日本一のフグ取扱量を誇る下関で、海水温上昇による漁獲量の変化に適応する

取材日 2024/11/25
対象 下関唐戸魚市場株式会社 営業部・冷凍部
部長 松浦広忠

フグの歴史ある下関から、産地にも徐々に変化が

南風泊(はえどまり)市場はフグに特化し、取扱量も日本一と伺っています。まずは、下関のフグ取り扱いの歴史を教えてください

下関は日本海、玄界灘、瀬戸内海と3つの海に面しており、どこからでもフグが水揚げされるという強みがあります。また、フグ食が禁止になったのも、解禁になったのも下関なんです。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、下関でフグを食べた兵士がたくさん命を落としました。それでフグ食が禁止になったのですが、初代総理大臣の伊藤博文が会議で割烹旅館の春帆楼に宿泊した際、シケで魚がなく、女将さんが打首覚悟でフグを差し出すと「こんなにおいしい魚を禁止することはない」と大臣が感動し、フグが解禁になったといいます。

さらに下関は土地が広く、加工場を安価に建てたり借りたりすることができるほか、歴史があるためフグの処理能力も高いのです。有毒部位を除去する『身欠き加工』が大量にできるという意味でも、全国からフグが下関に集まっています。

南風泊漁港では、いま、トラフグの漁獲量はどのくらいありますか?

ここでは多いときで、1日当たり5トンから6トンの天然トラフグが水揚げされます。最盛期は30年ほど前で、年間2000トン程度の天然ものの取り扱いがありました。今は年間100トンあるかないかですね。

それは、気候変動の影響でしょうか?

そうだと思います。山口県以外では、伊勢湾で、早いところは1990年くらいから少しずつトラフグがとれ始め、10年周期で大漁になってきました。2024年も10月に解禁され、静岡、三重、愛知の東海3県で各30艘の船が出ており、1回の漁で各浜3トンから5トン、計9トンから15トンとれています。

伊勢湾での水揚げ量と、南風泊漁港の水揚げ量がちょうど同じくらいなのですね。

そうですね。あとは近年、とれ始めているのが千葉、福島、宮城のトラフグです。福島でとれ始めたのは、ここ3〜4年ですね。ほとんどが東京・大阪に行きますが、下関の地ものが少ないときはこちらに送ってもらうこともあります。

この日、南風泊市場の競りにかけられた天然のトラフグ。1匹あたりの重量は5〜6キロで、相場は1キロあたり約5000円

最近では、北海道でもフグがとれるそうですね。

北海道でとれるのは、トラフグより少し小さい個体のマフグです。4月くらいから日本海を北上して、9月から12月くらいまでとれます。
トラフグとの違いは大きさだけでなく、可食部位ですね。トラフグは皮、筋肉、白子が食べられますが、マフグは皮にも毒があります。ゆえに、ヒレも食べられません。

北海道や北陸では、定置網や底引網でとれるフグが主流で、活け締めにしたり浜で冷凍したりして下関までやってくることが多いのですが、萩の船がとってくるフグは活魚で取り引きできるというのが大きいですね。刺身やたたきになりますから。
生食できるのは、山口県萩船団が釣ってくる活物だけです。締めたり冷凍したりしているものは、基本的に加熱用になります。

下関の伝統は、仲買人と競り人が黒い袋の中で指を握って値段を交渉する「袋競り」です

全国一の身欠き技術があるからこそ、各地からフグが集まる

養殖についてはいつごろから始まりましたか?

