「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

各分野の気候変動影響と適応

国民生活・都市生活

気候変動が進むと、私たちの暮らしに対しても、さまざまな影響が発生するとされていますが、具体的には、どのような影響を与えるのでしょうか。
本項では、国民生活・都市生活について、現在までにどのような影響が現れていて、今後どのような影響が起こる可能性があるかについて、学んでいきます。

自然災害の増加などによる国民生活・都市生活への影響

気候変動によって被害を受けるインフラやライフライン

近年、日本各地で大雨・台風・渇水等による各種インフラ・ライフラインへの影響が顕在化しています。
日本の大動脈である新幹線についても、令和元年東日本台風(台風19号)の影響により、JR東日本長野新幹線車両センターにおいて新幹線車両10編成が浸水するなどの被害が発生しました。そこで、同年12月、新幹線における車両及び重要施設に関する浸水対策について国土交通省において検討がなされ、そこでは多くの箇所で浸水被害が想定されています。

浸水被害が想定される新幹線の車両基地及び電車留置線
浸水被害が想定される新幹線の車両基地及び電車留置線
(出典:新幹線における車両及び重要施設に関する浸水対策について(国土交通省))

平成29年7月九州北部豪雨では、河川の氾濫・土砂災害等により、道路崩壊・鉄道橋梁流出・土砂流入・冠水等が発生した結果、交通が寸断され、多数の集落が孤立状態になりました。一部の地域では、電話回線や携帯電話が不通となり、山腹崩壊や土石流の発生により大量の流木が下流に流れ通行障害の一因となりました。その他、電気・ガス・水道等のライフラインも寸断され、停電発生箇所は最大6,400戸に達するとともに、道路決壊などで現場への進入が不可能な地域については、停電の復旧に最大2ヶ月程度もかかりました。
将来、気候変動による短時間強雨や渇水の増加、強い台風の増加などが進めば、インフラやライフラインに対してさらに影響が及ぶことが懸念されています。

九州北部豪雨によって流失した橋
九州北部豪雨によって流失した橋
(出典:平成29年版消防白書(消防庁))
道路決壊した地域
道路決壊した地域
(出典:平成29年度に発生した事故・災害への対応について(経済産業省))

気候変動によって失われる暮らしの中での季節感

国民にとって身近なサクラ、イチョウ、セミ、野鳥等の動植物の生物季節の変化について報告されています。
例えばサクラの開花日は日本全国で年々早まっていることが観測されています。これは気温の上昇が原因と考えられており、その速さは10年あたり1.1日と推定されています。

さくらの開花日の経年変化(全国平均の平年差)
さくらの開花日の経年変化(全国平均の平年差)
(出典:気候変動監視レポート 2021(気象庁))

また、将来、サクラの開花日は、北日本などでは早まる傾向に、西南日本では遅くなる傾向にあることや、開花から満開までに必要な日数は短くなる可能性が高いことなど、影響が広がることが予測されています。

サクラの開花が早くなったことで、地域の伝統行事にも影響が出ています。例えば、飛騨高山の高山祭(山王祭)は、毎年4月14日と15日に開催されていますが、今後2.5°C以上の温暖化が進むと開催日には桜が散っていて、観光資源の価値が下がると予測されています。

高山祭(山王祭)の様子
高山祭(山王祭)の様子

都市部ではヒートアイランドが加わってさらに暑さが増す

都市部においては、気候変動による気温の上昇にヒートアイランド現象(土地利用の変化や人工排熱の影響などで、都市の気温が周囲よりも高くなる現象)による昇温が加わることで、睡眠阻害や暑さによる不快感など、都市生活における快適さに影響を及ぼしています。
大都市における年平均気温の100 年あたりの上昇率は、都市化の影響が小さい15地点平均の値を 0.4~1.7°C程度上回っており、気温の上昇率と周辺の都市化率の間に関係性が見られます。
特に人々が感じる熱ストレスの増大が指摘されています。熱中症リスクの増大に加え、発熱・嘔吐・脱力感による搬送者数の増加、睡眠の質の低下による睡眠障害有症率の上昇が報告されています。
今後、建物の高さなど都市化の進展が少ないと予想されるため、ヒートアイランド現象は小幅な進行にとどまると考えられますが、それに気候変動の影響が加わることで、将来の気温は、引き続き上昇する可能性が高いと予測されています。

ヒートアイランド現象の概念図
ヒートアイランド現象の概念図
(出典: ヒートアイランド現象の要因は何ですか?(気象庁))

