成果報告 1-5

気候変動によるサクラマスの越夏環境に与える影響調査

対象地域 北海道・東北地域
調査種別 率先調査
分野 農業・林業・水産業
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム北海道・東北地域事業委託業務報告書」より抜粋

山形県の県魚であるサクラマスは冷水性魚類の一種であり、春に河川遡上後、流れの穏やかな「淵」で夏を過ごす(越夏)という特徴を持つ。将来的には、気温上昇に伴う河川水温の上昇が予想されることから、水温をはじめとするサクラマスの越夏環境に影響を与えることが懸念される。本調査では、山形県の二級河川である五十川を対象に、気候変動が進行した場合における将来水温の予測、及び越夏環境への影響予測を実施した。

影響予測の結果、21世紀末の五十川では、特に下流域においてサクラマスが選好しないと考えられる水温(25℃)を超える日が増加し、河口付近ではその日数が現在の約5倍に増加することが予測された。このことから、下流域を中心に越夏適地が縮小するものの、上流域においては将来も越夏適地が残存することが予測された。

背景・目的

気候変動による影響のひとつに、気温上昇に伴う河川の高水温化が挙げられる。温度はあらゆる生物の生育・生息の制限要因として働くが、中でも高水温に弱い冷水性魚類はその影響を最も受けやすいと考えられる(内藤他,2012)。冷水性サケ科魚類の一種であるサクラマス(Oncorhynchus masou)は日本海、オホーツク海、及び北西太平洋に分布する貴重な漁業資源であり、山形県では県魚に制定されている。サクラマスは、3年の寿命のうち約2年を河川で過ごすため、シロザケ等を含む他の遡河性回遊魚よりも河川に依存する期間が長期に及ぶ。また、成魚は春ごろから河川に遡上し、産卵期を待つ夏の間、水深が深く流れの穏やかな「淵」と呼ばれる場所において夏を越す(以下、越夏)という生態的特徴を有する。これらのことから、河川環境の変化の中でも、水温上昇がサクラマスの生態系に大きな影響を与えることが予想される。

本調査では、サクラマスが遡上する河川のひとつで、山形県の二級河川である五十川(流路延長:27.6km(山形県県土整備部,2017))を対象に、気候変動が進行した場合の五十川における将来水温の予測及びサクラマスの越夏環境への影響予測を実施する。また、本影響予測の結果から、将来の五十川において優先的に保全・造成すべき淵の形態を特定する等、サクラマスの越夏環境の保全に繋がる適応策の検討を行った。

実施体制

本調査の実施者 山形県内水面水産試験場、日本エヌ・ユー・エス株式会社
アドバイザー 山形大学 教授 半澤 直人
室蘭工業大学 教授 中津川 誠
本調査の実施体制図
図 5-1 本調査の実施体制図

実施スケジュール(実績)

2ヶ年の実施スケジュールを図 5-2に示す。

平成30年度は、サクラマスの越夏環境に関する情報収集、及び高水温化を含む河川環境の変化がサクラマスに与える影響について文献調査を行った。また、五十川の将来水温の予測に向け、河川水温予測手法の検討及び予測に必要な水温データ等を現地において測定する(以下、定点観測)とともに、サクラマスの越夏環境に関するデータを収集するための野外調査(以下、生息環境調査)を行った(図 5-2)。

平成31年度においても、平成30年度に引き続き定点観測及び生息環境調査を実施し、定点観測によって取得した夏季の水温データ及びアメダス(肘折地点)で観測されている気温データを用いて、21世紀末における五十川の水温予測を実施し、気候変動がサクラマスの越夏環境に与える影響を調査した。また、影響評価の結果及び生息環境調査の結果を併せて検討し、サクラマスの越夏環境の保全につながる適応策の検討を行った(図 5-2)。

調査実施スケジュール
図 5-2 調査実施スケジュール

気候シナリオ基本情報

本調査で使用した気候シナリオの基本情報は、表 5-1のとおりである。

表 5-1 気候シナリオ基本情報
項目 五十川の将来水温予測
気候シナリオ名 気象研究所2㎞力学的DSデータby創生プログラム
気候モデル MRI-NHRCM02
気候パラメータ 日最高気温
排出シナリオ RCP8.5
予測期間 21世紀末
バイアス補正の有無 あり(地域)

気候変動影響予測結果の概要

文献調査の結果、以下のことが分かった。

  • サクラマスの遡上期における適水温域は5.5~20℃であり、おおよそ25℃でより冷涼な上流側に移動する習性があることが判明した。また、サクラマスは遡上時に淵やワンドを利用しており、その中でも、大型の岩石で形成される隠れ穴や、ブロック等の水中カバーがあり、水深が深く、流速が小さい淵を好むことが判明した。
  • 人工構造物や河川の直線化等によりサクラマスの生態や分布に影響があること、また、サクラマスの遡上には、渓畔林によるカバーや照度、流量、流速等が影響することが判明した。

ヒアリングの結果、以下のことが分かった。

  • 河川水温の変化には、気温だけでなく、水位・流量等の要因が複合的に関連していることが判明した。
  • 影響評価に日最高気温を用いるのであれば、バイアス補正には、極値統計を用いることが適当であることが判明した。

影響評価を行った結果、以下のことが分かった。

  • 21世紀末の五十川では、特に下流域においてサクラマスが選好しないと考えられる水温(25℃)を超える日が増加し、河口付近ではその日数が現在の約5倍に増加することが予測された。このことから、下流域を中心に越夏適地が縮小するものの、上流域においては将来も越夏適地が残存することが予測された。

