現在から見た将来 ≠ 将来から見た現在
~気候変動適応とフューチャー・デザイン~

【監修:大阪大学大学院工学研究科 原圭史郎 教授】

1.将来世代の立場で物事を考える「フューチャー・デザイン」の広がり

 将来世代に持続可能な社会を引き継ぐための様々な「社会の仕組み」をデザインし、実践するのがフューチャー・デザインです。
 そのような有効な社会の仕組みの一つが「将来世代」の立場になりきって意思決定を行う「仮想将来世代」を創出するというものです。このような仕組みを用いて、未来に関する議論や意思決定を行うフューチャー・デザインの考え方が、さまざまな主体の参加の下で、多様な課題・テーマにおいて応用されています。
 フューチャー・デザインは、2012年ごろに大阪大学環境イノベーションデザインセンター(当時)に設置された研究会「7世代ビジョンプロジェクト」での議論に端を発しています。そして現在ではさまざまな研究や実践が国内外で進められています。
 フューチャー・デザインの初めての社会実践は、2015年に岩手県矢巾町で実施されました(注1)。この実践をきっかけとして、大阪府吹田市、京都市や経済産業省など、さまざまな自治体や機関でフューチャー・デザインの考え方を取り入れたワークショップが実施されており、昨今では行政にとどまらず、産業界へも広がりを見せています。また、産学官メンバーが一緒になって課題に取り組む動きも出てきています。例えば2024年度には、近畿地域エネルギー・温暖化対策推進会議の下にも「フューチャー・デザイン分科会」が設置され(注2)、産学官のメンバーが、仮想将来世代の視点からカーボンニュートラル対策の議論を行うことになっています。
 フューチャー・デザインの実践テーマも、地方創生プランや環境基本計画、カーボンニュートラル政策、水道インフラの維持管理計画などの行政計画の策定に関するものから、産業界では、研究開発戦略や新規事業の検討に至るまで、多岐にわたります(フューチャー・デザインの実践事例については注3を参照)。
 気候変動の分野についても、緩和策については、2019年に京都市でカーボンニュートラルに向けた政策デザイン(注4)、適応策については、2023年に京都気候変動適応センターにおいて、気候変動下の京都における農業の将来ビジョンの検討(注5)を目的として、フューチャー・デザインを応用したワークショップが実施されています。また、2024年には、水戸市においても市職員参加の下、緩和策と適応策を統合したまちづくりに関するワークショップが計画されています。

2.フューチャー・デザインの意義

 将来世代の立場になりきって議論すること(仮想将来世代を導入すること)によって、将来世代に対する共感を高め、現世代と将来世代の双方の利益や幸せを考慮して意思決定を行うことを目指します。
 気候変動のような長期的な課題の解決策を検討する際に、現世代の視点で検討を行うと、現世代の利益を追求あるいは優先した形で議論が進む傾向があります。そのような議論の結果選択される対策では、結果として将来世代が大きな負担を負うことになり、現世代と将来世代との間で利害対立が生じる可能性が生まれます。
 我々人間は本来「近視性」を持ち、目先の利益など短期的な視点で物事を考えがちですが、将来世代になりきって考えることで人が持つ「将来可能性」を生みだし、その結果将来世代の利益を考慮したより長期的な視点での意思決定が可能であることが示唆されています(注6) 。
 さらに、議論の参加者から出てくる意見にも変化が見られます。現世代の立場で議論すると、実現に大きな障壁があるような社会変革を伴う新たな仕組みや制度の導入には、二の足を踏む、あるいはその発想に至らない可能性がありますが、仮想将来世代の立場から議論すると、「必要な変革は実施すべき」という社会変革に対するインセンティブが働くことがこれまでの事例で観察されています 。
 将来から遡って現代を考えるという点では、「バックキャスティング」という手法もありますが、あくまで現世代の立場で、目標や未来社会像を設定し、そこから遡って必要な施策等を検討する手法であり、将来のゴール地点も現世代の視点で設定しています。一方で、フューチャー・デザインは、将来の社会状況の描写やゴール設定も、将来世代の立場から議論し、現在の意思決定を「回顧的」に考察することができます。そのため、同じテーマで議論を行った場合でも、バックキャスティングとフューチャー・デザインとでは、未来社会像の想定から異なってくることや、今後とるべき対策の内容、優先順位が変化する可能性が研究結果(注1)から示されています。
 こうした特徴から、フューチャー・デザインを実践することで、将来世代のことまで見据えた持続可能性に基づいた意思決定を行うことが可能となり、現在の延長ではない、より本質的な考え方や発想が生まれる可能性があります。

3.フューチャー・デザイン・ワークショップの基本ステップ

 多様なステークホルダーが参加し、未来のあり方を考え、今後とるべき対策を検討する目的でワークショップが実施されることもあります。では、フューチャー・デザインを導入したワークショップはどのように進められるのでしょうか。
 下図にフューチャー・デザインを導入したワークショップの進め方を示しました。これはあくまで一例で、ワークショップのテーマや参加者の属性などによって細かな調整は必要となりますが、ワークショップのポイントとなる要素を示しています。

図 フューチャー・デザインを導入したワークショップでのステップ例
(Hara et al., 2021(注7)をもとに作成)

