株式会社ミキモト
業種:製造業、卸売業、小売業、漁業
| 掲載日 | 2026年4月16日 |
|---|---|
| 適応分野 | 農業・林業・水産業 |
会社概要

株式会社ミキモトは、1888年(明治21年)にアコヤガイの養殖試験を開始し、1893年(明治26年)に世界で初めて半円真珠の養殖に成功して以来、真円真珠の発明を経て「国際的総合宝飾企業」として確固たる地位を築いてきた。創業より掲げる「美しい真珠を育む海を守り、自然と共生していく」という理念のもと、宝飾品の製造・販売に加え、真珠由来成分を活用した化粧品・健康食品事業や、廃棄物ゼロを目指すゼロエミッション型養殖などの環境活動を多角的に展開している。
気候変動による影響
真珠養殖は自然環境に強く依存する産業であるが、近年の気候変動による海水温の上昇や海流の変化が深刻な課題となっている。2025年までの日本近海の平均海面水温は100年で1.36℃上昇しており(注)、水温がアコヤガイの代謝に悪影響をおよぼす高水温(28℃以上)が長期化すると、貝の活動低下や衰弱、へい死につながる。また、気候変動は海流にも影響を与える。2017年8月以降継続していた黒潮大蛇行は、三重県の英虞湾においては海水交換を促し、夏季には底層で酸素が不足する「貧酸素化」の発生や、アコヤガイに致命的な被害を与える「赤潮(特にヘテロカプサ・サーキュラリスカマなどの有害プランクトン)」が発生しにくい環境であった。2025年4月に大蛇行が終息したが、その7月には(カレニア・ミキモトイの)有害赤潮が発生している。
このような赤潮対策においては、アコヤガイへの影響が生じる密度(ヘテロカプサの場合は海の色が変わる密度)になる前の初期段階での検知が重要であるが、従来の手作業による採水や検鏡は多大な労力と熟練したスキルを要するものであった。
気候変動リスクに関する取組
こうした海洋環境の変動リスクに対応するため、当社は2004年(平成16年)に九州大学および株式会社東京測器研究所と共同で、世界初となる生物センサーを用いた水質環境観測システム「貝リンガル」を開発した(図1)。 その具体的な仕組みと運用は以下の通りである。
1. 基本構成と計測原理
「貝リンガル」は、二枚貝(アコヤガイ)そのものをセンサーとして利用するシステムであり、その計測の核心は磁気を利用した非接触の距離測定技術にある。 具体的には、アコヤガイの左右の貝殻にそれぞれ「磁石」と、磁気の強さに応じて出力電圧が変化する「ホール素子センサー」を装着する(図1)。貝が貝殻を開閉すると磁石とセンサーの距離が変化し、それに伴い磁力の強弱が変化する。この変化を電気信号として捉えることで、貝殻の開殻距離(mm単位)の測定や、貝の開閉運動(殻体運動)をリアルタイムかつ連続的に計測する仕組みである。
2. 異常検知のロジック(「貝の声」の解析)
貝殻の開閉運動は開殻距離のグラフとして表すことができる(図2)。本システムでは、単に貝殻が開いているか閉じているかを記録するだけでなく、その「動きのパターン(波形)」を解析することで水質異常を判別している。
- 正常時の反応(呼吸、摂餌):
通常、アコヤガイは海水中の酸素や餌を摂取するため、貝殻を一定幅で開けた状態(開殻)を維持し、海水をろ過し続ける(図2)。そして時折、貝殻を開閉させる。 - 異常時の反応(赤潮検知):
ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマなどの有害な赤潮プランクトンの影響を受けると、アコヤガイは正常時とは明らかに異なる反応を示す(図2)。具体的には、貝殻の開閉を頻繁に繰り返す激しい運動(閉殻と開殻の反復)を行う。
「貝リンガル」は、この特異な「赤潮反応」の波形パターンを異常信号として認識する。いわば、貝が苦しがっているような正常時と異なる動きを「貝の言葉」として解読し、海水の異常を検知しているのである。
「貝リンガル」は、この特異な「赤潮反応」の波形パターンを異常信号として認識する。いわば、貝が苦しがっている動きを「貝の言葉」として解読し、海水の異常を検知しているのである。
3. 監視体制と情報伝達のフロー
実際の運用においては、以下のフローで情報の収集と伝達が行われる。
- 深度別の常時監視:
海中の環境は、場所や深度によって異なるため、センサーを装着した貝を「上層」「下層」など深度ごとに複数個体(例:各層4個体ずつ)設置し、24時間体制でデータを計測する。 - 異常発生時の警報システム:
システムが貝の異常な殻体運動(赤潮反応)を検知すると、「警報メール」が自動送信される仕組みが構築されている。
効果/期待される効果等
「貝リンガル」の導入により、これまで困難であった海の色が変わる(着色する)前の低レベルの初期段階で、赤潮プランクトンの発生を察知することが可能となった。 この早期検知に加え、本システムでは「現在、どのステーションのどの深度に赤潮プランクトンが存在しているか」までをリアルタイムで把握できる。これにより、養殖業者は、赤潮の状況に応じて、養殖貝にストレスがかかる手入れ(養殖作業)を控える、あるいは赤潮反応のある水深を見ながら、影響の少ない上層に養殖貝を避難させるといった具体的かつ迅速な対策を講じることが可能となり、アコヤガイの衰弱やへい死などの深刻な被害の回避・軽減(未然防止)を実現している。
現在、この観測情報は三重県水産研究所などを通じて地域の養殖業者にも共有されており、産地全体で赤潮の脅威から良質な真珠生産を守る体制づくりに貢献している。さらに、環境への負荷と貝の負担を極力減らすことを念頭に自然の生命力と技術を融合させたこのシステムは、アコヤガイ以外の海産二枚貝養殖や海以外の水圏環境の観測への応用も期待されている。



脚注
(注)出典:国土交通省気象庁「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」(令和8年3月5日)
(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html)
自社関連サイト
- 株式会社ミキモト「サステナビリティ」
- 樋口恵太、郷譲治(株式会社ミキモト 真珠研究所)「真珠と海を守る ―貝リンガルとゼロエミッションによる地域貢献―」非公開資料