新品種の導入や栽培技術の研究で、暑さが作物に与える影響を減らし、持続可能な農業へ

| 取材日 | 2024/11/26 |
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| 対象 | 山口県農林総合技術センター 農林業技術部 農業技術研究室 ・専門研究員 渡辺大輔 花き振興センター ・専門研究員 藤田淳史 |
県全体で力を入れている、米と花きの生産
山口県農林総合技術センターは、「農林業の知と技の拠点」として、人材の育成や確保、新技術の開発や普及、6次産業化の推進などに力を入れられています。農業技術研究室の渡辺さん、普段どのような活動をされているのか教えていただけますか?
渡辺さん:私は普通作物研究グループに所属し、主に米・麦・大豆の研究をしています。業務のひとつが品種の開発と、山口県以外で作られた品種の中から、県の土地に適した品種を選定・普及させていくことです。
そのほか、たとえばスマート農業などの新しい栽培技術をはじめ、生産者のニーズに合った栽培方法の研究もしています。

花き振興センターの藤田さんにも、活動内容についてお伺いしたいです。県内ではどのような花が生産されているんですか?
藤田さん:キク、バラ、カーネーションの3種は、需要が安定しており、昔から山口県で栽培されてきました。その次にユリも多く、今は他県にあまりない小さいタイプのユリや、花粉がなく、ブライダル等で服を汚さないユリなど、特色のある品目が作られています。
生活の中で花はさまざまな場面で使われることから、花屋から多くの要望がありますので、県内でも数百名ほどいる生産者が、多種多様な花を作っています。現在、当センターが力を入れているのはリンドウです。水田で作ることができるうえに、ビニールハウスが不要で栽培に取り組みやすいといった特徴があります。
しかし、リンドウは山口県の温暖な気候からすると作りにくい品目ではあります。夏季冷涼な条件を好むため、涼しいところで育てたほうが病気になりにくい性質を持っているからです。しかし、仏花の安定した需要もあり、生産者の要望が高まってきました。
こうした背景もあり、花き振興センターでは20年以上、その土地に適したリンドウの品種育成に取り組んでいます。また、いい品種ができても栽培技術を確立しないとうまく育ちませんので、技術開発も同時並行で進めているところです。

高温による米の品質低下を避けるため、栽培方法に工夫を凝らす
近年の気候変動で、作物はどのような影響を受けていますか?
渡辺さん:山口県の米の作付面積自体は、日本の米の需要量が減少するに伴って減ってはいますが、現時点で特に気候変動の影響はないと考えています。
気候変動の影響を受けているのは、米の品質です。米が熟れる時期に高温にあたると、玄米が白く濁り、等級が下がってしまうのです。せっかく収穫しても米の価格が下がるため、生産者の所得にも関わります。
また、米の品質が悪いと食味にも影響しますし、高温が理由でカメムシやトビイロウンカのような害虫が増えやすい環境にもあると感じています。

藤田さん:花きは全般的にハウス栽培されているイメージがあるため、冬季については暖冬ならむしろいいのではないかと思われる方もいらっしゃると思います。しかし灯油や重油の値段がかなり上がっており、生産者の経営を圧迫しているのが現状です。一方で、年によっては寒さが足りず、生育に影響する品目もあります。
一番の影響は、夏季の気温です。ここ数年気温がかなり上昇しているため、出荷時期が変動するという問題が出てきています。特に2024年はかなり暖かい日が続き、花の需要があり最も価格の高い盆や、彼岸前の時期に出荷できなかったものもありました。リンドウは特にその傾向が強く、お盆前に出そうとしていたのに7月中旬に出てしまったものもあったんです。これは山口県だけでなく、全国的にそのような傾向で、各地でお盆時期は品薄状態となりました。
リンドウは、つぼみから開花までの2〜3週間が最も重要な時期なんです。この時期に高温にあたると、青いリンドウのつぼみのまわりに真っ白な鉢巻状の着色不良の模様ができます。ヒートショックによる、生育障害です。
米の場合は多少品質が落ちても出荷できる可能性はありますが、花は外観がきれいであることが求められるため、生産者は出荷できずに大打撃を受けています。

