名水の里・秦野における地下水マネジメント

掲載日 2025年10月24日
分野 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域
地域名 関東(神奈川県)

気候変動による影響

近年、局地的な豪雨や線状降水帯の増加により、河川の増水や土砂災害の危険性が高まっています。都市化が進む地域では、地面の舗装によって雨水が地中に浸透しにくくなり、地下水のかん養量が減少しています。また、猛暑の影響で蒸発量が増え、河川や貯水池の水位が下がるなど、渇水のリスクも高まっています。

秦野市の地下水は、量と質ともに安定した水資源として活用されていますが、こうした気候変動の影響により、同市においても地下水の収支バランスに変動が生じています。

取り組み

秦野市は、神奈川県の西部、丹沢の山並みに包まれた県内唯一の盆地に位置しています。盆地の地下には、地下水が「天然の水がめ」として礫層に蓄えられており、その貯留量は約7億5千万トンに達します(図1)。これは、神奈川県内のダムの貯水量(約2億3千5百万トン)の約3倍に相当します。秦野市ではこの地下水を持続可能な資源とするために、①地下水の量の保全、②地下水の質の保全、③地下水マネジメント、④渇水や災害時の揚水施策などに取り組んでいます。

① 地下水の量の保全(地下水調査、人工かん養、山地かん養)

秦野盆地の地域水循環を知るため、地形・地質・河川流量・地下水位などの調査を行い、かん養を推進しています。人工かん養の例として、水田かん養、雨水浸透ますの設置、冷却水の還元、雨水調整池の活用など(注1)の人々の生活に関わる多様な施策を展開しています。また、山地かん養としては「水源の森林整備事業」や、ボランティア団体を中心とした「里山整備事業」を推進することにより、健全な森林里山の創出とそれに伴う林床植生の回復によって土砂流出を抑制し、森林の保水力向上とかん養を促進しています。

② 地下水の質の保全

1989 年に、名水百選「秦野盆地湧水群」の代表的な湧水地である「弘法の清水」が有害化学物質による水質汚染が判明したことを受け、専門家の提言を基に、地下水汚染状況の調査・未然防止指導・健康調査を実施しました。そして、全国で初めて汚染原因者に浄化を義務付ける制度となる「秦野市地下水汚染の防止及び浄化に関する条例」を 1994 年に施行しました。これにより、湧水と地下水の水質浄化が図られ、2004 年に「秦野盆地湧水群」の名水復活宣言に至りました。

③ 地下水マネジメント

健全で持続可能な水循環を創造し、市民共有の財産である地下水の利活用を目的とした「秦野市地下水総合保全管理計画」を2003年に策定しました。本計画に沿って進める地下水マネジメントは、地質調査や水収支といった科学的知見に基づいて行われ、その中心的なツールとして「はだの水循環モデル(注2)」が位置づけられています。このモデルは、水資源管理システムに組み込まれ、地下水賦存量の推計や水収支管理、地下水汚染の浄化予測(2030~2050年代)などに活用され、水資源の「見える化(図2)」にも貢献しています。特に、地下水へのかん養量と地下水からの湧出量を表す「秦野盆地の水収支(図3)」や、グラフ化した「秦野盆地の水収支の経年変化(図4)」は、地下水環境の現状と健全性、および豪雨などの気候変動との関連性を把握することが可能となります。

また、秦野盆地を形成する扇状地の中央部分に位置する監視基準井戸(観測井No.25)の地下水位をモニタリングし、取水制限等の措置を講じるための基準として、計画に定められた水頭標高(地下水位)を3段階(注意・警戒・制限)に区分し、水位低下時には、節水PRや取水制限等の措置を講じます。

④ 渇水や災害時の揚水施策

市では、水道水の約7割に地下水を利用しているため、渇水の影響を受けにくくなっていますが、防災備蓄や名水のプロモーションを目的として、ボトルドウォーター「おいしい秦野の水~丹沢の雫」を製造販売しています(注3)。さらに、市域内の地下水を水源とする水を「秦野名水」と名付け、ロゴマーク使用認証制度を導入することで、関連商品とともに「名水の里・秦野」としてのブランディングを進めています(注4)。

加えて、地震や風水害などの災害対策として、個人所有の井戸を「災害時協力井戸」として登録・情報公開する取り組みが、NPOなでしこ防災ネット(注5)によって行われています。さらに市では、旧配水場からの導水管を消火栓に活用したり、公園の親水施設用水源井戸の配管を広域避難所へ引き込むなどの災害対策も行っています。

