Jリーグの気候変動対策。多くの人が安心・安全にスポーツできる世界へ

| 取材日 | 2025/7/1 |
|---|---|
| 対象 | 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) 執行役員(フットボール担当)兼 フットボール本部 本部長 窪田慎二 サステナビリティ部 部長 入江知子 |
プロスポーツにもさまざまな影響を及ぼす気候変動
近年の気候変動により、サッカーという競技スポーツにどのような影響が生じていますか?
窪田さん:急に雨が降り、かつその量が著しく多く、雷を伴うことにより交通が遮断されて困るケースがあります。関東では雨が降っていても、九州が晴れていれば現地で試合ができるので、アウェイのチームは移動せざるを得ません。選手たちは本来、試合の前日に移動しますが、前々日にスタジアム近郊に移動するなどの対策をとっています。公共交通機関が運航停止する判断も最近は早くなってきているので、情報を得ながら移動するというのがまずひとつですね。
もちろん、暑さについても皆さんが肌で実感されている通りです。いままでだと7〜8月が暑いといわれていたのが、6月も9月も暑くなっています。暑いと、やっぱり走れないんです。開幕のために準備をして、そこからハイインテンシティ(高強度)なプレーが続くのですが、6月ごろからパフォーマンスが下降曲線をたどり始め、7〜8月で底に落ち、9月ごろから少しずつ上がって、11〜12月の終盤でまた走る強度などが高くなっていくことがわかっています。

*SkillCornerのデータ。欧州5大リーグ:2021-22シーズンのデータで、5大リーグ(イングランド/スペイン/ドイツ/イタリア/フランス)の平均値。J1リーグ:2022シーズンのデータ。
たとえば照明がついたグラウンドでナイトゲームをすることが可能で、エアコンが効いている控え室を用意でき、医療体制が準備できて飲食の売店も機能しているようなところがあればプレーすることができます。しかし一昨年、そういった環境ではないところで、シニアのオーバー40の試合がおこなわれ、公式戦に出場後、炎天下で意識を失い、亡くなられた選手がいらっしゃいました。そういったことを踏まえながら夏場の対策を立てて、無理がある場合はできるだけ7〜8月を避けるような大会日程を組むか、夏場でもなるべくプレーできる環境を整えるといったことに、サッカー界全体として取り組んでいます。

実際に取り組んでいる夏場の適応策について、もう少し具体的に教えてください。
窪田さん:サッカー界全体として、暑熱対策については、細かくいくつか対策をしています。そのひとつが、試合中の飲水タイムです。試合の前半と後半に、約1分程度設けています。
加えて日中の試合では、クーリングブレイクといって、ベンチで3分間、氷で冷やしたタオルなどを使って体を冷やす時間を作っています。エアコンの効いた更衣室まで戻って、時間を取って休む場合もありますが、ルールはすべて整備されていて、日本サッカー協会からの通知に従って対策をとっている状況です。

選手の皆さんも、休憩を挟みながらの試合については柔軟に対応していますか?
窪田さん:はい。飲水タイム以外でも、ピッチの脇に水を置くことができるようになっており、プレーが切れた瞬間や、選手が交代するタイミングにもできるだけ水分をとってもらうようにしています。
また、飲水タイムは審判にも適用されます。その他、ケガ人が出てドクターが入った際なども、ドクターから審判に水を渡してもらっています。選手だけでなく、全員が安心して試合ができるように、という考え方です。
細かいことも含めて、いろいろな対策を取り入れているのですね。
窪田さん:そうですね。かつては芝生の上で糖分の多いスポーツドリンクを飲むと、こぼれたときに芝生に影響が出るということで、禁止をされていた時期がありました。しかし最近は熱中症対策への理解も進み、糖分を含む飲料であっても芝生の上で飲んでいいとされているところが多いです。
さらに細かいところで、昔はシャツをパンツの中に入れるというのがマナーだったのですが、最近はあえて出しているんですね。シャツを出すだけで空気が入るので、体感温度が下がるんです。シャツを出すことを前提に、出しても動きやすい形のユニフォームに変更するなど、工夫がされています。
運営スタッフも過去にはスーツを着てネクタイを締めて、革靴を履いていましたが、いまはTシャツやポロシャツに涼しげなズボン、という軽装ですね。チームで統一したシャツなど、お客さまにも受け入れられる服を着用しています。

