成果報告 4-5

熱ストレス増大による都市生活への影響調査

対象地域 近畿地域
調査種別 先行調査
分野 国民生活・都市生活
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※調査結果を活用される際には、各調査の「成果活用のチェックリスト」を必ず事前にご確認ください。

概要

「平成31年度地域適応コンソーシアム近畿地域事業委託業務成果報告書」より抜粋

背景・目的

気候変動による気温上昇に加え、都市化の進展に伴うヒートアイランド現象の影響によって、特に都市圏では気温の上昇傾向が顕著になっており、それに伴う熱中症などの健康被害が生じている。気温の上昇は、熱中症のリスクを高めるだけでなく、人々が感じる熱ストレス1) の増大にもつながる。熱ストレスは、睡眠障害や、人々の屋外活動を妨げる原因の一つとなっており、喫緊に対策を取るべき課題の一つである。

そこで、本調査では、熱ストレスと熱中症等との関係性を明らかにするとともに、熱中症リスクや快適性の観点から、気候変動が都市生活へ与える影響を調査し、適応策の検討を行うことを目的として調査を行った。

1) 人々が身体の生理的障害なしに耐え得る限度を上回る暑熱のこと。

実施体制

大阪市立環境科学研究センター桝元研究員および兵庫県立大学奥准教授の協力を得て、調査を実施した。実施体制を図 7.1-1に示す。

本調査の実施者 一般財団法人日本気象協会
アドバイザー 大阪市立環境科学研究センター 研究員 桝元慶子
兵庫県立大学 准教授 奥勇一郎
実施体制図(調査項目4-5)
図 7.1-1 実施体制図(調査項目4-5)

実施スケジュール(実績)

本調査では、平成29年度から平成31年度の3年間で、大阪市を対象として熱ストレスが都市生活に与える影響を調査するため、現地観測データおよび衛星データを用いた暑熱環境把握調査、気候シナリオデータを用いた擬似温暖化実験、熱中症搬送者数を予測するための熱中症リスクモデルを構築し、将来の影響評価及び適応策の検討を行った。

本調査の実施フロー(調査項目4-5)
図 7.1-2 本調査の実施フロー(調査項目4-5)

気候シナリオ基本情報

本調査で利用した気候シナリオの基本情報を表 7.1-1に示す。

表 7.1-1 気候シナリオ基本情報(調査項目4-5)
項目 WBGT値等の将来予測
気候シナリオ名 MRI-AGCM 3.2S by創生プログラム
気候パラメータ 風向・風速、気温、水蒸気混合比
排出シナリオ RCP8.52)
予測期間 現在、21世紀末
バイアス補正の有無 無し

気候変動影響予測結果の概要

WBGT値の将来予測

気象モデルWRF3) を用いて、過去に発生した大阪の高温事例(2013年8月6日から23日)について現況再現計算を行うと共に、同様の現象がRCP8.5の21世紀末の環境で起こった場合の推定計算(擬似温暖化実験)を行った。その結果、熱ストレスの体感指標であるWBGT値が21世紀末には大幅に上昇し、計算対象期間では連日危険レベル4) を超過する可能性があることが分かった。現在と21世紀末におけるWBGTの時系列変化を図 7.1-3に示す。

2) 高位参照シナリオ: 2100 年における温室効果ガス排出量の最大排出量に相当するシナリオ
3) WRF(Weather Research and Forecasting model): 米国 NCAR で開発されたオープンソースの領域気象モデル
4) 日本生気象学会「熱中症予防指針」に記載の警戒ランクに基づく
大阪における高温事例でのWBGTの時系列変化
図 7.1-3 大阪における高温事例でのWBGTの時系列変化
黒線:現在(現況再現計算)、赤線:21世紀末(擬似温暖化実験:RCP8.5)
赤横線:熱中症危険レベル(WBGT値31℃以上)、橙横線:熱中症厳重警戒レベル(WBGT値28℃以上31℃未満)、黄横線:熱中症警戒レベル(WBGT値25℃以上28℃未満)

適応策検討:緑地化・河川拡幅化の効果の評価

将来の高温に対する適応策を検討するため、前述の擬似温暖化計算において、土地利用を変更した場合の数値実験を行った。ここで、土地利用の変更は、①大阪市内の小学校を緑地化した場合、②大阪市内の河川を拡幅した場合の二通りを試行した。数値実験の土地利用を図 7.1-4に示す。大阪市内各地域における緑地化および河川拡幅化の効果を表 7.1-2に示す。緑地化及び河川拡幅化の場合には、低温化の効果が大きい一方、WBGT値は、どちらの土地利用変更においても湿度の上昇が見られ、低温化の効果を相殺する結果となった。

