成果報告 5-4

気候変動による宍道湖・中海の水質等への影響調査

対象地域 中国・四国地域
調査種別 先行調査
分野 水環境・水資源
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度 地域適応コンソーシアム中国四国地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

鳥取県西部から島根県東部にわたる国内でも有数の汽水域である宍道湖・中海は、平均水深が4~5m程度の浅い汽水湖であり、気候変動に伴う水温の上昇などによる影響に脆弱であるとともに、底層の貧酸素化などの水質の悪化が課題となっている。

汽水湖は気候変動による海面上昇等に伴う塩分濃度上昇によって生態系の変化等の影響を大きく受けると想定されること、塩分躍層などの存在から淡水湖に比べて溶存酸素の不足等が起こりやすいことなどから、気候変動による影響が淡水湖とは異なった形で生じると想定される。そこで気候変動による宍道湖・中海の水質等への影響を予測するとともに、適応策について検討を行った。

実施体制

本調査の実施者 株式会社地域計画建築研究所
アドバイザー (国研)海上・港湾・空港技術研究所 港湾空港技術研究所 海洋環境情報研究グループ グループリーダー 井上徹教
実施体制
図3.4.1 実施体制

実施スケジュール(実績)

3年間の調査スケジュールを図3.4.2に示す。

初年度(平成29年度)は、まず、既存の知見について調査を行い、宍道湖・中海の気候や水質、生態系に影響を与える要素について把握し、さらに気候変動によるそれら要素への影響の可能性について整理した。また、将来の水質等の予測方法について検討し、宍道湖・中海に関する既存の水質等観測データを収集して水質予測を行うための最低限のデータセットを作成し、環境予測モデルを用いた水質の再現について試行した。

2年目となる平成30年度は、初年度の成果を踏まえ、環境予測モデルを精査し、水質の再現性を高めると共に、気候シナリオを用いて、将来の宍道湖・中海の水質を予測し、気候変動による影響予測を試行した。

最終年度となる平成31年度は、DO等の水質についても影響評価を試行するとともに、これまで宍道湖、中海を別々にシミュレーションしていたものを連結し、影響予測精度の向上を進めるとともに、適応策の検討を行った。

年間の調査フロー
図3.4.2 3 年間の調査フロー

気候シナリオ基本情報

表3.4.1 気候シナリオ基本情報
項目 水質(水温、塩分)、塩分躍層の発生、アオコの発生
気候シナリオ名 気象研究所2km力学的DSデータ
by 創生プログラム
海洋近未来予測力学的
ダウンスケーリングデータ
by SI-CAT ver.1
気候モデル MRI-CGCM3
気候パラメータ 全天日射量、大気放射量
大気圧、気温、風速・風向
水蒸気圧、降水量
海水温、海面高度、塩分
排出シナリオ RCP8.5
予測期間/時間解像度 21世紀末 / 時間別 21世紀末/ 日別
領域/空間解像度 宍道湖、中海 / 1km 日本海(境水道) / 2km
バイアス補正の有無 有り(全国) 無し

気候変動影響予測結果の概要

① 文献調査

宍道湖・中海は流域の水質は、社会経済活動の発展に伴う富栄養化等により悪化した。宍道湖、中海は昭和47年から48年にかけて湖沼水質環境基準の類型Aに指定された後、窒素、りん等の規制や下水道の整備など、各種水質保全対策が長期にわたり実施されている。その結果、流入する汚濁負荷量は着実に減少し、湖内の水質も長期的には改善してきたものの、湖沼水質保全計画で定めた水質目標や環境基準は達成できていない。

また、近年は、宍道湖でツツイトモ亜種の水草が大量に繁茂するなど、新たな課題も生じている。

② ヒアリング

宍道湖・中海では、これまで、様々な形で水の流れや水質に関するシミュレーションが実施されてきたが、水質などの湖内の環境を十分に再現するには高度な技術が必要である。宍道湖・中海は平均水深が4~5m程度と浅い湖であり、日射や降水、風の影響、潮汐等により、水温や塩分などの基本的な水質も簡単に変わってしまうため、詳細な再現が難しいことが大きい。また、汽水域であるということを考えると、塩分の再現が重要であり、汽水域の特徴である塩分躍層を再現できるシミュレーションの実施が必要であること、その一方で、宍道湖・中海はある程度の外的要因によって湖内の環境が大きく変容することもあり、そうした変化の再現が難しいということがわかった。

③ 影響予測

【水質(水温、塩分)】
21世紀末の水温上昇は、表層水温は宍道湖、中海とも年平均で約4.0℃と同程度であったが、底層水温は、水深の浅い宍道湖の上昇幅(+3.9℃)が 、中海(+3.0℃)よりも大きかった。