年間を通じて多くの人がスポーツに触れられる環境づくり
サポーターの皆さんへの配慮や、熱中症予防についての啓発などはおこなっていますか?
窪田さん:サポーターが集まると、多いときで5〜6万人もの数になります。特に熱心なサポーターは、いい場所で試合を見たいので早めに会場に到着する人が多いんですね。以前は、たとえば朝7時でも来てくれるような意気込みの人から優先的に抽選に参加してもらうこともありました。しかしいまは、ウェブを使って抽選ができます。これまで朝7時に配っていた整理券をオンラインでかつ自動抽選で配ることができるようになり、暑いなか、何時間も待ってもらう必要がなくなりました。仮に待機列ができたとしても、なるべく日陰に並んでもらえるように配慮しています。
スタジアムでいうと、座席の外を周回できる回廊に休めるスペースを設ける、売店で冷たい飲料を切らさないよう努める、会場に給水機を置く、カチ割り氷を配布する、入り口でミストシャワーを噴射する…と対策もいろいろです。ミストがない施設で、水を霧状にして撒く機械を持ったスタッフが歩いているところもあります。それだけで何人もの熱中症が防げるというわけではないかもしれませんが、巡回することで熱中症予防の啓発にはなるはずです。
あとは総合運動公園のようなところが会場になった場合、外には木々が多いので、再入場可能にして試合開始まで木陰で休んでいただくという方法もとっています。
また大型映像装置がある会場では、熱中症対策の動画を流したり、選手の飲水タイムの際は「サポーターの皆さんも水分をとってください」と頻繁にアナウンスをしたりもしています。
さらに、スポンサーさんのご協力で来場者全員にうちわを配ったり、ペットボトルもこれまでは投げ込みの恐れから500ml以下の持ち込みをお願いしていたところ、600〜700ml程度までOKにして、持ってこられる飲料の量を増やしたりと、各クラブの皆さまがいろいろと工夫しながらさまざまな対策をおこなっています。

細かいことでも、これ以上ないというくらい対策をされていて驚きました。
大きなところでいうと、2026年からシーズン移行をされるとお聞きしています。気候変動との兼ね合いも大きいそうですが、その内容と、見込めるメリットについて詳しく教えてください。
窪田さん:現在のJリーグは、2月3週ごろに開幕し、12月1週目で閉幕という年間スケジュールです。先ほど、暑さのために6月ごろから選手のパフォーマンスが下降すると申し上げましたが、本来は開幕から閉幕まで右肩上がりに伸びていくのが理想なんです。シーズン途中にパフォーマンスが落ちてしまうようでは、やはり世界と戦える環境ではないということがいえると思います。
ヨーロッパは涼しくなってくる8月に開幕して、6月頭にシーズンが終わります。そして6月中旬から7月はお休みというサイクルですので、日本も2026-2027年シーズンからそれに合わせるということが決まりました。
開幕前は真夏ですので、涼しい地域に移動してキャンプをおこなうチームも出てくる予定です。逆に北海道や東北などの涼しい地域は、キャンプなどで遠征する必要がないかもしれませんし、ある自治体ではキャンプ地に名乗りをあげるなど、こういった変化をチャンスと捉えて動いてくださっている地域もありますね。
またシーズン移行後も、12月中旬ごろから2月の中旬ごろまでは、ウィンターブレークとして原則試合はおこないません。
全国にチームがありますので、足並みを揃えるためにいろいろな工夫がされていますね。
窪田さん:我々には、年間を通じてスポーツに触れる機会を作ろうという思いのもと、地域に根差したスポーツクラブづくりをするという理念があります。それはサッカーだけではなく、どんなスポーツでも、やりたいと思ったらできるような環境づくりをしようということです。
サッカーの場合、屋根がついている施設であれば雪が降っていてもプレーできますし、夏の時期は、適温のなかで快適にプレーできます。お金もかなりかかりますし、たくさんの人の協力も必要になるため容易ではありませんが、そういった環境づくりにも力を入れていきたいと思っています。