五十川の将来水温の予測

平成30年度及び平成31年度の夏季(7月から9月)、五十川において取得した水温データ(図 5-3)及びアメダス(肘折地点)にて観測されている気温データを用いて日最高水温予測式を作成し、日最高水温予測式と21世紀末における日最高気温を用いて21世紀末における五十川の日最高水温を予測した(図 5-4)。本予測結果から、定点観測地点①、②、⑥では、サクラマスが選好しないと考えられる水温(25℃)を超える日が増加し、地点①ではその日数が現在の約5倍に増加することが予測された(図 5-5)。また、いずれの地点においても、遡上時における適水温の上限(20℃)を超える日数が現在の2~3倍に増加することが予測された(図 5-5)。これらの結果から、21世紀末の五十川では、下流域を中心に越夏適地が縮小するものの、上流域においては将来も越夏適地が残存することが予想される。

五十川における定点観測地点図
図 5-3 五十川における定点観測地点図
各定点観測地点における21世紀末の日最高水温の予測結果(気候モデル:MRI-NHRCM02、RCP8.5)
図 5-4 各定点観測地点における21世紀末の日最高水温の予測結果(気候モデル:MRI-NHRCM02、RCP8.5)
21世紀末の夏季(7~9月)における水温別の出現頻度(気候モデル:MRI-NHRCM02、RCP8.5)
図 5-5 21世紀末の夏季(7~9月)における水温別の出現頻度(気候モデル:MRI-NHRCM02、RCP8.5)

活用上の留意点

本調査では五十川のみを対象に将来水温の予測式を導出しているため、手法や考え方を他の河川に応用することは可能であるが、予測式自体を他の河川にあてはめることはできない。他の河川への応用を検討する際には、対象とする河川のデータを用いて予測式を導出し、予測を行う必要がある。また、本調査で行った将来予測は20年平均の結果であるため、経年的な影響予測を行っていない点にも留意する必要がある。

本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気候変動に伴う河川水温の変化が、サクラマスの越夏環境に与える影響を調査の対象とした。調査は、山形県の二級河川である五十川を対象とし、影響予測を実施した。

本調査の将来予測の対象外とした事項

河川水温の変化には、下記の要素が影響すると考えられるが、本調査において気候変動影響予測を実施するに当たり、これらの影響は考慮していないことに留意が必要である。

  • 水位の変化による影響
  • 流量の変化による影響
  • 降水量の変化による影響
  • 日射量の変化による影響

その他、成果を活用する上での制限事項

本調査では、定点観測地点①から⑦における将来水温の予測を行ったが、地点⑥及び⑦については、単年度分(平成31年度)のデータのみを用いた結果であることに加え、水温上昇と五十川に遡上するサクラマスの個体数や遡上距離の関係は検討していない点に留意する必要がある。

適応オプション

本調査において検討した適応オプション及びその考え方を表 5-2~表 5-3に示す。

表 5-2 適応オプションの概要
適応オプション 想定される実施主体 評価結果
現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
五十川においてサクラマスの親魚が確認された淵の保全 - 継続的な調査や普及啓発が必要 N/A -
サクラマスが選好する淵の整備 他セクターとの合意形成が不可欠 短期
堰堤等のスリット化及び魚道の設置 - 他セクターとの合意形成が不可欠 短期
五十川における菅野代頭首工水制門を利用した流量調節 - 他セクターとの合意形成に加え、水位・流量等の影響を考慮する必要がある N/A N/A -
貯水池・ダム等からの冷水放流 - 他セクターとの合意形成に加え、他の生物への影響も考慮する必要がある 短期 -
源流部や河川周辺部の渓畔林、湿地の維持・造成 - 他セクターとの合意形成が不可欠 N/A -
陸上養殖施設による親魚の保護 - 施設整備や飼育等にコストがかかる N/A -
表 5-3 適応オプションの考え方
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
五十川においてサクラマスの親魚が確認された淵の保全
  • サクラマスの休息場所等として機能する淵を確保することで、こうす音化による体力消耗を軽減し、将来も越夏適地が残存する上流域への遡上を促すことができる。
サクラマスが選好する淵の整備
  • 本調査において特定した越夏適地の条件を備えた淵を整備することで、一時的な休息場所等を確保でき、高水温化による体力消耗の低減が期待できる。
  • 既存の研究により、人為的な淵の造成による効果が示されている。
堰堤等のスリット化及び魚道の設置
  • 山形県内で砂防ダムのスリット化が行われた実績があり、サクラマスの遡上範囲の拡大に寄与することが示されている。
  • ダムの満砂や重機を用いた浚渫作業の労力・コスト軽減も期待できる。
五十川における菅野代頭首工水制門を利用した流量調節
  • 本調査の簡易的な解析結果から、五十川河口の日最低水位が10㎝上昇すると、定点観測地点①から⑤における日最高水温が0.4から0.7℃低下することが示唆された。
貯水池・ダム等からの冷水放流
  • 既存の研究では、発電所からの放水水温に変化がないとの仮定の下では、サクラマスの生息に適する水温が保持されることが示唆されている。
源流部や河川周辺部の渓畔林、湿地の維持・造成
  • 既存の研究では、植生の違いや、草地区間の長さ等により平均水温等が異なることが示されているが、河川ごとにその条件が異なるため、効果の予測は難しい。
陸上養殖施設による親魚の保護
  • 試験飼育等の事例はあるが、コストの増大、魚病等の被害も懸念される。
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