日本で唯一のうめ研究所で、気候に左右されず、安定生産できる品種・技術の開発に取り組む

取材日 | 2025/5/14 |
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対象 | 和歌山県果樹試験場 うめ研究所 ・副所長・農学博士 土田 靖久 ・主任研究員 田嶋 皓 |
暖冬などを原因とする不作回避の研究や、技術開発を実施
なぜ、和歌山県ではうめ栽培が盛んなのでしょうか?
土田さん:江戸時代初期、この地域を治めていた紀伊田辺藩の初代藩主・安藤直次が、急傾斜の山が多くて土壌が痩せている場所でも育つ、うめの栽培を奨励したからです。うめを作ったら税金を免除するという政策を進め、そこから栽培が広まりました。
さらに拡大したのは、明治以降です。日清、日露、太平洋戦争などで、梅干しが保存食として広まりました。そして戦後の昭和30年代には酒税法の改正により、家庭でも梅酒が作れるようになり、昭和50年代になると健康食ブームが起こり、はちみつで味付けをしたような甘い梅干しが開発されるなど、追い風に伴って産地がさらに広がり、日本一となったわけです。

現在、日本のうめの生産量の6割を和歌山県が担っており、60年連続で1位の座をキープしています。産地の品種の8割は、主要品種である「南高」です。大粒で果肉が厚く、柔らかく、梅干しにしても梅酒にしてもいいものができるということで、ブランド品種として人気があります。

うめ研究所の概要について教えてください。
土田さん:2004年に設立された、全国で唯一、うめに特化した研究所です。うめの栽培に関わる基礎的な研究から現場への応用技術まで、幅広く開発を進めています。
当所の研究方針は4つあります。まずは、安定生産技術の開発。ドローンを活用した効果的な薬剤散布や、肥料散布の技術開発を進めています。また、うめの特性として、冬の気温が高く花が早く咲いた場合、めしべがないという「不完全花」が多く発生するのです。そのせいで受粉がうまくいかず実がならない状況が頻繁に起こっているので、それを克服するために、暖冬でも不作にならない技法の探索を進めています。

もうひとつが、新品種の開発です。近年気候変動により、南高の不作が頻繁に起こっていることから、安定して生産できる新品種の開発を進めています。それとは別に、和歌山県で生産されるうめの8割が南高のため、収穫期の労力分散として南高とは違う収穫期の品種育成を進めるとともに、重要病害虫の「黒星病」と「かいよう病」になりにくい品種についても研究しています。
次に、加工技術の開発です。うめは生産者が収穫後に塩漬けにして、夏に天日干しをして梅干しの原料とするのですが、近年夏の日差しが強く、外見を損なう「日焼け果」の発生が問題となっています。これを低減するための技術開発についても進めています。

最後が、病害虫の防除技術の開発です。主なものとして近年、うめ産地の脅威となっているクビアカツヤカミキリという害虫の効率的な防除技術の開発も進めています。幼虫が木の中に食入し、ひどいときには木を枯らしてしまう怖い害虫です。

今年の状況はいかがですか?
土田さん:今年は、不作年ですね。南高は、自分の花粉で実をつけることができない「自家不和合性品種」といって、南高ではない別のうめの花粉で実をつけます。その花粉はミツバチが運ぶのですが、開花期に「暖かくて風がなく、雨が降っていない日」という条件で活発に飛んで受粉がおこなわれます。しかし今年は開花期の温度が低く、雨も降り、風も強く、ハチの活動条件があまりそろいませんでした。もうひとつ、ヒョウが4回ほど降り、研究所の圃場のうめの6割程度に傷がついています。傷がついても味に影響はありませんが、見た目が悪いので、等級が落ちてしまうのです。

昨年もヒョウの被害があったほか、冬が暖かく、早く花が咲いたため、先ほど説明した不完全花が多くなり、結実できずに不作になりました。2年連続で厳しい年です。
植栽、結実、果実調査を繰り返し、品種登録までに10年以上を要する
うめの品種開発は、どのようにしておこなうのですか?
田嶋さん:具体的には、2月にうめの花が咲いたとき、交配したい品種の花粉を筆などで取ってきて人工授粉し、テープをつけて印をしておきます。人工授粉が成功すると実がなるので、その数を数えたり、落ちてしまった実の種を回収できるようにマジックで印をつけたりしておきます。

こちらは、台湾原産の二青梅と南高を掛け合わせたもの
研究所の圃場にはこうしてできた品種候補が植えられており、交配した品種候補の苗のことを「交雑実生」と呼びます。それを植栽、結実させ、順次果実調査をおこない、優良なものを選抜していく、という流れです。
親の選定基準は?
田嶋さん:基本的には、優れた品種。もうひとつは、ひとつでもキラリと光る特性を持っている品種です。たとえば、翠香(すいこう)というとても香りの良い品種があります。これは特に、梅シロップにしたときにとても特徴的な香りがして、おいしいんです。翠香を南高と掛け合わせることで、大粒で果肉が厚く、柔らかい南高の性質を持ちながら香りがいい品種を目指すことができます。
また、台湾原産の二青梅という品種は、暖冬でも安定して結実する性質があります。しかし、実が小さく種が大きく、うめとしてはあまり優れてはいません。そこで、二青梅と南高を掛け合わせて、南高の特性を持ちつつ高温耐性のある品種を目指したのですが、まだ少し実のサイズが小さく、種が大きいんです。そこにもう一度、南高が入った別の個体を交配しているところです。