 ワークショップは、現世代の視点から議論・検討するステップから始めてよいでしょう。つまり、現状見えている課題や問題意識を共有するところから議論をスタートします。そして、議論のテーマも踏まえて、未来社会のあり方(ビジョン)を現世代の視点から描きます。このビジョンをもとに、これを実現するために今後とるべき対策や政策を検討します。ここまでのプロセスは、従来行われてきた方法論(バックキャスティング手法も含む)に近いものです。ただしこのステップを踏むことによって、次に続く、仮想将来世代としての議論内容や結果と比較検討も行うことが可能となり、将来世代の視点から考察することの意義や効果が明確となります。
 仮想将来世代の視点で議論する前に、過去から現在までの社会状況および課題の変遷を分析・評価する方法(注1)や、過去の意思決定を現世代の視点(過去の事例当時から見ると将来世代の視点)で考察をする方法もあります(注8)。 過去の出来事や意思決定を評価することにより、ある施策の導入効果や、過去から現代までの時間軸の間で変化するもの、しないものを分析的に理解することができます。これは将来世代として議論する際にも活かせる学びとなります。
 ステップ2からは、将来世代の視点から現在の意思決定を考察する「仮想将来世代」の方法を導入します。仮想将来世代になるための有効な方法は現在さまざまな研究が行なわれていますが、既に広く活用されている方法は、「そのままの年齢で未来社会にタイムトラベルし、その社会に生きている状況を想定する」というものです。これは、2015年に岩手県矢巾町で実施されたフューチャー・デザインの初実践でも活用されました。この方法によって、将来世代としての視点を獲得します。例えば、気候変動問題などの事例を取り上げ、将来人の視点から、過去世代(例えば2024年現在の人々)に対するメッセージを自由に考えてみるなど、将来世代視点を涵養するためのエクササイズを最初に行うのも有効でしょう。
 目標年次を2050年としているのであれば、2050年に生きる仮想将来世代として「2050年現在」の社会状況を描写します。ここで将来人にとっては、2050年が「現在」となっていることがポイントです。次のステップでは、将来人として過去の世代にメッセージを送る立場から、過去世代が実施すべき(すべきだった)対策や政策を提起します。この時に、先述の過去を分析するステップで考えたことや経験も活かすことができるでしょう。
 なお、将来人として社会像を描く際に、「過去年表」を作成することも効果的です。過去年表を作成することで、2050年「現在」に至る社会変化を回顧的に描写し、これまでにどのようなイベントや出来事があったのか、それは社会の技術や産業、価値観などにどのような影響を及ぼしたのか、などを分析することができます(注4)。それらの過去の変化の積み重ねの結果として考えられる2050年「現在」を分析的に検討することができます。過去年表の作成過程で検討した2050年までのイベントや社会変化をベースとして、もともと描いていた社会像を客観的に見直し、修正することもできます。
 描かれる社会像については文章化することで、ストーリーとして他者とも共有できる形にし、残しておくのがよいでしょう。
 最終的な提案を行うにあたっては、ステップ3にあるように、現世代の視点で考えた施策と、仮想将来世代の視点で考えたそれとを俯瞰し、検討することも可能です。これまでのフューチャー・デザイン研究や実践では、仮想将来世代の視点を経験することで、現世代と将来世代の両方の視点を俯瞰する上位視点(視点共有とも言います)が生まれる可能性が示されており(注7)、この視点から俯瞰的かつ長期的に最適な施策を検討できる可能性があります。

4.気候変動適応とフューチャー・デザイン

 気候変動適応策は、現在の気候変動影響はもとより、それが30年後、50年後の未来にどの程度深刻化するかなど、様々な要素を考慮して対策を検討する必要があります。
 これらの影響は、農林水産業から我々の人間の健康、インフラなど多岐にわたる分野に跨りますが、早急に準備や対策を進めなければ後手に回ってしまう分野もあります。場合によっては、作物種や栽培地の変更、移住、制度見直し、人々の行動シフトなどのような、いわゆる変革的な適応の導入も検討していく必要があります。
 フューチャー・デザインを実践することで、30年後、50年後の将来世代の立場・視点から考えることで、将来世代の利益や幸せを具体的に想像し、変化する気候の中での社会のあり様、そして、そこに至るために、いつ何をすべきかについて議論することができるでしょう。
 分野が幅広く、不確実性も伴う適応策の検討ですが、フューチャー・デザインが、その推進の一助となることが期待されます。

脚注
(注1)Hara et al., 2019 https://doi.org/10.1007/s11625-019-00684-x
(注2)近畿地域エネルギー・温暖化対策推進会議 カーボンニュートラル実現に向けたフューチャー・デザイン分科会
    https://www.kansai.meti.go.jp/3-9enetai/3_ondanka/ontai-kaigi/top.html
(注3)大阪大学大学院工学研究科フューチャー・デザイン革新拠点ホームページ
    https://www.cfi.eng.osaka-u.ac.jp/fd-research/practices.html
(注4)Hara et al., 2023 https://doi.org/10.1016/j.futures.2023.103272
(注5)Ichihara et al., 2024 https://doi.org/10.3389/fclim.2023.1304989
(注6)Saijo, 2020 https://doi.org/10.3390/su12166467
(注7)Hara et al., 2021 https://link.springer.com/article/10.1007/s11625-021-00918-x
(注8)Nakagawa et al., 2019 https://doi.org/10.1016/j.futures.2019.102454

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