地球の歴史を刻む秋吉台国定公園で、広く学べる環境を整え、気候変動影響にも備える

取材日 | 2024/11/27 |
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対象 | 美祢市立秋吉台科学博物館 ・学芸員 藤川将之 ・学芸員 石田麻里 |
100年以上もの歴史を紡ぐサイエンスフィールド
秋吉台、そして秋芳洞とはどのような場所なのか、教えてください。
藤川さん:秋吉台は1955年に国定公園に指定され、1964年には特別天然記念物にも指定されています。さらに、ラムサール条約の登録湿地でもあり、美祢市全体が日本ジオパークに登録されていることもあって、官民問わず、さまざまな形で法的に評価される一方で制限もされるという、複合的な環境に置かれています。
秋吉台国定公園の魅力は、日本に数少なくなってしまった草原環境のなかに凸凹した地形や白い石が並ぶ、いわゆる奇妙な景観と書いて「奇観」であるところです。その地下には秋芳洞という広大な洞窟があり、溶けた石灰分がもう一度固まって何万年という時間をかけて形成された、鍾乳石といわれる二次生成物が洞窟の至るところに見られます。このように、地球の歴史がさまざまな形態で見られるところが魅力ですね。そして、実は洞窟と地表の凹凸は繋がっていて、地下水を通じて一体の環境を形成しています。
秋吉台も秋芳洞も、目の当たりにすると直感的に「すごい」「珍しい」という驚きや感動がありますが、我々博物館側の人間からすると、そういう感情だけで終わってほしくないという思いもあります。洞窟も鍾乳石も、地表の形態も、地球の歴史を記録し続けていて、いまでも変化を続けているんです。数十億年の地球の歴史がここにあり、それが未来を予測するカギにもなります。

観光地としてだけでなく、学術的にも貴重な場所なのですね。
藤川さん:そうです。100年以上前から、科学的な研究調査のフィールドとして扱われてきた歴史があります。最初に地質学・地形学の学会誌に報告が掲載されたのが1903年で、明治時代から学問の対象になっていました。
以来、生物学、環境学、考古学、歴史学など、さまざまな学問分野の研究者が調査し、新しい発見をし、それが今日まで続いているのです。

秋吉台と秋芳洞は、地下水を通じて一体の環境を形成しているとおっしゃいましたが、そのあたりについて詳しくお話いただけますか?
藤川さん:白い石は炭酸カルシウムを主成分とする「石灰岩」と呼ばれる岩石で、「炭酸塩岩」と総称されるものの一種です。石灰岩は世界中に分布していますが、多くは生物骨格の遺骸、たとえばサンゴの骨格や貝の殻など、生物が死んだ後に海の底で固まって堆積し、蓄積していったものです。
石灰岩の特徴として「酸に溶ける」という化学的な性質があり、二酸化炭素が含まれる雨や土壌水はやや酸性寄りなので、石はそれと反応して溶け続けています。その結果、石にすり鉢状の穴ができたり、凹凸の多い地形が形成されたりするわけです。流れた水は、地下に入ったあとに水路を作ります。地下水は水路の壁や床、天井を溶かしながら進んでいくので、結果的に洞窟が形成されます。
洞窟は出口と入口がそれぞれひとつというわけではなく、アリの巣のように複雑に地下水路が洞窟を成長させ続けるため、秋吉台地域に分布する洞窟はすべて地表と地下がつながっている、とみなすことができます。
秋芳洞は、秋吉台地域で確認されている453の洞窟のひとつで、最も大きくて著名な観光洞です。この地域では毎年新しい洞窟が発見され、記録が続けられています。

大雨による洪水や、気温上昇による生態系への影響を懸念
秋吉台科学博物館の活動概要をお聞かせください。
藤川さん:創立は1959年です。先ほど申し上げた通り、秋吉台は科学的な研究調査のフィールドとして扱われてきました。私たちは博物館の機能として、どういうものがここにあって、どれほどの価値を持つ場所なのかということを学問的に価値づけてきた歴史があります。
観光地でもありますので、ここを訪れる老若男女を対象に展示を見ていただいたり、観察会のような機会を設けたりして、教育活動を継続しています。

気候変動の影響で、秋吉台または秋芳洞について、近い将来懸念されることはありますか?
藤川さん:秋吉台のようなカルスト(石灰岩などでできた地形)の環境システムは、水を涵養させる機能がほとんどないといわれています。ですから、大雨が続くと下流側に水が流れて洪水が発生しますし、水を蓄えることができないため晴れが続くと干ばつが起こりやすいという特性があります。今ではある程度排水も整備されていますが、数十年前までは、大雨が降り続くと排水が追いつかず、ふもと一帯が湖のようになってしまうという問題もありました。雨が降り続くと土壌の流出が進行するほか、陥没の可能性も高まるかもしれません。また、カルスト台地の周縁部では崖の崩壊が起こりやすいと考えられます。雨が引き金になって、カルスト台地のあちこちで崩壊が起こる可能性も高まります。
気温が上がり、日射量の増減や寒暖差が激しくなると、植生にも影響があると考えられています。秋吉台の草原は、300年以上、人々と共生してきた里山です。それが、極端に偏った気候や大幅な気温の変化によって維持できなくなる可能性もあると推定されます。外来種に取って代わられたり、荒地になったりするかもしれません。

