海水温上昇が原因で起こるフグの交雑。モニタリングで、誤食による食中毒を防ぐ

| 取材日 | 2024/11/25 |
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| 対象 | 水産大学校 水産学研究科(生物生産学科併任) 教授 髙橋 洋 |
異なる種と種の交雑現象により、フグの「雑種」が誕生
最初に、先生の研究内容を教えてください。
大学院時代から、魚が種間交雑を介して遺伝子を交換することで生物多様性が進化する、という点に着目して調査をしてきました。その流れでいまは、トラフグ属の種間で起きる交雑現象が、その生物多様性の進化にどう関連しているのかを研究しています。
それ以前は、水揚げされた漁獲物にごく稀に混じる雑種を市場などからいただいて遺伝子を調べていたのですが、2013年頃から、東日本沿岸で一度にたくさんの雑種が獲れるということが起きました。当時は「そんなことが本当にあるのだろうか」と思っていたのですが、遺伝子を調べてみると、明らかにこれまでとはまったく異なる規模で交雑現象が起きていたのです。雑種の増加には海洋の温暖化にともなう一方の親種の生息域の変化が関連していると思われたため、気候変動と関連づけて調査するようになりました。

トラフグ属のなかの、異なる種の掛け合わせ、ということですね。
そうです。トラフグ属というグループは、私たちが「近縁種の集合体」と呼ぶほど、遺伝的に近い種が多く含まれています。互いに近縁なため、生息域が変化したり、繁殖場所が重なったりすると、交雑しやすいといえます。
交雑現象は異なる種と種の交配により起こりますが、その際、どちらの種がメスで、どちらの種がオスか、ということを「交雑の方向性」といいます。
フグの場合、たとえば2012〜2013年ごろから大量に獲れるようになったのが、ショウサイフグとゴマフグの雑種です。この2種間の交雑現象では、圧倒的にショウサイフグがオスで、ゴマフグがメスという組み合わせが多かったのです。近年、東京湾で見られているトラフグとマフグの交雑現象の場合は、圧倒的にトラフグがオスで、マフグがメスという組み合わせが多いです。そして雑種がたくさん見られる海域では、繁殖場所に多い方の種がオスで、少ない方の種がメスという方向性が見られます。
これまでの記録をはるかに超える規模で交雑が起きている組み合わせのすべてに共通しているのは、このように交雑に方向性が見られることです。

その「交雑の方向性」は、どのようにして調べるのですか?
魚の遺伝情報は、核ゲノムと、細胞質にあるミトコンドリアゲノムに分けられ、それらが親から子へ伝わります。核ゲノムは両親から1セットずつ伝わり、ミトコンドリアゲノムは母親からしか伝わりません。後者は卵の細胞質を介して伝わるので、雑種が持っているミトコンドリアゲノムの遺伝子型を見ることで、母親がどちらの種かわかるんです。
海水温上昇を原因とする、フグの交雑のさまざまなリスク
先ほど「多い方の種がオスで、少ない方の種がメス」とおっしゃいましたが、繁殖場所で一方の種が多く、もう一方の種が少ないといった偏りが生じる原因は、海水温の上昇と関係しているのでしょうか。あるいは、また別の理由があるのでしょうか?
その原因はさまざまですが、やはり気候変動と結びつけて考えるのが自然ではないかと思っています。
以前は、ゴマフグは日本海の対馬暖流が流れる海域で産卵し、ショウサイフグは太平洋の黒潮が流れる海域で産卵していました。しかし日本海の温暖化が進むにつれて、ゴマフグの分布域が北上し、対馬暖流の下流方向、すなわち、津軽海峡を抜けて東北地方を時計回りに回り込んで太平洋側まで分布域を拡げていったと考えられています。それによって太平洋側のショウサイフグの産卵場所に少数のゴマフグが入るようになり、交雑が起きたと考えられます。

フグの交雑が起こることにより、どのような悪影響が考えられますか?
フグの場合、ほかの魚と大きく違うのは、やはり有毒であることです。フグは、種ごとに食べていい部位(可食部位)が国によって定められています。例えば、トラフグの皮は食べられますが、マフグの皮は有毒で食べられません。可食部位は、それぞれの種の多くの個体の毒性を調べて決められているので、雑種についてはその可食部位がどこなのか、まだほとんど調べられていないのです。なので、現状は廃棄せざるを得ないのですが、雑種が今後も増え続けると、混獲された雑種を分けてすべて廃棄しなければならないという水産上の問題が生まれます。
また、親の組み合わせによっては雑種かどうかを鑑別しにくいことがあります。誤って雑種を食べることにより、食中毒が起きてしまう可能性もあるのです。
また、交雑により、片方の種の遺伝子が別の種に移ってしまったり、あるいは種が融合したりと、生物多様性にも影響が出ると考えられます。
雑種の毒性がどこにあるのか、調べる方法は確立されているのでしょうか?
はい、それは科学的に調査することができます。いま、厚生労働省の研究課題として、しっかり調べているところです。
では、雑種についても今後、食用として出荷することができるようになるということでしょうか?
その可能性もあります。ただし現段階では雑種の毒性はほぼ未解明なため、当面は「雑種についてはすべて流通させない」という対策になると思います。
トラフグとマフグの場合、先にお話ししたとおり、マフグの皮は有毒で、トラフグは無毒なのですが、雑種や、雑種がトラフグとさらに交雑し生まれた「戻し交雑」と呼ばれる雑種でも、マフグと同様に皮に毒があるということがわかっているんです。
しかし雑種が、気候変動の影響で、長期間にわたってたくさん漁獲されるような状況になれば、その毒性についてきちんと調べたうえで、この組み合わせについてはこういう取り扱い、というふうに新しいルールを作っていくことも考えられます。

