インタビュー適応策Vol.35 長野県

学校内の温熱環境調査と暑熱対策で、生徒の健康を守る

取材日 2022/6/16
対象 信州大学工学部建築学科 助教 中谷岳史

中谷先生の研究概要について教えていただけますか?

もともとは物理を基礎にした建築環境工学が専門で、これまでは建築の温熱環境やエネルギー消費量評価に取り組んできました。一番興味があったのは、暑さにおける人間の調節行動です。人間はどこまで暑さに耐えられるのか、気温に応じてどのように合理的な行動を取るのか。あるいは、それらの行動はまったくの非合理なものなのか、というようなところから研究を進めていき、近年は、どのくらいの温度・湿度で人間はエアコンや扇風機を使うのかといった暑熱限界・寒冷限界について検討するなどしていました。
その後は設備的適応としての冷暖房機器、建築的適応としての建物の断熱や日射遮蔽性能に研究テーマが広がりましたが、一方で気候変動は非常に重要な課題であり、以前から取り組みたいと考えていました。
そんな折、2019年度の環境研究総合推進費の採択課題で研究開発のお誘いをいただき、今後の建物の改修計画や、建物にあるべき性能についてなど、広い視野で研究を始めた次第です。

具体的にはどのような研究を行われましたか?

2019年度から2021年度まで長野県の学校を対象に、温熱環境と、暑さの主観評価による生徒の熱中症判断基準情報の作成を担当しました。
長野県は一般的に寒い印象があると思いますが、冷房のない高校の教室では熱中症が発生してもおかしくない水準まで教室の温度が高くなるのです。これは、自然通風による排熱や、扇風機による人体放熱に限界があることを示唆しています。
また気温20〜30℃の手前までは、服を脱ぎ着することにより熱的快適性を作ることが可能ですが、30℃の手前からは社会的制約により脱げる服がなくなります。つまり暑熱環境において、着衣量調節にも限界があるということです。

次に、小学校で生徒と担任に対して、室温に対する暑さ寒さの程度を回答してもらい、応答を分析しました。その結果、室温と暑さの感じ方の関係は学年・性別で異なり、さらに高学年は暑くても「暑い」と申告しない傾向にあったのです。
また教室の冷房を管理する先生に「生徒は暑いと思っているか」を予想してもらうと、その結果と生徒の感じ方が一致しないことも確認できました。これは大人と子どもで活動量や熱容量が異なることに加えて、先生は主に教室の比較的涼しい黒板近辺で行動することが多いというのが理由のひとつです。特に窓際は高温になりやすく、生徒の温度感覚を予想することが難しいといえます。

校舎内以外の問題点にはどのようなものが挙げられますか?

配置によって、校庭にホットスポットが生じる可能性があります。太陽から直接地面に降り注ぐ直達日射、そして地面反射に加えて、建物からの反射が追加されることにより、校舎南側に近い校庭が最も暑くなる事例を確認できました。
一方で長野市の気象観測所は標高がやや高い地域にあることから、各学校の気温よりも低い値を示す傾向があります。このように観測所と学校の標高差、また同一敷地内でも温度差があることから、計測の重要性が示されました。

気候変動影響で、特に学校などの教育施設における昨今の熱中症リスクの傾向についてお聞かせください。

建物内の熱中症リスクは、増加傾向にあるようです。長野市の標準の気象データによると、8月は20℃前半から30℃前半の間で推移しますが、将来予測(RCP8.5)を見ると、2050年には平均気温が25℃から35℃の手前、最高気温も現在の30℃付近から40℃近くに達する可能性があります。
人体の表面温度は33〜34℃なので、外気温がそれを超えることになり、これまで体から放出されていた熱が逆に体内に入ってくる恐れもあります。つまり建物の断熱や、日射隠蔽性能の改修が重要です。
現在の学校での熱中症発生状況は、幼稚園から高校まで含めると年間5000件程度報告されており、運動時の発症が特に多いです。しかし、熱中症ではなく「体調不良」と診断されている人もいることから、実際はさらに多いことが予想されます。