ちなみにこのあたりはどのような植生で、どんな動物や昆虫が集まってくるのでしょうか?
石田さん:秋吉台の草原は半自然草地と呼ばれ、採草や山焼きなど人々の手が加わることで維持されてきた二次的な自然環境です。ここでは、ネザサやススキを中心としてさまざまな種類の植物が生育しています。秋吉台のような草原環境は、この100年ほどの間に全国的に減少してしまったため、草原に生きる動植物の中には絶滅が危惧されているものもたくさんいます。例えば、草原性のチョウです。そのチョウはかつて広い範囲に分布していたのですが、いまでは本州では秋吉台でしか見られないといわれています。草原でなければ生きていけない動物や植物にとって、秋吉台の草原は貴重な場所になっています。
局所的な話にはなりますが、洞窟の入り口周辺は夏季でも冷たい空気が洞窟の中から出てくるので、この地域の一般的な気候よりも若干冷涼になります。そういった環境に生育する希少な植物は、特に気候変動の影響を受ける可能性があります。

現状を理解してもらうために、広く学習の機会を作る
これからの気候変動を踏まえて、適応策として有効だと思われることはありますか?
藤川さん:危険性や将来予測を認識したうえで、地元の小学生などを含め、さまざまな方に発信、普及していくという教育的な活動がひとつあります。それは、すでに実施していることです。もうひとつ、私の専門職は地質学で、石田は生物学なのですが、博物館という小さな組織のなかですべてを認識して解決するところまで導くのはなかなか難しいのです。我々の役割として、まずは現状を認知して情報を捉えることと、そのための学問的な情報や成果を積み重ねていくことなのかなと思います。
これは大学の先生なども含めて実施していくことになりますが、それをどう実行していくかということについては、我々の力だけでは難しいので、国や自治体の力をお借りしたいです。
石田さん:博物館の基本的な、かつ最も重要な機能のひとつとして「資料収集保存」があります。「学術的情報の収集・蓄積」にはさまざまな研究の成果の証拠となる「資料」も含まれています。
博物館における「資料」とは「モノ+情報」を指します。自然史分野をはじめ、歴史、民俗、考古、芸術等の多岐にわたる博物館資料は、それそのものの重要性もさることながら、それらが採集・作成された当時の気候、自然現象、動植物相、社会構造、風俗習慣、社会情勢等さまざまな情報を包含しているという点でも貴重な存在といえます。
気候変動を含め、変動を正しく認識するためには、変動する前の状況との比較が不可欠です。地球規模の気候変動に加え、地域に暮らす我々にとってはこの地域の過去と現在を比較できることが大切です。それにより、現在起こりつつある変化を把握したり、将来の予測をおこなって対策を立てたりすることができるようになるからです。
さらには、気候変動を含むさまざまな要因により現在の自然環境や文化が変化し失われていくのであれば、「この地域」の「今」を記録(収集)し、保存し、未来のために継承していくことも必要です。
博物館施設における資料収集保存機能は、その博物館施設と利用者のためだけにあるのではありません。気候変動問題への対応と未来の世界に資するという点で、社会的に重要な役割を持っているのです。
創立から60年を経て多数の資料が蓄積されており、膨大な時間はかかりますが、適切な整理、管理をしていきたいと思います。

観光客、特にインバウンドが近年増えてきており、人の足がたくさん入ることで発生する、いわゆるオーバーツーリズムのような問題や懸念点もあると思います。おふたりがこの場所を守っていくために大事だと感じていることや、今後の展望について教えていただけますか?
藤川さん:秋吉台は「大事な自然だから、人が入らないようにしましょう」という場所ではないと思うんです。適切な利用を促し、現状をできるだけキープすることが望ましいですが、博物館がそのためにできることは、基礎的な科学に基づいた情報を蓄積し、それを発信していくことだと考えます。
実際に地元の小学校の総合学習では、年間を通して秋吉台を学ぶ時間をとっています。現地で話を聞いたり、山を歩いたりして、自然科学だけにとどまらず、地域の歴史・文化も含めた視点から総合的に学んでもらうという時間が、10年以上も続いているんです。総合学習の終わりには、自分たちでテーマをまとめ、観光客のガイドをする時間もあります。また地域の未来を担う子どもたちだけでなく、各種社会教育団体の活動のなかでもさまざまなテーマで講演をおこなっています。
観光客の皆さんにも我々の言葉がその都度届くようなシステムを作ったり、信頼関係を築いたりすることが、今後の課題です。

石田さん:秋吉台では大規模に草原を利用したトレイルランニングのイベントも行われていますが、踏圧により草原が痛み、裸地化が進んでいるところもあります。シバが剥がれて土が露出してしまったところに雨が降ると、土が流れて、植物が生えなくなることもあるんです。
そこでいま、観光協会主催のトレイルランニングについては、実施前と実施後でどのくらいの影響があるのかモニタリングしながら、外した方がいいコースを検討したり、植生の回復対策をしたりしています。
秋吉台を活用して人を呼び、魅力を発信していくことは、秋吉台に興味をもってもらう機会を増やし、適切な保全を続けていくためにも大切なことだと思います。新たな行事を計画する際には、主催者の目線だけでなくいろいろな人が関わって、その影響と対策を考えられるような柔軟な関係性を構築できるといいなと思っています。

この記事は2024年11月27日の取材に基づいています。
(2025年4月25日掲載)