ココが知りたい地球温暖化 気候変動適応編
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地球温暖化すると現在は寒い地域は暖かくなるはずです。例えばモンゴルなどでは環境がよくなるのですか?

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回答者:王 勤学
王 勤学
国立環境研究所 地域環境保全領域
主席研究員
王 勤学

東アジア内陸部に広がるモンゴルは国土の70%以上を草原が占めている。草原は、家畜と共に移動して暮らす現地の人々の生活を支えている最も重要な資源です。暖かくなるだけでは草原の環境は必ずしも良くなるとは限りません。場合によって悪くなる可能性もあります。例えば、寒い地域の草原の下に永久凍土が存在しているため、温暖化に伴って永久凍土が融解し、さらに、干ばつや「ゾド」と呼ばれる気象災害の発生リスクが高くなると予測されています。今後の気候変動がもたらすこの地域の地表水、地下水そして土壌水分など水資源の変動に加え、ここ数十年間で見られた都市化や農地・鉱山開発など人為的な攪乱も加わり、草原生態系の脆弱性が一層高まることが予想されています。これらの一連の変化に現地の人々がどう適応していくか課題です。

1. 気候がどのように変わったか

2021 年8 月9 日に公開された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6 次評価報告書1)によると、ここ10 年間(2011-2020 年)の世界の気温は工業化前と比べて陸域で約1.59℃、海上で約0.88℃、平均として約1.09℃上昇しました。モンゴル気象局より私たちが入手した該当国気象観測の時期が最も長い6 地点【ウランバートル(Ulaanbaatar)、バルーンハラ(Baruunkharaa)、チョイル(Choir)、サインシャンド(Sainshand)、ザミンウード(Zamiin Uud)とマンダルゴビ(Mandalgovi)】のデータ解析によると、1945-2019 年の75 年間に年平均気温は約2.8℃も上昇し、その上昇幅は世界平均より遥かに大きいことが分かっています。

気候が暖かくなることで、モンゴルに住む人々にとって良いことがいくつか考えられます。例えば遊牧民の生活環境の厳しさが和らいだり、エネルギー使用量が減らせたり、農作物が栽培しやすくなったり、より多くの生物種が生存できたりなどが挙げられます。しかし一方で、この地域はもともと乾燥地帯であることから熱波や干ばつ等が起こる可能性が増えることが考えられています。モンゴルでは、1940 年以降、干ばつの発生頻度は増加傾向にあります。特に2000 年以降は干ばつが頻発しており、牧畜業に大きな影響を与えました。また、モンゴルの遊牧民は「ゾド」と呼んでいる極端な気象災害により家畜の大量死などがおこるリスクも増えています。1990 年代以降ゾドの強度が増大傾向にあり、その中で、1999-2000 年、2001-2002 年、2009-2010 年のゾドによる家畜の被害は最も深刻でした。ゾドはいくつかの種類があると言われていますが、主に「黒いゾド」(降水量が少ないことにより、家畜が冬期に水分補給できず衰弱する)と「白いゾド」(積雪が多すぎるため、家畜が雪の下にある草を食べることができないことにより衰弱する)が多いと言われています2)。ゾドの強度は「ゾド指数」を用いて定量化できます。この指数は夏と冬の気温と降水量の標準偏差によって推定されており、つまり、気温と降水量の激しい変動(いわゆる極端な異常気象)がゾドをもたらしていることがわかっています。今後、気候変動によって気温も降水量の変動が大きくなることから、これらの現象の発生頻度が増えるだろうと予想されています3)

2. 永久凍土の融解への影響

モンゴルの北部は寒い地域で草原の下に永久凍土が存在しているため、温暖化に伴って永久凍土が融解され、土壌水分や地下水など水資源の変化をもたらし、最終的に草原の生産性や脆弱性などにも影響を与えることも考えられています。

温暖化が永久凍土の融解に及ぼす影響を検出するために、私たちは、2009 年からモンゴル北部の森林、草原、湿地など様々な陸域生態系において、地中の温度分布の観測を行いました。これらの観測データから永久凍土の温度や活動層の厚さなどの指標を算出し、永久凍土の融解スピードや変動幅を解析しました。その結果、草原域の永久凍土の退化が他の地域より顕著であることが分かりました。また、広域の永久凍土の変動を把握するため、私たちは、衛星観測による地表面温度データを用いて、従来の気象観測より遥かに解像度の高い1 ㎞メッシュの永久凍土分布図を作成しました。それによって1980 年代から永久凍土分布地域の面積が明らかに減少したことが判明しました4)

