ココが知りたい地球温暖化 気候変動適応編
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温暖化で増える洪水に対して、水田が対策として使えるという話を聞きましたが、どのような対策になりますか?

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回答者:林 誠二
林 誠二
福島地域協働研究拠点
研究グループ長
林 誠二

温暖化によって増える洪水の対策として、流域ごとの対策が進められていますが、その中でも従来の河道整備等(グレイインフラ)の強化とともに、調整池、農地、森林ならびに市街地において雨水を貯めたり浸透させたりする機能(グリーンインフラ)の活用や強化によって、雨水の流出を出来るだけ抑える取組が有効な対策になると考えられています。例えば、水田が使える場合は、水田の貯水能力を高めた田んぼダムという方法が注目されており、河川流域内に田んぼダムを広く普及させることで、洪水の抑止や軽減効果が期待されています。一方、その普及には、対策の実施効果を実際の現象を数式などで表現(シミュレーション)する数値モデルを活用することで予め分かり易く伝えることや、洪水の抑止以外に付随的に生じる利益(副次的便益)を示すこと等による動機付け、実施に伴う不利益に対する補償を行う等の仕組み作りが課題となっています。

1. 温暖化によって増える洪水の脅威

近年、地球温暖化の影響によって雨の降り方が変わってきており、今後もその傾向がさらに強まることが懸念されています。具体的な変化として、短時間に非常に多くの雨が降る「局地的大雨」や強い雨が長く降る「集中豪雨」が、高い頻度で発生していることが挙げられます。このような大雨が発生すると河川下流の低平地では市街地の下水道から水が溢れたり(内水氾濫)、場合によっては河川からも直接水が溢れる(外水氾濫)ことが起こります。さらに台風の影響を受けた場合の様に大雨が広い範囲で発生すると、内水氾濫と外水氾濫が複合的に発生することで洪水の規模は拡大し、地域住民の生命を危険に曝すとともに社会経済活動に深刻な被害をもたらします。ここ数年、こういった大規模広域豪雨による浸水被害が国内各地で発生しています。一例を挙げると、2019 年10 月に発生した令和元年東日本台風では、関東甲信越から東北に亘る記録的な大雨によって各地で洪水や土砂災害が発生し、108 名の死者・行方不明者を出しました。特に人的被害が大きかったのは、福島県や宮城県を流れる阿武隈川流域であり、阿武隈川本流だけでなく支流河川で堤防が決壊し大規模な洪水氾濫が生じたことが主な要因となりました。冒頭にも述べたように、このような大雨の発生頻度は今後高まり、それによる大規模な災害が懸念されることから、人命を守り、物的被害も出来るだけ減らし、迅速な復旧によって元の日常に早く戻ることが出来るような対策を予め講じる必要があります。

2. 豪雨時の洪水氾濫を抑える取組とは

河川流域での洪水氾濫を抑える対策は大きく二つに分けられます。一つは、河川の上流部でのダムの建造や、河川堤防のかさ上げや強化などの河道整備を行うなどの土木工学的手法で、流域から流れ出した雨を集めて貯めることでコントロールする集中型の取組と言えます。また、いずれもコンクリート構造物を活用していることから、これらについては「グレイインフラ」と呼ばれています。もう一つの取組は、河川流域を構成する森林や農地、市街地、さらには河川の氾濫原等を活用し、降雨を出来るだけ多く浸透させたり、一時的に貯められる量を増やしたりすることで、河川に流れ出す量を出来るだけ遅らせることを目的としたものです。流域内に様々な形で広く分散的に行う取組であり、自然生態系が持っている機能も活用することから、多くは「グリーンインフラ」と呼ばれています。経済成長が右肩上がりにあった時代には、狭い国土を様々な経済的用途に活用するため、陸地に降った雨の排水とそれによって河川に流れ込んだ水の下流側への輸送(流下)を出来るだけ早く行うためのグレイインフラの整備を主体とした洪水対策が行われ、その傾向はここ最近まで続いていました。しかしながら、上記の令和元年東日本台風のような大規模広域豪雨が発生した場合には、グレイインフラだけでは洪水の発生を抑えることは極めて難しいことは明らかとなり、今後もそのような大規模豪雨の発生が懸念される中、グレイインフラの一層の整備とともにグリーンインフラの活用を積極的に進めることで、水害に対する強靭化が図られることが期待されています。例えば、令和2 年7 月には国土交通省社会資本整備審議会から「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について~あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な「流域治水」への転換~」と題した答申が行われ、氾濫を出来るだけ防ぐ・減らす対策として、森林や農地を含めた河川流域のあらゆる場所で、あらゆる関係者によって雨水を貯留浸透させる機能を高める取組が必要であることが示されました。