効果/期待される効果等

地下水に対する多面的な施策を通じて、令和6年度における秦野の地下水かん養量は1日当たり134,358㎥であり、豪雨時の雨水流出抑制としても機能し、治水対策に寄与しています。その中でも、雨水浸透ますの設置など市民が参加できる人工かん養による地下水かん養量は、1日当たり9,998㎥(全体の7%程度)ですが、溢水緩和に貢献するとともに市民の地下水保全に対する意識向上にもつながっています。

このように、平時から推進している地下水の水収支の安定化のほか、災害時における緊急的な水源の確保など、市民共有の財産として良質な水道水源を継承することで、災害時にも「名水の里」としての機能を十分に発揮できることが可能となります(注6)。

さらに「秦野名水」としてのブランド力は、おいしい水道水や清澄な湧水を求めた移住の促進も期待できます。

秦野地下水の天然の水がめイメージ
図1 秦野地下水の天然の水がめイメージ
(出典:秦野市ウェブページ「地下水総合保全管理計画」
「見える化」の例:秦野市水資源保全管理ダッシュボード
図2 「見える化」の例:秦野市水資源保全管理ダッシュボード
(出典:秦野市ウェブページ「秦野の地下水情報(水資源保全管理ダッシュボード)」
秦野盆地の水収支(令和6年度)模式図
図3 秦野盆地の水収支(令和6年度)模式図
(出典:秦野市ウェブページ「公害対策等の概況」
秦野盆地の水収支の年度毎の変化(地下水かん養量-湧水量)
図4 秦野盆地の水収支の年度毎の変化(地下水かん養量-湧水量)
(出典:秦野市ウェブページ「公害対策等の概況」

脚注
(注1)水田かん養:下水かん養効果が高い地域において、耕作をしていない水田を借り上げ、農業用水を引き込み地下へ浸透させる方法。
雨水浸透ます:住宅の屋根に降った雨水を浸透ます(補助金制度を含む)や浸透トレンチ管を通じて地下に浸透させる方法。
冷却水の還元:市内の工場で循環冷却水として使用した水を注入井から地下へ直接的にかん養する方法。
雨水調整池:雨水調整池などによるかん養する方法。
(注2)はだの水循環モデルは、秦野盆地の水循環をコンピューター上で再現するために、最新の地質調査結果を基に構築・更新された3次元格子モデルのこと。このモデルは、秦野盆地の地下水盆の新たな地質構造を反映しており、特に地下水盆を、浅部帯水層と深部帯水層の2層構造で表現する点が特徴である。
(注3)ボトルドウォーター「おいしい秦野の水~丹沢の雫」は、平成27年に名水百選選抜総選挙「おいしさが素晴らしい部門」で日本一にも選ばれている。(出典:環境省名水百選30周年記念「名水百選選抜総選挙」
令和6年度分販売数:約21万6千本
(注4)「秦野名水」ロゴマークは、平成26年1月に策定された「秦野名水の利活用指針」に基づき、地下水の価値を広く伝えるため同年3月に作製され、市制施行60周年を迎えた平成27年度には、より効果的な利活用を図るため商標登録された。(出典:秦野市役所「秦野名水」ロゴマーク
(注5)なでしこ防災ネットは、秦野市の女性防災士を中心とする防災ボランティアとして「女性の視点で防災対策 日ごろの備えと地域の絆」をテーマに、地域の高齢者や子どもといった災害時要配慮者にとって安全・安心な町づくりを目指している。(出典:なでしこ防災ネット
なでしこ防災ネットによる災害時協力井戸の公開に関する取り組みは、公益財団法人日本河川協会による第18回日本水大賞を受賞している。(出典:(出典:公益社団法人日本河川協会「第18回 日本水大賞 災害時の水の確保と「災害時協力井戸の家」看板設置運動を地域とともに」
(注6)令和6年能登半島地震を契機に令和7年3月 内閣官房水循環政策本部より「災害時地下水利用ガイドライン ~災害用井戸・湧水の活用に向けて~」により、地下水マネジメントの必要性が提示され、全国各地の地下水協議会で推進されている。(出典:国土交通省「災害時地下水利用ガイドライン ~災害用井戸・湧水の活用に向けて~」(令和7年3月)
内閣官ホームページ「地下水マネジメント推進プラットフォーム『地下水協議会とは』」

出典・関連情報

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