熱中症対策:6月から「猛暑」がはじまる時代がやってくる?国立環境研究所・岡 和孝室長に聞く、2025年の気候と熱中症への備え

ありを — 群馬県を拠点に活動する漫画家・イラストレーター。元看護師で愛媛県出身。コミックエッセイ『ゼロから山女子始めてみました』(KADOKAWA)を出版し、重版。山小屋のグッズ制作、企業や自治体の漫画制作、ツアーゲスト参加など幅広く活動をしている。国立環境研究所気候変動適応センターが制作(2026年4月発行)した「A-PLATBOOK」および「A-PLATBOOK KIDS」の漫画、イラストを担当。

堀田研究員 — 国立環境研究所気候変動適応センター(気候変動影響観測研究室)/研究員。2024年9月に北海道大学大学院農学院で博士(農学)を取得。2024年10月にCCCAへ入所。気候変動や自然災害が森林生態系に与える影響について研究している。
目次
大菩薩嶺のシカ問題 ── 「かわいい」の裏にある、痛ましい現実
―同じ山を見ても見え方が違う二人の視点から、山の魅力や変化について自由にお話しいただければと思います。まずはこちらの写真をご覧ください。大菩薩嶺の周辺で撮影された、シカによる「食害」の写真です。―
ありを:実は私、シカが森にこんな影響を与えていると知ったのは、ここ1〜2年のことです。それまでは、保護ネットがされている木を見ても「おくるみ(保護材)されているな。なんで保護されているのかな」くらいにしか思っていなくて……。でも尾瀬のフォーラムでシカ問題をきちんと知ってからは、森を見る目がガラッと変わりました。今まで素通りしていた景色が、急に「痛ましいな」と感じるようになりました。
堀田:「痛ましい」というのは、僕ら研究者も率直に思うところです。こうして樹皮が剥がれて中が見えてしまうと、木を腐らせたり弱らせたりする病原菌や虫が侵入しやすくなります。さらに、この傷が幹を一周してしまい、養分を運ぶ組織が完全に途切れてしまった場合、最終的に栄養や水のやり取りが難しくなり、その木は枯れてしまうんです。
ありを:一周剥がれたら、もう終わりですか!? この写真の木は、持ち直す可能性はあるのでしょうか……。
堀田:幸い、これはまだ一周していなかったと記憶しています。しんどいながらも生きてはいける状態ですね。木が成長して太くなっていく過程で、傷の周りから少しずつ覆うようにして塞がっていく可能性はあります。
ありを:よかった……持ち直す可能性もあるのですね。
堀田:シカも本当は、地面に生えている草や、小さくて柔らかい木のほうが食べやすくて好きなんです。でも、それらが食べ尽くされたり、冬に餌が不足したりすると、太い木の皮まで剥いで食べるようになってしまう。
登山者の方は普段シカを見る機会も少ないため、野生のシカを見て「かわいい!」と写真を撮りたくなる気持ちは、すごくよく分かります。ただ、その可愛いシカたちが森にこれだけ大きな影響を与えているということも、併せて知っていただけるとうれしいですね。
山が通れなくなる? 伊吹山を襲った土砂崩れの恐怖
―シカの食害は、森の木々だけでなく、山全体の地形をも変えてしまうことがあります。伊吹山では、シカに植物を食べられ、地面がむき出しになった場所で、降雨による土壌流出が問題となっています。―
ありを:私、伊吹山には登ったことがあるのですが、シカの食害で地面がむき出しになって土壌流出が起きているような、そんな深刻な状況になっているなんて知りませんでした……。
堀田:伊吹山は、シカの食害が特に激しい場所のひとつです。本来、地面を覆う草には、雨が直接土に当たる衝撃を和らげたり、水を地中にしみ込みやすくさせたりする役割があります。でもシカに食べ尽くされて土がむき出しになると、激しい雨が降ったときに表面の土が一気に削られ、流れ出してしまいます。
ありを:伊吹山のような事例は、ほかにもあるのでしょうか?
