成果報告 5-6

気候変動による高山植生及び希少植物への影響調査

対象地域 中国・四国地域
調査種別 先行調査
分野 自然生態系
ダウンロード
※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度 地域適応コンソーシアム中国四国地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

温暖化は、中国山地や四国山地など高地に分布する自然林などの植生や、そこを生育環境とする希少植物の消失を引き起こし、地域の生物多様性が低下することが懸念される。そこで、中国四国地域における自然林の分布変化を予測するとともに、その変化から自然林を生育環境とする植物への影響を予測し、適応策を検討した。

気候変動による植生の分布変化のイメージ
図 3.6.1 気候変動による植生の分布変化のイメージ

実施体制

本調査の実施者 株式会社地域計画建築研究所(アルパック)、国立大学法人高知大学
アドバイザー 国立大学法人鳥取大学 教授 永松 大
国立大学法人高知大学 講師 比嘉基紀

本調査の実施にあたっては、各県及び各県の研究機関並びに専門家から情報提供及びアドバイスなどのご協力をいただいた。

実施体制
図 3.6.2 実施体制

実施スケジュール

初年度は、植生分布モデルを作成するためのデータセットを整備し、モデル作成するとともに、希少植物の調査対象種の抽出と分布情報収集を一部実施した。2年目は、植生分布モデルを改良したうえで植生分布の将来予測を行うとともに、希少植物の分布情報を収集し、メッシュ情報として整理した。3年目には、最新の気候シナリオを用いて植生の将来分布を予測するとともに、希少植物への影響を予測し、適応策を検討した。

実施スケジュール
図 3.6.3 実施スケジュール

気候シナリオ基本情報

影響予測に使用した気候シナリオの基本情報は下表に示すとおりである。

表3.6.1 気候シナリオの基本情報
項目 植生の分布適域
気候シナリオ名 NIES統計的DSデータ
気候モデル MIROC5、MRI-CGCM3
気候パラメータ 月平均気温、月最低気温(最寒月)、月降水量(5-9月、12-3月)
排出シナリオ RCP2.6、RCP8.5
予測期間 21世紀中頃、21世紀末
バイアス補正の有無 あり(全国)

気候変動影響予測結果の概要

文献調査及び有識者ヒアリングを行った結果、中国四国地域の自然林を主たる生育地とする希少植物種として、163種が抽出された。

現地観測の結果、四国地域の標高1,000m程度の山地(讃岐山脈、高縄山地)では、落葉広葉樹林から常緑広葉樹林への移行が進みつつある状況が確認された。

影響予測を行った結果、亜高山帯針葉樹林の分布適地は21世紀中頃に消失し、冷温帯落葉広葉樹林の分布適地も21世紀末には大幅に減少する可能性があることが予測された。また、四国地域では21世紀中頃から多くの希少植物の分布適地が消失する可能性があり、21世紀末には中国山地でも影響が生じる可能性があると予測された。

(1) 植生分布の予測結果(MRI-CGCM3)
図 3.6.4(1) 植生分布の予測結果(MRI-CGCM3)
(2) 植生分布の予測結果(MIROC5))
図 3.6.4(2) 植生分布の予測結果(MIROC5)
希少植物種数のシナリオ・年代別の予測結果
図 3.6.5 希少植物種数のシナリオ・年代別の予測結果

活用上の留意点

① 本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気候変動により分布適域の縮小が予測される植生として、亜高山帯及び冷温帯に分布する自然性の高い森林植生(自然林)を影響評価の対象とした。ただし、植生の分布適域の予測にあたっては、暖温帯に分布する植生も含めた予測モデルを作成した。予測モデルの対象植生は、亜高山帯針葉樹林、亜高山帯落葉広葉樹林、冷温帯落葉広葉樹林、冷温帯針葉樹林、暖温帯針葉樹林、常緑広葉樹林の6区分である。

また、希少植物としては、環境省及び各県が作成したレッドデータブックに記載された植物種の中から、亜高山帯及び冷温帯の自然林を主たる生育環境とする170種を抽出し、影響評価の対象とした。

② 本調査の将来予測の対象外とした事項

植生の分布には積雪深が影響していることが知られているが、積雪深データを含む気候シナリオが整備されていないため、本調査ではその代わりに冬季降水量を用いた。また、植生の分布には地形も影響を与えるため、分布予測モデルパラメータに地形条件として1kmスケールでの地形及び傾斜角度を用いているが、微地形や山頂の風衝による影響などは評価できていない。

