Staff interview #54
今井 葉子(IMAI Yoko)

気候変動適応戦略研究室 特別研究員。修士課程卒業後、国立環境研究所に流動研究員として就職。国環研の業務の一環として行った調査研究の結果を博士論文としてまとめ、2018年に博士号取得。2024年4月にCCCAへ入所。全国自治体における地域気候変動適応計画の質的な評価を行なっている。

現在適応センターでご担当されている業務について教えていただけますか。

地方自治体が策定している気候変動適応計画の分析と評価を行なっています。私は2024年4月に現職に就いたのですが、前任者が収集・整理したデータを引き継いで、さらに調査対象を拡大し、地域の適応計画を質的に評価しています。具体的には、適応計画本文を読み込み、58の調査項目に沿って内容を精査しています。単語の出現頻度などを定量的に解析するのではなく、内容分析という手法を用いて、項目に合致する表現があるかどうかを一つひとつ確認する作業です。

私たちが焦点を当てているのは、計画策定後の「改定」です。最初の計画と改定後の内容を比較し、どの項目が新たに追加されたのか、どこが強化されたのかを分析しています。適応計画策定後、2023年3月時点で改定を行っていた46自治体を対象に研究を進めています。

調査対象とする項目はどのような内容ですか。

調査項目は6つの大きな要素で構成されています。たとえば、「協力体制が明記されているか」「具体的な目標があるか」「科学的知見が活用されているか」「気候変動の不確実性への言及があるか」「調査や普及啓発の計画が明記されているか」「モニタリングや見直しの方針が記載されているか」といった観点です。これらに基づいて、適応計画がどれほど有効な枠組みを備えているかを評価しています。

たとえば、防災機能や暑熱対策などは自治体を問わず共通する部分もありますが、気候変動の影響は地域によって大きく異なります。ある地域では農業に重点を置いて新しい品種導入に取り組んでいたり、別の地域では暑熱対策に力を入れていたりと、内容には多様性があります。それらが地域特性に即したものかどうかも重要な視点です。

自治体ごとの特性があるので一般化はできませんが、全体の傾向としては記載の調査項目数が増えている傾向が見られ、改定後の計画内容がより充実してきていることがわかっています。特に増えているのが「科学的知見」に関する記載です。たとえば、生物多様性や生態系への影響など、地域に根ざした科学的情報の収集や調査研究が進んでいるようです。

計画内容の充実には、人的リソースの違いや自治体の体制、首長の交代など、さまざまな要因が関わっている可能性があります。今後は、職員数や災害経験の有無、沿岸部か内陸かといった社会的・地理的条件と計画内容との関連性についてさらに詳細に調べていく予定です。

適応センターに来られるまでのご研究についても教えてください。

適応センター着任前は、茨城大学と東京大学に所属していて、いずれの大学でも気候変動適応に関する研究を行っていました。茨城大学では文部科学省のSI-CATというプロジェクトに参加し、主に気候変動が農業に与える影響を分析していました。産地における高温の影響を探るため、大学の学生さんたちと一緒に、つくば市内の複数の圃場で地温の長期計測を行いました。また、研究の一環で、農家さんたちやJAの方々からの協力を得て、自分たちの手で実際にサンプリングした稲を処理し、温暖化影響として問題になっている白未熟粒を圃場ごとに分析できたことは貴重な経験です。

東京大学では、環境省・(独)環境再生保全機構のS-18というプロジェクトに参加し、全国の自治体職員、特に環境部門の方々が気候変動の影響をどう認知しているかという意識調査に取り組みました。また、果樹栽培を中心とした農業分野における気候変動影響を探るため、果樹生産に力を入れている都道府県を訪問し、現場の声を集めるヒアリング調査も行っていました。現場では収量や品質を保持するために、品種改良に加え、栽培でも多くの工夫がされていることが調査からわかりました。一方で、農業者人口の減少や高齢化などの現状もあり、温暖化影響への対応が大変であることをお聞きしました。持続的な生産のためには消費者の意識も変えていく必要があると感じました。

今は現地で当事者のみなさまと直接対話する機会は少ないですが、調査や対話を通じて培ってきた「現場を見る目」は、現在の適応計画の質的分析にも活きていると感じています。

フィールド調査を行った圃場の様子

急峻な傾斜地に位置するミカン畑

肌で気候変動の影響を感じてらっしゃる当事者のみなさまと直接やりとりするなかで、適応に関心が向かっていったのでしょうか?

