成果報告 0-4

気候変動によるコメの収量及び品質への影響に係る影響評価

対象地域 全国
調査種別
分野 自然生態系
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム全国運営・調査事業委託業務報告書」より抜粋

背景・目的

近年、気温上昇等によるコメの収量の変動や、品質や食味の低下などの影響が発生しており、栽培方法の変更や高温耐性のあるコメの開発など、適応策が実施されつつある。コメの収量や品質・食味の低下は農家の収入の減少やブランド力の低下等につながる可能性があることから、将来的な気候変動影響に関する予測に基づき、地域の状況に応じた適応策を検討することが望ましい。本業務では、気候変動がもたらすコメの収量及び品質への将来影響を、最新の影響評価モデルや気候シナリオを活用して予測を行った。

実施体制

本調査の実施者 農研機構・農業環境変動研究センター
アドバイザー (該当なし。)
実施体制
図 4.1-1 実施体制

実施スケジュール(実績)

実施スケジュール(実績)
図 4.1-2 実施スケジュール(実績)

平成30年度は、気候変動影響予測を行うための基礎データとして、全国1㎞空間解像度で入力気象データ、栽培管理データ、地理・地形情報データを収集し、影響評価モデルの稼働に合わせた形式で整備した。各地域における主要コメ品種を設定し、本事業の共通気候シナリオとして提供された入力データに基づき、予測される気候変動がそれぞれの品種の収量及び品質に及ぼす影響について影響評価を実施し、全国規模の影響評価予測マップを作成した。さらに、代表的な適応策オプションとして、収量および品質への高温影響を回避するための移植時期の移動について、導入による効果とコスト、想定されるリスクについて検討し、試行的に全国規模の予測を実施した。

平成31年度(令和元年度)は、本事業において各分野において横断的に使用する共通気候シナリオ最終版として配布された「農環研データセット by SI-CAT」を入力気象データとして整備し、平成30年度に整備した影響評価プロセスに基づき予測気候変化条件下における水稲収量および品質についてのシミュレーションを行い、影響予測マップの更新を行った。また、モデル自治体として香川県との連携の下、代表的な適応策オプションについて、導入の検討に必要となる定量的な予測情報の作成手法について検討し、試行的に自治体規模の予測を実施した。

気候シナリオ基本情報

項目 コメの収量 コメの品質低下リスク
気候シナリオ名 農環研データセット by SI-CAT
気候モデル MIROC5、MRI-CGCM3、GFDL-CM3、HadGEM2-ES、CSIRO-Mk3-6-0
気候パラメータ 日最高・最低気温、日積算日射量、日平均相対湿度、日平均風速
排出シナリオ RCP2.6、RCP8.5
予測期間 21世紀中頃、21世紀末
バイアス補正の有無 なし

気候変動影響予測結果の概要

影響評価モデルとして導入したプロセスベースの水稲生育・収量予測モデルを使用し、気象データ、栽培管理データ、大気CO2濃度データを入力値として、予測される気候変動によるわが国のコメ生産への影響評価を、収量と品質の両面から実施した。

コメの収量

温暖化条件での収量算定においては、増収要因として、主に北日本における減収の主要因であった冷害が温度上昇により軽減されることやCO2濃度上昇による増収効果が現れる一方、減収要因として、温度上昇により発育が早くなることで生育期間が短縮し光合成によるバイオマス生成量が減少することや、高温による受精障害で不稔籾が増加することが挙げられ、最終的にはこれらのバランスで収量の増減が決まる。

図 4.1-3は算定結果の一例として、比較的温度上昇が小さい気候モデルMRI-CGCM3を使用した、21世紀中頃(2031-2050年)と21世紀末(2081-2100年)のコメ収量の20年平均値(1981-2000年の平均値を基準とした相対値)、図4.1-4はMRI-CGCM3よりも温度上昇が大きい気候モデルMIROC5を使用した結果を示したものである。MRI-CGCM3は将来においても温度上昇が比較的小さく、一方でCO2濃度は上昇するため、全国的に殆どの地域で増収となる。特にCO2濃度上昇の大きいRCP8.5 では21世紀末には全国的に大きな増収が算定されている。MIROC5は温度上昇が大きいRCP8.5の21世紀末には一部地域で大きな減収が認められる。

MRI-CGCM3を使用したコメ収量予測値
図 4.1-3 MRI-CGCM3を使用したコメ収量予測値
(現在を基準とした相対値)
MIROC5を使用したコメ収量予測値
図 4.1-4 MIROC5を使用したコメ収量予測値
(現在を基準とした相対値)

