生物は過去の気候変動に適応して進化してきました。現在進行しつつある気候変動にも適応できるのではないですか?
気候変動適応センター 気候変動影響観測・監視研究室長
(現 気候変動適応センター 副センター長)
ご指摘の通りで、生物は現在や未来の気候にも適応できるかもしれません。実際、最近50年ほどの間に、温暖な気候条件にあった性質が進化した生物も知られています。しかし新しい環境に適応できる生物ばかりではありません。進化の速さが十分に速くないと、環境の変化に追いつけないのです。また、ある気候変動に応じた生物の進化や植生の変化により、別の生物が絶滅に追い込まれるかもしれません。現在急速に進行している気候の変化は、多くの生物にとって危機をもたらすものといえます。
1. 気候変動に対する生物の反応
生物は、それぞれの生息・生育環境での暮らしに適した性質をもっています。雪が降る季節には体色を茶色から白に変えて敵から見つかりにくくなるウサギは、わかりやすい例でしょう。これは、生物がおかれた環境のもとで上手く暮らせる性質をもったものが生き残り、より多くの次世代を残してきた結果と考えられます。生物の性質が環境条件にうまくあっていることを、「生物が環境に適応している」といいます。
温暖化のような気候変化は、それまでの環境に適応していた生物に不利益をもたらすことがあります。一例を挙げましょう。北海道で早春に咲くエゾエンゴサクという植物は、やはり早春に花の蜜を吸うために盛んに活動するマルハナバチの女王に花粉を運んでもらうことで、種子をつくることができます。エゾエンゴサクは雪解けを主な刺激として開花します。近年、気候変動により雪解けの時期が早まっているため、このままの傾向が進むとマルハナバチが冬眠から目覚める前に花を咲き終えてしまうため、エゾエンゴサクは繁殖に失敗しやすくなることが指摘されています。このようなことが続くと、生物は絶滅してしまうかもしれません。
しかし、気候変動が常に生物の絶滅をもたらすわけではありません。一般論として、環境の変化に対する生物の反応は主に3つに分けられます。分布域の変化(=暮らしやすい場所への生物の移動)、順応(=遺伝子の変化を伴わない性質の変化)、進化(=遺伝子の変化を伴う性質の変化)です。
分布の変化は、その生物の生育・生息に適した場所が大きく繋がり広がっている場合や、高い移動・分散をする能力を備えている場合の反応です。海洋の魚類では、気候変動に対応した分布の変化が多数報告されています。
順応とは、個体の生涯の期間で生じる「環境に対応した変化」です。温帯で暮らしていた人が熱帯に移住すると、発汗機能が向上したりします。これは遺伝子が変化したわけではないので、進化とは呼びません。生物の多くは環境の変化に対して順応する能力をもっていますが、反応できる変化の幅には限界があります。
進化は、ある環境で何度も世代を経ることで、その集団の遺伝的な特徴が変化する現象を指します。進化は次の3つの条件がそろったときに生じます。それは、①集団の中に特徴の異なる個体が存在すること、②その特徴の違いが遺伝子の違いに起因すること、③その特徴の違いに応じて生存率や繁殖率が異なること、という条件です。生物集団の中に「暑さへの耐性」に関する性質に違いがある個体が存在し、その性質は遺伝的 なものであり、かつその性質をもった個体が他の個体よりも多くの子孫を残すならば、その生物は暑さへの耐性をもつように進化します。
気候変動は急速に進行する、大きな環境変化です。順応によって対応できる範囲を超えることもしばしばあるため、生物が長期にわたって存続するためには、分布域を変化させるか、進化するしかありません。分布域の変化も、順応も、進化もうまくいかなかった場合、待っているのは絶滅です。
2. 環境変化と生物進化の競走?
気候変動が生物の進化を引き起こしたと考えられている実例は、すでに報告されています。イギリスの湖においてミジンコの性質の変化を調べた研究では、1960年代から2000年代までの間に、高温に耐性をもつ個体が増加したことが示唆されています。また、フランスの耕地雑草である一年生植物ヤグルマギクの研究では、1992年に採取し保存されていた種子と、2010年に採取された種子を同じ条件の畑に蒔いて育てた結果、2010年の種子のグループの方が平均4日ほど早く開花し、これは開花にかかわる遺伝子が変化した結果であることが示唆されています。
このような例はあるものの、気候変動がもたらした進化の例は、多くはありません。上で挙げたミジンコとヤグルマギクに共通する特徴として、世代時間(次の世代を残すまでの時間)が短いことが挙げられます。進化は世代を超えた遺伝子の変化なので、世代時間が短い生物の方が高速に進みます。逆に、樹木のように世代時間が長い生物は進化の速度が遅いため、気候変動に追随した変化が容易ではありません。
気候変動の速度に比べ進化の速度が十分に速ければ、絶滅せずに「変化しながら残る」ことになり、逆に進化の速度が追いつかなければ絶滅します。気候変動という急流に流されずに存続するのは容易ではないのです。気温上昇が生じた場合、地球全体では3割以上の種が絶滅する危険があるという予測もあります。現在進行中の気候変動はそれほど深刻なのです。
現在進行している気温上昇などの気候変動の特徴は、過去の地球で生じた気候変動よりも速度が速いことが特徴です。そのため多くの生物にとっては存続を脅かす危機になります。現代から2050年までの間に2℃を超える気温上昇が生じた場合、地球全体では3割以上の種が絶滅する危険があるという予測もあります。現在進行中の気候変動はそれほど深刻なのです。
3. より深刻な?間接的効果
ここまで、気温の上昇に追随した進化が可能か?という観点から説明してきました。しかし、気候変動が生物に与える影響はより複雑です。生物は、温度や降水量といった気象条件だけでなく、餌の分布と種類、天敵や病原菌の種類など、さまざまな要因に対して適応しています。気候変動に伴って生物の分布や性質が変化すると、その生物と関係して暮らしていた他種の生物も影響を受けます。それは時には絶滅をもたらすほどの効果をもつこともあります。
たとえば氷河期に大繁栄したマンモスは「暑さに耐えられずに」絶滅したわけではないと言われています。複数の要因が影響したと考えられていますが、特に影響が強かった要因として「植生の変化」を挙げる説があります。気候の温暖・湿潤化に伴い、それまで餌場として利用していた草原が樹林に変化したために、個体数が大幅に減少したという意味です。もしそうなら、草や木の分布や量の変化が、それを餌としていた動物の絶滅をもたらした例と言えます。
いままで花粉を運んでくれていたハチが北に移動してしまったら?これまで害虫を食べてくれていたカエルが別の食べ物を選ぶようになったら?気候変動がもたらしうるこれらの変化は、間接的に別の種の衰退をもたらすかもしれません。
気候変動は地球の生態系の姿を大きく変える可能性があり、その影響は十分に予想できません。なるべく進行を遅らせる努力をしつつ、自然の仕組みの理解や、賢明な適応のあり方の検討を進めることが重要です。
- Geerts AN et al. (2015) Rapid evolution of thermal tolerance in the water flea Daphnia. Nature Climate Change 5: 665-668.
- Kudo G & Cooper EJ (2019) When spring ephemerals fail to meet pollinators: mechanism of phenological mismatch and its impact on plant reproduction. Proceedings of the Royal Society B, DOI: 10.1098/rspb.2019/0573
- Thomas et al. (2004) Extinction risk from climate change. Nature 427: 145-148.
- Willerslev E et al. (2014) Fifty thousand years of arctic vegetation and megafaunal diet. Nature 506: 47-58.