海面上昇等による塩水遡上の河川への影響調査
対象地域 | 近畿地域 |
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調査種別 | 先行調査 |
分野 | 水環境・水資源 |
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概要
背景・目的
京都府舞鶴市では、日本海に注ぐ一級河川である由良川から上水の取水を行っている。取水場は河口から約17 km上流にあるが、この取水場およびさらに約2.5 km上流の補助取水場(図5.1-1)まで塩水が遡上する現象が発生しており、対策として取水量の調整や防潮幕の設置が必要となっている。また、将来の気候変動による海水面の上昇や降水量の変化によって、塩水の遡上距離がさらに延びる可能性がある。特に渇水期においては、通常より上流まで塩水が遡上し、一時的に取水を停止せざるを得ない状況が発生しているが、国内で気候変動と塩水遡上の関係性について明らかにした研究は少ない。
本調査では、由良川をモデル河川として、気候変動による海面上昇等が塩水遡上に与える影響の評価を実施することを目的として調査を行った。

(http://www.kkr.mlit.go.jp/fukuchiyama/river/honbun.pdf) 図1.3.1をもとに作成
実施体制
本調査の実施者 | 一般財団法人日本気象協会、神戸大学 (河川の流量推定、塩水遡上のシミュレーションは神戸大学が実施) |
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アドバイザー | 神戸大学大学院工学研究科 教授 中山 恵介 |

実施スケジュール(実績)
本調査では、平成29年度から平成31年度の3年間で、由良川における気候変動による海面上昇等が塩水遡上に与える影響を調査し、将来の影響評価及び適応策の検討を行った(図5.1-3)。
平成29年度は、既存知見の収集整理を行うとともに、由良川を対象に過去の河川流量、潮位、塩分に関する資料や観測データを収集し、それらの関係性解析を行った。
平成30年度は、気候シナリオの降水量から推定した河川流量を用いて、環境流体モデル(Fantom)による塩水遡上のシミュレーションを行い、取水場付近の塩分や塩水遡上距離の変化等について影響評価を実施するとともに、適応策の検討を行った。
平成31年度は、河川流量の推定方法について改良を行うとともに、気候シナリオの海面水位上昇も考慮したシミュレーションを実施し、影響評価の精緻化を行った。その結果をもとに適応策を再検討し、他地域への拡張性についても検討した。

気候シナリオ基本情報
本調査で利用した気候シナリオの基本情報を表5.1-1に示す。
項目 | 由良川の流量及び塩水遡上 | |
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気候シナリオ名 | NIES統計DSデータ | 海洋近未来予測力学的 ダウンスケーリングデータ by SI-CAT ver.1 |
気候モデル | MRI-CGCM3、MIROC5 | MRI-CGCM3 |
気候パラメータ | 降水量 | 海面水位 |
排出シナリオ | RCP2.6及び8.5 | RCP2.6及び8.5* |
予測期間 | 21世紀中頃、21世紀末 / 月別・日別 | |
バイアス補正の有無 | あり(全国) | なし |
気候変動影響予測結果の概要
由良川における将来の河川流量及び海面高度の変化傾向から、取水場付近における塩水遡上の影響予測を実施した。その結果、下記のような可能性が示唆された。
- 無降水(少雨)日は現在よりも増えるが、総降水量も増えるため、塩水遡上が生じやすい時期(5月~11月)における河川流量は、現在よりも若干増加する可能性がある(表5.1-2)。一方で海面水位は、RCP8.5シナリオでは21世紀中頃で22cm程度、21世紀末には79cm程度上昇する(表5.1-3)。
流量24m3/s以下 | 流量20m3/s以下 | 流量16m3/s以下 | |
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現在 | 16%(年34日)程度 | 6%(年13日)程度 | 2%(年5日)程度 |
21世紀中頃・RCP2.6 | 15%(年33日)程度 | 6%(年14日)程度 | 2%(年4日)程度 |
21世紀中頃・RCP8.5 | 14%(年30日)程度 | 5%(年11日)程度 | 2%(年4日)程度 |
21世紀末・RCP2.6 | 12%(年26日)程度 | 5%(年10日)程度 | 1%(年2日)程度 |
21世紀末・RCP8.5 | 13%(年27日)程度 | 4%(年9日)程度 | 1%(年2日)程度 |
シナリオ | 21世紀中頃 | 21世紀末 | |||
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平均 | 予測幅 | 平均 | 予測幅 | ||
若狭湾の海面水位上昇(cm) | RCP2.6 | - | - | 42 | 38~47 |
RCP8.5 | 22 | 16~29 | 79 | 66~92 |
- 海面水位上昇を踏まえた河川内の塩水遡上のシミュレーションを行ったところ、将来は塩水遡上距離がさらに延びるとともに、取水場付近の高塩分が長時間継続する恐れがある。特に21世紀末においては、流量が比較的多いケースにおいても、各取水場付近の塩分は現在よりも高くなり、遡上距離も延びることが予測される(図5.1-4)。

