「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

各分野の気候変動影響と適応

産業・経済活動

気候変動が進むと、さまざまな産業・経済活動において影響が発生するとされていますが、具体的には、どのような影響を与えるのでしょうか。
本項では、産業・経済活動について、現在までにどのような影響が現れていて、今後どのような影響が起こる可能性があるかについて、学んでいきます。

積雪量の減少や災害の増加などによる産業・経済活動への影響

気候変動によって大きな影響を受ける自然資源を活用した観光業

森林、雪山、砂浜などの自然資源を活用した観光業は、気候変動によって大きな影響を受ける可能性があります。例えば、暖冬によるスキー場における積雪量の不足の発生が報告されています。

雪不足のスキー場
雪不足のスキー場

近年、全国的に降雪量が減少傾向にあり、富山県内のスキー場では、積雪量が減少するほど、休日の来客数が減少する関係が見られています。

休日における来客数と積雪量の関係(富山県のスキー場の例)
休日における来客数と積雪量の関係(富山県のスキー場の例)
(出典:地球温暖化による積雪量の変化がスキー場の営業に及ぼす影響 -富山県を対象として(大田原ら、2014))

将来においても、ほとんどのスキー場において積雪深が減少し、積雪量の減少により来客数や営業利益が減少することが予測されています。

気候変動による自然災害の増加が大きな影響を及ぼす金融・保険業

日本でも世界でも、自然災害を起因とする保険損害(賠償責任と生命保険の保険金を除くすべての保険損害)が増加しています。
1992年から2018年の間に保険損害額は4.7%増加しました。例えば、2018年11月に発生したカリフォルニア州の山火事は、同年度における世界最大の損害を出した事故であり、120億米ドルの保険損害をもたらしました。同じ年で、保険損害額が次に多かったのが日本の台風21号(保険損害額 100 億米ドル)で、これは、これまでの日本の風水災害の中で最も多くの保険金が支払われた災害でもあります。

台風21号によって、近畿地方で猛烈な風が吹き記録的な高潮となった上に、関西空港連絡橋でタンカーが衝突し、滑走路が浸水するなど大きな被害をもたらしたのは記憶に新しいところです。なお、保険損害と無保険損害を合わせた経済的損害総額も増加傾向にあります。
今後も、自然災害とそれに伴う保険損害額や再保険料(保険会社が支払責任の一部や全部を他の保険会社に引き受けてもらう際に支払う保険料)の増加が予測されています。

保険損害額と無保険損害額の経年変化(単位10億米ドル)
保険損害額と無保険損害額の経年変化(単位10億米ドル)
(出典)2018年の自然災害と人災(SIGMA)
平成30年台風第21号による被害
平成30年台風第21号による被害
(出典:気象庁、平成30年(2018年)台風第21号

観光業や金融・保険業以外の業界にも気候変動による影響が

製造業においては、2017年に水害により131億円の被害が発生し、大雨の増加による水害リスクの増加が指摘されています。
また、商業においては、急激な気温変化や大雨の増加等が進むことによって季節商品の需給予測が難しくなっていることが指摘されています。また、大雨や台風の発生によって、百貨店やスーパーなどで売上の増減や臨時休業が生じていることが報告されています。
さらに中小企業においては、近年の大規模な自然災害によって、工場や事務所等における破損や損壊、従業員の出勤困難、インフラ途絶による操業停止、販売先や顧客の被災による売上減少、取引先の被災による原材料の供給停止など多岐にわたる被害の発生が確認されています。これらの被害により経済損失を受け、営業停止に追い込まれる事業者の存在も報告されています。
今後、製造業、商業などの業界においても、気候変動に伴う影響が今以上に増加することが考えられ、水害による物的被害や臨時休業による経済損失も拡大することが懸念されます。

中小企業の被害例
中小企業の被害例
(出典:中小企業の防災・減災対策に関する現状と課題について(中小企業庁))

本項では、産業・経済活動について、気候変動による影響のメカニズムとともに、現在までにどのような影響があって、今後どのような影響が起こる可能性があるかについて、学んでいきます。

産業・経済活動分野における影響のメカニズム

産業・経済活動分野における気候変動による影響のメカニズムは、下図のように想定されています。
気候変動は、気温の変化、自然災害の強さや頻度等に変化をもたらし、海外のサプライチェーン等を含む企業活動に影響を及ぼす可能性があります。ただし、産業・経済活動は多様であり、製造業、商業、医療や海外影響など、そこで気候変動が影響を及ぼすメカニズムははっきりしていない部分があります。また、欧米等の研究事例では気候変動が安全保障等に影響を及ぼす可能性を示唆しているものの、我が国ではこれらに関する研究が限定的とされています(気候変動影響評価報告書p.245を一部改変)。