高温による米への影響に対して、どのような取り組みをされていますか?
渡辺さん:2010年も夏がかなり暑くて、山口県の米の品質が低下し、問題になりました。しかしすぐに品種を変えるのは難しいということで、まずは栽培方法でなんとかできないかと、以前取り組んだことがあります。
米に含まれるタンパク質の量を減らすことで食味を良くすることができます。そのためには窒素肥料の量を制限する必要があり、窒素成分としてはギリギリの量の肥料を与えて栽培していました。しかし稲が生きるのにもやっとな状態で高温にあたると、やはりいい米を実らすことができません。そこで肥料のやり方を見直すために研究をおこないました。 近年は苗を植える際に肥料をやると、じわじわと成分が溶け出し、米が実り終わるまで持続するものが主流ですが、高温下では予定より窒素が早めに出切ってしまうこともあります。そのため、なるべく長い期間肥効が持続する肥料を選び、量も工夫したところ、品質低下が軽減されました。比較的その後は、安定していたと思います。
品種を変えるのはやはり難しいのですね。
渡辺さん:通常、高温耐性品種の育成にはおよそ10年もの時間を要するため、日頃から未来を予測しながら取り組まなければならず、思い通りのものを作るのは困難です。
それでも並行して、品種関係の試験はおこなっています。農研機構や他県で育成された品種を山口県で栽培したらどのように育つかを研究しながら、高温条件下でも品質低下が少ない品種を選定しているところです。
そんななか「恋の予感」という品種は、高温が続く時期でも品質が低下しにくいということで、山口県でも2017年に奨励品種として採用されました。しかし2017年前後、山口県で多く生産されている「コシヒカリ」や、「きぬむすめ」、高温に弱いとされる「ヒノヒカリ」の品質がさほど低下しなかったこともあり、作付けは大きく拡大していません。しかしこれから、どんどん切り替わっていくと思います。10月上旬から中旬にかけて収穫される恋の予感は、標高の低い平坦部を中心に栽培されることになりそうです。

山口県には、海沿いの平坦部から標高の高い山間部まで、さまざまな特徴をもつ地域があり、県全体で稲作がおこなわれています。極早生品種であるコシヒカリは、山間部で5月上旬から中旬に田植えをして、8月下旬から9月中旬にかけて収穫します。また早生品種であるきぬむすめなどは、主に中間地帯で5月下旬から6月上旬に田植えをして、9月下旬に収穫します。そして、ヒノヒカリのような中生品種は、平坦部で6月中旬に田植えをして、10月上中旬に収穫します。
オリジナルリンドウの育成で、需要が増える時期に対応
花きについても、先ほどオリジナルのリンドウの開発をされているとおっしゃっていましたが、詳しく教えていただけますか?
藤田さん:山口県では2003年からオリジナルリンドウの品種育成を進め、2014年には「西京の初夏」が品種登録されました。5月下旬という、全国で一番早く咲くリンドウです。暑さを避けて初夏に出せる品種ということで非常に好評で、登録以降、山口県のリンドウの生産者が増えていったという経緯があります。これを機に、連続出荷ができるよう、品種のラインナップを揃えてほしいとの要望を受けて、さらに育成を続けてきました。現在は西京の初夏に加えて、「西京の涼風」「西京の夏空」「西京の白露」「西京の瑞雲」の5品種で構成しています。
初夏、涼風、夏空は、5月から8月上旬にかけて収穫できる品種です。徐々に暑くなる時期でも生育が旺盛で、株が枯れず品質良好です。それぞれ10年ほど育成期間を要しましたが、山口県内で着実に普及しています。
白露、瑞雲は、9月の彼岸に出荷できる品種です。夏の暑さによる影響が出てしまう時期ですが、これまで栽培していた市販品種よりも高温耐性があります。特に瑞雲は、優れた性質の親系統を掛け合わせて作ったいわゆるF1品種で、鉢巻状の障害がほとんど出ません。
品種育成には長い時間がかかりますので、現在も今後の気候変動を見据えて、次の新しい品種を育成しているところです。令和7年には盆に出荷が可能な品種の登録を予定しており、さらに10月以降に出荷できる品種も徐々に生まれつつあります。

栽培技術に関して、工夫していることはありますか?
藤田さん:リンドウは気温が30度を超えると障害が発生しやすいため、それを軽減させるために圃場内の支柱を活用して遮光資材で覆う試験をしたところ、これまで50%以上障害が出ていたものが10%以下に軽減されるという結果が得られました。しかしコストがかかるので、生産者と相談が必要です。
もうひとつ有効なのが、出荷時の対策です。収穫後の花を保存するための冷蔵庫を生産者自身が購入し、さらに冷蔵装備のある車で、保冷した状態のまま生産地から花屋まで運搬する取り組みも行われています。ただし、市場などで冷蔵設備から外に出さなければならない場合や、収穫後の水揚げ(吸水)、花持ち剤(延命剤)など、さまざまな工程で品質保持に関する調査を行い、現場に普及する取り組みも、今後必要だと考えます。
今後の課題と展望はありますか?
渡辺さん:今後、気温は高くなる一方だと思いますが、山口県では高温耐性品種がまだ1品種しか普及していないため、山間部から平坦部までカバーできるよう、新たな品種の導入が必要です。そのために研究を続けていきたいと思います。
藤田さん:花も環境条件に合わせてアップデートできる品種を、常に考えながら揃えていくことが必須だと思っています。それに合わせた栽培技術に関しても、まだやれることはないか、模索し続けたいです。

この記事は2024年11月24日の取材に基づいています。
(2025年4月25日掲載)