気候変動影響への適応について、現在の取組と今後求められる対策はなんでしょうか。

緩和策の観点では、冷房エネルギーの消費量を減らすことが望ましいため、人の調節行動に期待が集まります。しかし健康リスクを伴う恐れがあるため、適応限界に注意してエアコンの使用を促す必要があるでしょう。
先ほど述べたように、大人と子どもでは暑さの感じ方が異なり、教室内でも場所によって体感温度に差があることから、エアコンをつけるタイミングについては主観に頼るのではなく、計測機器を利用し、数値によって教室の温熱環境を管理することが望ましいです。そしてそれは、教員の管理責任の軽減にもつながります。
しかし授業中にベルなどで危険を知らせると、授業の妨げになります。そこで熱ストレスをさりげなく伝えるIoTデバイスを電子制御の専門家と連携して開発しました。これは黒板上部にLEDテープを貼り、WBGTが28℃を超えたところでオレンジ色に変化する仕組みです。1年間運用したところ「先生、28℃を超えたよ」と生徒が声がけをすることによる先生とのコミュニケーションツールとしてもうまく機能し、現場からのヒアリングとしては好評と聞いています。

熱中症リスク軽減のための教室内の情報通知

その一方で、先ほど先生がおっしゃったように、省エネルギーの観点からの工夫も必要かと思われます。

夏も冬もエアコンの使用量は電気代と健康リスクがトレードオフになりますので、建物の遮熱施工は今後の重要課題です。
冬は暖房費節約のためにできるだけ窓から日射エネルギーを取り入れて、さらに壁と窓の断熱性能を高めて、昼間に温まった空気を逃さないようにする。では冷房費を減らすにはどうしたらいいかというと、できるだけ窓から入る日射エネルギーを減らして室内に入れないようにしつつ、室内が外よりも暑いときは空気の入れ替えが推奨されます。つまり、夏と冬で求められる窓の仕様が真逆になるということです。これが、この研究の難しいところでもあります。
そこであらゆる状況を計算して、統計的に多目的最適化を行い,地域や季節にあった建物性能や運用方法を見つけていくという研究を進めています。現在の小学校を建て替えるときには、もう2100年が視野に入ってきます。そのときにはかなり気温が上がっていることが想定されるため、パッシブデザインも考慮し、室温を上がりにくくする建物の形状を主要テーマにして取り組んできたいと思っています。

今後の課題と展望について教えてください。

安全かつエネルギー消費の少ない建物をつくるには、将来予測から建築熱解析に必要な情報を取り出して、さまざまな建物仕様に活かしたり、地域で解析を行いながら検討したりする必要があります。情報処理の技術は課題のひとつですが、今後はますます将来予測データの利用が進み、建物の設計に活かされていくでしょう。

研究のやりがいや、今後このような分野の研究者を目指していく学生たちにメッセージがありましたらお伺いできますか?

建築というのはいろいろな分野で成り立っています。哲学、思想的なものからデザイン、構造、設備、環境。高齢者や小さいお子さん、それぞれの住みやすい暮らしは違いますし、さまざまな角度から研究を行う総合学問なんです。そのなかのひとつの分野を極めていくのが研究者の責務ですが、こと気候変動や地球温暖化問題についてはテーマが大きく、学際研究がどうしても必要になってきます。
これまで私は室内で人間がどう行動するか、暮らし方について研究をしていましたが、気候変動に関わるととても視野が広がり、さまざまな人とコミュニケーションを取りながら人類に貢献できるテーマの一部に関わることができます。それは大きなやりがいです。
そういう大きな視野で、建築分野の気候変動研究に関わる人が増えるとうれしいですね。

この記事は2022年6月16日の取材に基づいています。
(2022年8月19日掲載)

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