気候変動により想定される影響の概略図
気候変動により想定される影響の概略図
(出典:気候変動影響評価報告書詳細(環境省)

産業・経済活動の現在の影響と将来予測

気候変動によって大きな影響を受ける自然資源を活用した観光業

気候変動にともなって気温上昇、降雨量や降雪量の変化、海面水位上昇などが生じることで、自然資源(森林、雪山、砂浜、干潟等)を活用した観光業においては、活用可能な場や資源の消失・減少や、活動に適した期間が変化するなどの影響が起きる可能性があります。
例えば、暖冬に伴う積雪量不足によるスキー場への影響が報告されています。2007 年から 2016年までの長野県のスキー場来客数に対する気象的要因と社会的要因の影響を分析した報告では、当該期間におけるスキー場来客数の減少は主に社会的要因の影響が大きいことが示唆されたものの、温暖化の進行により気温の上昇、積雪深の減少が起きた場合、来客数が減少することが示唆されています。

長野県のスキー場近辺における平均降雪深の年推移
長野県のスキー場近辺における平均降雪深の年推移
(出典:近年のスキー場来客数の慢性的な減少と気候変動に関する統計的解析(供田ら、2018))

将来、観光業への影響は、さらに顕著になることが予測されています。
スキーに関しては、今後、ほとんどのスキー場で積雪深が大きく減少すると予測されており、積雪深の減少により、来客数や営業利益が大幅に減少することが考えられます。北海道のスキー場においても積雪深の減少が予測されており、将来の気候変動により、30cm以上の積雪期間が約1ヶ月短くなる可能性が示唆されています。

北海道のスキー場における連続積雪開始日・終了日の経年変化
北海道のスキー場における連続積雪開始日・終了日の経年変化(将来気候:RCP8.5)
(出典:将来の気候変化が積雪の量的・質的変化に及ぼす影響に関する研究(谷口ら、2016年))

気候変動による自然災害の増加が大きな影響を及ぼす金融・保険業

気候変動による極端現象の頻度や強度の増加に伴う自然災害の増加は、保険損害とそれに伴う保険金支払い額を増加させ、金融・保険業に大きな影響を及ぼす可能性があります。
近年の風水害によって保険損害が増加し、2018年の台風21号では1兆円にも達しています。過去の主な風水害による保険金の支払い額を見ると、上位10件のうち7件を2014年以降の災害が占めています。

過去の主な風水災等による保険金の支払い
過去の主な風水災等による保険金の支払い
(出典:過去の主な風水災等による保険金の支払い(日本損害保険協会))

将来、さらに自然災害とそれに伴う保険損害が増加し、保険金支払額が増大するとともに、再保険料の増加が予測されています。
気候変動により、気温の上昇や、海面水位の上昇、強い台風の増加、激しい雨の増加などが生じ、気象災害のリスクが高まっていくことが懸念されています。「日本の気候変動2020」によれば、世界の平均気温が4℃上昇した場合には日本沿岸の海面水位が約0.71m上昇し、日降水量の年最大値は約27%増加、1時間降水量50㎜以上の雨の頻度は約2.3倍増加し、日本付近における非常に強い台風の存在頻度も増加することなどが予測されています。

気候変動の影響の将来予測
気候変動の影響の将来予測
(出典:令和4年版国土交通白書(国土交通省))
非常に強い熱帯低気圧の存在頻度の変化
非常に強い熱帯低気圧の存在頻度の変化
(出典:日本の気候変動2020(文部科学省・気象庁))

気候変動による自然災害の増加が大きな影響を及ぼす建設業

気温の上昇が建築物の建材や構造健全性に影響を及ぼすことが想定されています。例えば、夏季の気温上昇によって、コンクリートの質の低下を防ぐために行われる暑中コンクリート工事(日平均気温の平年値が25℃を超える期間に施工する場合、高温によるコンクリートの品質低下がないように、材料、配合、打込みなど、適切な処置をとった工事)の適用期間が日本の西南地域を中心に長期化していることが報告されています。
また、気候変動による極端現象の頻度や強度の増加は、建築物の性能を確保するための設計条件・基準にも影響すると考えられ、建築物への風や積雪による荷重、空調負荷、洪水等による浸水対応など、建築物の性能を確保するための設計条件や基準・指針の見直しの必要性が日本建築学会などで検討されています。それとともに、国土交通省でも、「令和元年房総半島台風を踏まえた建築物の強風対策に関する検討会」や「建築物における電気設備の浸水対策のあり方に関する検討会」などを設置し、今後の気象災害に備えた検討を進めています。
さらに、建設工事の現場などに、直接的な被害を及ぼすことも想定されます。過去5年間(2015 年~2019 年)の職場における熱中症による死亡者数、死傷者数をみると、製造業や運送業などを上回り、ともに建設業が最大となっています。

