農林水産業分野における影響のメカニズム
農林水産業分野における気候変動による影響のメカニズムは、下図のように想定されています。
気候変動は、作物の生育や栽培適地の変化、病害虫・雑草の発生量や分布域の拡大、家畜の成長や繁殖、水産資源の分布や生残などに影響を及ぼします。また、これらの影響は最終的には、食料の供給や農林水産業に従事する人々の収入や生産方法に影響を及ぼします。こうした影響は、気温や水温の上昇といった気候変動の直接的な原因によるものと、水資源量の変化や自然生態系の変化を介した間接的な原因によるものがあります。さらに、農林水産業分野における気候変動影響は、商業、流通業、国際貿易などにも波及することから、経済活動に及ぼす影響は大きいと言えます。
農林水産業分野の現在の影響と将来予測
米の収量変動や品質の低下
既に全国で、気温の上昇により、白未熟粒や胴割粒の発生などによる品質の低下や、一等米比率の低下などの影響が確認されているとともに、一部の地域や極端な高温年には収量の減少も見られています。また、九州南部などの一部の地域で発生していたイネなどの害虫であるミナミアオカメムシやスクミリンゴガイの生育域が、近年、気温上昇の影響により、西日本の広い地域から関東の一部まで拡大しています。さらに、出穂期前後の気温が高い年にイネ紋枯病の発病が多くなっていることが報告されています。
さまざまな影響が発生している中、令和3年度に報告されている影響の発生状況としては、「白未熟粒の発生」「虫害の発生」「胴割粒の発生」などが多く報告されています。
将来、気温の上昇が進むと、米の収量については二酸化炭素の施肥効果[1]などにより全国的に 2061~2080年頃までは全体として増加傾向にあるものの、21世紀末には減少に転じることが予測されています。一方、品質に関しても、高温リスクを受けやすいお米の割合が増加すると予測されています。また、乳白米の発生割合が2040年代には増加すると予測されており、一等米面積の減少により経済損失が大きく増加すると予測されています。さらに、強雨の増加により特に出穂期前後でイネの冠水頻度が増える、融雪時期の早まりにより田植え期前の融雪水が減少して農業用水が不足するといった要因で、お米の収量が減少する可能性があります。
害虫や病害についても、さらなる気温上昇により、ミナミアオカメムシなどの発生量や、イネ紋枯病の増加が予測されています。
[1] 大気中の二酸化炭素濃度が高くなると植物の光合成がさかんになり、生育や収量を増大させる肥料のような効果があることから、二酸化炭素の施肥効果と呼ばれています。(参照元:農林水産省、地球温暖化と農林水産業 用語集)
果物の品質低下や出荷時期の変動
果物は、一度植栽すると同じ樹を30~40年栽培することから、品種や栽培方法の変更が難しく、気候への適応性が非常に低い作物であると言えます。しかし、多くの果物で既に気候変動の影響が出ています。例えば、ぶどうやりんごで令和3年度に報告されている影響の発生状況として、ぶどうでは「着色不良・着色遅延」「日焼け果」「裂果」などが、りんごでは「着色不良・着色遅延」「日焼け果」「凍霜害」などが多く報告されています。
また、かんきつでは著しく果皮と果肉が分離する浮皮や生理落果、にほんなしでは発芽不良、ももでは果肉の一部が水浸状になるみつ症、かきでは果実軟化など、近年の温暖化に起因する障害は、多くの樹種、地域に及んでいます。
将来、気温の上昇が進むと、さらに影響が大きくなることが予測されています。例えばぶどうについては、現在の生産地において、高温による生育障害が発生することが想定され、露地栽培の巨峰では、2040 年以降に着色度が大きく低下することが予測されています。また、りんごについて、21 世紀末になると東北地方や長野県の主産地の平野部などで、適地とされる温度よりも高温になることが予測されています。
一方、果樹の栽培が難しかった寒地で、栽培適地が拡大している樹種が見られ、今後さらに栽培適地が拡大することが予測されています。例えば、将来的に北海道の標高の低い地域で、ワイン用ぶどうの栽培適地がさらに広がる可能性があります。
気温上昇などによる家畜への悪影響
気温の上昇は、肉用や乳用、卵用など、さまざまな家畜に対して悪影響を及ぼしています。例えば、肉用牛、肉豚、肉用鶏については、飼料摂取量や消化吸収能を低下させ、成育の悪化、肉質の低下をもたらしています。また、乳用牛については、飼料摂取量の低下とともに、体温上昇に伴う代謝量の増大などを通じて、成育の悪化や、乳量・乳成分の低下が生じています。さらに、採卵鶏については、飼料摂取量の低下などにより、産卵数や卵質の低下をもたらしています。また、気温の上昇は、家畜(牛、豚)の繁殖機能を低下させるとともに、節足動物媒介性ウイルスの国内での流行や、媒介種の分布拡大に影響し、家畜の異常産や病気の発生を増加させる可能性もあります。
さまざまな影響が発生している中、令和3年度に報告されている影響の発生状況として、例えば乳用牛では、「乳量・乳成分の低下」、「斃(へい)死」、「繁殖成績の低下」などが多く報告されています。
将来、気温の上昇が進んだ際、影響の程度は、畜種や飼養形態により異なると考えられますが、特に、乳用牛や肉用鶏の成長への影響が大きく、成長の低下する地域の拡大や、低下の程度の増大が予測されています。
また、乳用牛では、高温だけでなく高湿度になると生産性への負の影響がさらに大きくなることも予測されています。
水温上昇などによる水産業への悪影響
海水温の上昇は、世界全体の漁獲可能量を減少させた要因の1つと言われており、日本周辺の海域でも、主要な水産資源である魚介類の分布域の変化が見られています。
例えば、サンマは、親潮の流路が沿岸から沖合に移動した影響と海水温の上昇によって、道東海域の漁場が縮小している可能性があります。また、スルメイカは回遊経路の変化に伴い漁期の短縮や来遊量が各地で変化し、サケは海洋生活初期の高水温が回帰率の低下に関係しており、これらの漁獲量が減少傾向にあります。一方、サワラは日本海や東北地方太平洋沿岸域で漁獲量が増加、ブリは特に北海道、東北地域で漁獲量が顕著に増加するなど、日本近海で増えている魚種もあります。このような変化によって加工業や流通業に影響が出ている地域もあります。
養殖業においては、高水温によるホタテ貝の大量斃(へい)死や、高水温かつ少雨傾向の年におけるカキの斃(へい)死が報告されています。また、養殖ノリでは、秋季の高水温により種付け開始時期が遅れ、養殖期間が短縮することで年間収穫量が各地で減少しています。さらに、養殖ワカメでは、水温上昇により、種苗を海に出す時期が遅くなり、収穫盛期の生長や品質に影響が及んでいます。
将来、さらに、サケ・マス類で水温の上昇による分布域の減少や、ブリでは分布域の北方への拡大などが予測されているとともに、養殖魚介類や海藻の産地で、夏季の水温上昇により生産が不適になる海域が出る可能性があります。