成果報告 6-3

熱中症発生要因の分析と熱中症予防行動の検討

対象地域 九州・沖縄地域
調査種別 先行調査
分野 健康
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム九州・沖縄地域事業委託業務報告書」より抜粋

背景・目的

都市化の進展に伴うヒートアイランド現象の進行に重ねて、気候変動による気温上昇によって熱中症などの健康被害が生じている。たとえば、福岡市内の熱中症搬送状況は、冷夏やWBGT(暑さ指数)が低い時期にも搬送者が発生する実態があり、既存の熱中症予防の指標(気温・WBGT)だけでは、十分な予防行動がとれないという課題がある。

本調査は、熱中症の発生状況を把握し、将来の気候変動の影響も加味した上で、適応策と熱中症予防行動に係る普及・注意喚起方法の検討を行ったものである。

実施体制

本調査の実施者 一般財団法人九州環境管理協会
アドバイザー 国立研究開発法人国立環境研究所 客員研究員 小野雅司
実施体制
図 4.1-1 実施体制

実施スケジュール(実績)

平成29年度は、福岡市における熱中症救急搬送データ、気象観測データ、建物用途・形状データ等の基礎データを収集整理するとともに、人工排熱量算定及び都市気温シミュレーションモデルの構築、ならびに熱中症に関する既往研究の知見を踏まえた熱中症救急搬送データの分析を実施した。

平成30年度は、福岡市内の夏季の気温分布を現地観測し、その結果を検証データとして、都市気温シミュレーションモデルによる気温予測結果の妥当性を確認した。また、将来影響予測に用いる影響評価式として、熱中症救急搬送者数と気象要素(気温、WBGT等)の関係式を導出し、これと将来の都市気温シミュレーションの結果から、熱中症救急搬送者数を指標とする将来影響予測を実施した。

令和元年度は、既存対策事例等から有効と考えられる適応策をリストアップした上で、熱中症救急搬送データの分析結果や現地踏査・ヒアリングの結果、都市気温シミュレーションによる対策実施の効果予測結果等から、効果が高いと考えられる適応策を選定した。その上で、熱中症予防に効果的な啓発・注意喚起のあり方を検討するとともに、本調査の手法や結果の他地域への適用性を検討した。

実施スケジュール
図 4.1-2 実施スケジュール

気候シナリオ基本情報

表 4.1-1 気候シナリオ基本情報
項目 福岡市における年間の熱中症救急搬送者数
気候シナリオ名 気象研究所2km力学的DSデータ by 創生プログラム
気候モデル MRI-NHRCM02
気候パラメータ 気温、降水量、スカラー風速、比湿、下向き短波放射量、下向き長波放射量(いずれも時別値)
排出シナリオ RCP8.5
予測期間 21世紀末
バイアス補正の有無 【気温、降水量、スカラー風速、比湿、下向き短波放射量】
  あり(地域)

【下向き短波放射量】
  なし

気候変動影響予測結果の概要

文献調査の結果、熱中症救急搬送者数は気温や暑さ指数(WBGT)との相関が高く、これらの上昇にともない指数関数的に増加する傾向にあることがわかった。

また、将来の熱中症発生リスクに関して将来予測を行ったところ、RCP8.5では、福岡市における夏季(4月~10月)の平均気温は、現在から21世紀末にかけて、平均で約4℃上昇すると予測された。その場合、福岡市における21世紀末の熱中症発生リスクは現在の3~4倍となり、また都市のヒートアイランド現象により、都心部での熱中症発生リスクは住宅地の1.2倍程度となる可能性がある。

熱中症救急搬送者数の将来予測
排出シナリオ:RCP8.5  モデル:MRI-NRHCM02
図 4.1-3 熱中症救急搬送者数の将来予測
(上:現在、下:21世紀末、いずれも都心部の都市構造を想定)
熱中症救急搬送者数の将来予測(都市形態別)
図 4.1-4 熱中症救急搬送者数の将来予測(都市形態別)

活用上の留意点

本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気候変動による気象の変化(気温、降水量、風速、湿度、短波及び長波の放射量)のほか、都市のヒートアイランド現象の原因となる諸要素(人工排熱量、地表面被覆、都市形態)を考慮して、福岡市全域における年間の熱中症救急搬送者数の変化を予測した。

本調査の将来予測の対象外とした事項

本調査において、福岡市における将来の熱中症救急搬送者数の予測を実施するにあたり、以下に示すような、現在から将来に向けての諸要素の変化は考慮していないことに注意が必要である。

  • 人口及び年齢構成の変化
  • 人工排熱量、地表面被覆、都市構造等の変化
  • 熱中症予防に関する人々の意識や対処行動の変化
  • 人々の生活スタイルや行動パターンの変化
  • 数十年かけて徐々に気温が上昇する過程での、暑熱に対する人の順化

その他、成果を活用する上での制限事項

現在及び将来の都市気温予測に用いたシミュレータAUSSSMは、同一形状の直方体建物が等間隔に無限に並ぶ理想的な都市の気温を予測するモデルであり、本調査ではこのモデルを用いて、福岡市内の都心部や住宅地など代表的な街並みの建物立地条件下での都市気温を予測し、その結果から福岡市全体としての熱中症救急搬送者数を推計している。つまり、たとえば本調査での「都心部の予測結果」とは、「福岡市内の都心部の街並みが無限に広がっている状況を仮定した場合の、福岡市全体での年間の熱中症救急搬送者数の予測結果」であり、実際の街並みのもとでの気温予測結果に基づき都心部や住宅地など土地利用種別に熱中症救急搬送者数を集計したものではない点に注意が必要である。