そうですね。
ただ、もう少しさかのぼると、学部時代は森林生態学の研究室で、卒業研究では野生の小型齧歯類に蓄積されたダイオキシン類を調査していました。里山や農地に入り、アカネズミを捕獲して体内の化学物質を分析するという、今とはまったく違うアプローチでした。

そうした化学物質の汚染の現状をしっかり把握しモニタリングすることももちろん重要なのですが、影響を測るだけでなく、根本的な解決のためにはそうした汚染物質を環境中に出さないための仕組みや政策作りが必要です。そうした仕組みづくりを支援する取り組みに主体的に関わっていきたいと思って、視野を広げるために大学院では専攻を変更して環境学を選択し自然環境の管理について学びました。

現在に至るまで研究テーマは少しずつ変わってきましたが、現在の気候変動適応策についての研究も、地域や社会単位で科学的知見を活かし、実効性のある対策を考えるという意味で、当時の問題意識とつながっていると感じています。

大学院修了後のキャリアについても教えていただけますか?

大学院卒業後、最初に勤めたのは現在も在籍している国立環境研究所でした。当時は研究補助スタッフとして、研究者の方々のデータ整理や環境省関連の化学物質の環境リスク評価業務に携わっていました。その後、生物多様性関連の部署に異動した際、農家の方を対象にした里山保全に関するアンケート調査を任されることになり、そこから研究に再び深く関わるようになりました。

何度も現地に足を運び、調査をさせていただきましたが、地域の方々にお話を伺う中で、ため池の管理がいかに大変かということ、そしてそれを集落全体で長年守ってこられた歴史の重みを実感しました。

「昔は泳げるくらい綺麗だった」と昔の写真を見せてくださった方もいましたし、「水を巡って争いがあったこともある」「ため池の水は血の一滴だ」と語られた言葉は、今でも印象に残っています。アンケート調査の結果からは、農家の方々は農業用の施設としてため池を大切にしているだけでなく、地域の資源や環境資源としても大切にされていること、ため池に重層的な価値を見出されていることがわかりました。

調査者としては生物多様性の視点でため池を見ていましたが、そこに豊かな生態系があるのは、人々の営みと責任感があってこそだと改めて気づかされました。今でも小学校と連携しながら泥をかき出す作業を続けておられる姿なども拝見して、未来につなげていく力強さも感じました。

その後、博士課程に進学し、国環研で担当していたその業務の調査結果をもとに、2018年に博士号を取得しました。その後、先ほど述べた別機関での勤務などを経て、再び国環研に戻る形で、適応センターに配属されました。

最後に、今後の目標について教えてください。

これまでに行なってきた全国の適応計画を対象にしたデータ解析の結果から、計画の内容や構成に特徴が見られる自治体もいくつか見えてきました。今後は、そうした特色ある自治体に対して、もう一歩踏み込んだ調査をしていきたいと考えています。

具体的には、書かれている内容だけでは見えてこない、実際の適応策の運用実態を明らかにすることが目標です。たとえば、どのような背景でその計画ができたのか、改定にあたってどんな課題があったのか、といったことを、可能であれば現地でのヒアリングやフィールド調査を通して把握したいと思っています。

計画と現実のギャップも含めて整理していくことで、適応計画の策定や改定の現場で役立つ知見を新たに得ることができればと考えています。

今井さんは国環研の同好会「ちょこっと合唱団」に所属していて、お昼休みの練習が日々の楽しみのひとつだそうです。業務の間のリフレッシュになるだけでなく、普段の業務では接点の少ない職種の人たちとつながる貴重な場にもなっているとのこと。また、猫を飼い始めたことがきっかけで、適応センターでは猫好きの方々との交流も生まれているそうです。今井さん、ありがとうございました!
取材日:2025年7月3日