堀田:有名な山ではなくても、登山の対象にならない山や大学の研究林などで同様のことが起きている可能性はあります。ただ、伊吹山のような有名な山で起きることで『あの伊吹山で、そんなことが起きたのか』と強い印象を与え、シカの食害という社会課題を認識するきっかけになっているのだと思います。
また、下流域にも土石流のような被害が及んだ事例1)もあり、普段登山をしない下流域や他の地域の山裾に住んでいる方にとっても急に「自分ごと」として危機感が芽生えることになると思います。
ありを:ニュースで「線状降水帯2)」という言葉もよく耳にし、洪水や土砂災害のニュースを見る機会が増えました。それでも、自分の家が土砂崩れで失われることまでは、なかなか想像できません。こうした災害が各地で増えていくと考えると、決して遠い話ではなく、人命に関わる怖さを感じます。
また、槍ヶ岳の診療所に看護師としてボランティアで入った際、先生から「大雨でルートが崩落した、今までこんなことはなかった。」と聞き、大雨のあとの山選びに慎重になりました。ただ山の絶景を楽しむだけでなく、これまでの備えが通用しなくなっているという意識を持つ必要があると痛感しています。
脚注
1)林野庁 「令和6年梅雨前線豪雨に伴い伊吹山で発生した山地災害に係る有識者による緊急調査結果」
2)発達した雨雲が次々と同じ場所で発生し、線のようにつながって長時間大雨を降らせる現象です。短時間で雨量が急増し、土砂災害や洪水などの危険性が急激に高まります。(線状降水帯に関する情報 | 気象庁)
「知ること」が森の見え方を変える ── 芽生えた「伝えたい」という想い
―先ほどのお話にあった「知ることで景色が変わった」という経験は、ありをさんにとって、山との向き合い方そのものを変える大きな転機になりましたか?―
ありを:「知らなかったら、一生このままだったな」と思いました。だから私、「あ、このままじゃいけない」って気づき、これは自分だけの問題にしちゃいけないなと思って。自分だけじゃなくて、次の世代の人たちにも、この山を楽しんでほしいから、まずは知ってもらうきっかけをつくっていきたいと思ったんです。
堀田:その意識の変化こそ、僕ら研究者だけではなかなか踏み込めない部分だと思います。データや知見を出すことはできても、それを「自分ごと」として広げていくのは、また別の力ですから。
その「気づき」から「発信」への意識の変化は、まさにこの対談のテーマそのもの。
ここまでは、シカの食害が木々や地形に与えるダメージと、それを「知る」ことの意味について見てきた。続いては、台風などで傷ついた森がどう「回復」していくのか、そして気づいたことをどう社会に届け、これから山とどう付き合っていくのかを、二人でさらに考える。
知ることが、森の見え方を変える。そして、伝えることが、次の景色をつくっていく
「倒木」の上に宿る新しい命
―ここからは、崩れたり傷ついたりした森が、どうやって回復していくのかに注目してみましょう。堀田さんが北海道の山で撮影された写真があります。―
強風によって無数の大木が同じ方向に倒れ、まるで爪楊枝を散らしたようになっている山の斜面
堀田:これは強風によって木が部分的になぎ倒された場所で、専門的には「風倒地(ふうとうち)」と呼びます。一般的に、人が管理している森で木が倒れると、経済的な損失を補填する1)ため、あるいは虫(キクイムシ2)など)の温床になるのを防ぐために、撤去(引き出し)することが多いんです。
ありを:じゃあ、やっぱり片付けたほうがいいのですか?
