社会の縮図で大きな議論
市民参加の新たな手法「気候市民会議」

1.世界で広がる気候市民会議

 2015年にパリ協定が採択され、世界は1.5℃目標や脱炭素社会への移行に向けて動き始めました。
 このような中、2019年頃から英国やフランスでは、脱炭素社会の実現に向けた議論を進めるため、無作為抽出による市民の参加による「Climate Assembly(気候市民会議)」が開催されました。
 この動きは、欧州をはじめとする国や自治体に波及し、3年余りで100を超える国や自治体(注1)で実施されるに至っています。また、日本においても、2020年の「気候市民会議さっぽろ2020」を皮切りに、2024年までに10以上の自治体(注2)で気候市民会議が実施されています。
 これまで、市民参加の仕組みとしては、パブリックコメントへの意見提出や審議会等の市民公募委員としての参画などはありましたが、気候変動対策にある程度知識やモチベーションがなければ参加が難しい、あるいは参加しないものであったり、参画可能な人数が極めて限られていたりするなどの課題がありました。
 知識や関心のない方も含めた多くの市民の参加によって議論を行う気候市民会議の形は、新たな市民参加の手法として注目を集めています。

2.気候市民会議の特徴

 気候市民会議の最も大きな特徴は、無作為抽出の市民によって、その国や自治体の縮図(ミニ・パブリックス)を構築し、気候変動対策について議論を行うことにあります。
 参加者募集の方法は、住民登録データや電話番号などを用いて一定数の市民が無作為抽出され、抽出者宛に気候市民会議への案内が送付されます。案内を受け取った方の中から、参加の意向を示した方が会議への参加「候補者」となります。さらにこの候補者の中から年齢や性別、場合によっては気候変動対策への意識などを考慮の上、参加者を抽出します。事例によっては、最後の参加候補者から参加者を抽出するステップを省き、参加の意向を示した方すべてを参加者としているものもありますが、このようにして、その国や自治体の「縮図」を構築しています。

図 参加者確定プロセスの例(札幌市)
(出典:「気候市民会議さっぽろ2020最終報告書(2021年3月)(注3)」を基に作成)

 こうして選ばれた参加者は、必ずしも気候変動やその対策について専門的な知識を持っているわけではないので、会議の冒頭には、気候変動の現状や将来予測等に関して、専門家等からのレクチャーが行われることが一般的です。
 その後、グループ分けされた参加者は、ワークショップ形式で、気候変動対策を軸にさまざまなテーマ(例えば、再エネや建築物、土地利用、気候レジリエンスなど)について議論し、実施すべき施策等を提言としてまとめていくことになります。場合によっては、グループごとの議論で出た施策案等について、支持できるかできないかについて参加者が投票を行い、得票率の高い施策を優先施策とするようなこともあります。
 そして、取りまとめられた提言は、国や自治体へ提出されることになります。日本の事例の中でも、気候変動関連の計画への反映など、議論の結果を実際の施策展開に活用することを前提としている事例が多くあります。このように、気候市民会議開催前に、自治体側が施策への反映をコミットしておくことも、参加者の議論のモチベーションを保つ上でも重要な点です。

3.気候変動適応と気候市民会議

 気候市民会議は、パリ協定や、脱炭素化に向けた潮流の中で実施されたこともあって、主に緩和策をテーマに議論を行う事例が多いですが、適応策をテーマに組み込んだ事例や参加者による議論の中で、適応にも資する施策提案が出されているものも存在します。
 例えば、2021~2022年にスペインで実施された「スペイン気候変動市民会議」では、脱炭素と気候変動のリスクや影響に対するレジリエンスがテーマとして取り上げられ、議論の結果まとめられた提言においても多くの適応策の提案が掲載されています。日本においても、東京都江戸川区において、緩和策と併せて適応策に関する議論がなされ、水害対策と熱中症対策に関する提案が取りまとめられています。

推奨事項No. 内容
83 気候変動のリスクと影響に対処するため、公的医療制度を強化・訓練し、適応プロセスも促進する予防措置と介入策を採用する。
115 企業活動を気候変動に適応させ、より強靭で雇用を創出する経済を促進するために、生産モデルや部門内の変化を奨励する。
128 気候変動の緩和と適応に関連する伝統的な職業や新たな職業の資格取得のための研修を行う。
133 気候変動が健康に及ぼす影響と、労働災害の予防について検討する。
162 持続可能で健康的な都市設計を推進し、建築地域を気候変動の影響に適応させ、市内に自然や緑地を増やし、自然を利用した解決策で住宅を改築し、エネルギーの自家消費も考慮する。
171 気候変動に適応するための資金や補助金に関するアクセス可能な情報を提供する。
表 スペイン気候変動市民会議で取りまとめられた提言に掲載されている適応関連の主な推奨事項

 また、2020年に実施されたスコットランド気候市民会議では、この気候市民会議の実施方法や結果等を研究した報告書(注4)が発行されており、「緩和と同様に、気候への影響、適応、回復力に関するエビデンスが効果的に参加者に伝えられるようにする方法に考慮する必要がある」ことが示されています。
 主に欧州を中心とした気候市民会議の調査・研究を行うKNOCA(気候市民会議に関する知識ネットワーク)は、「(これまで開催されてきた)ほとんどの気候市民会議は、主に緩和の側面に焦点を当ててきたが、このような市民参加のアプローチは、多くの地域が直面している喫緊の適応課題を検討する際にも同様に有効である(注5)」と記しています。
 一方で、気候の複雑さによって、「何が緩和と適応にとって最も重要なのか、参加者が把握することは困難である(注6)」とも記されていることから、特に対象分野が幅広い適応をテーマに気候市民会議を行う際には、議論のテーマ設定や、テーマに関する専門家からの情報提供内容が重要となります。
 記録的猛暑や大雨、洪水の被害など、気候変動の影響を一般市民の方が直に感じられている昨今、新たな市民参加の手法である気候市民会議を通じて、市民感覚での適応策の検討やひいては地域の政策検討やその実行に繋がることが期待されます。

脚注
(注1)KNOCA(Knowledge Network on Climate Assemblies)(2024年3月17日閲覧)
    https://knoca.eu/map-of-national-assemblies/
(注2)citizenassembly.jp(2024年3月17日閲覧)
    https://citizensassembly.jp/project/cd_kaken/jp-list
(注3)https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/80604
(注4)https://www.gov.scot/publications/scotlands-climate-assembly-research-report-process-impact-assembly-member-experience/pages/1/
(注5)Guiding principles for setting the remit of a climate assembly – Short paper
    https://knoca.eu/setting-the-remit/
(注6)Setting the remit for a climate assembly: key questions for commissioners – Report
    https://knoca.eu/setting-the-remit/

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