温暖化で湖沼の溶存酸素が減って水生生物に影響するってほんとうですか?
地域環境保全領域
湖沼河川研究室長
魚類など水生生物の多くは水に溶け込んだ酸素(溶存酸素)を吸って生きています。溶存酸素が少ない状態を「貧酸素」と言いますが、特に湖底に近い水は大気との接触の機会が乏しく貧酸素化しやすいことが知られており、状況により湖底に滞在する生物に影響します。通常は季節に応じて湖沼の水温が変化することで上下の水の循環が起き、溶存酸素の多い表面に近い水が湖底に沈みこむことで湖底でも溶存酸素が保たれています。しかし温暖化が進行すると、水の循環が起きにくくなったり、洪水などで濁った状態が続いたりして貧酸素化が進むと考えられています。貧酸素化は生物の生息域を狭めることに加え、湖底からの栄養塩の過剰供給やメタンの生成など新たな問題を引き起こします。
1. 湖沼の水質を守るための水質環境基準と溶存酸素量
湖沼の水質は1960 年代から70 年代にかけて急速に悪化し、公害問題も発生し、汚染物質が湖沼、河川、内湾に流れ込んでいないかの監視の目的で水質環境基準と全国湖沼の水質モニタリングサイトが整備されました。その後、下水処理技術や下水道整備率の向上に伴い、生活排水の流入量は減り、2000 年以降は河川の水質の向上がみられるようになりましたが、湖沼に流れ込む農地由来の過剰な栄養塩の量はなかなか減らず、富栄養化した湖沼の水質は近年でも大きく改善したとは言い難い状況です。
その中でも特に水中の酸素濃度が近年問題となっています。我々も酸素を吸っているように、魚類など水生生物の多くも水に溶け込んだ酸素(溶存酸素)を吸って生きています。この溶存酸素の濃度がある一定値以下になってしまうと、呼吸が難しくなり、弱ったり死んだりしてしまいます。環境省は健全で豊かな湖沼生態系を取り戻すために、水生生物にとって重要な底層溶存酸素量を新しい水質環境基準として2016 年より導入しました。一方で、地球の温暖化は湖沼の底層の溶存酸素量を減少させるのではないかと言われており、実際に気候変動がどのように溶存酸素濃度に影響するかという調査研究が近年始まってきました。
2. 湖沼環境や大気環境に影響する湖沼底層の溶存酸素量
湖沼はため池、ダム湖、自然湖沼などその大きさや深さも様々ですが、一般に大気からの酸素がとどきにくい湖底近くはどの湖沼でも貧酸素化しやすい場所になっています。逆に表面に近い湖水では溶存酸素量は高いのですが、酸素を必要とする水生生物の中には湖面近くでは生きることが難しいものも多々あり、そうした生物の中には貧酸素化の影響を受けてしまうものがいます。湖底付近の貧酸素化が水環境へ与える3つの大きな影響を紹介します。
〇冷水性魚類の減少・絶滅
サケ科魚類に代表される冷水性魚類の中には湖沼を主たる生息場としているものが多数知られています。夏場は表層水温が高温になるため、冷水性魚類は冷たい水が沈んでいる深みに逃げています。一方、こうした湖底付近の水は表層との交換が少なく、貧酸素になりやすくなっています。サケ科魚類の多くは15℃以下の水温と溶存酸素量としては4 mg/L 以上が必要と言われています。もし、夏季の表層から湖底までのどこにもこうした条件を満たす水が無い場合、サケ科魚類は生息できないことになります。実際にヒメマスやニジマスの放流が行われている奥日光の湯の湖では、夏季には上記の条件を満たす水深4~ 8m の狭い水深帯に大型魚類個体が集中して生息していることが分かってきています(図1)。
〇栄養塩類の底泥からの過剰な回帰
湖底付近の水が貧酸素化することで単に底の酸素が無くなるだけでなく、飲み水等に適さない各種金属イオンや藻類の栄養となるアンモニウムイオンやリン酸イオンが底泥から溶出してきます。湖底の水は夏の間に底泥から溶出してきたこうした物質を蓄積し、秋から冬にかけて表層の水と循環するようになると、光の届く表層へと移動し、藻類に取り込まれ、翌年の藻類の異常増殖の原因になると考えられています。
〇メタンガスの底泥からの発生