本調査では植生の分布適域の変化を予測対象としており、実際に植生が移り変わる時間までを予測した結果ではないことに留意が必要である。同様に、本調査では広域的な影響予測を行うために、希少植物の分布適域についても各種の生育基盤となる植生の分布適域に基づいて予測した。すなわち、個々の種の生育に適した環境条件などについては考慮していないため、分布適域が残ると予測されていても、実際には生育に適した環境が消失する場合もある。

③ その他、成果を活用する上での制限事項

本調査は、広域的な視点において影響評価と適応策検討を実施したものである。そのため、上述のとおり、個別の希少植物種に対する影響予測としては精度が十分とはいえない。本調査の結果から、優先的に保全すべき地域の抽出や種群の検討などを絞り込み、個々の種を対象とした詳細な調査や保全措置の検討を進めていくことが期待される。

適応オプション

適応オプションの概要を下表に示す。

表 3.6.2 気候変動による高山植生及び希少植物への影響にかかる適応オプションの概要
適応オプション 想定される実施主体 評価結果
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
競合種の排除による自然林の植生遷移抑制 普及なし
  • 保護区における除伐等の許認可
  • 林冠木の後継樹確保
短期 N/A
植生保護柵によるニホンジカの食害防止 普及一部あり
  • 維持管理のコストと担い手
短期
自然林の周辺における森林利用 普及なし
  • 森林整備のコスト
長期
保護区の配置及び区分の見直し 普及一部あり
  • 土地所有者、関係者の許諾
長期
二次林・人工林を発達した落葉広葉樹林へ誘導 普及一部あり
  • 広葉樹林化の技術、指針
長期
植物種の人為的な移動 普及率1%
  • 継続的モニタリングによる必要性の判断
  • 移植・増殖・栽培技術
N/A N/A
植物種の域外保全
【 実現可能性の評価基準 】
(人的側面)◎:自団体・一個人のみで実施が可能、△:他団体・他個人との協同が必要
(物的側面)◎:物資設備は不要、○:既存の技術に基づく物資設備で対応可能、△:新たな技術の開発が必要
(コスト面)◎:追加費用は不要、△;追加費用が必要、N/A:追加費用は不明
【 効果の評価基準 】
(効果発現までの時間)短期:対策実施の直後に効果を発現する、長期:長期的な対策であり、対策実施から効果の発現までに時間を要する、N/A:評価が困難である
(期待される効果の程度)高:他の適応オプションに比較し、期待される効果が高い、中:他の適応オプションに比較し、期待される効果が中程度である、低:他の適応オプションに比較し、期待される効果が低い
表 3.6.3 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
競合種の排除による自然林の植生遷移抑制
  • 大阪府の能勢妙見山のように下限のブナ林で競合種の除伐を実施している例はあるものの、効果を科学的に検証した例は見られないため、情報面は「△」と評価した。
植生保護柵によるニホンジカの食害防止
  • すでにニホンジカによる影響が甚大となっている地域では、各県及び林野庁、環境省、市民団体等により植生保護柵の設置が行われているが、対象面積はわずかである。
  • 柵の設置による効果については数多くの検証事例があるため、情報面の評価は「◎」とした。
自然林の周辺における森林利用
  • 森林利用が経済的に成り立たず放置されている現状があるため、コスト面は「△」とした。
  • 人工林及び二次林の整備手法は一般的または伝統的な手法でよいため、情報面は「◎」とした。
保護区の配置及び区分の見直し
  • 気候変動への適応策としてではないものの、大山隠岐国立公園では、近年にも重要な地域である毛無山や三徳山が区域に追加されているため、普及状況は「一部あり」とした。
  • 保護区の区域拡大に関しては、指定の根拠を整理するための調査費用を要するため、コスト面は「△」と評価した。
二次林・人工林を発達した落葉広葉樹林へ誘導
  • 広葉樹林化に関する技術については、森林総合研究所研究プロジェクト「広葉樹林化のための更新予測および誘導技術の開発」にまとめられているものの、技術的な課題は多いことから、情報面は「△」と評価した。
植物種の人為的な移動
  • 生態が不明な希少植物が多く、生態や生育適地を明らかにするための調査研究が不可欠であることから、情報面(種の生態)、人的側面(研究者)及びコスト面(研究費用)はいずれも「△」とした。
植物種の域外保全
  • 高知県では、希少種イイヌマムカゴの保全のために県立牧野植物園での域外保全に取り組まれている(前田、2011;環境省生息域外保全モデル事業)。実施例は1県・1種であるため、普及率は1%とした。
PageTop