親が優れているからといって、必ずしも優良な品種が生まれるとは限らないのですね。
田嶋さん:どんな果樹でも同じだと思いますが、実が小さすぎて経済栽培に向かないなど、品種にならないものが大半です。親が優れた品種同士でも、交配してできる交雑実生はあくまでも雑種ですので、どのような性質を持っているかはわかりません。ゆえに成熟期も含めて判断し、選抜するということです。
土田さん:いい実がついたからといってそれで終わりではなく、実から種を取り出して、撒くんです。それが成木になって実がついたときに、優れたものがあったら初めて選抜して、品種登録を目指します。

実がなって判断して終わりではなく、もう一段階必要なのですね。
田嶋さん:同じ親をもつ実が10個あったとしても、その10個の種から生えてくる交雑実生は、恐らくすべて、性質が違います。人間でいうところの、兄弟で顔が違うのと同じことです。ですから、10個の種を植えて、育てたうえで、その中から優れた候補を選抜します。
「優れた品種」の判断は、たとえば、果実のサイズが25g以上という目標があれば、それを満たしているか。あるいは収穫時期が南高と重ならないか、色がきれいかなど、育種目標によって判断されます。
土田さん:育てて実をつけて判断されますから、平均的に、10年以上はかかります。何年もかけて、同じ性質かどうかを見極めたうえで、品種登録されるんです。

果てしない時間がかかるのですね。近年登録された新品種はありますか?
田嶋さん:暖冬不作対策になる、星秀(せいしゅう)という品種が2021年に登録されています。星秀は「自家和合性品種」で、自分の花粉で受粉ができるのです。ゆえに花粉を運んでくるミツバチの巣箱も必要ありませんし、受粉させるための木(受粉樹)もそばに植えなくても構いません。自分の花粉で受粉できるので、冒頭に申し上げた暖冬による不作や、ミツバチが飛ばないなどといったことを気にしなくても大丈夫です。南高と比べて階級や大きさはひとまわり小さくなるのですが、厳しい環境でも実をつけて、味も良く、収量があり安定生産が叶うというところが、優れた品種とされています。

さらに星秀が素晴らしいのは、開花期間が南高とかなり近く、かつ花粉も持っているところです。そこで、南高の受粉樹として購入される方も多いです。
土田さん:南高というブランドを崩せるような品種はなかなか生まれませんが、暖冬が続いて南高の不作が続けば、星秀のような品種が重宝されてくると思います。
田嶋さん:品種開発にはもうひとつ、別のアプローチがあります。昨年は暖冬による不作だったのですが、南高の畑の中で、ポツンと1本だけ実をつけている木があるという情報が、産地から約30件寄せられました。見に行くと、たしかに隣の木は実をつけていませんが、1本だけ実をつけている、というような木があったんです。この「南高優良樹」を選抜していこうという取り組みを2024年から始めました。
このように、新品種の育成のほか、いい南高を選んで安定生産に繋げるという、ふたつの軸で進めています。

新品種や技術の普及に加えて、うめの消費拡大にも寄与したい
品種の普及で難しいと感じることはありますか。
田嶋さん:うめも果樹ですので、最低でも木を植えてから20数年間育てます。近年は後継者不足の問題もあり、20数年経ってもまだ改植できていない園地があるのが現状です。
星秀は品種登録もされていますが、まだ知名度が低く、知らない生産者も多いです。仮に知っていても、すぐに「新品種を導入しよう」「新技術を取り入れよう」という思いにならない人もたくさんいます。だから、どれだけ導入しやすい形で普及させていくか。それがかなり難しいと感じています。

「昨年からヒョウのおかげでA級品はほぼゼロに近く、収量も少ない」と、その厳しさを語ってくれました
その課題を解決するために、具体的に取り組まれていることはありますか?
田嶋さん:うめ研究所で技術や品種を開発するだけではなかなか普及に至らないと思いますので、和歌山県の出先機関の普及指導員と連携して普及活動をおこなっていきます。
同様に、農協の営農指導員とも連携しながら、少しずつ普及に力を入れていこうと思っています。地域ごとに実証園地を設けて見てもらうなど、さまざまな案を出しながら取り組んでいきます。
このお仕事のやりがいはなんですか?
土田さん:日本でただひとつのうめの研究所なので、ここで取り組むことは、日本で初めての試みです。それが実を結び、研究の成果となり、生産者にも伝えられるというのは大きなやりがいですね。

田嶋さん:私はうめ研究所に赴任してまだ3年目ですので、品種開発や技術の普及に関わり始めて短いのですが、今後、品種や技術が普及して、生産者から「収量が増加した」「作業が楽になった」というような声をいただけることが、やりがいにつながると想像しています。
日本唯一のうめに特化した研究機関ということで、他県からの相談などを受けることはありますか?
土田さん:ときどき、栽培方法などについて県外からも相談がありますので、できるかぎり対応させていただいています。視察に来られる方もいらっしゃいます。
消費者へのメッセージがありましたら、お伺いしたいです。
田嶋さん:昨年と今年、うめがヒョウによる被害を受けて、傷のついた青梅が市場に流通しました。スーパーなどで傷ついたうめを見ることもあるかと思いますが、梅シロップにするにしろ、梅酒にするにしろ、品質上はまったく問題ありません。安心してご購入いただけます。
それとは別に、うめの消費が伸び悩んでいるという悩みもあります。同じ漬物という意味ではキムチなど他の商品も増えてきているなかで、毎日梅干しを食べる人がどのくらいいるのか。減塩ブームも手伝って、梅の消費量が減っているのではないでしょうか。個人的には、消費者の方々には日々の生活にうめが定着するような新しい使い方、たとえば料理に取り入れたり、調味料として活用してみたりと、積極的にアイディアを出して、チャレンジしていってほしいです。

この記事は2025年5月14日の取材に基づいています。
(2025年7月14日掲載)