現在と21 世紀末(RCP8.5)の表層水温の差(℃)(MRI-NHRCM02)
図 3.4.3 現在と21 世紀末(RCP8.5)の表層水温の差(℃) (MRI-NHRCM02)
現在と21世紀末(RCP8.5)の底層水温の差(℃)(MRI-NHRCM02)
図 3.4.4 現在と21世紀末(RCP8.5)の底層水温の差(℃) (MRI-NHRCM02)

気候変動に伴い、日本海の海面水位が上昇することによって、宍道湖、中海に流入する塩水が増加し、塩分濃度が上昇する可能性がある。

21世紀末の塩分も、水温同様に高くなる可能性がある。現在の塩分が比較的低い宍道湖の上昇幅(表層+2.7PSU、底層+5.4PSU)の方が、中海(表層+1.4PSU、底層+1.0PSU)よりも上昇幅が大きかった。なお、中海よりも宍道湖の方が塩分の上昇幅が大きいのは、中海の方が宍道湖よりも平均水深が深く、湖内の水量が多いため、海水と同程度の濃い塩水が同量程度入ってきた場合であっても、そのインパクトが異なるからと考えられる。

現在と21世紀末(RCP8.5)の表層塩分の差(PSU)(MRI-NHRCM02)
図 3.4.5 現在と21世紀末(RCP8.5)の表層塩分の差(PSU) (MRI-NHRCM02)
現在と21世紀末(RCP8.5)の底層塩分の差(PSU)(MRI-NHRCM02)
図 3.4.6 現在と21世紀末(RCP8.5)の底層塩分の差(PSU) (MRI-NHRCM02)

【塩分躍層(宍道湖湖心)】
現在に比べ、21世紀末は塩分躍層が発生している時間が長くなり、発生のピークが9月であり、現在よりも2ヶ月ほど早まると予測された(RCP8.5)。

宍道湖湖心での塩分躍層が発生している時間の割合
図 3.4.7 宍道湖湖心での塩分躍層が発生している時間の割合
※塩分躍層が形成されている時間数/総時間数
※底層と表層の塩分濃度差が7PSU以上の時に、塩分躍層が発生しているとした。

[宍道湖におけるアオコの発生に関する予測]
宍道湖におけるアオコの発生予測式を用いて、現在と21世紀末のアオコの発生有無を1日単位で予測し、その頻度を比較したところ、21世紀末は、現在よりも約2.2倍発生頻度が高まると予測された。

宍道湖湖心におけるアオコの発生頻度
※現在の発生頻度を1としたときの、21世紀末の発生頻度。島根県の出しているアオコ発生予測式を用いて、1日単位で発生有無を推計して集計した。

活用上の留意点

① 本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気温上昇が宍道湖・中海の環境に与える影響のうち、水質、特に、水温、塩分といった基礎的な項目を調査の対象とした。また、汽水湖の水質等に大きな影響を及ぼす塩分躍層の発生状況の評価や、アオコの発生頻度の評価を行った。

② 本調査の将来予測の対象外とした事項

将来予測については、平成29年時点の国土地理院地図と湖沼図を元に作成した地形データと、主に2010年~2012年の観測値を元に調整したパラメータで実施しており、2013年に運用を開始した斐伊川放水路などの影響については考慮していない。

水質については、DO、COD、リン、窒素などについても影響予測を試行したが信頼性の高い結果を得るには至らなかった。

③ その他、成果を活用する上での制限事項

本調査では、海面上昇の推定に「海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータ by SI-CAT ver.1」、湖面周辺と湖面上とを対象とした「気象研究所 2km 力学的ダウンスケーリングデータ by 創世プログラム」の2種の気候シナリオを使用している。専門家のアドバイスから、主には気象研究所 2km 力学的ダウンスケーリングデータを使用し、境界条件となる日本海からの流入水等についてのみ海洋近未来予測力学的ダウンスケーリングデータを使用するという手法で気候シナリオを使用しているが、一般的には、性質の異なる複数の気候シナリオを同時に使用することは想定されていないため、留意する必要がある。

適応オプション

適応オプションの概要を表 3.4.3に示す。

表3.4.3 適応オプションの概要
適応オプション 想定される実施主体 評価結果
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
工場等排水対策、生活排水対策、農地対策等によるリン・窒素の流出防止 普及が進んでいる 河川や農地等からの窒素・リンの流入に加えて、気候変動で貧酸素化が進むことにより、湖底からの窒素やリンの溶出増加が懸念されている。 長期
表3.4.4 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
工場等排水対策、生活排水対策、農地対策等によるリン・窒素の流出防止 第7期宍道湖沼水質保全計画では、濁水防止として、農地については肥料使用量を減らすとともに、水田における濁流出防止等の管理徹底等が挙げられている。
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