影響評価報告書の概要と意義
気候変動影響評価報告書の概要
気候変動影響評価報告書は、気候変動が日本にどのような影響を与えうるのかについて、科学的知見に基づき、農業・林業・水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害・沿岸域、健康、産業・経済活動、国民生活・都市生活の7分野を対象として、重大性、緊急性、確信度といった3つの観点から評価を行ったものです。
なお、本報告書は、影響評価の詳細な内容等を記載する詳細版と、その要約に加えて日本における気候変動の概要や、影響評価に関連する現在の取組、課題や展望等をまとめた総説版の2 部構成となっています。本項では、原則として後者の総説版について学んでいきます。
気候変動影響評価報告書作成の背景
2015年、環境省中央環境審議会から環境大臣への意見具申として、「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と今後の課題について」が公表されました。
ここで示された科学的知見をふまえて、2018年に気候変動適応法が成立し、同法第10条において、環境大臣はおおむね5年ごとに気候変動影響評価報告書を作成、公表することを定めました。
気候変動影響評価報告書作成の検討プロセス
本報告書の作成にあたっては、「農業・林業・水産業」「水環境・水資源」「自然災害・沿岸域」「自然生態系」「健康」「産業・経済活動、国民生活・都市生活」の6分野別のワーキン ググループ(WG)が設置され、詳細な議論が行われました。
これらWG等での議論を経て、2026年、中央環境審議会から答申「気候変動影響の評価について(答申)」が示され、「気候変動影響評価報告書(総説)」及び「気候変動影響評価報告書(詳細)」が作成、公表されました。
なお、本報告書では、IPCC第6次評価報告書などの知見を含む2,186件という膨大な数の文献が引用・参照されています。科学的知見の蓄積が進んだことにより、後述の重大性・緊急性・確信度について、より詳細な評価が行えるようになりました。
気候変動影響評価報告書の活用
本報告書は、国による気候変動適応計画の策定及び更新や、地方公共団体及び事業者等による適応計画の策定において、分野ごとの気候変動影響の把握や適応策の検討、そのために必要な情報抽出等を効率的に行うために活用されることを想定しています。
また、本報告書の内容を広く知ってもらうため、パンフレットも作成・公開されています。パンフレットでは気候変動がこのまま進んだ場合、身の回りでどのような影響が起こるかを1枚のイラストにして紹介しています(次の図表を参照)。
(出典:環境省「気候変動で私たちの生活はどう変わる? ~気候変動影響評価報告書~」)
影響評価報告書のポイント
本報告書の内容は、気候変動の観測と将来予測、気候変動の影響評価及び適応策の立案に関する取組などで構成されています。
ここでは、2026年に公表された「気候変動影響評価報告書」の内容について、主なポイントを確認していきましょう。
気候の観測と将来予測
過去の気候の観測は、気象庁、文部科学省、環境省等関係機関において、陸上の定点観測や船舶、アルゴフロート(海洋内部を漂流しながらモニタリングを行う観測機器)により行われています。また、近年では観測衛星(いぶき、しきさい)を用いた観測も行われています。
将来の気候の予測については、文部科学省及び気象庁による「日本の気候変動2025」に基づいて評価しています。なお、「日本の気候変動2025」では、IPCC第5次報告書で用いられている代表的濃度経路(RCP)シナリオに基づく日本付近の気候予測結果を主に使用しています。そのため、気候変動影響評価報告書においても、RCP2.6シナリオ(以下「2℃上昇シナリオ」と表記。)及びRCP8.5シナリオ(以下「4℃上昇シナリオ」と表記)に基づいた気候予測結果を示しています(次の図表はその例)。
(出典:環境省「気候変動影響評価報告書(総説)」)
将来の年平均気温は、いずれのシナリオでも、20世紀末(1980~1999年の平均)と比べ、21世紀末(2076~2095年の平均)には上昇すると予測されています。上昇幅は、4℃上昇シナリオでより大きくなります。また、同じシナリオでは、緯度が高いほど上昇の度合いは大きくなります。
また、いずれのシナリオにおいても21世紀末と比べて、21世紀末には猛暑日(日最高気温35℃以上の日)や熱帯夜(夜間(夕方~翌朝)の最低気温が25℃以上)の日数は増加、冬日(日最低気温0℃未満の日)の日数については減少すると予測されています。
気候変動の影響評価
気候変動影響評価にあたっては、「重大性」「緊急性」「確信度」の3つの観点が設けられています。
- 重大性:社会、経済、環境の3つの観点による評価
- 緊急性:影響の発現時期、適応の着手・重要な意思決定が必要な時期の2つの観点による評価
- 確信度:IPCC第6次評価報告書の確信度の考え方を参考にした、知見の種類・量等と知見の一致度2つの観点による評価
