成果報告 2-1

夏季の高温・少雨による茶栽培への影響調査

対象地域 関東地域
調査種別 先行調査
分野 農業・林業・水産業
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム関東地域事業委託業務業務報告書」より抜粋

背景・目的

静岡県では温暖化に伴う夏季の高温・少雨により、三番茶の生育が抑制される等の影響が現れ始めている。茶は県の重要な作物であるため、気候変動の影響の評価や対策の検討が必要となっている。そこで、静岡県及び関東地域全域を対象として、気候変動が茶栽培に与える影響について予測・評価を行うことを目的として調査・検討を行った。

実施体制

本調査の実施者 パシフィックコンサルタンツ株式会社
アドバイザー 静岡県農林技術研究所茶業研究センター茶生産技術科 科長 中野敬之
実施体制
図 1-1 実施体制

実施スケジュール(実績)

調査の実施スケジュールを図 1-2に示す。平成29年度は、文献調査、専門家ヒアリング、データ収集を行い、静岡県を対象として夏季の高温・少雨が茶栽培に及ぼす影響について予測評価方法の枠組を構築した。枠組に沿って、夏季の高温・少雨の指標と翌年収穫される一番茶の生育・収量との関係をモデル化するための統計解析を行った。

平成30年度は、夏季以外にも分析期間を広げて統計解析を行った。一番茶摘採期予測モデルを作成し、静岡県の一番茶摘採期の将来予測を実施した。また、一番茶の生育期間が早まることによるリスク、リスクの評価手法を検討した。

平成31年度は、関東地域の一番茶摘採期の将来予測を実施した。また、一番茶の生育期間が早まることによるリスクを評価し、特定されたリスクについて適応策を検討した。

調査スケジュール
図 1-2 調査スケジュール

気候シナリオ基本情報

使用した気候シナリオに関する情報を表 1 1に示す。

表 1-1 気候シナリオ基本情報
項目 一番茶摘採期予測 凍霜害リスク
気候シナリオ名 NIES統計DSデータセット
気候モデル MRI-CGCM3、MIROC5
気候パラメータ 日平均気温 日最低気温
排出シナリオ RCP2.6、RCP8.5
予測期間 21世紀中頃/日別、21世紀末/日別
バイアス補正の有無 有り(全国)

気候変動影響予測結果の概要

文献調査結果の概要
  • これまでの茶栽培に関する気候変動影響予測に関しては、茶の休眠を解除するための低温が秋冬期に確保されるかどうかという点に注目して研究が行われてきた。これらの研究では、静岡県や関東地域の茶栽培に及ぼす影響は明らかになっていない。
  • 静岡県は全国の茶園面積の約4割を占めており、国内最大の産地となっている。中でもやぶきた種は県の茶園面積の約9割を占める。やぶきた種は全国の茶研究機関が実施している作況調査で用いられる品種でもある。
  • 茶栽培農家にとって一番茶は経済上、最も重要な作物である。
  • 夏季の高温・少雨が茶樹に影響を与えているのは事実と考えられるが、茶の生産に及ぼす影響の程度は明らかになっておらず、定量的な知見も得られていない。
ヒアリング調査結果の概要
  • 農家は茶の生育や日々変わる売値を考慮しながら収穫日を調整することが可能であるため、通常の統計値では気候による茶の生産量への影響を捉えることが難しい。生育・収量については、研究機関が設置している専用茶園「作況園」(毎年同様の管理を実施)での作況調査に基づく作況データを使用することが適切である。
  • 少雨による茶樹への影響は、茶園が位置する土壌の保水力によっても異なる。火山活動由来の黒ボク土は、水が抜けにくく干ばつに強い。静岡県内の茶園のほとんどは赤黄色土に位置しており、火山活動由来の黒ボク土は伊豆など富士山周辺に限られる。
  • 一番茶の生育期間が早まることによるリスクとして、一番茶の摘採期間の短縮、凍霜害リスクの高まり、山地と平地の摘採時期の接近、他県にある茶産地の摘採時期との接近、秋冬季の低温不足による休眠覚醒への影響に伴う一番茶の減収、茶の生長期間が長くなることによる農家の管理負担の増加が挙げられる。
影響予測結果の概要

(過去の気象データと一番茶の生育・収量データを用いた統計解析)

  • 夏季の気温・降雨と翌年一番茶の生育・収量との関係は明らかにならなかった。
  • 春先(2~4月)の気温が高い年は一番茶の萌芽期・摘採日が早くなるという明瞭な関係が見られた。将来の気温上昇に伴い茶芽の生育が早まり、一番茶の萌芽や摘採が早まる可能性が示された。

(統計手法を用いた一番茶摘採期モデルによる影響予測結果)

