気温上昇が家畜の繁殖率や成長に与える影響調査
対象地域 | 中国・四国地域 |
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調査種別 | 先行調査 |
分野 | 農業・林業・水産業 |
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概要
背景・目的
夏季の暑熱は、家畜の斃死や、増体性、産乳性、繁殖性の低下を招き、畜産業に対し負の影響を与える。特に、夏季の高温による家畜への被害は深刻となっている。気候の温暖化は、暑熱期間の長期化や猛暑日の増加を引き起こし、畜産業への影響は今後さらに増大すると予想される。このような影響に対して地域が適応していくためには、気候変動による影響の程度を把握するとともに、早い段階から対処方法を検討、評価し、実用に向けた準備を進めることが重要である。
暑熱ストレスによる家畜への影響については、飼養環境の管理の視点から乳用牛や鶏を中心に豊富な研究が行われ、知見がまとめられてきた(三村・森田、1980など)。また、気候変動が国内の家畜の生産性に与える影響については、乳用牛(戸田ほか、2002)、肉用牛(野中ほか、2009)、豚(高田ほか、2008)、ブロイラー(山崎ほか、2006)を対象とした予測例がある。これらの研究は、実験室において低温から高温の気温条件で家畜を飼育し、高温条件における増体性などの低下について推定式を作成した上で、気候シナリオを用いて将来の生産性低下を予測している。しかし、暑熱による被害や生産性の低下に関し、家畜の斃死や産乳性、繁殖性など実際の観測記録と関連づけた上で予測を実施した例はほとんどなく、地域レベルでの影響程度については不明な点が多い。
暑熱による影響を低減する方策としては、冷房等を用いた飼養環境の改善が最も確実な方法である。コスト面での負担が大きいことが課題であり、その他の方策の採用も検討する必要がある。その他の方策としては、1)飼料へのビタミン添加などの栄養管理、2)人工授精の手法改善、3)暑熱感作や剪毛など家畜の処置による改善、4)耐暑性を有する系統の選抜育種などがあり、1、2については様々な研究が進められている。一方で、3、4については研究が始められたばかりであり、現状では知見が少ない。
本調査では、既存の情報や知見をもとに、気候変動が中国四国地域における家畜の繁殖率や成長に与える影響を予測、評価する。また、家畜の耐暑性に関する各種実験及び分析を実施することで、暑熱ストレスと家畜の生理生態及び遺伝的背景との関係性を明らかにし、暑熱の影響に対する具体的な適応策の効果を検証するとともに、耐暑性を有する系統の選抜育種に寄与する。
実施体制
本調査の実施者 | 株式会社地域計画建築研究所、国立大学法人広島大学生物圏科学研究科 |
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アドバイザー | 国立大学法人広島大学 名誉教授 山本禎紀 |
実施スケジュール(実績)
3年間の調査計画を図 3.2.2に示す。初年度(平成29年度)は、既往知見の整理や資料調査を行うとともに、暑熱による影響について各県から情報収集を行い、情報の整理と被害発生の傾向を確認した。また、耐暑性獲得・向上や遺伝的系統分析のための各種試験の準備として予備試験を行うとともに、詳細な実施計画を作成した。平成30年度は、各県からの追加情報などをもとに、被害・生産性と気象条件の関係分析を進めるとともに、気候シナリオを用いて中国四国地域の市町毎の影響予測を試行した。また、初年度の成果を踏まえ、本格的な実験及び分析を行い、平成31年度以降の適応策の検討の準備を行った。平成31年度は、影響評価の妥当性確認と再評価を行うとともに、中国四国地域全域の影響予測を行った。また、適応策の検証のための本格的な実験を継続し、さらなる分析を進めた。
気候シナリオ基本情報
影響予測に使用した気候シナリオの基本情報は下表に示すとおりである。
項目 | 乳用牛斃死リスク | 乳用牛乳量 | 乳用牛受胎率 | 鶏卵生産量 |
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気候シナリオ名 | NIES統計DSデータセット | |||
気候モデル | MIROC5、MRI-CGCM3 | |||
気候パラメータ | 日平均気温 相対湿度 |
日平均気温 相対湿度 |
日最高気温 相対湿度 |
日最低気温 |
排出シナリオ | RCP2.6、RCP8.5 | |||
予測期間 | 21世紀中頃、21世紀末 | |||
バイアス補正の有無 | あり(全国) |
気候変動影響予測結果の概要
文献調査では、暑熱による家畜への影響としては、特に乳用牛は暑熱への耐性が低いとされており、乳量・乳質の低下、夏季の受胎率低下などによる繁殖への影響などが大きな課題となっていることがわかった。鶏に関しても、生産性に直接影響する採食量、産肉量、卵生産量などの低下が課題となっている。
ヒアリングでは、気温上昇による家畜への影響を分析する上では、家畜生理学の観点から、気温だけでなく湿度も加味することが望ましく、その1つの指標として湿球温度1) などを活用するとよいことがわかった。 また、家畜の個体の特性や飼養者のスキルによっても、暑熱環境下にある家畜の生産性はかなり異なるということがわかった。当初は収集した情報からモデル式の作成を試みたが、情報量が少なく、また情報内容も限られていたことから、有識者へのヒアリング及び共同実施者との検討の結果、生産性の低下が現れる閾値を設定して分析することにした。適応オプションについては、個々の対策について一部で普及も進んでいるが、家畜生理学の観点も踏まえて体系的に伝えていくことが必要であり、社会に実装していくためには課題も多いがそれを明確にすることも本調査の意義であるとの意見を得た。