夏季のスポーツイベント開催が困難に

夏季オリンピック・パラリンピック、サッカーや陸上など様々な競技の世界大会、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)など、多くの大規模なスポーツイベントが夏季に開催されてきました。しかし、気候変動に伴って暑熱環境が悪化する中、選手をはじめ夏季のスポーツイベントに関わる人達の健康への悪影響が懸念されています。
例えば、2021年に開催された東京でのオリンピック・パラリンピックは史上最も暑い大会となり、世界のエリート選手達であっても、試合中に体調を崩したり、暑熱への恐怖を訴えたりする事例が続出しました。マラソンコースについては、東京会場ではなく、比較的暑さが抑えられると期待された札幌会場に変更となりました。
また、2019年にカタール・ドーハで開催された世界陸上競技選手権大会の女子マラソンでは、深夜にもかかわらず気温33℃・湿度73%という暑さで68人中40人が途中棄権しました。
今後、夏季オリンピックの現在のホスト都市候補のうち、気候変動の進行に伴って危険な暑熱環境下に置かれる都市が増加すると考えられます。

東京2020オリンピック競技大会マラソンコース(男子/女子)
東京2020オリンピック競技大会マラソンコース(男子/女子)
(出典:マラソンコース紹介(北海道))

本項では、国民生活・都市生活について、影響のメカニズムとともに、現在までにどのような影響があって、今後どのような影響が起こる可能性があるかについて、学んでいきます。

国民生活・都市生活における影響のメカニズム

国民生活・都市生活分野における気候変動による影響のメカニズムは、下図のように想定されています。

気候変動により想定される影響の概略図
気候変動により想定される影響の概略図
(出典:気候変動影響評価報告書詳細(環境省)

気候変動による短時間強雨や渇水の頻度の増加、強い台風の増加などは、交通・電力・通信・水道・廃棄物処理などの生活に密接にかかわるさまざまなインフラ・ライフラインや、地域独自の伝統行事・観光業・地場産業等に被害を及ぼします。加えて、気温上昇に伴う生物季節の変化は、国民の季節感や、サクラ・紅葉の名所等での伝統行事・観光に影響を及ぼす可能性があります。都市部では、気候変動による気温の上昇にヒートアイランド現象が加わることで、熱ストレスが増大し、睡眠の質の低下やだるさ・疲労感の増加などといった形で、都市生活における快適さに影響を及ぼします(気候変動影響評価報告書p.278を一部改変)。

国民生活・都市生活の現在の影響と将来予測

気候変動によって被害を受けるインフラやライフライン

気候変動による短時間強雨や渇水の頻度の増加、強い台風の増加などは、交通・電力・通信・水道・廃棄物処理などさまざまなインフラ・ライフラインへ被害を及ぼす可能性が極めて高く、既に大雨による交通網の寸断やそれに伴う孤立集落の発生、電気・ガス・水道のライフラインの寸断などが発生しています。
鉄道事業者が被害を受けた気象災害を分析した結果からは、近年、降水の時空間分布の変化により、鉄道用地内で発生する盛土崩壊や切土崩壊による被害の割合は現状維持や減少している一方、より広範囲で本復旧に時間がかかる鉄道用地外で発生する土砂流入・土石流及び落石による被害の割合は増加していると報告されています。

鉄道の斜面災害における災害種別の内訳の変化
鉄道の斜面災害における災害種別の内訳の変化
(出典:鉄道土構造物の災害復旧(杉山ら、2011))

将来、気候変動にともなう短時間強雨や渇水の増加、強い台風の増加等が進めば、インフラ・ライフライン等にもさらに影響が及ぶことが懸念されます。
これまで、気象災害が契機となって鉄道の路線が廃止となった事例が報告されていますが、原因としては地震より風水害が圧倒的に多く、1970年以降は全て風水害が原因となっています。今後も、鉄道事業は風水害などの自然災害を被る危険性があり、気候変動の進行によって被災リスクが増加することが懸念されています。

自然災害を契機に廃止された鉄道路線数
自然災害を契機に廃止された鉄道路線数
(出典:鉄道事業の自然災害リスク・ファイナンスにおける破産確率(大堀ら、2016))

気候変動によって失われる暮らしの中での季節感

気候変動にともなう気温上昇などによって、植物の発芽や開花、紅葉の時期、鳥や昆虫の鳴き始めなどの生物季節が変化し、暮らしの中で感じられる季節感が失われる可能性があります。
気象庁は公表している「さくらの開花日の変化」において、4月1日までに開花する地域を1956~1985年の平均値と1991~2020年の平年値を用いて比較しています。1956~1985年では、4月1日までに開花したのは三浦半島から紀伊半島にかけての本州の太平洋沿岸と四国、中国地方でしたが、1991~2020年では、関東地方北部から北陸西部まで北上するようになっており、開花時期が早まっています。近年は特にこの傾向が顕著であり、2021年の東京は、2020年に続き2年連続で過去最速となる3月14日に開花宣言が出されました。2021年は開花を観測している全国48地点の半数以上にあたる28地点において、開花日が観測史上最早(タイ記録を含む)となりました。

