小さなドングリが、土砂災害を防ぐ大きな力に。誰でも参加できるMODRINAE(モドリナエ)

取材日 2025/5/15
対象 株式会社ソマノベース
代表取締役社長 奥川 季花
クリエイティブディレクター、MODRINAEブランドプロデューサー 
西来路 亮太

育てた苗木を山に植樹し、土砂災害リスクの軽減を目指す

御社の事業内容について教えてください。

奥川さん:私たちの目指すところは「土砂災害による人的被害をゼロにする」ということです。土砂災害対策のなかでも主に森林にフォーカスして、山がなるべく崩れないような、あるいは崩れるリスクを低減するための活動をおこなっています。主に人と森、企業と森などをつなげるサービスを実施したり、プロダクトを作ったりしているところです。

そのなかのひとつが『MODRINAE(モドリナエ)』というプロダクトですね。こちらはどのようなものでしょうか?

奥川さん:MODRINAEは、個人や企業が苗木を育てられるプロダクトです。育てた苗木は山に植えて、土砂災害リスクを下げる一端を担えるようにという目的で始めました。
個人のお客さまはECサイトでドングリを購入し、2年かけて苗木に育てます。それを弊社に戻していただいて、私たちが和歌山の山に植樹するという流れです。

植樹は和歌山県内のみで行われるのでしょうか?

奥川さん:いまは、私たちのいる和歌山に限定しています。生態系の問題があるので、苗木として育ててもらうドングリも和歌山のものです。

和歌山県・紀伊田辺駅構内でもMODRINAEの苗木を育てています

植樹イベントもおこなっていらっしゃるんですよね。

西来路さん:はい。最終的にみなさんに山に来てもらいたいという思いがあるので、MODRINAE立ち上げのときからツアーはマストだと思っていました。自分の手で木を植える、それが山に変わるという原体験を作ることが重要だと思っています。

植樹イベントにて

ドングリは、スタッフのみなさんが取りに行くのですか?

奥川さん:「ドングリボックス」を設置し、地域の方に入れていただいたドングリを選別して、MODRINAEとして販売・栽培しています。
和歌山以外の地域には連携している林業家さんがいるので、その方たちにその土地のドングリを採取していただいています。

和歌山以外の地域のドングリは、どういった理由で採取しているのですか?

奥川さん:個人のお客さまに販売しているものは和歌山のドングリだけですが、他地域のドングリは主に企業とのコラボレーションで使用しています。
たとえば北海道では、北海道産ミズナラのドングリをMODRINAEとして配布し、北海道の山に植樹をするという企画を、期間限定でおこないました。

これまで、森づくりというと企業が大きなお金を出して、大人数で山に入って保全活動をすることが主流でしたが、MODRINAEであれば、たとえば1社1本など、限りある予算の中で森づくりに関わることができます。
中小企業だと植樹する人材の確保ができないという問題もありますが、苗木を育てるだけなら毎日事務所の中でお水をあげるだけなので、会社の規模や事務所のスペースに左右されずに関われるメリットがあり、参加してくださっている企業も多いです。

西来路さん:個人または中小企業ができるアクションは少ないかもしれませんが、MODRINAEは直接的に山に関わることができるので、そこは強みのひとつです。

水害で友人を亡くしたことが、災害対策を学ぶきっかけに

「土砂災害による人的被害をゼロにする」という思いは、どのようなところから生まれたのでしょうか。

奥川さん:私自身、高校生のときに、紀伊半島大水害による土砂災害で被災をしたんです。そのときの災害で友人を亡くしたことがきっかけで、災害対策をやっていきたいと思うようになりました。
最初は地方創生の勉強をしていたのですが、土砂災害と山、森林業と災害の関係性について知る機会があり、そこから個人的にいろいろな山を訪れるようになったんです。そこで林業家の方に話を伺うなかで、山の管理が災害対策になり、災害リスクを下げることにつながるということを聞いて、それなら私がやるしかないと思いました。

奥川 季花さん

どんな山に行かれたんですか?

奥川さん:主に和歌山県内の山です。元・県職員で現在は樹木医として活動されている方に、和歌山で会うべき林業家さんをひたすら紹介してもらいました。その樹木医の方は、彼の知識や人脈をすべて私に引き継ぐと言ってくださるほど、私にとっては恩師であり、師匠のような存在です。
MODRINAEは、私とクリエイティブディレクターの西来路、ほかに同世代の3人が集まり、事業内容を検討するなかで生まれた企画です。そこでクラウドファンディングをスタートさせたら大きな反響があったので、会社を立ち上げ、メンバー全員で田辺市に移住して事業を始めました。樹木医の方は、MODRINAEを作るときもどうすればうまくいくか、どうすれば苗木がうまく育つか、すべてアドバイスをしてくださったんです。

西来路さんは、会社にジョインする際、最初に奥川さんの話を聞いてどう思いましたか?

西来路さん:僕はフリーランスのデザイナーをしていて、周りの同級生はアパレルや不動産業といった仕事をしているなかで、林業というワードが出てきたときは「面白いジャンルに行こうとしている人やな」と思いました。
おそらく課題がありすぎて、何から解決すればいいかわからないなかで、いろいろなチャレンジができる業種だと思いましたし、だから自分も足を踏み入れてみようと思ったんです。

西来路 亮太さん

山の生態系、土地の文化、経済活動など、あらゆる配慮が必要

植林に関しては、どういったところに配慮しながら進めていくのでしょうか。

西来路さん:基本的には皆伐地という、伐採後、木が生えていない場所に植林をします。何を植えるか考えるとき、大事なのは、地域の生態系に合うかということです。もともとその地域で育ってきた樹木か、あるいはその地域の産業につながる樹木か、災害に強い樹木か。この3点は必ず配慮しています。

