成果報告 5-5

生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)適応策の検討

対象地域 中国・四国地域
調査種別 先行調査
分野 農業・林業・水産業
自然生態系
自然災害・沿岸域
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度 地域適応コンソーシアム中国四国地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

気候変動に伴う洪水リスクの増大が懸念される中、生態系を基盤とした防災・減災(Eco-DRR)への関心が高まりつつある。Eco-DRRとは、脆弱的な地域から人命と財産を遠ざけ、生態系を自然現象と人命・財産との緩衝帯として用いることで、防災・減災を図ろうとするものである。

生態系を活用した防災・減災の重要性は謳われているものの、将来の気候変動に対して、生態系の災害リスク軽減効果はどれくらいあるのか、また、Eco-DRRは土地利用の見直しが伴う可能性もあり住民等の合意形成も重要であるが、どのように地域に受容されていくのかの道筋はまだ明確となっていない。

そこで、気候変動に対する適応策のひとつとして考えられるEco-DRRの社会実装について検討するため、徳島県をモデルとして、人工林の林相改善(森林の多面的機能を高めるため 森林を構成する樹木の構成を改良すること)による流出抑制および窪地地形における水田貯水の効果の検証を試みるとともに、大型希少鳥類をインセンティブとしたEco-DRR適応策を地域に実装するための方策を検討するものである。

気候変動に伴う豪雨出水適応としてのEco-DRR<br>基本的考え方(徳島大学作成)
図 3.5.1 気候変動に伴う豪雨出水適応としてのEco-DRR
基本的考え方(徳島大学作成)

実施体制

本調査の実施者 株式会社地域計画建築研究所、国立大学法人徳島大学環境防災研究センター
アドバイザー 国立大学法人徳島大学環境防災研究センター 教授 鎌田 磨人
同 教授 武藤 裕則
同 准教授 田村 隆雄
実施体制

実施スケジュール(実績)

3年間の調査計画を下図に示す。初年度(平成29年度)は、既往知見の整理や資料調査を行うとともに、人工林からの流出予測モデルおよび氾濫解析モデルの構築、改善を行った。2年目は引き続きモデルの調整を行うとともに、将来気候データのバイアス補正を行った。また、Eco-DRR実装のためのインセンティブに関する社会調査として、ステークホルダへのアンケート調査およびヒアリング調査を実施した。3年目は、人工林の林相改善による流出抑制効果および水田に期待できる洪水調節量の検証を行うとともに、水田を用いたEco-DRR実装における課題の集約および実装に向けた適応オプションの洗い出しを行った。

年間の調査フロー
図 3.5.2 3 年間の調査フロー

気候シナリオ基本情報

本調査に関する気候シナリオの基本情報を下表に示す。なお、窪地地形(低平農地)に関する調査において、潮位についてもインプットデータとして用いているが、IPCC第5次報告書を参考に+90cmと設定を行った。

表 3.5.1 気候シナリオ基本情報
項目 人工林のピーク流出低減効果 窪地地形(低平農地)の湛水
気候シナリオ名 温暖化予測情報第9巻 by 創生プログラム
気候モデル MRI-NHRCM05
気候パラメータ 降水
排出シナリオ RCP8.5
予測期間 21世紀末 / 時別
バイアス補正の有無 あり(地域)

気候変動影響予測結果の概要

① 人工林の林相改善による洪水流出抑制の可能性検討

一般的な針葉樹人工林である白川谷森林試験流域の現状を、調査エリアであるスギの針広混交林のへ林相転換することで、洪水ピーク流出高は、約12%減少する結果となった。林相と施業方法を改善することで人工針葉樹・一般施業型森林の洪水低減機能は改善する可能性が示された。

林相改善による洪水流量抑制効果(21世紀末、RCP8.5、MRI-NHRCM05))
図 3.5.3 林相改善による洪水流量抑制効果(21世紀末、RCP8.5、MRI-NHRCM05)
② 窪地地形(低平農地)における水田に期待できる洪水調節量の推定

調査エリアおいて、降水量の増加により、対象エリアの窪地における湛水量は、現在と比較して1.1倍程度となる可能性がある。また、降雨に加えて潮位が変化する場合の影響は、ピーク時湛水量の増加は約2倍となる。