2030年に向け、全国のクラブで緩和策にも取り組む
一方で、Jリーグでは緩和策にも力を入れていらっしゃいますね。
入江さん:はい。2023年にこれまでの社会連携活動『シャレン!』を引き継ぐ『社会連携グループ』と気候変動問題に取り組む『気候アクショングループ』を併せ持つ『サステナビリティ部』を新たに設けました。そして、2024年に我々がスポーツで気候変動問題に取り組んだらどこにたどり着けるのかということを示すために『意識が変わる』『行動が変わる』『仕組みが変わる』の3ステップのロードマップを作りました。
そして、2024年から2025年にかけては『意識が変わる』をテーマに、サッカーと気候変動の関係を知っていただき、自分も解決の力になれるという意識を持ってもらえるような活動、たとえば、Jリーグ×気候変動問題をテーマにしたYouTube動画『サッカーができなくなる日?!』の作成や、『Jリーグ×小野伸二 スマイルフットボールツアー for a Sustainable Future supported by 明治安田』でサッカー教室を開催しながら地球温暖化の現象とともに、気候アクションの重要性についてお伝えする活動に力を入れてきました。
今後は、いくつか選択肢があるならば、環境にいいほうを選ぶことがサッカーファミリーにとってスタンダードになるよう、2027年をめどに取り組んでいきます。
さらにそこから2030年に向けて『仕組みが変わる』ことを目指しています。どうしても環境問題は個人の努力に寄せがちで、世界市民会議でも、日本では「生活の質を脅かす」という回答が多くなっています。たとえばさまざまな困りごとを抱えている人が、環境にいい選択肢を積極的に取れるかというと、それも容易ではありません。個人の肩に載せすぎず、環境負荷の少ない生活をするためには、仕組みが変わっていく必要があります。そのきっかけとなるアクションを、60のクラブの拠点で広げていきたいと取り組みを進めています。

具体的には、どのようなことに取り組んでいますか?
入江さん: 2024年からJリーグ地域再生可能エネルギー助成金の制度を設け、Jクラブを拠点として地域で再生可能エネルギーが普及していく後押しを進めてきています。実際にその制度を活かして、ステークホルダーの方々とさまざまな取り組みを始めるクラブも出てきました。

ソーラーシェアリングの様子
たとえば、ガイナーレ鳥取は、耕作放棄地で芝生を育てながら、その農地の上に太陽光パネルを設置し発電する『しばふる太陽光発電所』というソーラーシェアリングを開始しています。耕作放棄地の解消と、地域の再生可能エネルギー創出に貢献する取り組みです。
水戸ホーリーホックも耕作放棄地を活用し、ソーラーシェアリング『GRASS ROOTS FARM 太陽光発電所』を展開中です。地域に再生可能エネルギーを増やしていくとともに、化学肥料を使わない野菜の栽培をおこないながら将来的には有機JAS認証取得を目指すとともに、後継者不足という地域課題の解決に繋げて地域に広く貢献していきたいという思いをもって事業を推進しています。
そして、Jリーグは、イングランドプレミアリーグをはじめ、欧州の4つのサッカーリーグが参画(2025年現在)している『スポーツポジティブリーグ(SPL)』にアジアで初めて、2026年より参画します。SPLとは、サッカークラブの気候アクションを定量的に“見える化”し、その進捗や目指すべき方向性を一目で把握できる仕組みです。この仕組みによって、地域資源を活かしながら、脱炭素に向けた活動が広がり、自然環境の保全や再生を推進する地域のハブとして、Jクラブが地域からより信頼される存在になることを目指していきます。
緩和から適応まで、気候変動対策を両輪で進められていることがよくわかりました。改めて、気候変動が進みゆくなか、Jリーグ、ひいてはスポーツ業界として、これからどのような姿勢であるべきでしょうか。
窪田さん:前提として、スポーツは、平和で安心安全な社会があってこそ、できるものです。その環境を維持するために我々にできることがあれば、今後も積極的に取り組んでいきます。
入江さん:健全な自然環境は、当たり前に持続していくものではないことを、スポーツを通じて多くの皆さんにわかりやすくお伝えすることが、一番求められていると思います。
アスリート、クラブの発信力を活かし、地域の皆さんと共に気候アクションを一緒に進めていけたらと思います。

この記事は2025年7月1日の取材に基づいています。
(2025年9月24日掲載)