① 乳用牛斃死リスク
影響予測を行った結果、乳用牛斃死のリスクが高まる日数は、RCP8.5の将来予測では、21世紀末にほとんどの地域で現在気候よりも「30-60日」増加することが予測された。
② 乳用牛乳量
乳用牛の乳量については、乳量減少が生じるリスクのある日数は、RCP8.5の将来予測では、21世紀末に内陸の山間部以外を中心に「30-60日」増加することが予測された。
1頭あたりの標準乳量に対する年間の減少量は、沿岸部を中心に増加することが予測され、RCP8.5の将来予測では、21世紀末にほぼ全域で乳量減少量が1頭あたり300kg/年以上に及ぶことが予測された。なお、乳牛の日標準乳量(全国平均) は約32kgである。
③ 乳用牛受胎率
乳用牛(1産次)の受胎率低下のリスクが高まる日数は、 RCP8.5の将来予測では、21世紀末にほぼ全域でリスクが高まる日が現在気候よりも「30-60日」増加することが予測された。
④ 鶏卵生産量
卵生産量減少のリスクが高まる日数は、RCP8.5の将来予測では、21世紀末にほぼ全域でリスクが高まる日が現在気候よりも「30-60日」増加することが予測された。
活用上の留意点
① 本調査の将来予測対象とした事項
本調査では、気温上昇が家畜の被害や生産性に与える影響のうち、暑熱による影響を受けやすいと思われる乳用牛と鶏を対象畜種とし、乳用牛の斃死リスク、乳量減少リスクと乳量減少量、受胎率と、鶏の卵生産量を将来予測の対象事項とした。
乳用牛の斃死リスクについては、斃死が発生するリスクが高くなる日の増加日数を評価対象とした。
乳用牛の乳量減少リスクについては、乳量が減少するリスクが高まる日の増加日数を評価対象とした。これは、1998年に徳島県の畜産試験場で実験された乳量水準37kg/日の個体を対象とした評価である。乳量減少量については、個体の期待乳量と実乳量の差(減少量)を評価対象とした。これは、乳量約30kg/日の牛を基準とした評価である。
受胎率低下リスクについては、受胎率が低下するリスクが高くなる日の増加日数を評価対象とした。2産次以上の経産牛については、一般的に乳生産に伴う熱産生が大きいことから1産次の牛よりも暑熱の影響を受けやすいといわれており、発情微弱などにより人工授精に至る牛が少ない。そこで、1産次の乳用牛を対象とし、人工授精に至った個体における受胎率について評価を行った。
鶏については、週ごとの平均卵重及び採卵率をもとに算出した卵生産量について、飼養マニュアルに掲載された指標値に対する減少リスクが高くなる日の増加日数を評価対象とした。本調査では、採卵鶏のうちレグホン系・マリア品種について評価を行った。
② 本調査の将来予測の対象外とした事項
本調査では、家畜のうち乳用牛と鶏以外の畜種は対象外とした。また、暑熱は家畜の様々な生理現象に影響を与えるが、影響評価に使用可能なデータを入手できなかった事項も対象外とした。
また、本調査では暑熱による影響のみを対象としており、気候変動による気象災害の激甚化及び頻度の増加も考えられるが、これらの影響については考慮していない。
③ その他、成果を活用する上での制限事項
本調査は、気温・湿度の気候値との関係分析のみによる予測結果であり、成果を活用する際には、品種や成長ステージや妊娠有無、個体特性、飼育環境、飼育技術などの暑熱以外の要因が複雑に関係していることから、その点を考慮する必要がある。
適応オプション
適応オプションの概要を表 3.2.2に示す。
適応オプション | 想定される実施主体 | 現状 | 実現可能性 | 効果 | ||||||||
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行政 | 事業者 | 個人 | 普及状況 | 課題 | 人的側面 | 物的側面 | コスト面 | 情報面 | 効果発現までの時間 | 期待される効果の程度 | ||
飼育施設設備による環境改善 | 温熱環境の制御 | ● | ● | 普及が進んでいる |
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◎ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 高 | |
風の制御、通風と送風 | ● | ● | 普及が進んでいる |
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◎ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 高 | ||
日射の制御、庇蔭、遮光、反射 | ● | ● | 普及が進んでいる |
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◎ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 高 | ||
水の制御・潜熱放散の活用 | ● | ● | 普及が進んでいる |
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◎ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 高 | ||
飼料・栄養条件の改良 | 飼料給与による体熱産生の調整 | ● | ● | 一部普及している |
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◎ | ◎△※ | ◎△※ | ◎ | 短期 | 中 | |