たとえば和歌山のウバメガシという木は、紀州備長炭の原木になりますし、拓跋(細い枝を残しながら後継樹を育てる)という伐採法をとるため、完全に木を刈り取らないことから土砂崩れなどを防いでくれる樹木でもあります。つまり地域によって、植えるのに適した樹種は変わるんです。

山に人の手が加わらないと土砂災害リスクが高まることのメカニズムを教えてください。

奥川さん:まず、土砂災害のなかにも人為的に下げられるリスクと下げられないリスクがあります。深層崩壊といわれる、大規模な土砂災害は人の手ではどうにもなりません。岩盤や雨量の影響が大きいからです。こういった災害はダムなどで防いでいくのですが、表層崩壊といわれる、表面から3mくらいまでの崩壊は、そこに木があるかないかで影響を受ける度合いが異なります。
もし木がまったく生えていない場合、雨が降ると直接地面に水が当たり、浸食され、削れて崩れていってしまいます。そうしたリスクを防ぐためにも、山を伐採した後にはきちんと植林する、あるいは木々が成長しやすいように間伐をしていくことが重要なのです。

伐採のあと、放置された山にも木は自然と生えてきますが、
野生動物の食害がひどいエリアでは木の生育が難しいといいます

表層崩壊は、植林してから何年くらいで防げるようになるのですか?

奥川さん:木を切ってからすぐ植えても、10年程度はまだ崩れるリスクが高いといわれています。適切に必要な分だけ伐採することが、防災の視点からも推奨されているのですが、突然手法を変えてしまうと林業家の方々の生業にも影響を与えてしまいますので、業界全体の経済性と、自然を守ることのバランスが重要だと考えています。

昔は太くなった木だけを切って売っても採算がとれたのですが、いまは1本あたりの金額がとても安いので、それだけだと利益に繋がらず、和歌山では1区画の木をすべて切ってしまうことが主流になってきています。そうなると、切ったところ一面に今度は木を植えなければいけないのですが、植林は現状すべて手作業なので、重労働でやりたがらない方も多いんです。そこで、木を植えず自然に任せるというやり方をとるケースも増えているのですが、それだと木がなかなか育たず、災害リスクが上がってしまいます。だから、私たちが代わりに植えているということです。
ただ面積が大きいので、すべて私たちが植林することは不可能です。基本的には林業家の方々が植え切れなかったエリアを、私たちが代わりに植えるという形をとっています。

手を大きく広げたくらいの間隔で植樹していきます。穴を掘り、苗木を置き、土をかけて足でギュッと固めます

より深く防災活動をおこなうために、人の行動や意識を変えたい

奥川さんは15歳のときに被災されましたが、災害は長い時間が経つと忘れられてしまいがちです。社会課題に対して、意識を向け続けるにはどうしたらいいでしょうか?

奥川さん:ソマノベースを立ち上げたときは、土砂災害対策をおこなっているNPOでも働いていて、和歌山以外の土砂災害が起こる可能性の高い地域を訪問して住民説明会を開き、避難行動を促す活動をおこなっていました。しかし、前日に隣町で洪水が起こったような地域でも、全然人が集まらないんです。
その意識を変えていくためには「大事なことだからやりましょう」では伝わらなくて、楽しい、おいしい、といった感覚のなかに防災や森のことが含まれている状況を作っていくべきだとは思いますね。そういう意味で、MODRINAEのサービスはぴったりだと思います。

MODRINAEの根元には、目印となるピンクのリボンを巻きます

西来路さん:僕は、興味の範囲を個人に合わせて狭めていった方がいいと思います。たとえば、僕の妹がタイで暮らしているのですが、先日タイで地震が起きたときに大きな関心を持ちました。それと同じように、課題を家の中の範囲まで小さくして、自分が育てている木はどうなるのだろう、というところから、山に関心を持ってもらうという流れができるといいなと思います。

奥川さん:みんな自分の木を育てているので、枯れると悲しいし、山に帰ると嬉しい。自分が育てた苗木が和歌山の山に植えられることを考えると、その山に意識が向かいますよね。最初は自分で育てた苗木を返送するだけだったけど、次は和歌山の山に行ってみる、その次は自分の手で苗を植える、最終的には住んでみる、というように、MODRINAEが和歌山との関係性を深めるきっかけにもなれたらと思っています。
同じく林業界が抱えるプレーヤー不足の問題についても、何代も家業を次ぐのが当たり前という世界に新しい人が参入して、少しずつ良い方向に変えていくことが大事だと思っています。そういう人たちを増やすために、MODRINAEがきっかけになると嬉しいです。

MODRINAE返送時には、感謝の言葉や直筆のメッセージがたくさん寄せられています

ソマノベースとして、今後の展望があれば教えてください。

奥川さん:防災が最優先ですが、そのためにいろいろな選択肢を広げていくという意味で、和歌山以外の地域にも活動を広げていきたいです。どの地域の人でも山に関われる状況を提供したいと思う一方で、山に関わる手段が限られているので、森林業に関する情報発信をおこないつつ、いろいろな人が山と関われるような選択肢を作っていきたいです。

西来路さん:MODRINAEとしては、村を作りたいです。好きなときに気軽に立ち寄って、村に住んで山の仕事ができるような、自由に出入りできる山を作れたらいいなと思います。

そうすることで、林業の関係人口も増やせるということですね。

奥川さん:山はどんな人にも関わりのあるものなので、MODRINAEのコミュニティができれば「みんなで防災を考えよう」というように、今までよりもっと深い防災活動ができると思うんです。まずは人の行動や意識を変えていくということが、いまの自分たちにできることかなと思います。

この記事は2025年5月15日の取材に基づいています。
(2025年7月30日掲載)

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