サクラの4月1日の開花ラインの変化
サクラの4月1日の開花ラインの変化
(出典:地球温暖化で桜の開花に異変!?日本列島でいっせい開花も?(環境省))

将来、サクラの開花について、北日本などでは早まる傾向にあるが、西南日本では遅くなる傾向にあることが予測されています。西南日本で遅くなる理由として、将来の地球温暖化時に冬期の必要な低温量が満たされず、休眠が十分にされなくなることが考えられます。また、気温の上昇に伴い、開花から満開までに必要な日数は短くなる可能性が高くなるなど、影響が広がることが予測されています。

開花から満開までの日数の偏差割合(%):マイナスは期間が短縮することを示す
(出典:温暖化がサクラの開花期間に及ぼす影響(塚原ら、2012))

都市部ではヒートアイランドが加わってさらに熱ストレスが増大

都市部では、気候変動にともなう気温上昇にヒートアイランド現象による昇温が加わることでさらに熱ストレスが増大します。熱中症リスクの増加だけでなく、睡眠障害、暑さによる不快感、屋外活動への影響等、都市生活における快適さにさまざまな影響を及ぼします。睡眠障害について、東京23 区で調査されたアンケート結果を元にした研究がされています。その研究によると、暑さによる睡眠障害を訴えた人の割合と夜間の屋外最低気温との間に明らかな相関が認められており、25℃を下回らない熱帯夜条件になると睡眠障害有症率が顕著に増加しています。

大都市とそれ以外の地点を比較すると、大都市における年平均気温の上昇率は、都市化の影響が小さい地点の上昇率を上回っています。地点によって差はありますが、大都市の年平均気温の上昇量は15地点平均の値を 0.4〜1.7°C程度(1927〜2022年の観測値から算出した100 年あたりの変化率)上回っています。気温の上昇率と周辺の都市化率の間には正の相関が確認されています。

全国81地点における気温の年平均変化率と都市化率の相関図
全国81地点における気温の年平均変化率と都市化率の相関図)
(出典:都市の気温はどのくらい上昇しているのですか?(気象庁))

将来、ヒートアイランド現象に関しては、建物が今よりもさらに高くなっていくといった都市化の進展は少ないと予想されるため、日本国内では小幅な進行にとどまると考えられますが、それに気候変動の影響が加わることで、将来の気温は、引き続き上昇する可能性が高いと予測されています。
熱ストレスによる健康への影響について、東京・名古屋・大阪の 2070年代8月を対象に、環境悪化を阻止するために支払ってよい支払意思額を予測した事例があります(SRES A1B シナリオを前提とした、複数の気候モデルによる予測)。熱中症と睡眠障害を回避するための 1人当たりの支払意思額はいずれも年々増加しており、2000年代と比べて 1.5倍程度に増加すると示されています。

夏季のスポーツイベントにおける健康リスクが増大

夏季オリンピック・パラリンピック、サッカーや陸上など様々な競技の世界大会、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)など、これまで多くの大規模なスポーツイベントが夏季に開催されてきましたが、熱ストレスの増加に伴い、選手をはじめ夏季のスポーツイベントに関わる人達の健康への悪影響が懸念されています。
日本では、日本スポーツ協会による「熱中症予防運動指針」が、学校の部活動をはじめ多くのスポーツ活動で参照されていますが、将来はここで定められる「厳重警戒」、「運動は原則中止」に相当する暑熱条件に達する都市や時間帯が増えると考えられます。

熱中症予防運動指針
熱中症予防運動指針
(出典:熱中症予防のための運動指針(日本スポーツ協会))

将来、世界最大規模のスポーツイベントのひとつである夏季五輪について、現在のホスト都市候補を対象とした評価では、過去の気候条件下ではほとんどの都市で開催可能でしたが、21世紀末には開催可能な都市が最大で4割程度減少し、特にアジアと北米で減少が顕著であると予測されています。

現在の社会経済条件下での21世紀末における開催可能都市数
現在の社会経済条件下での21世紀末における開催可能都市数
(出典: 21世紀末の気候変動下における夏季五輪への暑熱影響と適応策の評価(大山ら、2023))

適応策

インフォグラフィック

国民生活・都市生活分野における影響の種類ごとに、代表的な適応策の特徴とその進め方を、イラスト付きでわかりやすく紹介しています。

国内外の事例

国民生活・都市生活分野の適応に向けた実際の取組事例を紹介しています。

国や自治体、その他公共機関等による適応の取組事例

事業者による適応の取組事例

インタビュー

国民生活・都市生活分野の適応に向けて取組む方々へのインタビュー記事を紹介しています。

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