温暖化によって永久凍土が融解すれば、溶けた水が蒸発したり、川や湖に流れ込んだりと水の循環が変わってきます。また、永久凍土がどの深さにあるかが重要で、地表から1-2m の深さにあれば、雨水や凍土から溶けた水分が根層という草木の根が張る土壌にあるため、草木は安定して水分を得ることができます。しかし、永久凍土が2-2.5m 以下にあると、溶けた水分が根層に届かないため、草木は変動の激しい雨水だけに頼らねばならず、これまで草原だった場所でも今後は草木が生えなくなる可能性もあります。

3. 水資源や牧草地への影響

モンゴルでは、古来の伝統的遊牧を通じて家畜の放牧が空間的・時間的にうまく分配され、広い地域の草原が適度に利用されていたため、生物多様性が非常に豊富で、高い生産性を維持してきました。しかし、1990 年代からの市場経済への移行や家畜の私有化政策に伴い、家畜頭数が急増し、構成も変化しました。例えば、カシミヤ生産のためのヤギが急増しました。ヤギは草を根こそぎ食べてしまうため、草原への負荷になっていきました。また、遊牧民は、生活が便利な都市の周辺や、水を手に入れやすい井戸がある場所や湖の周辺に集まってくる傾向があります。こうした場所では、草地に草が生えず裸地化したり、生物多様性が低下するなどの影響が出るようになってきています。

放牧以外では、都市や農地・鉱山開発も急拡大しました。モンゴル国家統計局によると、1993 年に約60 万人(全国人口の約28%)だったウランバートル市の人口は、2019 年には約154 万人に急増し、全国の人口(約330 万人)のおよそ半数近くが都市に集まることになりました。また、産業構造も大きく変わり、そのうち、近年最も成長した産業は鉱業でした。これらの人為的な影響は、これまでにない規模で草原に大きな攪乱を引き起こし、局地的に草原が裸地へと変わり始めています。裸地化した草原は、土壌がアルカリ化または砂漠化してしまい、強風が表土を吹き飛ばしてしまうため、植生の回復は益々困難になります。

私たちは、気候変動や人為的攪乱が牧草地の牧養力およびその脆弱性に及ぼす影響を定量的に評価・予測するため、水資源や飼料の需給バランスを考慮した統合評価モデルを開発し研究を行ってきました。その結果によると、市場経済が導入されてから、特に2000年以降、都市と鉱山地域では放牧圧が草原の牧養力を大幅に上回っており、牧草地の脆弱性が一層高まっていることが明らかになりました5-6)

また、経済的な中核である首都のウランバートル及び南ゴビの鉱山の中核(オユトルゴイ鉱山:世界最大級の金及び銅の埋蔵量)を含むトゥール川とガルバ川流域を対象にして、水循環の評価を行いました。その結果、都市化や鉱山開発に伴う過度な地下水汲み上げが周辺域の水循環に大きな影響を及ぼしていることがわかりました7)。一方、広大な草原や砂漠地域では、水資源の循環量は降水量と蒸発散量に強く依存しており、気候変動による影響が大きいことも明らかとなっています。

4. 有効な適応策があるのか

上述のように、気候変化の影響に加え人為的な攪乱は、草原の劣化を引き起こし、さらに、家畜にとって嗜好性の強い草やその種を減少させ、すぐれた自然景観の喪失や、飼料や水資源など生態系サービスの低下などを生じさせます。気候変動に負けない健全な草原生態系を維持・回復するには、まず、過剰な開発と利用によるストレスの低減や、気候変動影響を受けやすい地域の積極的な自然回復などが重要です。また、1)地域内での家畜頭数を適正に管理することに加え、2)牧草地の利用率や牧草の収穫率を向上させることや、3)外部から飼料や水資源の導入、4)井戸掘りによる地下水の有効利用等様々な適応策が必要です。さらに、都市、農地や鉱山開発などにより過去に損なわれた生態系の回復も重要です。ただし、これらの施策を行った場合と行わない場合の得失、実現可能性、費用と便益等の観点から、施策の実行に際しては関係者間の合意形成が必須となります。今後、これまで開発してきた評価システム(図1)を用いて、特に水源へのアクセシビリティの改善、家畜頭数の適正管理や飼料供給システムの構築などいくつかの適応策の効果を評価しながら、現地の環境政策に寄与できればと考えています。

図1 牧草地の養牧力および適応策の評価システム
図1 牧草地の養牧力および適応策の評価システム
公開日:2022年12月26日 最終更新日:2022年12月26日

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