Staff interview #53
ララ ベティ(LALA Betty)

ララさんは2024年4月に適応センターに入所されましたが、それまでの歩みについて教えてください。
私はインドの北東部出身ですが、6歳からボーディングスクール(全寮制学校)に入り、卒業後も遠方にあるインド工科大学ルールキー校に進学したので、故郷で家族と過ごした時間はあまり長くありませんでした。修士のときには、ドイツのベルリン工科大学に9ヶ月留学する機会もありました。
大学では建築学を専攻し、修士課程ではオフィスにおける熱的快適性が社員の生産性に与える影響について研究しました。熱的快適性とは、温熱環境に対する主観的な快適さを示す指標で、温度や湿度、身につけている衣類などの要因に左右されます。熱的快適性が高いオフィスほど生産性が上がることを示す結果が得られ、論文という形にまとめることができました。
修士卒業後は、インドの私立大学で教員として3年間働きましたが、その経験は、私のその後のキャリアを決定づけるものとなりました。教室の温度や湿度が学生の学習効率に顕著な影響を与えていることを強く実感したのです。そこで、教室の熱的快適性が学生のパフォーマンスに与える影響について、どのぐらい研究が進んでいるのか調べたのですが、想像よりも先行研究が少ないことに驚きました。自分自身でこのテーマを深く掘り下げたいと思うようになり、博士課程進学の奨学金に応募しました。無事採用され、自分が深めたいテーマに取り組める環境が一番整っていた九州大学に進学しました。
日本での休日。アクティブに!
では、博士課程では学校における熱的快適性をテーマに研究されたんですね。具体的にどのような研究を行いましたか?
夏と冬にインドを訪れ、約20校の5,000人以上の生徒から、快適さ、服装、教室をどうしたいかなど、熱的快適性に関連するデータを集めて、解析しました。
夏の調査から得られた結果は、特に興味深いものでした。気温が35度を超えている時でも、多くの生徒が「快適だ」と回答したのです。これは、インドでは教室や家庭にエアコンがあまり普及していないため暑い環境に慣れ過ぎてしまっていて、「快適なはずだ」と思い込んでいることが背景にあると考えられます。つまり、生徒自身が「快適だ」「物理的な環境に問題はない」と回答したとしても、実際には必ずしもそうとは限らないのです。
同じ温熱環境でも、社会的背景によって感じ方が異なるというのは興味深いですね。ララさんは2024年4月から適応センターに所属していますが、現在はどのような研究を行っていますか?
研究のフィールドを日本に移し、温熱環境が生徒に与える影響をさらに深掘りしています。しかし、日本ではインドとは異なり教室にも家庭にもエアコンが広く普及していますし、アンケート調査を実施するための許諾を得ることが難しいということもあり、インドと同様の調査を実施することはできません。
そこで私は、日本政府が公表しているデータを用いて、2013年からの10年間で、学校で生徒が熱中症に罹患し、病院に搬送された事例について分析しています。その期間において熱中症が増加しているのであれば原因は何なのか、熱中症で病院に搬送される生徒の数を減らすためにどのような対策ができるのかについて研究しています。
10年間というのは非常に長い期間ですが、気候変動という観点から見ると短い期間です。現在のララさんの研究テーマは、気候変動の影響評価・適応分野の中でどう位置付けられますか?
ご指摘の通り、10年間というのは気候変動の影響を知るにはあまりに短い期間です。しかし、重要なことは、過去10年間、熱中症警戒アラートの発表や、自治体における新たな対策やルールの追加、生徒に対する普及啓発活動など、日本では多くの熱中症対策が講じられてきたということです。
気候や気温の変化はたった10年間ではそれほど大きくないかもしれませんが、学校における熱中症搬送件数だけでなく、その期間に講じられた熱中症対策も併せて解析することで、気候変動適応の一環として、今後どのような熱中症対策を講じるべきかヒントを得ることができるでしょう。
日本とインドでは、熱中症対策をめぐる状況はどのように異なりますか?
日本では政府が熱中症対策の啓蒙活動に力を注いでいますし、国民の意識も非常に高いです。救急医療体制も充実していて、暑熱への適応能力はとても高いと感じます。
一方、インドは日本よりもはるかに多様性が高く、政府が暑さや気温に関する情報を公開して注意を呼びかけても、自分自身で適応し対処できる余裕がある人ばかりではありません。また、夏には毎日計画停電が実施され、2~3時間は電気が使用できないという状況もあります。
そのため、日本の熱中症の適応策をそのままインドで実施できるわけではありません。社会インフラや経済状況に合わせた適応策を実現するためには、さまざまな地域や国で研究を行う必要があると感じます。
現在の仕事のやりがいは何ですか?
最もやりがいを感じるのは、非常に現実的で、かつ広範囲に即座の影響を及ぼす課題に取り組んでいる点です。教育現場における熱的快適性の問題は、健康や学習環境だけでなく、社会全体にも大きな影響を与える重要なテーマです。
特に私にとって意義深いのは、取り組んでいる研究テーマに対して個人的なつながりを感じられることです。単に政策や制度を俯瞰的に分析するのではなく、人々の生活に直結する問題に関わっているという実感があります。暑さが人の健康や学校での集中力、さらには生活の質全体にどのような影響を与えるのかを理解し、研究を通じてそうした課題の改善に貢献できていると感じられることは、大きな充実感とやりがいにつながっています。
最後に、今後の目標を教えてください。
今後は、10年後、20年後といった将来の気候シナリオを踏まえ、気候変動がさらに進行した場合に、教育現場の学生たちがどのような影響を受けるのかを評価していきたいと考えています。
また、こうした課題に対して政府がどのような対策を講じているのかにも関心があります。最終的には、気候変動とその適応策、そして学校や学習環境への影響をより包括的に捉えるために、研究をさらに深めていきたいです。
遠景を臨んで……。