産業・経済活動分野における影響のメカニズム
産業・経済活動分野における気候変動による影響のメカニズムは、下図のように想定されています。
気候変動は、気温の変化、自然災害の強さや頻度等に変化をもたらし、海外のサプライチェーン等を含む企業活動に影響を及ぼす可能性があります。ただし、産業・経済活動は多様であり、製造業、商業、医療や海外影響など、そこで気候変動が影響を及ぼすメカニズムははっきりしていない部分があります。また、欧米等の研究事例では気候変動が安全保障等に影響を及ぼす可能性を示唆しているものの、我が国ではこれらに関する研究が限定的とされています(気候変動影響評価報告書p.245を一部改変)。
産業・経済活動の現在の影響と将来予測
気候変動によって大きな影響を受ける自然資源を活用した観光業
気候変動にともなって気温上昇、降雨量や降雪量の変化、海面水位上昇などが生じることで、自然資源(森林、雪山、砂浜、干潟等)を活用した観光業においては、活用可能な場や資源の消失・減少や、活動に適した期間が変化するなどの影響が起きる可能性があります。
例えば、暖冬に伴う積雪量不足によるスキー場への影響が報告されています。2007 年から 2016年までの長野県のスキー場来客数に対する気象的要因と社会的要因の影響を分析した報告では、当該期間におけるスキー場来客数の減少は主に社会的要因の影響が大きいことが示唆されたものの、温暖化の進行により気温の上昇、積雪深の減少が起きた場合、来客数が減少することが示唆されています。
将来、観光業への影響は、さらに顕著になることが予測されています。
スキーに関しては、今後、ほとんどのスキー場で積雪深が大きく減少すると予測されており、積雪深の減少により、来客数や営業利益が大幅に減少することが考えられます。北海道のスキー場においても積雪深の減少が予測されており、将来の気候変動により、30cm以上の積雪期間が約1ヶ月短くなる可能性が示唆されています。
気候変動による自然災害の増加が大きな影響を及ぼす金融・保険業
気候変動による極端現象の頻度や強度の増加に伴う自然災害の増加は、保険損害とそれに伴う保険金支払い額を増加させ、金融・保険業に大きな影響を及ぼす可能性があります。
近年の風水害によって保険損害が増加し、2018年の台風21号では1兆円にも達しています。過去の主な風水害による保険金の支払い額を見ると、上位10件のうち7件を2014年以降の災害が占めています。
将来、さらに自然災害とそれに伴う保険損害が増加し、保険金支払額が増大するとともに、再保険料の増加が予測されています。
気候変動により、気温の上昇や、海面水位の上昇、強い台風の増加、激しい雨の増加などが生じ、気象災害のリスクが高まっていくことが懸念されています。「日本の気候変動2020」によれば、世界の平均気温が4℃上昇した場合には日本沿岸の海面水位が約0.71m上昇し、日降水量の年最大値は約27%増加、1時間降水量50㎜以上の雨の頻度は約2.3倍増加し、日本付近における非常に強い台風の存在頻度も増加することなどが予測されています。
気候変動による自然災害の増加が大きな影響を及ぼす建設業
気温の上昇が建築物の建材や構造健全性に影響を及ぼすことが想定されています。例えば、夏季の気温上昇によって、コンクリートの質の低下を防ぐために行われる暑中コンクリート工事(日平均気温の平年値が25℃を超える期間に施工する場合、高温によるコンクリートの品質低下がないように、材料、配合、打込みなど、適切な処置をとった工事)の適用期間が日本の西南地域を中心に長期化していることが報告されています。
また、気候変動による極端現象の頻度や強度の増加は、建築物の性能を確保するための設計条件・基準にも影響すると考えられ、建築物への風や積雪による荷重、空調負荷、洪水等による浸水対応など、建築物の性能を確保するための設計条件や基準・指針の見直しの必要性が日本建築学会などで検討されています。それとともに、国土交通省でも、「令和元年房総半島台風を踏まえた建築物の強風対策に関する検討会」や「建築物における電気設備の浸水対策のあり方に関する検討会」などを設置し、今後の気象災害に備えた検討を進めています。
さらに、建設工事の現場などに、直接的な被害を及ぼすことも想定されます。過去5年間(2015 年~2019 年)の職場における熱中症による死亡者数、死傷者数をみると、製造業や運送業などを上回り、ともに建設業が最大となっています。
将来の気候変動がパーティクルボードの剥離強さに与える影響について研究した事例(RCP2.5、RCP4.6、RCP8.5の3つのシナリオを前提に、MIROC5モデルによる 2031年~2050年の予測情報を使用)では、パーティクルボードを屋外で使用する場合、気温上昇によって接着点の決裂や生物を原因とした劣化などが生じやすくなり、剥離強さが低下することが予測されています。このように、パーティクルボードを屋外で使用することが限定的になるなど、建設業にとっても影響が生じると考えられます。
製造業や商業などの業界にも気候変動による影響が
製造業や商業などの業界にも、気候変動はさまざまな影響を及ぼしています。
製造業では、自然災害による生産設備への被害が危惧されているとともに、特に中小企業を中心に、工場や事務所等の破損や損壊、従業員の出勤困難、インフラ途絶による操業停止、販売先や顧客の被災による売上減少、取引先の被災による原材料の供給停止など、多岐にわたる被害が発生しています。これらの経済損失によって営業停止に追い込まれる事業者も確認されています。
今後も、水害による物的被害や臨時休業による経済損失が拡大することが懸念されます。例えば、企業に多大な被害をもたらした平成30年の台風21号については、将来、気候変動が進むことで、さらに中心気圧が低下し、より強い勢力を保ったまま日本に接近することがシミュレーション結果で示されています。そうなると、当時の状況よりさらに被害が大きなものになることが考えられます。
商業に関しては、気温と商品の売上の関係が分析されています。平均気温が上昇することでCOLD飲料の販売数の増加が見込まれていますが、その際、飲料の種類によって特徴が異なります。スポーツ飲料等の販売数は平均気温22℃を超える頃から急増しており、ミネラルウォーター類も同様の特徴が見られますが急増する気温はおおむね25℃となっています。一方で、冷たいコーヒー飲料等の販売数は平均気温が23℃あたりまでは増加するものの、平均気温が23℃あたりを超えてからは増加が見られないことが確認されています。
また、エアコンの販売数についても分析されています。東京都の販売数のピークは平均気温が20℃を超える6月以降に現れます。7月は平均気温平年差+2℃となる場合に販売数が約1.5倍に増加するという強い相関関係が確認されています。これは、暑さが本格化する前の7月において、特に平年より気温が高いと消費者の購入意向が高まるためと考えられています。一方8月は、7月と同様に相関関係が強いものの、販売数のピークは現れにくいようです。これは、7月の段階で既に気温の高まりに応じた購買が進んでおり、8月には需要が減少しているためであると考えられています。
商業については、既に急激な気温変化や大雨の増加などによって季節商品の需要を予測することが難しくなっていることや、大雨や台風により百貨店やスーパーなどで売上増減や臨時休業が起きていること等が報告されており、気候変動が進行することでこれらの影響が拡大することが懸念されます。季節商品は、特定の季節に需要が集中するため、オフシーズンには売れず季節終盤の売れ残りはロスになってしまいます。気象の変化は大きくなっていますが、短期的な気象の変化を予測して、商品の需要予測を行う取組が始まっています。特に季節終盤の予測精度向上が必要とされています。