将来の湛水面積のうち、現在の土地利用は約90%が水田であり、宅地化により湛水可能な水量が減少すると考えられるため、水田の保全が前提となる。一方、水田の湛水深は0.3m以上となる可性もあり、農作物への影響も懸念されることから、窪地の水田が宅地への被害回避への貢献を評価する仕組みや農地維持支援策が必要と考えられる。

土地利用および水深別湛水面積(21世紀末、RCP8.5、MRI-NHRCM05)
図 3.5.4 土地利用および水深別湛水面積(21世紀末、RCP8.5、MRI-NHRCM05)
③ Eco-DRR実装のためのインセンティブに関する社会調査

徳島県でのナベヅル新越冬地形成のため、餌資源量と農業者意識の評価を行った。餌資源調査では、飛来地では「ナベヅルの餌となる二番穂(稲刈りをした後の株に再生した稲)をもつ水田が多い」「ナベヅルの餌となる畦畔植生も多い」「餌が多くても道路密度が高い地区にナベヅルは来ない」という特徴があった。また、農家の意識調査では、ナベヅルの飛来に対して否定的な人の割合は少ないが、一部、飛来への否定的な農家については、丁寧な説明により評価が好転する可能性があることが示唆された。また、一方、越冬を助ける農法に取り組みたいかどうかについては、ほとんどがわからないと回答しており、営農指導や広報等を連携することで、導入につながる可能性がある。

さらに、徳島県海陽町及び阿南市において水・湿性絶滅危惧植物を対象に、希少種の存在の有無と内水氾濫時の浸水特性との関係性を把握した。以上のことから、低平地水田においては、氾濫水を適切に誘導・制御することが多面的機能の発揮及び維持において重要であることが示唆された。

また、三重県雲出川流域での視察から、農地を遊水地として治水に活用している地域が実存すること、施策として実現可能であることが確認された。

活用上の留意点

① 本調査の将来予測対象とした事項
ア 人工林の林相改善による洪水流出抑制の可能性検討

本調査では、スギ・ヒノキからなる一斉植林皆伐型施業林を、多種類の広葉樹が混じるとともに、様々な樹齢のスギ・ヒノキが混在する混交複層林に転換して約30年が経過した時点での洪水流量抑制効果を想定し、検討を行った。降雨条件を与えるにあたっては、各時代における降雨波形の特徴から代表波形を定め、波形の違いによる影響も検討した。

イ 窪地地形(低平農地)における水田に期待できる洪水調節量の推定

調査では、気候変動に伴う降雨量(年最大24時間降雨量)と海面潮位の変化が洪水氾濫に与える影響と窪地地形の水田における洪水調整量を検討した。降雨条件は、各時代における降雨波形の特徴から代表波形を定め、波形の違いによる影響も検討した。

② 本調査の将来予測の対象外とした事項
ア 人工林の林相改善による洪水流出抑制の可能性検討

森林の洪水低減機能には、植生、土壌、地質、地形など様々な要因が複雑に関係しあっている。今回の検討は特定の林地を対象に行ったものであり、他の人工林に適用しても同程度の効果が表れるとは限らないことに留意する必要がある。また将来気候によって樹木の生長に影響が出る可能性があるが、本調査では考慮していない。

イ 窪地地形(低平農地)における水田に期待できる洪水調節量の推定

一般的に洪水氾濫プロセスは、降雨の継続時間や降雨波形によって大きく変化する。今回の検討は限られたケースに基づくものであること、特に潮位に関しては、降雨波形と潮位変動の位相の関係など、網羅的な検討がなされていないことに留意する必要がある。また、洪水氾濫プロセスには、土地利用形態の変化が影響するが、今回の検討では将来の土地利用変化については考慮していない。