かなり詳細に取り決めがおこなわれることになりますね。
そうですね。流通現場で遺伝子を調べることはできないので、外見で雑種の両親種を鑑別できるようにならなければいけないんです。外見で「これはショウサイフグとゴマフグの雑種で、他の種が混じっていることはない」とわかる基準があれば、ルールを作ることはできると思います。
それぞれの種の可食部位が決められた過程を考えてもらえればわかりやすいのですが、長い時間をかけてそれぞれの種の多くの個体の毒性を調べて、可食部位が定められています。
フグの毒というものは個体ごとにバラつきがあり、トラフグでも肝臓や卵巣に強い毒があるものは、50個体に2個体程度です。また、同じトラフグでも、時期によって強い毒をもつ部位が変化することも知られています。ですので、たとえどんなに小さな割合でも、その1匹を食べたら中毒が起きるのであれば、一番危険な値を基準にしなければなりません。
雑種に関しても同様に、多くの個体で、さまざまな時期に漁獲されたものを、定量的に調べたうえで、はじめて対策ができるというわけです。
定量的に調べて毒性を評価するほか、ふぐ処理者も知識を持つことが大切
今後さらに気候変動が進行した場合、先ほどの定量的な調査が完了して比較的安全に雑種が流通できるようになるまでに、あとどのくらいかかると思いますか?
雑種がたくさん獲れている組み合わせに関しては、その毒性の定量的な調査は比較的早くできると思います。いま調査が進んでいるのはショウサイフグとゴマフグで、これは過去に可食種が決められたときに調べられた個体数と同じくらいか、それを上回るくらいのデータが蓄積されているので、ある程度安全なラインはわかってきているんです。一方で、先ほどお話ししたとおり、外見でこれらの組み合わせの雑種を確実に鑑別できる基準はなく、また科学的なデータをどう新しいルールに落とし込んでいくかという点においては、時間がどのくらいかかるかはわかりません。

今のところ優先順位が高いのは、雑種の誤鑑別による食中毒を防ぐということです。2019年に、厚生労働省の通知により、都道府県によって難易度にばらつきがあったふぐ処理者の認定基準について平準化が図られました。地域によってとれるフグの種類が違うので、試験内容には地域ごとに違いはありますが、基本的に問われる知識や処理技術は平準化されています。
その通知のなかに「ふぐ処理者は全国の雑種フグの発生状況を確認すること」という内容が盛り込まれています。つまりふぐ処理者は、雑種がどの地域で増えているか、また雑種がどの程度発生しているかを把握しておく必要があるということが明文化されているのです。
加えて同通知では、全国のフグの雑種発生状況を定期的に調査し、全国のフグ処理者に都道府県を通じて情報提供をすることも明言しています。このように、雑種フグの増加に対応するための仕組みができつつあるところで、厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル」というホームページのなかに「全国の雑種を含む種類不明フグの発生状況」という項目が新たに設けられました。まさに、いま始まったところといえます。
雑種だけでなく、九州では亜熱帯性のフグがとれるようになっているという話もあります。
サバフグ属のなかに、ベトナムなどの東南アジアに生息しているドクサバフグという種がいて、宮崎や熊本から確認依頼が来ています。見た目は可食種であるシロサバフグなどに非常によく似ているのですが、筋肉にも強い毒があるんです。国内でのドクサバフグの発見は、食中毒が起きてはじめて「こんなところにいたのか」ということがわかることが多く、その対応にはとても苦戦しています。
ドクサバフグの発見が難しい理由は、その混獲率がとても低いことです。ここ数年は私も注意して見ているのですが、いまだに新鮮な標本は手に入っていません。にもかかわらず、近年でも本種を原因とする食中毒が起きていて、本当に厄介です。
このままのペースで海水温が上がっていけば、雑種だけでなくドクサバフグの数が増えていくこともあり得ますので、十分注意してモニタリングしていきたいと思います。

この記事は2024年11月25日の取材に基づいています。
(2025年5月20日掲載)