コメの品質

全国評価に利用できる品質予測モデルは未開発であるため、ここでは高温による品質低下リスクを表す指標として、出穂後20日間の日平均気温26°C以上の積算値(単位は°C・日、以下HD_m26と呼ぶ)を導入した。既往の研究で明らかになっているHD_m26値と1等米比率との関係を参考に、以下に示す基準でリスクの度合いを表すこととした。

0°C・日 ≦ HD_m26 < 20°C・日:高温による品質低下リスク低
20°C・日 ≦ HD_m26 < 40°C・日:高温による品質低下リスク中
40°C・日 ≦ HD_m26:高温による品質低下リスク高

HD_m26は気温のみにより算定される指標であり、その他の気象要素やCO2濃度が算定値に影響することはない。

図 4.1-5は、MRI-CGCM3のRCP2.6およびRCP8.5による21世紀中頃と21世紀末のHD_m26値の20年平均値の分布を示したものである。"高温による品質低下リスク高"に相当する40°C日以上の領域は、21世紀中頃には関東、北陸から西の平野部や盆地の一部にのみ出現しているが、気温が大きく上昇する21世紀末には、40°C日以上の出現範囲が東北北部まで大きく拡大し、全国の大半の地域で高温に因る品質低下リスクが高くなる。同様に図4.1-6は、MIROC5による結果を示したものである。特に気温上昇の大きいRCP8.5の21世紀末には、北海道を除く殆どの地域が40°C日以上になる。

MRI-CGCM3を使用した高温による品質低下リスク指標(HD_m26)の分布
図 4.1-5 MRI-CGCM3を使用した高温による品質低下リスク指標(HD_m26)の分布
MIROC5を使用した高温による品質低下リスク指標(HD_m26)の分布
図 4.1-6 MIROC5を使用した高温による品質低下リスク指標(HD_m26)の分布

活用上の留意点

本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、影響評価モデルとして導入した水稲生育収量予測モデル(H/Hモデル)で再現できる項目について、予測対象とした。最終的な出力値は玄米収量であるが、その計算過程において、フェノロジーやバイオマス生成量が求められる。入力データとしては、気象データ、栽培管理データ、大気CO2濃度データがあり、これらが変化した場合の影響については評価可能である。

本調査の将来予測の対象外とした事項

本調査では、評価対象期間にわたり、品種と栽培地域が変化しないことを条件とした予測を行った。そのため、適応策としての他の品種の導入や、栽培地域の変更等については対象外とした。また、病虫害や台風による洪水、潮風害といった要因を考慮していない。

その他、成果を活用する上での制限事項

モデルに基づく予測結果であり、病虫害や台風による洪水、潮風害といった要因を考慮していない点に留意する必要がある。

適応オプション

表 4.1-1 適応オプション一覧
適応オプション 想定される実施主体 評価結果
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面(知見/経験/データなど) 効果発現までの時間 期待される効果の程度
適期植え付け 普及が進んでいる 労働力の確保、水利権の調整 短期
早晩性の異なる品種 一部で普及 栽培方法、食味、耐病性、耐冷性 短期
高温耐性品種 普及が進んでいる 栽培方法、食味、耐病性、耐冷性 N/A 長期
表 4.1-2 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
適期植え付け 年により高温ピークを回避できない
早晩性の異なる品種 年により高温ピークを回避できない
高温耐性品種 育種に長期間を要する

事業の成果に関する学術論文

  1. 西森基貴, 石郷岡康史, 若月ひとみ, 桑形恒男, 長谷川利拡, 吉田ひろえ, 滝本貴弘, and 近藤始彦. 2020. “作況基準筆データを用いた近年の日本のコメ品質に対する気候影響の統計解析.” 生物と気象 20: 1-8
  2. 西森基貴, 石郷岡康史, 桑形恒男, 滝本貴弘, and 遠藤伸彦. 2019. “農業利用のためのSI-CAT日本全国1km地域気候予測シナリオデータセット(農研機構シナリオ2017)について (小特集 気候変動への適応にむけたデータセットの開発とその活用).” シミュレーション = Journal of the Japan Society for Simulation Technology 38 (3): 150-154.
  3. Yasushi Ishigooka, Toshihiro Hasegawa, Tsuneo Kuwagata, and Motoki Nishimori. 2020. “Evaluation of the Most Appropriate Spatial Resolution of Input Data for Assessing the Impact of Climate Change on Rice Productivity in Japan.” Journal of Agricultural Meteorology 76 (2): 61-68
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