「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

ココが知りたい地球温暖化 気候変動適応編
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温暖化による干ばつによって世界の食料がどうなるか心配です。対策は取られているのでしょうか?

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回答者:岡田 将誌
岡田 将誌
気候変動適応センター
気候変動影響評価研究室
岡田 将誌

干ばつは、人の力によって水の利用を制御し作物を育てる「灌漑農業」を導入することによって、その被害を軽減させることができます。日本では灌漑農業がほとんどですが、世界全体では雨水のみを利用する「天水農業」が主流です。そのため、天水農業から灌漑農業への切り替えを進めていくことや、新たな灌漑技術の開発導入の推進、灌漑システムの適切な維持管理は世界の食料の安定生産にとって有効な対策です。しかし、水資源の枯渇、土壌の塩類集積、生態系への影響などの副作用には気をつけなければなりません。一方、深刻な干ばつによる危機に事前に対応するための、極端な気象現象に伴う農業被害予測情報を世界規模で数ヶ月前に提供するシステムの開発も進んでいます。

1. 食料生産に甚大な被害を及ぼす干ばつ

干ばつとは、数ヶ月から数年にわたり降水量が平年より極端に少なく、水が不足する状態が続くことをいいます。近年、アメリカやロシア、オーストラリアといった穀物主要生産国を含め世界各地で干ばつによる穀物生産への被害が報告されています。干ばつは洪水や台風、竜巻などの他の災害と比べると、広い地域に長い期間、影響が及ぶため、その被害規模が大きくなることが特徴です。過去およそ30 年間に、世界の主要穀物栽培面積の4 分の3 に及ぶ地域が干ばつによる被害を受けたとされており、その被害額は約1,660 億ドルに上ると算出されています1)。国際小麦相場の史上最高値を更新した2008 年では、2006/2007 年の2 年に渡るオーストラリア大干ばつによる不作の影響で、国際価格が2006 年比で2.5 倍以上急騰しました。日本でも、外国産小麦の製粉企業などへの売渡価格は国際相場の変動の影響を緩和する仕組みとなっていたものの、小麦価格は1.6倍まで上昇しました。小麦粉は1kg あたり40 円程度値上がりし、うどん1 杯20-50 円程度値上げしたうどん店も多くありました。干ばつによる影響は、私たちの日常生活にも深く関係しています。

2. 世界の食料生産と温暖化

農作物は多種多様で、降水の変化といった気候変化に対する反応もさまざまです。しかし、どのような植物も、その生育には気温、降水、日射、大気中の二酸化炭素濃度といった気象要素による影響を受けます2)。これらの気象要素のうち、気温と二酸化炭素濃度は、全世界共通して上昇傾向にあります。温暖化の進行により、ロシアなど、もともと気温の低い高緯度地域では穀物生産性が増加する可能性はあるものの、主要生産地の多くが属している低・中緯度地域ではその地域の平均気温が2℃以上昇温するとその穀物生産性は減少すると予測されています3)。一方、降水や日射については地域によって変化の傾向が異なります。温暖化が進むと、現在の乾燥地域では降水量の減少に伴い乾燥傾向がより強まることが予測されています。特に地中海周辺やアフリカ、南米、オーストラリアのもともと雨が少ない地域では干ばつによる被害拡大で食料生産への悪影響が懸念されています。

3. 干ばつの被害を軽減する灌漑農業

ここまでの話を読むと食料生産は気象条件に支配され、干ばつによる影響はどうしようもないと思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし私たちは過去、そうした気象条件にうまく適応しながら、食料の安定生産能力を向上させてきました。ポイントとしては気温、日射、二酸化炭素濃度は植物の生育に直接関係しますが、降水はそうではないことです。植物が使う水のほとんどは、土にしみこんでいる水を根から吸い込んだものです。つまり、雨の量に完全に頼らずとも、外から水を持ってくることで土に含まれる水の量を調節することができます。そうした人の力で水の利用を制御することで作物を育てる農業のことを「灌漑農業」といいます。雨水のみで足りない場合は用水路などから水を補給し、過剰な水は排水することで、より効率的且つ安定的な作物生産を行うことができるため、干ばつの有効な対策手段です。一方、雨水のみにより作物を育てる農業を「天水農業」と呼びます。乾燥地域は、一般に日照環境に恵まれ、水が確保できればより安定的で高品質な作物の生産ができます。カリフォルニア州は、アメリカで最も農地の灌漑化が進んだ地域になります。州の多くの部分が農作物の栽培が難しい乾燥地域にあたりますが、州北部の山岳地帯では年間平均で2,000mm 以上の降水があります。そこで降った水を巨大なダム群で貯水して全長700km を超える水路で導水することによって、広大な耕地を灌漑化しました。温暖な気候環境も相まって、カリフォルニア州の農産物販売額は全米一位となりました。現在、世界の穀物生産地のうち30% 程度で灌漑を実施しており、この灌漑農地で世界の穀物生産量の半分程度の生産を実現しています。干ばつの影響を軽減する灌漑農業が世界や地域の食料生産にとっていかに重要な役割を果たすのかがおわかりいただけるかと思います。また、降水量の多いアジアモンスーンの湿潤地域においても、灌漑設備の導入によって短期の干ばつに備えることができる他、降雨が十分に得られない時期に灌漑を行うことによって、年間の栽培回数や栽培する作物の種類の選択幅を増やすことも可能になります。