(塩水が最も遡上したタイミングの塩分分布)
活用上の留意点
本調査の将来予測対象とした事項
本調査では、由良川流域における降水量の変化による由良川の流量変化と、若狭湾における海面水位の変化が、取水場付近の塩分の状況や塩水の遡上距離に与える影響を予測対象とした。
本調査の将来予測の対象外とした事項
塩水遡上には河床状況の変化も影響すると考えられるが、本調査において気候変動影響予測を実施するに当たり、降水及び海面水位の変化以外の影響は考慮していないことに留意が必要である。
その他、成果を活用する上での制限事項
塩水遡上の状況は河川の地形によって異なっており、また日本海側と太平洋側、瀬戸内海沿岸等では、日々の干満差の違いにより塩水の混合状況が異なる可能性がある。そのため、本成果の他地域への展開にあたっては、河川の地形や塩水の混合状況を踏まえて予測を行う必要がある。
適応オプション
適応オプションを表5.1-4に整理する。なお適応オプションの検討にあたっては、防災や農業、自然生態系等、他分野とのトレードオフには十分に注意する必要がある。
適応オプション | 想定される実施主体 | 評価結果 | |||||||||
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現状 | 実現可能性 | 効果 | |||||||||
行政 | 事業者 | 個人 | 普及状況 | 課題 | 人的側面 | 物的側面 | コスト面 | 情報面 | 効果発現までの時間 | 期待される効果の程度 | |
①適切なタイミングでの防潮幕の設置 | ● | ● | 普及が進んでいる |
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◎ | ○ | ◎ | ◎ | 短期 | 中 | |
②流量の調整 | ● | 普及が進んでいない |
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△ | ○ | △ | △ | 短期 | 中 | ||
③取水高さの変更/取水口の移設/貯水池の設置 | ● | 普及が進んでいる |
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△ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 中 | ||
④河川内構造物(堰等)の設置/河床形状の変更等 | ● | 普及が進んでいる |
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△ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 高 |
適応オプション | 適応オプションの考え方と出典 |
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①適切なタイミングでの防潮幕の設置 | 防潮幕の設置は舞鶴市ですでに実施中(設置時期は例年、梅雨明け~秋頃)。塩水遡上の可能性やタイミングを事前に予測し、設置時期を判断する |
②流量の調整 | 塩水遡上が見込まれるタイミングで、上流側の放流量を増やす(もしくは取水量を減らす)ことにより、取水場付近の流量を一定以上確保する。塩水遡上防止のための流量調整は、他河川を含め実施事例が確認できてない。 |
③取水高さの変更/取水口の移設/貯水池の設置 | 取水口の移設については、取水場をより上流へ移設する、取水管を上流へ延長する、または上流側に簡易水路を設置するといったいくつかのパターンが想定される。貯水池については、北海道で実施実績がある。 |
④河川内構造物(堰等)の設置/河床形状の変更等 | 取水場より下流側に、河川内構造物(堰等)を設置する。もしくは、塩水が遡上しにくいように河床形状を変更する。堰については、長良川、淀川等で設置されている。 |