成果報告 3-3

気候変動による三方五湖の淡水生態系等に与える影響調査

対象地域 中部地域
調査種別 先行調査
分野 自然生態系
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム中部地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

気候変動に伴う気象の変化、海水面の上昇等により、将来的に三方五湖の水質等の環境が変化する可能性が懸念されている。湖の水質や水温等の変化は、ヒシ※4) 等の水生植物の生育状況やシジミ等の水産業に影響を及ぼす可能性がある。また、ヒシの繁茂状況の変化は、生息生物の多様性に変化を与える可能性が示唆されている。

本調査では、将来的な気候変動による影響予測を行い、モニタリング方法や管理方法等の適応策を検討した。

4) ヒシ科の一年草。池沼に生育し、葉が水面に浮く浮葉植物。
三方五湖(はす川流域)
図 5-1 三方五湖(はす川流域)
(福井県河川課作成)

実施体制

本調査の実施者 一般財団法人日本気象協会、日本ミクニヤ株式会社
アドバイザー 総合地球環境学研究所・東京大学 准教授 吉田丈人
実施体制図(調査項目3-3)
図 5-2 実施体制図(調査項目3-3)

実施スケジュール(実績)

本調査では、平成29年度から平成31年度の3年間で、対象地域において、気候変動による塩分の変化が対象種(ヒシ、シジミ)に与える影響を調査し、将来の影響評価及び適応策の検討を行った(図5-3)。

本調査の実施フロー(調査項目3-3)
図 5-3 本調査の実施フロー(調査項目3-3)

気候シナリオ基本情報

影響調査において使用した気候シナリオの基本情報を表5-1に示す。

表5-1 気候シナリオ基本情報(調査項目3-3)
項目 三方湖及び久々子湖の塩分
気候シナリオ名 NIES統計DS 海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI-CAT ver.1*5)
気候モデル MRI-CGCM3、MIROC5 MRI-CGCM3
気候パラメータ 降水量 海面水位
排出シナリオ RCP2.6及び8.5 RCP8.5*6)
予測期間 21世紀中頃、21世紀末 / 月別
バイアス補正の有無 有り(全国) 無し(現在との差分を利用)
5) 海面水位の予測には、 IPCC の海洋・雪氷圏特別報告書による全球平均の海面上昇値も利用した。
6) 21 世紀中頃は RCP 8 .5 のみ、 21 世紀末は RCP2.6 と RCP8.5 がある。

降水量

本調査では、河川流入と、湖直上の降水による真水の量の変化を確認するため、平均的な降水量の変化を確認した。なお、三方五湖に流れ込むはす川は三方湖の上流10㎞程度と比較的短いことから、河川流入及び湖直上の降水は双方とも、同地域への降水に大きく依存すると仮定した。本調査で利用したMRI-CGCM3の気候シナリオでは、21世紀中頃、21世紀末とも、現在と将来の月平均降水量に大きな変化は見られなかった。

降水量の変化(MRI-CGCM3; 左図:RCP2.6、右図:RCP8.5))
図 5-4 降水量の変化(MRI-CGCM3; 左図:RCP2.6、右図:RCP8.5)

海面水位

RCP8.5の21世紀末では、日平均海面水位の年間変化幅(約70cm)とほぼ同程度の海面上昇が予測されることが分かった(図5-5)。前述の通り、真水の流入源である降水量の将来変化が小さいことから、本調査では、海面水位の上昇を中心に影響を確認することとした。なお、蒸発による定量的な影響は観測値が少ないことから詳細な検討は実施していないが、定性的には気温上昇により蒸発量が増加し、塩分が上昇する傾向であると考えられる。このため、海面上昇による塩分増加の傾向と一致している。

若狭湾の海面水位上昇
図 5-5 若狭湾の海面水位上昇
海面水位は海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI CAT ver.1 MRI CGCM3 )の値に、IPCC 海洋・雪氷圏特別報告書による全球平均海面水位上昇を足し合わせた値。

気候変動影響予測結果の概要

本調査では、海面上昇等により将来の変化が想定される各湖の塩分に着目し、影響評価を実施した。湖の塩分は、主に若狭湾からの海水の流入、はす川を主とした河川及び湖直上の降水による真水の流入、蒸発のバランスにより決定される。この中で、塩分に及ぼす影響が大きいと考えられる、河川流入及び湖直上への降水に寄与する降水量の将来変化と、海水流入に寄与すると考えられる海面水位の将来変化を確認した。

三方湖におけるヒシの生育

塩分がヒシの生育に大きな影響をあたる発芽期において、5psu以上の塩分が長期的に続くと、ヒシの生育に向かないとされている(Nishihiro et al. 2014)。ただ、現在ヒシの繁茂が問題となっている三方湖で、5psuの塩分が観測される頻度は少なく、統計に十分な観測データが確保できない。このため、本調査ではサンプル数がある程度確保できる5月~7月の0.08psu以上の塩分の海面水位ごとの割合を図5-6(左図)に示した。観測値の結果からも、海面水位が高くなれば若狭湾から、久々子湖、水月湖を経た三方湖でも塩分が高くなる傾向にあることが分かる。ヒシへの影響の大きい5psu程度の塩分では定量的な頻度には至っていないが、定性的には0.08psuと同様の値を示すと考えられ、将来的に塩分上昇、またそれに伴うヒシの減少に繋がることが推定される。ヒシの減少は、漁業者の航路が阻害されないなど好影響も想定される一方、湖内の生物多様性での観点も懸念される。

久々子湖におけるシジミの生息

三方湖と同様に、塩分がシジミの生息に大きな影響をあたる発芽期(ここでは6月~10月の値を用いた)において、10psu以上の塩分の示す割合を図5-6(右図)に示した。ヤマトシジミへの影響の大きい塩分(13psu程度)は観測値での発生頻度が低く、定量的な頻度には至っていないが、定性的には将来的な塩分上昇がされ、それに伴うシジミの生息域の減少が懸念される。

海面水位の変動と塩分(左図:三方湖、右図:久々子湖)
図 5-6 海面水位の変動と塩分(左図:三方湖、右図:久々子湖)
海面水位は海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI-CAT ver.1(MRI-CGCM3)の値に、IPCC海洋・雪氷圏特別報告書による全球平均海面水位上昇を足し合わせた値。

活用上の留意点

海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI-CATver.1は、氷床融解や熱膨張の影響が含まれていない。そのため、本調査では海面水位の将来予測として、局所的な影響を考慮するため、全球平均の予測と海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI-CATver.1による予測の若狭湾の値を足し合わせて使用した。また、今回の対象地点は均質的な継続的観測がないことから、限られた観測値による統計的な推定であり、将来変化の推定には不確実性が大きいことを留意する必要がある。

適応オプション

適応オプションを表5-2に、その根拠を表5-3に示す。

表 5-2 適応オプション(調査項目3-3)
適応オプション 想定される実施主体 現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
モニタリング(塩分、水温) 普及が進んでいる 特になし 短期
浅場造成 普及が進んでいる 複合的な影響が考えられる 短期
ヒシ適正管理 普及が進んでいる 特になし 短期
表 5-3 適応オプションの根拠(調査項目3-3)
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
モニタリング
(塩分、水温)
塩分、水温のモニタリングは一般的に広く行われている手法を想定している。
浅場造成 三方五湖自然再生協議会、自然護岸再生部会、シジミのなぎさ部会で実施を検討している。
ヒシ適正管理 三方湖におけるヒシ管理の技術的指針は、三方湖ヒシ対策ガイドライン(2016)で示されている。
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