4. 干ばつ対策のこれから

しかしながら、現在、世界の農業生産システムは、天水農業がその大部分を占めています。したがって、天水農業から灌漑農業への切り替えによって世界全体の食料生産の安定性を飛躍的に向上させることが期待できます。

また、灌漑の用水路というと日本ではコンクリート製をイメージしますが、世界には土でできた用水路が多くあります。土でできた用水路の場合だと河川などの水源から取水された水は農地に到着するまでに、用水路から10 ~ 40% 程度漏れ出てしまいます。つまり、その漏れ出た水量を補うためには、作物の生育に必要な量以上に水源から取水しなくてはなりません。さらに、用水路は適切に維持管理されないと漏れ出る水が上述の倍以上に増えるとされています。国内総生産に占める農業生産の割合が高い発展途上国では、灌漑設備の拡充・改修を最重要課題と判断し、国外からの呼び込みも含め、灌漑投資に注力しています。

さらに、作物の根元へ無駄なく水やりを行う節水灌漑方式の導入も干ばつ対策として重要です。世界の灌漑方式は大きく分けて3つ、地表灌漑、スプリンクラー灌漑、ドリップ灌漑に分かれます(図1)。地表灌漑とは地表面に水を湛えることよって灌漑する方式、スプリンクラー灌漑とはスプリンクラーを使い比較的広い範囲に降雨状の散水をする灌漑方式、ドリップ灌漑とは農地上にパイプやチューブを張り巡らせ、作物の一株一株に水を点滴のように少しずつ灌漑をする方式です。特にドリップ灌漑は必要な水量を必要な場所にピンポイントで滴下できるので、乾燥地での節水や土壌の塩類集積を防ぐ方法として注目されています。この灌漑方法はヨーロッパや中東などを中心に世界に普及してきています。オーストラリアでも、灌漑方法としてのドリップ灌漑の利用の促進の他、漏水防止のための老朽化した灌漑設備の更新、水取引制度の整備など、水を効果的に使う取り組みが進められています。また、米から小麦へ水要求量の少ない作物への転作、小麦の干ばつ耐性品種の開発といった灌漑水の節約のための対策も行われています。

図1:世界の主な灌漑方式

一方で、灌漑農業を巡ってはいくつかの課題が存在します。一つは、灌漑設備の導入には多額の費用がかかります。もう一つは、気候や社会経済変化に伴う水資源減少や水需要増加による水不足の懸念です。気候変動によって降水量が減る場合は、流域の水資源量は減少する一方で、灌漑水の需要は増加します。加えて、人口増加や社会経済発展による工業や生活部門での水需要の増加が、特に途上国において、水不足の問題を深刻化させる懸念があります4)。水不足が発生した場合は生活部門などに優先的に水が割り当てられるため、農業部門への影響は大きくなります。もう一方では、過度な取水や不適切な流域水資源管理は水源の枯渇を招くといった点には注意が必要です。中央アジアの乾燥地域に位置するアラル海では、その湖に流れ込むアムダリア・シルダリア川の流域で大規模な灌漑農地の開発が進められました。その結果、1960 年以降50 年間で湖の面積は約10% に低下し塩類集積も進んだことによって、自然生態系が劣化、農地が蝕まれており、砂塵嵐や飲料水汚染が周辺住民の健康にも影響を与えています。アメリカ中部の穀倉地帯ではオガララ帯水層と呼ばれる広大な地下の貯水層から過剰な地下水の汲み上げが行われています。その汲み上げ量は降水によって涵養される水量の約3 倍にのぼり、地下水位の低下が問題となっています。人口増加や社会経済発展に伴って世界の水需要は増加傾向にありますが、水資源には限りがあり、その循環の中からしか利用できません。そのため、環境との調和に配慮しながら、灌漑用水の持続的な使用を図ることが必要です。

また、灌漑農業の拡大および節水管理技術の開発や導入といった中・長期的な対策だけでなく、短期的な干ばつ対策も重要です。近年、数ヶ月先の極端な気象の発生を予測する季節予報の技術開発が進展しており、あわせて数ヶ月先の農作物の収量予測情報を全球レベルで提供するシステムの開発も進められています。日本をはじめとする食料輸入国では、輸出国での不作やそれに伴う国際市場価格の上昇が食料を確保する上で大きなリスクとなっています。事前に、自国や関係諸国で不作になることがわかれば、輸入元の変更や国内の食料備蓄量を積み増すなどの対応を迅速に行うことが可能となります。気候変動(温暖化)の進行によって、極端な干ばつの発生頻度と強度が増すことが予測されていますが、早期に極端な気象の発生を警戒するシステムの構築は干ばつ対策としてきわめて有用であると考えられ、さらなる技術開発が待たれます。

公開日:2021年11月22日 最終更新日:2021年11月22日