熱中症による業種別死傷者数(2015~2019年計)
熱中症による業種別死傷者数(2015~2019年計)
(出典:2019年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(厚生労働省))

将来の気候変動がパーティクルボードの剥離強さに与える影響について研究した事例(RCP2.5、RCP4.6、RCP8.5の3つのシナリオを前提に、MIROC5モデルによる 2031年~2050年の予測情報を使用)では、パーティクルボードを屋外で使用する場合、気温上昇によって接着点の決裂や生物を原因とした劣化などが生じやすくなり、剥離強さが低下することが予測されています。このように、パーティクルボードを屋外で使用することが限定的になるなど、建設業にとっても影響が生じると考えられます。

パーティクルボードの剥離強さの低下に与える気候変動の影響
パーティクルボードの剥離強さの低下に与える気候変動の影響
(出典:Effects of climate change on reduction of internal bond strength of particleboard subjected to various climatic conditions in Japan(Korai H et al、2018))

製造業や商業などの業界にも気候変動による影響が

製造業や商業などの業界にも、気候変動はさまざまな影響を及ぼしています。
製造業では、自然災害による生産設備への被害が危惧されているとともに、特に中小企業を中心に、工場や事務所等の破損や損壊、従業員の出勤困難、インフラ途絶による操業停止、販売先や顧客の被災による売上減少、取引先の被災による原材料の供給停止など、多岐にわたる被害が発生しています。これらの経済損失によって営業停止に追い込まれる事業者も確認されています。
今後も、水害による物的被害や臨時休業による経済損失が拡大することが懸念されます。例えば、企業に多大な被害をもたらした平成30年の台風21号については、将来、気候変動が進むことで、さらに中心気圧が低下し、より強い勢力を保ったまま日本に接近することがシミュレーション結果で示されています。そうなると、当時の状況よりさらに被害が大きなものになることが考えられます。

商業に関しては、気温と商品の売上の関係が分析されています。平均気温が上昇することでCOLD飲料の販売数の増加が見込まれていますが、その際、飲料の種類によって特徴が異なります。スポーツ飲料等の販売数は平均気温22℃を超える頃から急増しており、ミネラルウォーター類も同様の特徴が見られますが急増する気温はおおむね25℃となっています。一方で、冷たいコーヒー飲料等の販売数は平均気温が23℃あたりまでは増加するものの、平均気温が23℃あたりを超えてからは増加が見られないことが確認されています。

東京都の屋外における平均気温とスポーツ飲料等販売数の昇温期・降温期別散布図
東京都の屋外における平均気温とスポーツ飲料等販売数の昇温期・降温期別散布図
(出典:気候情報を活用した気候リスク管理技術に関する調査報告書~清涼飲料分野~(気象庁))

また、エアコンの販売数についても分析されています。東京都の販売数のピークは平均気温が20℃を超える6月以降に現れます。7月は平均気温平年差+2℃となる場合に販売数が約1.5倍に増加するという強い相関関係が確認されています。これは、暑さが本格化する前の7月において、特に平年より気温が高いと消費者の購入意向が高まるためと考えられています。一方8月は、7月と同様に相関関係が強いものの、販売数のピークは現れにくいようです。これは、7月の段階で既に気温の高まりに応じた購買が進んでおり、8月には需要が減少しているためであると考えられています。

東京都における平均気温平年差とエアコン販売数の月ごとの近似及び決定係数
東京都における平均気温平年差とエアコン販売数の月ごとの近似及び決定係数
(出典: 気候情報を活用した気候リスク管理技術に関する調査報告書~家電流通分野~(気象庁))

商業については、既に急激な気温変化や大雨の増加などによって季節商品の需要を予測することが難しくなっていることや、大雨や台風により百貨店やスーパーなどで売上増減や臨時休業が起きていること等が報告されており、気候変動が進行することでこれらの影響が拡大することが懸念されます。季節商品は、特定の季節に需要が集中するため、オフシーズンには売れず季節終盤の売れ残りはロスになってしまいます。気象の変化は大きくなっていますが、短期的な気象の変化を予測して、商品の需要予測を行う取組が始まっています。特に季節終盤の予測精度向上が必要とされています。

週平均気温と冷やし中華つゆの売上(全国)
週平均気温と冷やし中華つゆの売上(全国)
(出典: 気象データを活用した商品需要予測~気象×データで食品ロス削減へ~(日本気象協会))

適応策

インフォグラフィック

産業・経済活動分野における影響の種類ごとに、代表的な適応策の特徴とその進め方を、イラスト付きでわかりやすく紹介しています。

国内外の事例

産業・経済活動分野の適応に向けた実際の取組事例を紹介しています。

国や自治体、その他公共機関等による適応の取組事例

事業者による適応の取組事例

インタビュー

産業・経済活動分野の適応に向けて取組む方々へのインタビュー記事を紹介しています。

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