高いアラートを発出する必要がある。
しかし、現在我が国の熱中症の発生統計は総務省発表による救急搬送者数などに依存しているため即時性の高い発生者数の把握は難しい。また現状では暑熱環境と個々の患者の熱中症発症から重症化に至る影響を評価することも困難である。
本研究は屋外作業やスポーツ現場における熱中症リスクについてフォーカスし、熱中症患者を減少させるため暑熱環境への有効な適応方法を検討することにある。具体的には、専門家の意見を集約したレジストリ構築、熱中症アプリとの連携によるリアル・ワールド・データの解析、モデル地域での実証研究を通じて、領域横断的・学際的な暑熱環境への効率的な適応策を検討・発信する。
目標
- さまざまな社会活動(労働・スポーツ・学校・マスギャザリングイベントなど)における熱中症発症・重症化に関わる必要調査項目の決定
- 熱中症アプリおよびHeatStroke STUDYに調査項目を実装し、実証実験とReal World Dataによる解析を実施
- 地域や社会活動の内容に応じた予防・適応策の策定と即時性の高い熱中症アラートの発出、熱中症死者数の半減を目指す
研究対象と計画
- 救急医学・労働衛生・スポーツ科学・環境疫学などの専門家の意見の集約と全国アンケート調査
- モデル地域での社会活動における熱中症発生状況の実地調査
- 熱中症アプリおよびHeatStroke STUDYを用いた軽症から重症までのReal World Dataの収集
- 学校・スポーツイベント・労働現場・消防などでの実証実験とリスク因子の同定、予防策の有効性検証
- 収集データの解析による環境別熱中症リスクの特定とアラート基準の設定