成果報告 4-6

気候変動による琵琶湖の水環境への影響調査[滋賀県]

対象地域 近畿地域
調査種別 率先調査
分野 水環境・水資源
自然生態系
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム近畿地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

琵琶湖は日本最大の湖であり、近畿地域では多くの自治体が水源として取水を行っている。しかし近年、藍藻類7) の大量発生及び水道異臭味(カビ臭8) )の原因となる植物プランクトンの出現に伴い、アオコ9) や水道異臭味の発生が問題となっている。これらは特定の気象条件においてある種の藻類が急激に増殖することにより、アオコや水道異臭味(カビ臭、生ぐさ臭10) )を発生させることが指摘されている。

本調査では、琵琶湖における過去約30年間分の観測データ(生物、気象、水質等)を用いて、環境要素と植物プランクトンの関係解析を行うとともに、気候シナリオを用いた将来予測計算を実施して、将来の環境が植物プランクトンに与える影響を予測した。また、実地調査結果及び既存知見を活用して予測結果に基づく影響評価を行い、適応策を検討した。

7) 藍藻類: アオコやカビ臭の原因となる植物プランクトンを含む。「シアノバクテリア」ともいう。
8) カビ臭: 原因物質はジェオスミン及び 2 MIB 。墨汁臭、土臭ともいう。
9) アオコ: アオコ形成植物プラ ンクトンの大発生により、水面が緑色のペンキを流したような状態になる現象。
10) 生ぐさ臭: 原因物質は 黄色 鞭毛藻 Uroglena americana によって産生される。魚臭ともいう。

実施体制

本調査の実施者 滋賀県、東北大学、一般財団法人日本気象協会
アドバイザー 東北大学大学院生命科学研究科 教授 近藤 倫生
実施体制図(調査項目4-6)
図 8.1-1 実施体制図(調査項目4-6)

実施スケジュール(実績)

平成30年度から平成31年度の2年間で実施した本調査のフローを図8.1-2に示す。

平成30年度の調査では、琵琶湖におけるアオコの発生や水道異臭味について、既存の学術研究や調査報告書の文献等の収集・整理を行うとともに、琵琶湖南湖を中心とした実地調査により現状の把握を行った。また、既存の観測データを用いて、環境要素と植物プランクトンの関係解析や予測モデル構築の検討を行い、影響評価を試行した。

平成31年度の調査では、前年度の調査に引き続き、時系列データによる解析から、植物プランクトン量の増減に影響を与える環境要素とその効果を推定した。解析の結果を元に、植物プランクトン予測モデルを構築し、将来の植物プランクトン量の変化を予測した。また、実地調査及び既存知見を活用して、気候変動がアオコの発生及び水道異臭味の原因となる植物プランクトン量に与える影響を評価し、適応策の検討を行った。

本調査の実施フロー(調査項目4-6)
図 8.1-2 本調査の実施フロー(調査項目4-6)

気候シナリオ基本情報

影響調査において使用した気候シナリオの基本情報を表8.1-1に示す。

表8.1-1 気候シナリオ基本情報(調査項目4-6)
項目 琵琶湖の植物プランクトン量
気候シナリオ名 NIES統計DSデータ
気候モデル MRI-CGCM3、MIROC5
排出パラメータ 平均気温、降水量、日射量
排出シナリオ RCP2.6、RCP8.5
予測期間 21世紀中頃、21世紀末
対象地点 大津、彦根
バイアス補正の有無※ 有り(全国)
  • 「有り(全国)」:地域適応コンソーシアム全国運営事業委託業務によりバイアス補正を実施した気候パラメータを使用

気候変動影響予測結果の概要

気候変動が琵琶湖のアオコ発生や水道異臭味(カビ臭、生ぐさ臭)の原因となる植物プランクトン量へ与える影響について、過去約30年間分の観測データをもとに、将来の植物プランクトン量を推定するモデルを作成し、影響評価を行った。

環境要素と植物プランクトン成長率(現在)