最盛期だった30年くらい前からです。徐々に漁獲量が落ち始め、養殖が開始されました。
いま南風泊市場で取り扱っている養殖トラフグは年間1000トンから1200トンで、天然のトラフグとの取り扱いの割合は9:1くらいです。

一方で、天然ものの相場が高くないと養殖ものは売れないんです。伊勢湾などでとれる天然のトラフグが、下関の養殖ものより安い値段で取り引きされており、養殖ものの売り上げが伸び悩んでいるという問題があります。

下関の天然ものは値が張るので、東京や大阪の料理屋からの注文向けですが、あまり量がはけないという面があります。チェーンのフグ料理屋でも天然の取り扱いはありますが、ある程度価格を決めた状態で取り引きされるので、値はあまり上がりません。
山口の萩に出ていた船が減ってきた理由は、やはり儲からなくなったから。フグもとれなくなり、とれても値が上がらなくなったので、減船傾向ではあります。

養殖のトラフグ。個体は800グラムから1キロ程度。一般的に2キロ程度の個体が、歩留まりもよくおいしいとされています

南風泊市場内に生け簀がありますが、そこで育てているのですか?

九州の浜で稚魚から餌をやって育てたものを、トラックに積んで下関まで運んできます。長崎が一番多いですね。それをここで選別作業して仲買人に渡して、加工して料理屋に卸したり、荷受に渡してセリにかけたりしてさばいていきます。養殖ものを含めて下関にフグが集まるのは、身欠きの技術が全国一優れているからです。年末最後の週は一番の繫忙期で、大手仲卸は1日に4,000本から5,000本、計50,000本程度のフグが処理されます。しかし、伊勢湾などでもフグがとれ始めて40年ほど経つので、だんだんとそちらの職人の腕も上がってきています。これまで下関まで加工を学びに来たり、逆に下関から地方に職人を派遣したりといったこともありました。

最盛期に高水温などの影響で出荷がずれ込むようなことはありますか?

例年、シーズンの開始は9月20日ごろですが、やはりまだ暑いです。暑いとフグは海の底に沈んだまま餌を食べにこないので、魚体が出荷サイズにならないという問題があります。
また、フグは基本的に鍋商材なので、気温が下がらないとそもそも売れないというデメリットもありますね。

松浦広忠さん

新しいフグの食べ方を提案して、消費につなげる動きが盛んに

全国からフグが集まってきても、消費量が少ないと高く売れないというジレンマもありますね。

そうですね。でも円安でインバウンドのお客さまがたくさん下関に来てくださっているので、夏でもどんどんフグを売っていこうというお店も増え始めました。刺身は高級志向ですが、最近下関では『焼きフグ』という新しい食べ方が提案されています。

刺身以外の料理だとフグはてっちりのイメージで、それ以外の食べ方があるとは驚きました

はい。南風泊市場の近隣には、焼きフグを含むフグのコース料理を楽しめる店もあります。ジンギスカンのような鍋で、自分でフグを焼いて食べるシステムです。インバウンドだけでなく、若者でも手が届きやすいコースになっていて好評です。

陶板の上で焼く焼きフグは肉厚でたれがよく絡み、白米にもお酒にも合います。このほかにフグ刺し、唐揚げ、皮を入れた煮凝り、フグ雑炊がコースに

ありがとうございます。今後、新たに取り組んでいきたいことなどがありましたら、教えていただけますか?

山口の船が他県の漁場に行くわけにはいきませんので、今後は下関の魚市場や仲卸が、フグの水揚げがある港に加工場を建てるという取り組みが進んでいくのではないかと思います。実際に大手の仲買人が北海道や東北に行って、話を始めているところです。ただ、北海道は不可食部位の処理にかなりお金がかかるそうです。下関ではほとんどかからないので、そこがクリアできれば、現地で加工したものを下関に送ることもできます。
いまは北海道で水揚げされたマフグはすぐに冷凍され、下関に送られてから解凍・加工して再冷凍して、大阪や東京に輸送されています。しかし冷凍するにしても、生の状態でさばいて冷凍した方が高品質なのです。全国の港に加工場が建設され、現地での加工が可能になれば、よりいい状態のフグが下関に集まってくるはずです。今後に期待しています。

この記事は2024年11月25日の取材に基づいています。
(2025年4月25日掲載)

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