適応オプション

表 4.1-2 適応オプションのまとめ
分類 適応オプション 想定される実施主体 評価結果 備考
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
熱環境負荷の低減 緑陰・日除け・再帰反射窓面の設置 -
  • 設置に掘削が必要
  • 製品、設置場所によっては関係機関との調整が必要
  • 緑陰の場合、樹木への支柱や潅水設備、水の確保が必要
  • 施工後、樹木・日除け材の清掃や生育管理、害虫駆除等の管理体制の確保が必要
  • 緑陰の場合、信号や看板等の視界を遮らないように注意が必要
  • 人工日除けの場合、方位特性がある製品は季節、時間帯によって日射遮蔽効果が変化することがある
  • 強風等で破損する恐れがある
短期
ミスト噴霧・噴射 -
  • 強風時のミスト拡散、高湿条件下での不快感増大など、効果が期待できない条件もある
  • 稼動に電気が必要
  • 車道際に設置する場合、噴射量や風向きにより交通の視認性への影響が懸念されている
  • ミストが人の口に入ったり吸引される可能性を考慮して水質とタンク、ホースの管理が必要
短期
日常における熱中症予防 暑さ指数(WBGT値)、天気予報等の活用 - 特になし 長期
通常の回避 暑さ指数(WBGT値)計の準備 -
  • 作業場所によって数値が大きく異なる場合がある
  • 黒球が付いていない測定器は屋外などの輻射熱がある作業場所において、実際よりも低い数値が表示されることがある
長期
室温の管理 -
  • スポットクーラーからは逆向きに熱風が出ているため、スポットクーラー利用時には設置場所に注意が必要である
長期
回避できない緊急時への対応 ※1 救急車適正利用の推進 ※1 -
  • 「効果発現までの時間」や「期待される効果の程度」が、利用者(個人)の意識に大きく左右される。
N/A
民間救急事業者の利用 ※1 - 不明 N/A
普及啓発 熱中症予防に関する啓発、指導、教育支援等 - 特になし N/A N/A
熱中症関連製品の普及促進 ●※2 - 特になし N/A N/A
  • 1 本調査において独自に追加した分類及び適応オプションである。
  • 2 (公社)日本保安用品協会、(一社)日本電気計測器工業会を実施主体とする対策である。
表 4.1-3 適応オプションの考え方と出典
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
緑陰・日除けの設置 8月の晴天日昼間に福岡市内で実施した現地踏査により、日陰のWBGTは日向より最大で2℃程度低かった。
【出典】本調査での現地踏査による。
ミスト噴霧・噴射 福岡市役所前での実測事例では、日向でのミスト噴霧により、WBGTは約1℃低下した。
【出典】平成20年度大都市オフィス街をモデル地区とした熱環境管理推進事業委託業務報告書(平成21年3月 福岡市)
暑さ指数(WBGT値)、天気予報等の活用 「福岡市防災メール」「福岡市LINE公式アカウント」などを通じた熱中症情報提供が既に運用中である。
【出典】福岡市 防災・危機管理情報
https://www.city.fukuoka.lg.jp/bousai/index.html
暑さ指数(WBGT値)計の準備 福岡市役所ふれあい広場や福岡市保健環境研究所などへの暑さ指数計設置とモニター表示が夏季に実施されている。
【出典】「福岡市の環境施策」(福岡市環境審議会資料)
室温の管理 福岡市内の市民体育館では、夏季には冷房により室温管理が行われている。
【出典】本調査での現地踏査による。
救急車適正利用の推進 普及状況は、福岡県では平成28年度から救急電話相談事業が開始されており、ポスター等による普及活動も進められていることから、情報面は「実施事例有り」(◎)としたが、普及状況については利用件数等のデータがなく判断がつかないため「不明」(-)とした。
効果発現までの時間は、利用者(市民)の意識に大きく左右されることから、「評価が困難である」(N/A)とした。
期待される効果の程度は、代替策として相対比較が可能な適応オプションがないことから「中」とした。
民間救急事業者の利用 民間救急サービスは国内でも広く普及しているが、自治体消防部局との連携の有無に関する情報がなく普及状況の判断がつかないため、普及状況は「不明」(-)、情報面は「実施事例無し」(△)とした。
効果発現までの時間は、実施事例がなく実現性の判断がつかないことから、「評価が困難である」(N/A)とした。
期待される効果の程度は、代替策として相対比較が可能な適応オプションがないことから「中」とした。
熱中症予防に関する啓発、指導、教育支援等 ホームページを通じて熱中症予防に関する情報が発信されているほか、「パネル展示」「熱中症予防街頭キャンペーン」「出前講座」などの取り組みが進められている。
【出典】福岡市 熱中症情報 http://heatstroke.city.fukuoka.lg.jp/
熱中症関連製品の普及促進 高齢者の見守り活動支援の一環として、高齢者への暑さ指数計の配布などが行われている。
【出典】福岡市環境局ヒアリングによる。
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