環境要素が植物プランクトンに対して与える影響について関係解析を行った結果、対象とした全ての植物プランクトンの成長率に対して、特に気温が与える影響が大きいことが推定された。顕著な関係が得られた気温と植物プランクトン成長率の関係を図8.1-3に示す。アオコ形成種は気温の上昇とともに成長率が増加、カビ臭原因種は気温25℃付近で成長率がピークとなりその後一定、生ぐさ臭原因種は気温10~13℃付近で成長率がピークとなりその後減少傾向となった。

気温と植物プランクトン成長率の関係
図 8.1-3 気温と植物プランクトン成長率の関係

植物プランクトン量の変化(将来)

植物プランクトン予測モデルを用いて、将来環境における植物プランクトン量の変化を予測した結果、現在と比較して21世紀中頃及び21世紀末では、比較的気温上昇の小さいRCP2.6では植物プランクトンの大きな増減は見られないが、気温上昇の大きいRCP8.5ではアオコ形成種及びカビ臭原因種の増加が予測された(図8.1-4)。

植物プランクトン量の月別の予測結果では、アオコ形成種及びカビ臭原因種は年間を通して増加、生ぐさ臭原因種は気温の高い時期(7~11月)は抑制傾向だが、寒候期(1~2月)は現在よりも増加することが懸念される(図8.1-5)。

1年間に大量発生が起こる確率及びその月数は、アオコ形成種及びカビ臭原因種で増加傾向を示した(図 8.1-6)。

植物プランクトン量の変化
図 8.1-4 植物プランクトン量の変化
植物プランクトン量の変化(月別)
図 8.1-5 植物プランクトン量の変化(月別)
年間大量発生月数の予測結果
図 8.1-6 年間大量発生月数の予測結果

活用上の留意点

  • 本調査で実施した植物プランクトン量予測手法を適用するためには、連続した長期的な観測データが必要である。
  • 植物プランクトン予測モデルの有用性は確認されたが、モデル構築に用いた植物プランクトンの観測データが週別であるため、観測されていない日単位の変化はモデルに反映されていない可能性がある。
  • 将来予測は月別で実施したことから、短い時間スケールで起こる急激な環境変化による植物プランクトンの増減は再現されていない可能性がある。
  • 観測データによる統計的解析のため、これまで経験したことのない環境における推定には限界がある。
  • 対象とした植物プランクトンは文献に基づき、アオコ形成植物プランクトン(藍藻綱28種)、カビ臭原因植物プランクトン(藍藻綱5種)、生ぐさ臭原因植物プランクトン(黄色鞭毛藻綱1種)の3つのグループに分類し解析を実施しているため、増殖の直接的な原因種を特定及び予測することは出来ない。

適応オプション

適応オプションを表8.1-2に、またその根拠となる情報を表8.1-3に示す。

表 8.1-2 適応オプション(調査項目4-6)
適応オプション 想定される実施主体 現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
①アオコ発生の早期発見 -
  • 継続的な実施体制
  • 適切な監視方法の確立
  • 他オプションとの並行実施が必要
N/A 短期
②湖流の調整 普及が進んでいない
  • 科学的な知見の不足
  • 治水、生物、環境、漁業等多方面への影響が大きい
  • 導入コストを要する
中期
③水道における対応 -
  • 適切な処理技術の確立
  • 継続的にコストを要する
短期
表 8.1-3 適応オプションの根拠(調査項目4-6)
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
①アオコ発生の早期発見 並行実施するオプションが求める情報レベルに応じた監視体制を構築する必要があり、そのためには目視だけではなく、より高精度かつ簡素な監視手法を開発し、継続的に実施することが必要となる場合がある。
②湖流の調整 琵琶湖においては、生物・治水・漁業等多方面に影響を及ぼすことが考慮されることから、十分な科学的知見やデータを基に慎重に実施する必要がある。
③水道における対応 琵琶湖では、異臭味が発生した場合に粉末活性炭を注入する等の処理を実施し、異臭除去作業を行っている。ただし、予測するアオコ発生の規模や期間によっては、既存設備で対応可能か検証も必要である。また、粉末活性炭といった高コストの物資を継続的に要すうえに保存も難しいことから、新たな異臭除去技術の開発や予測技術の発達による効率的な物資調達等、費用対効果の検討が必要である。
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