また、本評価書では、重大性について現状・1.5℃~2℃上昇時・3~4℃上昇時の3つの場合について評価しており、また、影響の度合いを「レベル1:影響が認められる」「レベル2:重大な影響が認められる」「レベル3:特に重大な影響が認められる」の3段階で評価することで、どの影響が特に重大なのかより分かりやすくなりました。
これらの観点から、7分野(農業・林業・水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害・沿岸域、健康、産業・経済活動、国民生活・都市生活)の80項目について評価が行われています。
本報告書では、重大性について、7分野80項目のうち、52項目(65%)が「レベル2(特に重大な影響が認められる)」以上、さらにそのうちの23項目(29%)が「レベル3(特に重大な影響が認められる)」と評価されています。
また緊急性については、54項目(68%)が「レベル3:緊急性が高い」、そのうち47項目(59%)については、影響の発現時期と比較して、適応策が十分な効果を発揮するまでに長い時間を要するため、できるだけ早い意思決定が必要であると評価されました。
確信度については、7分野80項目のうち、39項目(49%)が重大性、34項目(43%)が緊急性について、それぞれ「レベル3:確信度が高い」と評価されています。
つまり、今回の評価によって、多岐にわたる分野において、気候変動による影響が重大かつ緊急であることが示されたのです。
分野ごとの影響の詳細については、「3. 各分野の気候変動影響と適応」の各項目をご参照ください。
重大な影響評価・将来予測の例:気象災害への気候変動影響
日本では、近年特に多くの激甚な気象災害に見舞われ、国民生活、産業活動等への影響は大きなものとなっています。
これまでの台風や大雨等への気候変動影響についての研究事例は少ないものの、気候変動が台風の最大強度に達する地域や進行方向の変化に影響を与えているとする報告もみられます。
将来の影響に関しても、地域ごとに傾向は異なるものの、21 世紀後半にかけて、気温上昇に伴い強風や強い台風が増加することや、日本の代表的な河川流域において、洪水を起こしうる大雨が今世紀末には現在に比べ有意に増加するという予測がされています。
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気候変動影響評価
気候変動適応法では、環境大臣は、気候変動及び多様な分野における気候変動影響の観測、監視、予測及び評価に関する最新の科学的知見を踏まえ、おおむね5年ごとに、中央環境審議会の意見を聴いて、気候変動影響の総合的な評価についての報告書を作成し、公表することと定められています。ここでは、報告書本文、パンフレット、審議会意見具申がご覧いただけます。
複合的な災害影響
2017年九州北部豪雨や2018年7月豪雨は、土砂災害と洪水氾濫が同時に生じ、それらが相互に影響することで被害が甚大化したことが報告されています。
過去の災害に対する気候変動の影響は必ずしも明らかになっていないものの、気候変動により総降雨量の大きい大雨や勢力の強い台風等の発生頻度の増加が予測されています。これを踏まえ、本報告書では、豪雨による土砂流出が河床上昇を引き起こし、洪水氾濫を助長するといった複数の要素が相互に影響しあうことで、単一で起こる場合と比較して広域かつ甚大な被害をもたらす「複合的な災害影響」に着目し、現在の影響等が記載されています。
分野間の影響連鎖
ここまで、7分野を対象とした影響評価について説明してきましたが、気候変動影響への適切な対処には、分野・項目を超えた影響の連鎖に着目することも重要とされています。
例えば、近年の気象災害において、インフラの損傷やライフラインの途絶により、社会・経済に大きな影響があったことが確認されています。
本報告書では、ある影響が分野を越えてさらに他の影響を誘発することによる影響の連鎖や、異なる分野での影響が連続することにより影響の甚大化をもたらす事象を「分野間の影響連鎖」と定義し、事例を整理するとともに、懸念される影響について記載されています。
ただし、こうした影響連鎖の発生メカニズムは複雑であり、現在では知見が少なく影響評価を実施できていません。これについては、今後の科学的知見の充実が望まれます。
影響評価に関する課題と展望
気候変動の影響に対して、科学的知見に基づいた適応策を検討するためには、気候変動及びその影響の観測・監視の継続が必要になります。一方、課題として、データの利用性の低さ(公開されていない、デジタル化されていない、利用手続きが煩雑など)、継続性の低さ(長期間のデータが蓄積されていない)、空間・時間解像度の低さや対象範囲の狭さ等が指摘されています。
また、あらゆる主体による気候変動への適応を推進するためには、関係機関の連携や情報基盤の整備が必要不可欠であり、連携強化、情報システム構築などの取組をより一層推進していくことが重要です。