  • 静岡県の主要茶産地では、現在と比較して、RCP2.6の21世紀中頃で1~2日、21世紀末で3~4日、RCP8.5の21世紀中頃で3~4日、21世紀末で13~14日早まると予測された。(MRI-CGCM3)
  • 静岡県の主要茶産地では、現在と比較して、RCP2.6の21世紀中頃で4~5日、21世紀末で5~6日、RCP8.5の21世紀中頃で6~7日、21世紀末で14~15日早まると予測された。(MIROC5)
  • 関東地域の茶研究機関が位置する場所でも概ね同様の結果が得られた。
  • 予測結果を用いて一番茶の生育期間が早期化することによるリスクを確認した結果、摘採期の早期化、凍霜害発生の早期化1) がリスクとして特定された。
1) 別途実施した萌芽期の予測結果も使用した。

一番茶摘採期予測

静岡県の一番茶摘採期をMRI-CGCM3で予測した結果、現在と比較して、RCP2.6では21世紀中頃で1~2日程度、21世紀末で3~4日程度、RCP8.5では21世紀中頃で3~4日程度、21世紀末で2週間程度早まると予測された(図 1-3)。

また、MIROC5で予測した結果、現在と比較して、RCP2.6では21世紀中頃で4~5日程度、21世紀末で1週間程度、RCP8.5では21世紀中頃で5~6日程度、21世紀末で2週間程度早まると予測された(図 1-4)。

静岡県の一番茶摘採期予測(MRI-CGCM3)
図中の斜線は山地を示す。
出典:行政区域は「国土数値情報 行政区域データ」を使用、静岡県の茶園位置図は、「国土数値情報土地利用細分メッシュデータ」をパシフィックコンサルタンツ株式会社が加工して作成
図 1-3 静岡県の一番茶摘採期予測(MRI-CGCM3)
静岡県の一番茶摘採期予測(MIROC5)
図中の斜線は山地を示す。
出典:行政区域は「国土数値情報 行政区域データ」を使用、静岡県の茶園位置図は、「国土数値情報土地利用細分メッシュデータ」をパシフィックコンサルタンツ株式会社が加工して作成
図 1-4 静岡県の一番茶摘採期予測(MIROC5)

関東地域の一番茶摘採期をMRI-CGCM3で予測した結果、現在と比較して、RCP2.6では21世紀中頃で1~2日程度、21世紀末で3~4日程度、RCP8.5では21世紀中頃で3~4日程度、21世紀末で2週間程度早まると予測された(図 1-5)。

また、MIROC5で予測した結果、現在と比較して、RCP2.6では21世紀中頃で4~5日程度、21世紀末で1週間程度、RCP8.5では21世紀中頃で1週間程度、21世紀末で2週間~16日程度早まると予測された(図 1-6)。

関東地域の一番茶摘採期予測(MRI-CGCM3)
出典:公開の統計情報等(「国土数値情報 土地利用細分メッシュデータ」、「農林業センサス 2015年農林業センサス 確報 第1巻都道府県別統計書」)に基づき茶園の位置を表示している。行政区域は「国土数値情報 行政区域データ」を使用
図 1-5 関東地域の一番茶摘採期予測(MRI-CGCM3)
関東地域の一番茶摘採期予測(MIROC5)
出典:公開の統計情報等(「国土数値情報 土地利用細分メッシュデータ」、「農林業センサス 2015年農林業センサス 確報 第1巻都道府県別統計書」)に基づき茶園の位置を表示している。行政区域は「国土数値情報 行政区域データ」を使用
図 1-6 関東地域の一番茶摘採期予測(MIROC5)

凍霜害リスク

凍霜害は茶芽の耐凍性、放射冷却による低温、風、茶園の位置等の複数の要因で発生するが、本調査では、凍霜害が生じうる低温(日最低気温)の発生回数を対象として、将来の凍霜害リスクを予測した。

凍霜害リスクが生じる期間は、関東地域の茶栽培で防霜対策が開始される萌芽期より前15日間(静岡県経済産業部農林業局茶業農産課(2015年))から摘採期までとした。この期間のうち、萌芽期以前では凍霜害は零下で発生するが、萌芽期後では2℃程度でも発生するため、凍霜害リスクが生じうる日最低気温の条件を萌芽期の前後で分けた。萌芽期より前では日最低気温が4℃以下、3℃以下、2℃以下の3通り、萌芽期以降摘採期までは4℃以下(関東地域の広い範囲で使用されている霜注意報発表基準(気象庁))とした。各予測期間の20年間であてはまる日数を数え、年間値に換算した。

静岡県、埼玉県、茨城県の茶研究機関の位置で凍霜害リスクを予測した結果を図 1-7、図 1-8に示す。いずれの場所でも凍霜害リスクは残り、凍霜害の発生が早期化する可能性が示された。

凍霜害リスクの予測結果(MRI-CGCM3)
図 1-7 凍霜害リスクの予測結果(MRI-CGCM3)
凍霜害リスクの予測結果(MIROC5)
図 1-8 凍霜害リスクの予測結果(MIROC5)

活用上の留意点

本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気候変動による春先(2~4月)の気温上昇が一番茶の摘採期に与える影響を対象とした。茶の品種は「やぶきた」を想定し影響予測を実施した。

本調査の将来予測の対象外とした事項

一番茶の摘採期には、気温以外にも下記の要素が影響すると考えられるが、本調査において気候変動影響予測を実施するに当たり、下記の影響は考慮していないことに留意が必要である。