3. 田んぼダムを例としたグリーンインフラの活用と課題

「流域治水」として、グリーンインフラの活用を含めた雨水の貯留浸透機能の向上に資する取組については、すでに研究だけではなく実際に地域に導入されている事例が数多くあります。例えば、間伐遅れ等によって荒廃した森林の整備を進めることで森林が本来有している雨水浸透能を回復、促進させたり、既存のため池施設を改良し、大雨の際により多くの水を貯める機能を持たせたり、市街地では学校の校庭等を洪水時の調整池として雨水の貯留が行われています。これらがより実効的な取組となるためには、対象となる河川流域の地形や土地利用分布を考慮したものであるとともに、地域の方たちの理解と協力が不可欠となります。例えば、市街地が多くを占める流域では上記の校庭等の調整池利用に留まらず、宅地における雨水貯留槽の整備や駐車場等への雨水浸透貯留施設の導入等を複合的に実施する必要がありますが、いずれも地域住民等関係者の協力が無くては成立せず、積極的な協力を促す何らかの動機づけが必要です。本稿では、私たちが研究対象としている阿武隈川流域において有力な取組の一つである水田を活用した「田んぼダム」を例として、その特徴や効果を示すとともに、グリーンインフラとしての導入への課題について解説します。

水田は、周囲を畔(あぜ)で囲み、雨水や近傍から取水して流し入れた湧水や河川水等を地表面に水を貯めて水稲等の作物を栽培する耕地ですので、そのままでも雨水を一時的に貯める機能を有しています。田んぼダムは、水稲の生育状況に応じて水田から水を抜く排水口(落水口)に排水管の直径よりも小さい穴を開けた調整板などを設置して排水量を抑えることによって、水田の雨水を貯める能力を高める役割を担っています(図1)。

図1 田んぼダムの仕組み
図1 田んぼダムの仕組み

気候変動に伴う大規模な豪雨発生時にも雨水流出を抑える効果が大いに期待されますが、場合によっては畔の嵩上げも併せて行った方が望ましいことも指摘されています。貯水量の増加で水田水深が上昇し畔から越流してしまうと、却って雨水流出を促進する結果となるだけでなく、畔が崩壊する等の営農上の問題も発生する恐れがあるからです。近年、全国的に耕作が放棄された水田が増えていますが、適切な維持管理が行われれば、こういった耕作放棄水田についても田んぼダムとしての利用は可能です。国内各地で田んぼダムの積極的な導入が進められており、国立環境研究所福島地域協働研究拠点でも日本大学工学部と連携して、郡山市郊外の水田を用いた田んぼダムの実証試験とそれに基づく数値シミュレーションを行っています。結果の一例として、令和元年東日本台風による豪雨を想定した場合でも、田んぼダムを実施した水田では最寄りの排水路へ流れ込む単位時間当たりの水量(落水量)の最大値を、田んぼダムを実施しない場合と比べて水田一枚当たりで最大で80% 程度低減できる(落水を遅らせてそのピークをなだらかにする)ことを確認しています。本結果は、田んぼダムによる水田からの雨水流出を抑制する機能を明らかにしたものですが、その一方で、大規模広域豪雨時の浸水被害の防止や軽減に確実に効果を発揮するために、理想的には図2 に示す通り河川流量の急激な上昇を抑えられるように、河川流域に亘って多くの水田所有者の協力の下で、出来るだけ多くの水田で田んぼダムを実施する必要があることを示唆しています。

