Staff interview #56
井手 淨(IDE Kiyoshi)

現在のご研究について教えてください。
現在と過去の水循環の時空間的な変化について調べる研究をしています。
具体的には、1950年代から現在までの約70年間のデータを用いて、人間の水利用を加味した水資源の長期シミュレーションモデルの構築を行っています。
日本では戦後、人口の増加に合わせて、ダム・導水路などの水インフラが整備されました。森林や農地だった地域でも市街地化が進み、水利用のあり方は大きく変化してきました。そうした人為的な要因は、気象と同じく地域の水循環に大きな影響を与えます。そこで私たちは、気象やさまざまな人為的要因についての詳細なデータ取得が可能な期間として、1950年から現在までを対象に、水の動態を再現できる数値モデルの構築に取り組んでいます。
人間活動や気象が水循環に与える影響を考慮した信頼性の高い水循環モデルができれば、気候変動が進んだ将来、日本の水資源のあり方がどう変わっていくかを推定できるようになります。そうした知見は、今後の水資源管理にとって欠かせないものです。
そもそも水の動態に興味を持ったきっかけは何でしょうか?
大学生の時に初めて所属した研究室が水文学、つまり地球上の水の分布や動態について研究しているところで、そのスケールの大きさに惹かれたことがきっかけでした。
私が通っていた熊本大学がある熊本市は地下水が豊富なことで知られ、水道水も全て地下水で賄われているほどです。とはいえ、使える地下水の量には限りがあります。地下水は地層の隙間を縫ってゆっくりと流れるので、地表水(河川や湖沼など地表に存在する水)よりもはるかに循環が遅く、渇水のような短期的な気象災害には比較的強い水資源ですが、長期的・持続的に活用するには適切な管理が不可欠です。では、その地下水がどこからくるのかをみてみると、熊本市を越えた隣の市や町に雨がしみこみやすい地下水の供給源があります。市町村の境界を超えて地下水の管理をする仕組みも含めて、大きな時空間スケールで水循環を捉えた上で研究するところに興味を惹かれました。
では学生時代は地下水の研究をされていたのですか?
はい。大学の修士課程からは、九州南部の霧島火山群地域の地下水の流れや、地下水中にイオン成分が含まれる過程について調べていました。
火山の噴火による堆積物は隙間が多く水を蓄えやすいため、火山体やその周辺地域では湧水が豊富に得られます。しかし、地下水がどんな地質構造の環境に蓄えられるのか、また湧水として地表に湧き出るまでの詳細なプロセスについてはまだわかっていないことも多く残されています。そこで私は、たくさんの火山が並ぶ霧島山を巡り湧き水を定期的に採取して、水の中に含まれている化学物質を解析することで、いつ降った雨に由来するのか、湧き水となって出てくるまでにどんな過程を経たのかなどについて調べていました。
国内でのフィールドワークの様子
海外でのフィールドワークの様子
現在の研究も水循環という点では共通していますが、アプローチは大きく異なりそうですね。
そうですね。今は計算機を使ったプログラミングなどが中心ですが、学生時代はフィールドに足を運んで水を採取し実験室で分析することが中心でした。
転機となったのは、芝浦工業大学に所属した研究室での経験でした。当時、芝浦工業大学などでは、首都直下型地震や南海トラフ地震といった大規模な地震や渇水が起こった際に、一時的に地下水を汲み上げ、生活用水などに利用する方法を検討する研究開発の大型プロジェクトが走っていて、それに地下水の専門家として参加することになり、異動しました。
所属先の研究室では、今の研究でも使用している水資源モデルシミュレーションプログラムの「H08」を用いて、渇水が発生した場合にどこで水が相対的に不足しうるかを計算しました。そうした業務を通じて、コンピューターサイエンスの技術を身につけていきました。
もともとプログラミングはお得意だったんですか?
とんでもない!
大学のプログラミング実習なんかでも全然ダメで、クラスで一番出来が悪いくらいでした。
本当にゼロからのスタートだったので最初は苦労しましたが、何度も何度も試行錯誤を繰り返して何とかできるようになりました。
データを解析中……。
研究をしていてやりがいを感じるのはどんなときですか?
プログラミングは一回でうまくいくことはまずないので、自分が書いたプログラムが正しく動いた時は本当に嬉しいです。バグを直すのに、数日かかることも多く、その作業を繰り返して、少しずつ研究が進んでいくのが、研究の難しさでもあり醍醐味でもあります。
あとは、やはり論文が受理されたときは素直に嬉しいです。
井手さんは理学系のご出身で、いわゆるピュアサイエンスから研究の道に入られたわけですが、社会実装を重視している適応センターに入ってみていかがですか?
適応センターの皆さんは、自分の研究分野と気候変動や適応との接点について、常に念頭に置いて研究を進められていると実感しています。
月に1回センター内部での研究発表があるのですが、生態学や環境化学など自然科学系だけでなく、社会学や経済学といった人文系の研究をしている人など、全く異なる分野の研究者が集まっています。気候変動という共通のテーマを軸として、互いの研究がどう活かせるか、一緒に研究したらどんなことができそうか、自然と議論する土壌が醸成されていると感じます。
適応に対する個人的な思いの変化などはありましたか?
日々の身近な生活の中にも、気候変動適応への対策になるものがあると思うようになりました。
例えば、大雨などの災害時に公共交通機関を優先する交通マネジメントも適応策の一つです。日常的に公共交通機関を利用することで、その持続可能性を支えることにつながります。
適応センターのあるつくば市はバスの本数が多くはないため、平時から利用して持続可能性を維持しないと、将来使えなくなるかもしれません。そういったことを意識して、普段の通勤は公共交通機関と徒歩で行っています。
一見関係がないように思えても、長い目で見れば気候変動への適応につながることがあり、意識してそのような行動を続けることが大事なのだと考えています。
最後に、今後の目標について教えていただけますか?
まず、現在取り組んでいる日本国内の過去から現在までの水循環の長期シミュレーションモデルをしっかり構築したいという思いがあります。人間の水利用と水循環の関係性の時間変化を推測できる信頼性の高いモデルができれば、気候変動適応策を考える上でも役立ちます。
さらに、地表の水の流れだけでなく、自分のもともとの専門である地下水の研究もしっかりやっていきたいです。現在、日本全国の水循環モデルの開発と並行して、日本国内のいくつかの流域の地下水の水位の変動を見る研究をしています。
雨が降ってきて地下に水がしみこむところ、地下水が流れてくるところ、地形的に湧き出しやすいところなど、地下水位の変動パターンの特徴を色んな地域で明らかにしたいと考えています。
将来的には、地表に近い水の循環だけでなく、地下水の流れも統合的に研究できるような研究者になりたいというのが目標です。
愛車と一緒に笑顔で!