堀田:実は、そうとも言い切れません。木を引き出すときに重機を入れると、森の地面が荒れて、せっかく下で育っていた小さな木まで一緒に引っぺがしてしまうことがあります。むしろそのまま倒木を放っておいたほうが、自然に森が回復するスピードが速く、多様な種類の木が育つという研究結果3)もあります。
また、普通の土の上では病原菌に感染しやすく、育ちにくい木の種類もあります。そうした木は、菌が少なくコケが適度に水分を保ってくれる『倒木の上』でなければうまく育ちません。さらに倒木の上は周囲のササより一歩高い位置にあるので、光を浴びる競争にも有利なんですよ。
こうしたことから、木材生産を目的とした森林では、倒木を片付けることが合理的な選択です。一方で、人手不足で管理が難しい山奥などでは、自然に任せることも有効な選択肢になります。
ありを:倒れた木にも、ちゃんと次の世代を育てる役目があるんですね。また、場所によって答えが違うということですね。
堀田:そのとおりです。研究者の役割は、「どのような条件で、何が起こるのか」という科学的な知見を示すことです。その知見を踏まえ、倒木などを残すか撤去するかは、土地の管理者や地域の方々が判断することになります。「すべて残す」あるいは「すべて撤去する」と一律に決められる問題ではありません。だからこそ、研究者が科学的な根拠を示し、その情報をもとに、それぞれの地域に適した選択をしてもらうことが大切だと考えています。
ありを:白黒はっきりつけられない、グレーな「ケースバイケース」の中に、自然の面白さがありますね。
脚注
1)台風や豪雨で倒れてしまった木(風倒木)を製材用の原木や合板用材、木質バイオマス燃料として売却するケースがある。
(災害被災木等活用実態調査 | 一般社団法人日本木質バイオマスエネルギー協会)
2)木材を好んで食べる昆虫の一種。木を食害し、森林に影響を及す。病原菌を運ぶ種類もあり、最悪短期間で木が枯死してしまう。温床になってしまうと周りのまだ倒れていない大事な森に広がり枯らしてしまう。日本の代表例では「ナラ枯れ」と呼ばれる。(ナラ枯れ被害:林野庁)
3)堀田 亘, 芳賀 智宏, 森本 淳子, 井上 貴央, 鈴木 智之, 松井 孝典, 尾張 敏章, 柴田 英昭, 中村 太士
「気候変動下で風倒後の管理が北方林の種組成に及ぼす長期的影響」
悲観しすぎず、変化を楽しむ。これからの「気候変動適応」
―気候変動によって、これからはこれまで以上の暴風雨や環境の変化が起きる可能性があります。私たちは未来の世代に、どんな山を残していけるでしょうか。―
朽ちかけた倒木の上から、力強くまっすぐ伸びる樹木の赤ちゃん
堀田:山の自然は、同じ姿のままではありません。木が育ち、枯れ、倒れた場所から新しい木がまた育つように、森は長い時間をかけて変化しています。斜面崩壊や台風も、長い目で見れば森が若返る過程の一つと捉えられる場合があります。「この森は50年後、100年後にどうなっているのだろう」と想像しながら歩くのも、山の楽しみ方の一つだと思います。僕らはコンピューターを使って、そうした「100年後の森がどうなるか」をシミュレーションしたりもしています。
ありを:私は絵を描くようになってから、自然の色を細かく見るようになりました。同じ緑でも、木の種類や季節によって色が異なり、森にはさまざまな緑のグラデーションがあります。気候変動による変化を意識するようになったからこそ、今ある紅葉や新緑の美しさをより丁寧に見て、楽しみたいと思うようになりました。100年後……。美しい紅葉の景色も、変わってしまうのでしょうか?
堀田:気候変動によって色づき方や時期が変わる可能性はありますが、秋に葉が老いて落ちるという現象そのものがなくなるわけではありません。将来に向けて環境が劣化していく変化はネガティブに捉えられがちですが、「変化するもの」として、その時代ごとの自然を受け入れ、楽しむというのもひとつの大切な考え方への転換だと思います。
ありを:ハッとさせられました。気候変動と聞くと、山の景色や自然が失われていくような漠然とした不安を感じてしまいがちですが、変化を受け入れながら楽しみたいと思います。実際、近年の夏は暑すぎて、低山に登った際に2年連続で熱中症になりかけました。夏に低い山へ登るのが難しい時代になったと、身をもって感じています。
一方で、高い山の中にも登山道が整備され、ピクニックのような感覚で訪れられる場所があります。場所や時期、登り方を工夫しながら、その時々の自然を楽しむ方法が広がってほしいと思います。
興味を持ち続け、今ある自然をリスペクトしていく。私には漫画やイラストという伝える武器があるので、現場の生の声をもっと吸収して、まずはみんなに山で起きていることを「知ってもらう」ための種まきを続けていきたいと思います!