  • 降水量の変化による影響(統計解析では春先の降水量と一番茶摘採日との間に弱い相関が認められた。)
  • 土壌の違いによる影響

その他、成果を活用する上での制限事項

本調査で作成した一番茶摘採期モデル及び一番茶萌芽期モデルは、関東地域での予測を目的として、関東地域よりも温暖な地域(近畿・九州地方)のデータを考慮して作成している。温帯域の地域での予測には適している一方、温帯域以外の地域の予測には適していない。

適応オプション

本調査で検討した適応オプションは表 1 2、適応オプションの根拠(出典、考え方)は表 1 3に示すとおりである。

表 1-2 適応オプションのまとめ
対応するリスク 適応オプション 想定される実施主体 評価結果 備考
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
摘採期の早期化 茶芽の生育ステージの調査・確認 普及が進んでいる
  • 気温上昇により茶の生育期間が早期化する可能性について周知が必要
  • どの程度効果があるのか予測が難しい
中期 一番茶芽の生育調査・確認には、個人差があるため、統一的な方法の検討が必要。
摘採期の早期化 茶芽生育ステージの正確・客観的判断による作業計画の策定 0%
  • 研究段階の技術であるため、実用化が必要
  • 実用化後の活用状況が未知
短期 多くの農家に利用されるための手法の検討が必要。
摘採期の早期化 複数品種の組み合わせによる摘採期間の分散 8.5%(静岡県)
  • 実施されている「やぶきた」種以外の品種導入の更なる促進
  • 気温上昇による摘採時期への影響について、他品種の研究が必要
長期 普及率(8.5%)は、静岡県でやぶきた以外の品種が栽培されている面積を県の茶園面積で除した値(2018年)。
凍霜害の早期化 防霜対策開始日の早期化(送風法) 普及が進んでいない
  • いつ・どの程度、防霜対策を早めることが適切か、判断が難しい
  • 冬季の温暖化が一番茶芽の耐凍性に及ぼす影響についての研究が必要
短期 静岡県では9,144ha(静岡県の全茶園面積の55%に相当、2018年)の茶園で防霜施設が設置されている。
表 1-3 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
茶芽の生育ステージの調査・確認
  • 旨味成分であるアミノ酸の新芽における含有量は摘採適期以後に急減するため、摘採適期を逃すと品質が低下する。一方で過去の一番茶摘採日は、春先の気温上昇に伴って変動を伴いながら早まる傾向が見られる。これらのことから、今後の気温上昇に伴い茶の生育期間が早期化し、一番茶の摘採適期を逃すことによる品質低下の可能性が懸念される。
  • 茶芽の生育確認、及びそれに基づく生育予測は既に実施されている一方、生育予測には個人差がある。そのため、温暖化による摘採期の早期化について周知し、更なる茶芽の生育確認を促したとしても、適切に実行されない可能性、摘採期が集中することにより摘採適期を逃す可能性がある。従って、「期待される効果の程度」を「低」とした。
茶芽生育ステージの正確・客観的判断による作業計画の策定
  • 春先の気温上昇により茶の生育期間が早期化し、病害虫の防除を含めた摘採までの作業の前倒しが必要となる可能性がある。
  • 樹冠面を撮影した画像から、人工知能が開葉期を客観的に高い精度で推定する技術が開発されている(牧・中野(2018))。この技術が導入されれば、短期間に高い効果が得られる。
  • 農業協同組合(JA)及び製茶機メーカーが協働し、センサーで気象情報等を測定した結果をインターネットで配信しているものの、利用者数が少ないことが課題として挙げられている(中野敬之(2019年))。同様の状況となる可能性も考えられるため「課題」に「実用化後の活用状況が未知」を挙げた。
複数品種の組み合わせによる摘採期間の分散
  • 春先の気温上昇により一番茶の摘採期間が早期化し、摘採期が集中する問題が解消されない可能性がある。これに対し、早晩性がやぶきた種と異なる品種を組み合わせることで摘採時期を分散させることが可能となる。
  • 普及率については、やぶきた種以外の品種が栽培されている茶園面積を静岡県の茶園面積で除した(静岡県経済産業部農業局お茶振興課(2019年)より、「県内品種別茶園面積」(平成30年)を用いて算出)。
  • 課題として挙げた「気温上昇による摘採時期への影響について、他品種の研究が必要」は、アドバイザーへのヒアリング結果による。
  • 茶樹は、定植してから収量が安定するまでに5~8年程度かかるため、効果発現までの時間を「長期」とした。
防霜対策開始日の早期化(送風法)
  • 春先の気温上昇により一番茶芽の生育期間が早期化し、凍霜害の発生が早期化する可能性がある。これに対し、送風法(防霜ファン)の開始期を早めることで凍霜害に遭うリスクを低減させる。
  • 静岡県では9,144ha(静岡県の全茶園面積の55%に相当)の茶園で防霜施設が設置されている(静岡県経済産業部農業局お茶振興課(2019年)より、「防霜施設設置状況」(平成30年))。このことから実現可能性の物的側面を〇(既存の技術に基づく物資設備で対応可能)とした。
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