Staff interview #49
#49 樽本 衣代(TARUMOTO Kinuyo)

2022年に気候変動適応センターに入所されて、2024年で3年目ですね。それまでは、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?
いろいろやりましたね。まず大学を卒業して、最初に入ったのはIT企業でした。その会社は創立当初はまだインターネット黎明期で、日本にITを広める研修所のようなところでしたが、私が入社した頃には品質管理や流体解析・構造解析等の受託計算をしていました。私は電力会社の温排水拡散シミュレーション予測やガスタービン内の流動解析シミュレーションなどの受託計算に携わっていました。温排水拡散シミュレーションは発電所のタービンを回すために生成された高温の水蒸気を冷やすために使われた高水温の海水を水温の低い海水で希釈して温排水として海に放出した時の拡散範囲と海水温の変化を予測するもので、発電所の建設許可に必要な近海の海域環境に対する影響予測に利用されていました。今思えば、その時の仕事も環境に関わるもので不思議な縁を感じます。
そこで7年ほど働いたのち、大学時代の先輩に誘われて、都内の大学の情報工学科で技術員として授業の演習補助や演習用サーバーの保守をしました。
その仕事も子どもが小学校に上がるのを機に辞め、通勤時間短縮のために筑波に転職して、研究所でスーパーコンピュータシステムの保守や利用支援の仕事に12年ほど就きました。
その後、筑波大学で技術補佐員の職に就き、これまでとは毛色の異なるウェブアプリケーション開発に携わることになりました。Web開発言語はそれまで使っていたプログラム言語とまったく違っていたので必死に覚えましたね。
諸般の事情によりこの職場も去ることになりましたが、縁があり2022年の春から気候変動適応センターで高度技能専門員として働いております。
樽本さんが就職されたころは、まだコンピュータが一般的に浸透していない時期ですよね。さほどメジャーではなかったこの世界に入ろうと思った、最初のきっかけはなんだったのでしょうか?
大学時代は数学を勉強していて、どの業界へ入っても潰しがきくと言われていました。当時、就職先には大手企業のIT部門や銀行系のシステムエンジニア職が多かったのですが、私は解析学を専攻していたので、数値解析に興味がありました。現象を数式でどこまで明確化できるか、というモデル研究は多くされていましたが、実際にその結果をどう生かしているのかということにも関心がありました。最初に入った会社はそれを業務として行っていて、興味と合致したので入社を決めました。
現在のお仕事内容について教えてください。
気候変動適応センターが開発・運用しているWebサイトの1つで『A-PLAT Pro』という、研究者・専門家の方が気候変動に関する影響評価や適応策を検討するために有用な気象に関する数値データを収集・配布するサイトの運用・管理を担当しています。
気候シナリオの開発に関わる解析計算のうちルーチン化された手続きの実行支援や、得られた解析データをサイト内で利用するコンテンツデータに変換したり、利用ユーザの登録管理や連絡対応、開発担当者との諸々の調整などが主な業務です。
その他、得られた解析計算の生データを配布するページの作成や、PCに研究用仮想環境を構築する支援など研究以外の部分で研究者の方々の業務支援も行っています。
単発作業では、クラウド内に研究対象であるソースコードの共同研究開発環境を作成したり、可視化アプリを利用したコンテンツ作成マニュアルを改訂したりと、業務は多岐に渡ります。現在の仕事はいままでやってきたことの集大成ともいえるもので、とてもやりがいを感じています。
今年は編集の仕事も任されまして、新しい分野の仕事をさせていただいてとても充実しています。
編集というのは、国立環境研究所 地球環境研究センターで発刊されていた『ココが知りたい地球温暖化』の改訂ですか?
そうです。古い記事ですと14年経っているものもあり、データや内容が変わってきていますので改訂が必要になりました。改訂を機に公開サイトを変更することになり、『温暖化の影響編』を気候変動適応センターの『ココが知りたい地球温暖化〜気候変動適応編』のサイトで公開することになりました。編集といっても実際は、記事の執筆者である研究者の方々と、改訂稿を査読していただく方々、そして、改訂された原稿のレイアウト編集から本番サイトでの公開までを行うwebチームの方々の間に立って、記事公開までのスケジュール管理やチェックを行うという調整役ですね。いままでと少し違う業務で大勢の方々とかかわりますので、とてもよい刺激になっています。
一連のお仕事は、基本的に依頼されておこなうものですか?樽本さんから提案することはありますか?
まだ提案までの余裕がなく、依頼された業務を遂行しているだけですが、そのうち機会があれば気候シナリオの開発に関わるアイデアを出すお手伝いをさせていただけるように、NIESの職員が参加できるセミナーやカンファレンスに参加して知識を増やしているところです。
たしかに知識がないと提案も難しいですし、適応となると、まだ世の中に浸透しきっていない分野ではあると思います。最初、適応の概念をお知りになったときはどう思いましたか?
気候変動対策というとまずは緩和というイメージがありましたが、NIESで様々な機会を通じて気候変動による影響を実際の数値として知る機会があり、気候変動の実態を知れば知るほど、各国の協調が必要となる緩和策だけでは温暖化に歯止めをかけるまでに膨大な時間が必要で、とても厳しい状況だと感じました。このままでは生活への悪影響が進むばかりですから、ではどうするかということで考えられたのが、この気候変動に人が適応して影響を小さくする、そのための対策をとるということで、緩和と同時に進めるべき対策だと理解しましたし、納得もできました。
一口に適応といっても、国や地域、人種によって適応範囲は変化しますし、政治や経済状況によって講じる対応策は様々に変わってくるでしょう。しかし、一般の人たちにとっては緩和策よりも適応策による結果の方が、例えば熱中症対策のように結果が見えるので、人種を超えて人々の協力が得られやすいように思いました。
学問としての適応策はまだ新しく、すそ野が広すぎて本当に難しいテーマだと思いますが、これからの実生活に深くかかわってくるとても大切な分野だと思うので、自分なりに積極的にかかわっていきたいと思いましたし、多くの人にかかわってほしいと思います。
いろいろと学び、知識が増えるなかで、気候変動について思いを巡らせることはありますか?
ありますね。特に最近、春と秋が短くなったなと感じるたびに、本当に気候が変わってきていると痛感します。短くなった春と秋の代わりに、夏は毎日のように「猛暑日です」というニュースキャスターの声が耳に入り、最高気温が40度を超える都市も出てきました。一方冬は、日本海側で大雪が降って道路に何時間も立ち往生させられる人がでるなど、想定外といわれていた災害が想定外ではなくなる日も近いと感じさせられる毎日です。気候変動の知識が無くても体験で理解する人が増えているのではないかと思います。
それと同時に、今まで全く他人事として意識していなかったいろいろな被災状況を、明日は我が身かと恐れ、どう準備しておけば対処できるのかと真剣に考える人が増えてきていると感じます。
気候変動による適応対策を研究し発信している研究所に身を置き、最先端の情報に触れる機会をいただいている自分はとても幸運なのだと感じると同時に、自分だけ知っていればいいわけじゃない、みんなにも知ってもらう、それも正しい知識を知ってもらわなくては、という使命感というか責任を感じています。
まずは身近な人に自分の得た知識を伝え、A-PLATのような情報発信サイトを知ってもらって、一緒に対策の実践方法を考える、そんな輪をひろげ、関心のなかった人も巻き込んでいけたらいいなと思っています。