数値実験の土地利用(左:現況、中:小学校緑地化、右:河川拡幅化)
図 7.1-4 数値実験の土地利用(左:現況、中:小学校緑地化、右:河川拡幅化)
表 7.1-2 大阪市における緑地化および河川拡幅の効果(特徴的な区のみ抽出)
再現計算の土地利用の気温、WBGT値を基準として、各要素の変化率を百分率で表示
大阪市における緑地化および河川拡幅の効果(特徴的な区のみ抽出)

熱中症リスクモデルを用いた熱中症搬送者数の予測

実測による熱中症搬送者数とWBGT値から、熱中症リスクモデルを作成し、前述の高温事例での擬似温暖化実験で得られた将来のWBGT値を適用した。この結果、現在のWBGTと搬送者数の関係が将来も成り立つものと仮定した場合、21世紀末の高温事例では現在と比較し熱中症搬送者数が3倍以上になる可能性のあることが分かった。大阪市における日ごとの熱中症搬送者数を図 7.1-5に示す。

大阪市における日ごとの熱中症搬送者数
図 7.1-5 大阪市における日ごとの熱中症搬送者数

活用上の留意点

本調査の将来予測対象とした事項

本調査では、気温や湿度等気象要素を擬似温暖化実験にて求め、将来の夏季高温事例での熱中症搬送者数を予測した。

本調査の将来予測の対象外とした事項

本調査では、過去の高温事例が将来の温暖化環境下で起こった際の気温、WBGTの予測結果をもとに、熱ストレスの変化傾向を分析したものであり、熱中症搬送者数の予測に人口の変化、人々の環境への適応性の考慮は行っていない。

その他、成果を活用する上での制限事項

擬似温暖化実験は、過去の特定の高温事例の再現計算結果をもとに将来予測を行ったものであるが、将来における特定の日の気温等を予測しているわけではないことに留意が必要である。

適応オプション

適応オプションのまとめを表 7.1-3に示す。

表 7.1-3 適応オプション(調査項目4-5)
適応オプション 想定される実施主体 現状 実現可能性 効果
行政 事業者 個人 普及状況 課題 人的側面 物的側面 コスト面 情報面 効果発現までの時間 期待される効果の程度
①緑化の推進 普及が進んでいる
  • 緑化の推進エリア面積により波及効果に差がある。
  • 維持管理のために散水が必要となることがある。
短期
②水路の拡幅 普及が進んでいない
  • 大規模な工事が必要となり、実現可能性に課題が残る。
N/A 長期
③クールスポットの導入 一部普及が進んでいる
  • コストを要する(補助金もあるが、時期が合わないことがある)。
  • 事業者や自治体の協力が必要。
短期
④気象情報の活用 一部普及が進んでいる
  • 特になし。
長期
⑤啓発活動の推進 一部普及が進んでいる
  • 事業者や自治体の協力が必要。
N/A N/A
⑥熱中症患者への体制の整備 一部普及が進んでいる
  • 救急車、処置者の確保。
N/A
表 7.1-4 適応オプションの根拠(調査項目4-5)
適応オプション 適応オプションの考え方と出典
①緑化の推進 大阪市では、平成17(2005)年度より市立小学校の運動場の芝生化モデル事業が始まり、現在までに私立小学校約300校中、70校以上で芝生化がされている。
②水路の拡幅 水路の拡幅には、用地の取得に多額の費用が掛かる他、大規模な工事が必要となる。
③クールスポットの導入 大阪府では、「大阪府環境保全基金」を活用し、屋外空間における夏の昼間の暑熱環境を改善することを目的にクールスポットを創出する「クールスポットモデル拠点推進事業」を実施している。
④気象情報の活用 大阪市のホームページでは、気象情報ページへのリンクを設置し、WBGT値等を公開している。
⑤啓発活動の推進 大阪市では小学生向けに分かりやすく熱中症の危険度を示す看板が設置されている学校がある。
⑥熱中症患者への体制の整備 大阪市で熱中症搬送者数の多くなる天神祭当日には、救護所の増設等の対策が行われている。
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