研究と社会をつなぐ「伝える力」── 関心ゼロをイチにする挑戦
―ここまで、山や森の「いま」について伺ってきました。最後に、その研究や気づきをどうやって社会に届けていくかについて伺いたいです。―
堀田:研究者にもさまざまなタイプの方がいらっしゃいますが、私自身、研究成果を社会実装や政策に落とし込むことの難しさをいつも感じています。自然現象を丹念に見て、新しい知見を生み出すことに没頭してしまったり、研究の中にすべての実務的な課題を含めるのが難しかったりするためです。
ありを:研究そのものと、それを社会に伝えたり届けたりすることは、また別の力が必要なんですね。だからこそ、堀田さんのような研究者から情報をもらって、それを伝える術を持つ私のような人間が発信する。この二つがつながっていくことが大事だと思います。
堀田:本当にそうです。ありをさんのように、実際に起きている問題を分かりやすい形で一般の方に届けてくれる存在がいないと、研究から社会を動かすところまでは、なかなかつながらないですよね。
―研究とクリエイティブ、それぞれの力が「一気通貫」でつながることが重要なのですね。では、実際に「伝える」うえで、一番難しいと感じる部分はどこですか?―
ありを:一番難しいのは、「興味も関心もない人」に振り向いてもらうことだと思います。専門的な知識を深く知れば知るほど、伝える側は「相手が何も知らない状態の感覚」を失っていってしまうんですよね。だから、いかにフラットな立ち位置でいられるかが、本当に難しい。
今回、『A-PLATBOOK』でシカの話を描くときも、それをすごく痛感しました。伝える相手には2種類いて、ひとつは本当に興味がない人。もうひとつは、私みたいにちょっと興味があって知りたい人。後者に伝えるのは比較的簡単です。ある程度興味があるから、文字が多くても読んでくれるので。でも「ゼロをイチにする」難しさは、今回もあらためて痛感しました。
堀田:本当に、そのゼロからイチがいちばん重くて、ハードなところですよね。まずは興味を持ってもらって、「なんか大事なんだな」と思ってもらう。「ああ、それ聞いたことあるよ」というきっかけをつくることが、次のステップにつながっていく。そこがとても大事だと思います。
対談を終えて
研究者として専門的な知見を提供する堀田さんと、フラットな目線とキャッチーなイラストで人々にメッセージを届けるありをさん。アプローチは違えど、山を愛し、次の世代へその魅力をつなぎたいという情熱は同じだった。
科学的な証拠に基づいて選択肢を提示するのが研究者の役割なら、その選択肢を誰もが受け取れる形にして社会へ広げていくのが、広報やクリエイターの役割。漫画やイラスト、あるいは日常のふとした言葉──伝え方はひとつではない。
気候変動を「自分ごと」として捉え、日々の暮らしや趣味の中で、できることから取り組んでいただきたい──そんな思いを込めて制作したのが、『A-PLATBOOK』『A-PLATBOOK KIDS』。そして、当センターが運営する気候変動適応情報プラットフォーム『A-PLAT』も、その一助になれば。
これらを通じた私たちの発信が、気候変動やその適応について知り、一歩を踏み出すきっかけとなり──「いまが、未来になる」──そんな願いを込めて。
取材日:2026年7月1日
「#適応しよう」ページでは、こうした「様々な適応」を含め、これからの時代を快適に暮らすための「15の適応アクション」を紹介しています。
未来を快適に暮らすために必要なのは、特別な誰かの大きな決断だけではありません。
あなたが今日選ぶ、ほんの小さな「適応」の積み重ねが大切です。
まずは身近なアクションから始めてみませんか?