メタンガスは温室効果の大きなガスで温暖化の主要因のひとつであり、今後減らしていく必要があります。湖沼や湿地は自然から発生するメタンガスの主要な発生源です。人間が作り出したダム湖やため池からのメタンガスの発生を抑制していく努力は必要ですが、底層付近が貧酸素化するとメタンガスの発生量が多くなり、夏場その多くがバブルの形で直接湖底から大気へ放出され、温暖化促進の要因となります。ちなみに、海の面積は広いのですが、メタン生成を阻害する硫酸イオン濃度が高くメタンガスの主たる発生場所ではありません。
3. 湖沼の溶存酸素量が減りやすい時期と湖沼の特徴
湖沼の底層の水が貧酸素化しやすいのは表層水と交換しにくい夏の時期になります。夏季に表層水が温められ、表層の水の密度が軽くなり、底層と表層の水の密度差が大きくなるほど、底層水と表層水との交換は起きにくくなります。また、海水由来の塩水が底層にたまりやすい汽水湖ではこうした交換が通年阻害され、夏場に限らず貧酸素化しやすい湖沼です。淡水湖沼では深い湖沼ほど表層と底層の水温差が大きくなりやすく、底層が貧酸素化しやすくなります。浅い淡水湖沼では、長期間貧酸素化することは少ないですが、暑く風の弱い期間には、表層と底層の温度差は広がりやすく、一時的貧酸素が発生しやすくなります。
4. 気候変動下で進む湖沼の貧酸素化
湖沼の特徴や地域性が貧酸素化のしやすさに影響する一方、気候変動下で進む夏季の高気温や渇水や洪水のリスク上昇が湖沼の貧酸素化に及ぼす影響についてはまだ分からないことが多くあります。近年、平均気温の上昇速度に比べて、最高気温や猛暑日の日数などは速いスピードで記録を更新し続けています。地下水の水温は年平均気温に近いことから、地下水影響の強い浅い湖沼では、夏季に平均気温に近い冷たい地下水が底層にたまりやすい一方で、表層水は高温になりやすく、結果として底層水と表層水の水温差が拡大し、貧酸素化のリスクは高まっていると言えます(図2)。
また気温以外に大雨や大風の頻度が増える場合も、浅い湖沼は濁りやすく、結果として藻類による光合成が阻害され、貧酸素化が助長される可能性もあります。ただし、高気温であっても日照時間が増える場合には、光合成活性が増える結果、溶存酸素量が高くなることもあります。貧酸素化のモニタリングを今後も続け、知見を積み重ねる必要があります。
5. 気候変動適応策として貧酸素化を遅らせ、その影響を減らすには
実際に世界中の湖沼で貧酸素化リスクを評価した研究成果では、湖沼の貧酸素化リスクは海洋以上に高まっていると結論づけられています。では、どのようにすれば気候変動下で貧酸素化リスクを減らし、その影響を少しでも減らすことができるでしょうか。これまでも、貧酸素化したダム湖などでは底層に直接新鮮な空気を送り込む曝気により貧酸素化の改善が行われてきました。一方、こうした従来法は多くの電力を必要とすることから、持続的な水質環境改善のためには以下の3つの点を中心に対策する必要があると考えています。
〇流域からの濁り成分の流入や栄養塩負荷を減らす
流域からの栄養塩や有機物の流入を少しでも減らすことで、湖底近くの酸素消費速度を抑制し、貧酸素化の進行速度を遅らせることができます。また湖内の光合成を阻害する濁り成分の流入を減らすことで溶存酸素量を増やす光合成活性を高めます。
〇豊富な地下水で湖沼の底層水の入れ替わりを促進
近年の都市化等に伴い雨が土壌に浸み込みにくくなり、結果として地下水の湧水量は減りつつあります。夏季に豊富な地下水が湖沼に流入するようにし、底層水が滞留しにくく、貧酸素化しにくい環境を作る必要があります。
〇貧酸素化の生物影響を軽減するには
底層の貧酸素化により大型の冷水性魚類が大きな影響を受けるのは免れません。一方、小型の魚類、水生昆虫、水草などは酸素を豊富に含んだ冷たく小さな湧水帯を保全することでも、絶滅を回避できる可能性があります。貧酸素化を防ぐとともに、こうした退避場所を残すことも大切と考えています。
1)「温暖化の湖沼学」(2012)永田ら編 京都大学学術出版会