サプリメントの給与 | ● | ● | 一部普及している |
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◎ | ○ | △ | ◎ | 短期 | 中 | ||
家畜の処置による改善 | 牛体の剪毛 | ● | ● | 一部普及している |
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◎ | ◎ | ◎ | ◎ | 短期 | 中 | |
幼雛期の高温 暴露 |
● | 普及が進んでいない |
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△ | △ | N/A | △ | 短期 | 高 | |||
種卵へのアミノ酸投与 | ● | 普及が進んでいない |
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△ | △ | N/A | △ | 短期 | 高 | |||
耐暑性に優れた系統の造成(育種選抜) | ● | ● | 普及が進んでいない |
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△ | △ | N/A | △ | 長期 | 高 | ||
家畜のモニタリング・情報収集 | ● | ● | 普及が進んでいない |
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△ | ○ | △ | ◎ | N/A | 低 |
(人的側面)◎:自団体・一個人のみで実施が可能、△:他団体・他個人との協同が必要
(物的側面)◎:物資設備は不要、○:既存の技術に基づく物資設備で対応可能、△:新たな技術の開発が必要
(コスト面)◎:追加費用は不要、△;追加費用が必要、N/A:追加費用は不明
(効果発現までの時間)短期:対策実施の直後に効果を発現する、長期:長期的な対策であり、対策実施から効果の発現までに時間を要する、N/A:評価が困難である
(期待される効果の程度)高:他の適応オプションに比較し、期待される効果が高い、中:他の適応オプションに比較し、期待される効果が中程度である、低:他の適応オプションに比較し、期待される効果が低い
適応オプション | 適応オプションの考え方と出典 | |
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飼育施設設備による環境改善 | 温熱環境の制御 | 家畜と熱環境との関係をもとに、熱の交換経路の視点で適応策を整理。 「家畜の管理」(山本禎紀・野附 巌(編)文英堂出版) |
風の制御、通風と送風 | 同上 | |
日射の制御、庇蔭、遮光、反射 | 同上 | |
水の制御・潜熱放散の活用 | 同上 | |
飼育施設設備による環境改善 | 飼料給与による体熱産生の調整 | 同上 |
サプリメントの給与 | さまざまな効果に対する多くのサプリメントがあり、販売もされており、農家によっては取り入れている。サプリメントの種類、畜体の状態・環境などによっても効果は異なることから、効果は「中」とした。 (関連論文)
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家畜の処置による改善 | 牛体の剪毛 | 作業の煩雑さはあるものの、ノウハウを取得すれば誰でもバリカンのみで作業可能であり、人的側面・物的側面・コスト面ともに「◎」とした。 (関連論文)
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幼雛期の高温暴露 | 効果検証実験により幼雛期における暑熱感作の有効性が示唆されている。また、今後さらに被害・生産性低下が進む地域において、出荷段階で一斉に導入が可能であり、対処療法との組み合わせでの取組も可能であることから、効果は「高」とした。 (関連論文)
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種卵へのアミノ酸投与 | 下記関連論文において、効果が示唆されている。また、今後さらに被害・生産性低下が進む地域において、出荷段階で一斉に導入が可能であり、対処療法との組み合わせでの取組も可能であることから、効果は「高」とした。 (関連論文)
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耐暑性に優れた系統の造成(育種選抜) | 効果検証の研究が進んでいるが、育種選抜に至るまでにはまだ時間がかかる。実装段階でのコストは不明であることから「N/A」とした。
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(家畜のモニタリング・情報収集) | 暑熱の影響検知と、現場レベルにおける効果検証のため、家畜と気象の詳細かつ継続的なデータ取得が必要である。様々な飼育状況におけるデータ収集が望まれることから、人的側面は△とした。 また、モニタリング自体は、既存技術に基づく簡易な装置でデータ収集が可能であることから、物的側面は○とした。 |
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(暑熱対策に関する啓発、指導等) | 畜産農家に対する啓発・指導は現在も行われているが、科学的知見・データをもとにした説得力のある啓発・指導が期待されている。既に様々な研究・実証実験も行われていることから、物的側面と情報面を◎とした。 |