③ その他、成果を活用する上での制限事項

特になし

適応オプション

適応オプションの概要を下表に示す。

表 3.5.2 適応オプションの概要
適応オプション 想定される実施主体 評価結果
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)のさらなる検証・実証および行政計画等への位置づけの検討 普及が進んでいない
  • 各計画への位置づけのためのさらなる科学的知見が必要(森林)
  • 各地区における影響評価等が必要(田)
一部
長期 N/A
小さな自然再生型林業の普及 -
  • 効果発揮のためには、自伐林家以外への普及方策が必要
長期 N/A
農地の価値を高めるための認証制度およびナベヅルの周知・農法に関する勉強会の開催 -
  • 農家、消費者への普及が必要
長期 N/A
ハザードマップの更新・公表および農地への被害に関する表現方法の検討 普及率60%/-(農地への被害に関する表現)
  • 公表後、ハザードマップの周知が必要
短期
(畦の高さ以下の浸水農地)多面的機能支払い交付金を活用した田んぼダムの推進 普及が進んでいる
  • 農家への普及啓発、受益者と負担者が異なるエリアの場合の調整が必要。
短期
(畦の高さ以上の浸水農地)宅地への被害回避を評価する仕組み・農地維持支援等の検討 普及が進んでいない
  • 窪地地形の効果を評価する仕組みや民間開発抑制等に関する仕組みが必要
長期
【 実現可能性の評価基準 】
(人的側面)◎:自団体・一個人のみで実施が可能、△:他団体・他個人との協同が必要
(物的側面)◎:物資設備は不要、○:既存の技術に基づく物資設備で対応可能、△:新たな技術の開発が必要
(コスト面)◎:追加費用は不要、△;追加費用が必要、N/A:追加費用は不明
【 効果の評価基準 】
(効果発現までの時間)短期:対策実施の直後に効果を発現する、長期:長期的な対策であり、対策実施から効果の発現までに時間を要する、N/A:評価が困難である
(期待される効果の程度)高:他の適応オプションに比較し、期待される効果が高い、中:他の適応オプションに比較し、期待される効果が中程度である、低:他の適応オプションに比較し、期待される効果が低い
表 3.5.3 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)のさらなる検証・実証および行政計画等への位置づけの検討
  • Eco-DRRの推進について、近年行われつつあり、一部の計画に位置付けられつつあるが、総合的に進めるためには、多様な計画に位置付けられる必要があり、その普及率は不明である。また、直接的な効果については不明とした。
小さな自然再生型林業の普及
  • 人材育成、また流域単位での効果については長期的かつ科学的検証は地質等多様な要素も含まれることから、直接的な効果は不明とした。
  • なお、森林整備計画の事業の目標「生物多様性保全等の多様なニーズへの対応」、育成複層林に誘導した森林の割合は平成29年度時点で達成率45%である。
農地の価値を高めるための認証制度およびナベヅルの周知・農法に関する勉強会の開催
  • 認証制度により、農地の価値を高めることにつながることは、コウノトリ育むお米等の取り組みや(豊岡市)や認証農作物と消費者の購買行動に関する研究(農林業問題研究、2006、藤井ら)などがある。なお、その点とEco-DRRの実装に関する効果は明らかとなっていないことから、不明とした。
ハザードマップの更新・公表および農地への被害に関する表現方法の検討
  • 徳島県におけるハザードマップ作成・公表義務市町村のうち、想定最大規模降水に対するものが公表されているのが12市町(11月5日徳島新聞:データ出典国交省3月末時点集計値より)であることから、普及率を60%とした。なお、全国は約33%となっている。
  • 一方、農地への被害に関する表記については、全国でも詳細版の記載している自治体はあるが、普及率は不明である。
(畦の高さ以下の浸水農地)多面的機能支払い交付金を活用した田んぼダムの推進
  • 普及率は不明であるが、多面的機能支払い交付金等の活用事例も全国に見られることから普及が進んでいるとした。
  • 効果は、水田の洪水調節機能増進による治水機能補完効果に関する研究(吉川)より、30年確率降雨イベント想定の際の田んぼダムの実施によって90%の集落の床上浸水、58%の畑地の冠水面積が軽減されるとの結果から高と評価した。
(畦の高さ以上の浸水農地)宅地への被害回避を評価する仕組み・農地維持支援等の検討
  • 現時点で農家への支援策がなく、窪地地形の宅地への被害回避貢献を評価する等の仕組みも構築が必要なことから、長期と想定した。
  • 一方、畦の高さの浸水を許容することは、住宅地への浸水を防ぐことから効果は高とした。
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