図2 河川流域に広く分布する水田に出来るだけ田んぼダム装置を導入することで期待される洪水緩和効果のイメージ
図2河川流域に広く分布する水田に出来るだけ田んぼダム装置を導入することで期待される洪水緩和効果のイメージ

田んぼダムの導入に対する理解と協力による迅速な普及には、正確に見積もった実施の効果を分かり易く伝えることや、実施に対する動機付け、万が一の場合の補償を行う仕組み作りが今後検討すべき重要な課題と言えます。実施効果については、田んぼダムによる雨水流出の抑制効果そのものだけではなく、河川流域の中で田んぼダムをどれくらいの面積の水田にどのように実施したら、豪雨時に河川流量ピークがどの程度抑えられ、その結果、下流域の市街地の洪水氾濫がどの程度軽減できるのかを具体的な数値を用いて分かり易く示すことが、水田所有者の方たちの積極的な協力を得るために必要となります。そのためには河川流域全体を対象として、降雨流出過程と内水氾濫と外水氾濫が同期して発生する複合氾濫過程を一体となって再現できる数値シミュレーションモデルを開発すること、それを活用した効果的な氾濫防止、軽減シナリオの作成が、今取り組むべき研究課題となっています。モデルによる計算結果の不確実性を出来るだけ小さくするためには、入力データや計算結果の検証用としての河川流量や氾濫規模に関する観測体制や実測データの整備も不可欠です。また、実施に対する動機付けについては、洪水軽減に関する直接的な効果を示すとともに、実施によって生じる付随的な利益である副次的便益(コベネフィット)を示すことも重要です。例えば、豪雨時の水田からの急激な落水量の増加を抑えることで、施肥等によって十分な栄養素を含んだ作土の流失が抑えられることや、水田内の生き物の生息環境をより安定して維持し得ることで豊かな生物相が保たれることが、コベネフィットとして考えられます。このようなコベネフィットを調査し、その結果を分かり易く伝える研究取組も必要とされます。さらに、田んぼダムの実施による稲作農家への不利益、例えば、落水口が雑草等で閉塞することによる想定以上の水深上昇が、あぜの崩落を招く恐れがある等に対しては、出来るだけリスクを軽減する対策を事前に講じるとともに、トラブルが発生した場合の補償制度を設ける必要があることも指摘されています。この点については、田んぼダムという取組そのものの持続性を考えると、補償だけでなく、導入や維持に係る負担も含めどのように制度設計をしていくのかも大きな課題として残されています。

4.終わりに

本稿では、田んぼダムに着目してその導入の効果や課題について述べさせていただきましたが、グリーンインフラの活用全般に関しても、河川流域全体として洪水軽減への導入効果の見通しを立てることや、導入による副次的便益を示すこと、導入による関係者の不利益を補償する仕組みを設けることは、いずれも欠かせない取組と言えます。導入効果の見通しを立てることについては、行政(地方自治体)が主導的な役割を担うことになるかもしれませんが、グリーンインフラ等を用いた対策については、河川流域内の多くの関係者の理解と協力が無ければ持続的に取り組むことは難しく、地方自治体も交えた関係者間での丁寧な対話と協働が強く求められます。

ご紹介したようにグリーンインフラ等を地域と協働して積極的に活用することが、頻発化が懸念されている大規模豪雨時のハード面での洪水対策として有効であると考えられます。しかし、水害が発生するリスクがゼロになるわけではありません。ソフト対策として、災害が発生することを前提としたハザードマップや避難行動計画の整備とそれに沿った対応の強化を地域の関係者間で図っていく必要があることも、最後に併せて記したいと思います。

公開日:2022年12月26日 最終更新日:2022年12月26日

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