気候変動影響と企業の持続可能性
気候リスクに対する認識の高まり
気候変動対策が喫緊の課題であることは、国際社会では共通認識となっています。
例えば、世界経済フォーラム(通称、ダボス会議)は、グローバルリスク(発生した場合に、世界のGDP、人口もしくは天然資源のかなりの割合に悪影響を及ぼす事象、またはその事象が起こる可能性)の展望を調査・公表しており、気候変動に関連するリスクが上位を占めています。特に長期的(今後10年間)なリスクのランキングでは、「気候変動の緩和策の失敗」「気候変動への適応策の失敗」「自然災害と異常気象」「生物多様性の喪失と生態系の崩壊」と、上位4位までがすべて気候変動に関連するリスクで占められている状況です。
気候関連リスク情報開示の世界的潮流
こうした気候リスクに対する認識の高まりを受けて、金融機関では、気候変動の影響が金融システム全体に波及するリスクへの懸念から、投融資先企業に戦略的な対応を求めるようになっています。
代表的な動きとしては、金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)は2017年6月「気候関連財務情報開示タスクフォース提言(TCFD提言)」を公表し、金融機関やその投融資先企業において自社が持つ気候変動関連リスクあるいはビジネスチャンス等に関する情報開示を促しています。
世界全体では金融機関をはじめとする4,872の企業・機関がTCFDに対して賛同を示し、日本では世界で最も多い1,470の企業・機関が賛同の意を示しています(2023年10月時点)。
TCFDでは、行政機関による政策・規制の変更、脱炭素技術の進展、特定商品の需要変化等に起因する、いわゆる脱炭素社会へ移行する際の「移行リスク」、気候や気象等の変化そのものに起因する「物理的リスク」と、気候関連リスクを大きく2つに分類しています。
また、金融機関の投資判断においても、環境(Environment)、社会(Social)に配慮し、適切な企業統治(Governance)が行われている企業に投資しようというESG投資が拡大する中で、気候変動対策が最も考慮すべき事項とされています。
気候変動によるさまざまなリスクと機会
事業者においては、自社の財務や事業戦略、ステークホルダーとの関係などに大きな影響を与えるリスクや、企業の持続可能性や企業価値に重大なインパクトを与えるリスクと機会を的確に把握することが気候変動適応を経営戦略に実装するために不可欠となります。
産業別に見た気候リスクと気候リスク管理の事例
気候変動の影響によるリスクは産業別に異なります。
例えば、製造業では、気象災害によるサプライチェーンの寸断や原材料確保の不安定化、エネルギー業では冷暖房使用などエネルギー需要量の変化、不動産業では気象災害による工事遅延など、業種によってさまざまな影響がありえます。
TCFDに関する取組事例については、A-PLATに多数掲載されていますので、ぜひご参照ください。(関連リンク参照)
事例:TCFD提言を踏まえたシナリオ分析
日清食品グループは、気候変動によって原材料価格の高騰や製造工場の被害、消費者の購買活動の変化などさまざまな影響を受けることから、気候変動を重要な経営リスクの一つとして位置付けています。 同グループは、2019年5月にTCFD提言への賛同を表明し、また同年からシナリオ分析に着手しました。2030年以降の炭素税関連リスク、水リスク、原材料調達リスクが財務に及ぼす影響を分析した結果、国内外の製造工場等のうち複数の拠点で高潮、干ばつ、水ストレス(水不足)などが高リスクであることや、主要原材料である小麦、大豆、イカ、エビなどの調達について深刻な影響を与えるリスクは小さいことを明らかにしています。
(出典:「TCFDに関する取組事例(日清食品ホールディングス株式会社)」)
気候変動の影響による機会と適応ビジネスの事例
事業活動においては、製品およびサービス、市場、レジリエンスなど、さまざまな分野で気候リスクに関連して機会も生じます。
例えば、既存市場における自社製品・サービスの需要拡大、新たな市場への参入機会の拡大、自社の適応能力向上による競争優位性の拡大などがありえます。
適応ビジネスの事例については、A-PLATに多数掲載されていますので、ぜひご参照ください。(関連リンク参照)
事例:熱中症対策ウォッチ
Biodata Bank株式会社は、主に体温に関連する製品の開発製造と各種センサーを利用したソリューションの提供として「熱中対策ウォッチ カナリア®︎」を日本、EU全域で販売しています。 独自のアルゴリズムを用いて深部体温を推定し、熱中症リスクが予見される場合には、事前にアラーム音と赤いLEDライトで警告してくれる腕時計です。
(出典:暑熱下のリスクを事前に知らせる「熱中対策ウォッチ カナリア®︎」)
事例:天候インデックス保険
東南アジアにおいて、SOMPOホールディングスグループは、農業経営リスクの軽減を目的とした「天候インデックス保険」を提供しています。「天候インデックス保険」とは、気温、風速、降水量などの天候指標が一定条件を満たした場合に損害の程度にかかわらず定額の保険金を迅速に支払うことができる保険商品です。
(出典:東南アジアにおける農家向け天候インデックス保険)
事業者の気候変動適応の進め方
ここまで見てきた気候変動の影響によるリスクと機会をふまえ、事業者は主体的に適応を進めていくことが求められます。
事業者の適応は事業の特性や立地によって大きく異なり、また自社の事情にあわせて進めていく必要があり、例えば、次の基本的な進め方を参考にするとよいでしょう。詳しくは、「民間企業の気候変動適応ガイド」をご参照ください。
1.最初に行うこと
- 目的を明確にする
- 対象範囲
- 時間フレーム
- 実施体制
- 経営者の関与
2.適応策を選定して実行
- 適応策の選定
- 適応策実施のタイミング
3.気候変動による影響の整理
- 過去の影響等の整理
- 将来の情報の入手
- 想定影響のリストアップ
- 対応策の実態整理
4.優先課題を特定
リスク顕在化の可能性、影響の大きさや、早期対応の経営上のメリットなどから特定
5.進捗確認・計画の見直し
- 定期的なレビュー
- 見直し