ココが知りたい地球温暖化 気候変動影響編
Q1

温暖化により世界の水不足深刻化すると聞きますが、水不足の原因としては途上国の人口増加や経済発展で需要が増えることの方が重要ではありませんか。

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花崎 直太
社会環境システム研究領域 統合評価研究室 研究員
(現 気候変動適応センター 気候変動影響評価室長)
花崎 直太

途上国の人口増加や経済発展による水需要の伸びが、温暖化による水資源量の変化を上回る可能性が高いので、前者の方がより重要という見方もできます。しかし、水資源は必要なときに必要な量があることが重要です。温暖化は、降水や積雪・融雪時期の変化などを通して、水資源量の時間的な変動(ばらつき)を大きくします。そのため、年単位で見れば問題のない地域でも、季節・月のスケールでは水不足が生じ、問題をより深刻にする可能性があります。

1. 水資源の特徴

人間が生活するには水が不可欠であり、水は大切な資源です。水資源と聞くと、雨や雪を連想される方が多いかもしれません。しかし、降った雨や雪は土にしみ込んだあと、かなりの量が蒸発してしまいます。人間が淡水として使えるのは蒸発せずにやがて河川に流れ込む分、つまり、河川流量です。

河川流量には年々変動や季節変化があります。日本に住んでいるとよくわかりますが、梅雨には川の水嵩が増し、台風や集中豪雨では洪水が起きることもあります。こうして集中的に発生する河川流量は、ダムなどに貯めない限り、海へ流れてしまうので、有効に使うことができません。

雨として降った水は、すぐ土にしみ込み、川へと流れていきますが、雪として降った水は、春先に暖かくなるまで、積雪として地表にとどまります。積雪は、冬の間の降水量を春や夏まで取っておく天然のダムの効果があります。

2. 温暖化の水資源への影響

温暖化が進むと、現在の地球の気候が変化すると予測されています。たとえば、地中海沿岸、中近東、アフリカ南部、アメリカの中西部では、降水量が減り、年間の河川流量も減ると予測されています。反対に、温暖化によって、年間の河川流量が増えると予測されている地域もあります。ロシアやカナダなどの高緯度地域がこれに相当します。

また、温暖化によって、雨の強度や頻度も変化すると予測されています。この結果、干ばつの影響を受ける地域が広がったり、大雨の頻度が増えて洪水リスクが増大したりすると予測されています。このとき、河川流量の時間的な変動も大きくなるので、水資源が不安定になる地域があると考えられています。

温暖化によって気温が高くなると、降雪量が減り、融雪の時期も早まります。こうなると、春や夏の水資源量が減ったり、融雪による水資源が得られる時期が変化したりすると考えられています。

3. 水需要の特徴

水需要は農業、工業、そして家庭といった部門別に考えるとわかりやすいでしょう。農業用水は世界全体の年間水需要量の約7割を占めます。このほとんどが灌漑(田畑に人工的に水を引くこと)目的です。灌漑の需要には大きな時間的な変化があります。たとえば田植えのときには多くの水が必要ですが、収穫後にはほとんど必要ありません。灌漑は、降水量の乏しい乾燥地・半乾燥地で特に重要になります。

工業用水と家庭用水は世界全体の年間水需要量のそれぞれ2割弱、1割強を占めます。工業用水は製造用と火力・原子力発電所の冷却用がそれぞれ半分ずつを占めます。家庭用水は生活様式に強い影響を受けます。日本では水洗トイレの普及などに伴い、1965年から2000年までの間に一人一日あたりの家庭用水平均使用量が約2倍に増えています。

4. 水需要の将来展望

まず、農業用水についてですが、温暖化によって降水量が減る場合、灌漑の需要が増します[注1]。特に降水や河川流量が減少すると予測されている地中海沿岸、中近東、アメリカの中西部では、現在も灌漑がさかんに行われており、温暖化によって深刻な影響が出る可能性があります。もっとも、気候以外にもさまざまな要因があり、たとえば灌漑する面積が増えれば、灌漑の需要が増えますし、設備が高度化すれば節水効果を期待できるので(たとえば土でできた用水路をコンクリートで舗装すれば漏水が減る)、需要は減ります。

次に工業・家庭用水ですが、気温が高くなることや、雨が増減することは、水需要には直接的な影響を与えないと考えられています。それよりも、過去の日本で見られたように、経済が発展すると生活様式の変化が起こり、一人あたりの生活用水需要が増加します。これに人口増加も加わると、需要量はさらに伸びます。また、経済が発展すると、一般的に製造業が振興し、電力需要も増大するので、工業用水需要も大きく伸びていくと予測されます。ただし、工業用水と家庭用水は農業用水に比べると回収・リサイクルしやすい特徴があります。また、水に適切な価格をつけることにより、節水を促すことも議論されています。途上国の工業用水と家庭用水にはこのように適切な管理によって需要を抑える余地があります。国連食糧農業機関の統計によると実際に世界全体の工業用水取水量は2000年を境に減少に転じています。

5. 水不足の深刻さをどう表すか

水不足の深刻さを表す指標として、広く受け入れられているものに「取水水資源比」があります。式で書くと次のようになります。

取水水資源比 =
年間取水量(= 水需要量) ÷年間河川流量(= 水資源量)

この指標は水資源量における、取水量(= 水需要量)の大きさを表すもので、大きければ大きいほど水不足が深刻であることを示します。そして、この指標が0.4(= 40%)を超えるのが深刻な水不足地域だとみなされています。この指標を使って現在(1990年頃)の世界の水不足地域を示したのが図1です。

図1 取水水資源比(現在よく使われている指標)
図1取水水資源比(現在よく使われている指標)
1年間の河川流量(= 水資源量)に対する1年間の取水量(= 水需要量)の割合
出典: Hanasaki N., Kanae S., Oki T., Masuda K., Motoya K., Shirakawa N., Shen Y., Tanaka, K. (2008) An integrated model for the assessment of global water resources—Part 2: Applications and assessments. Hydrology and Earth System Sciences, 12, 1027–1037

この指標を使うと、人口増加や経済発展で需要量が増えることの効果と、温暖化によって水資源量が変化することの効果を比べることができます。温暖化によって2050年頃までに年間河川流量が倍になったり半分になったりする地域は砂漠などの例外を除くとほとんどありませんが、人口が現在の2倍になったり、経済の急成長により一人あたり生活用水需要量が数倍になったりすると予測される地域はアフリカやアジアなどの途上国に数多く存在します。つまり、指標の分子と分母の変化量を比べると、特に途上国において、人口増加や経済発展の方が温暖化よりも水不足に強い影響を与えるという結果が得られるのです。

6. 問題は、水資源と水需要の年々変動・季節変動

ただし、ここで紹介した水不足の指標には、年間の水資源量や年間の水需要量が使われています。すでに見てきたとおり、水資源にも水需要にも大きな時間変化があります。水資源は必要な時に必要な量があることが重要なのですが、この指標は水資源と水需要のタイミングが合っているか、はずれているかは考慮できません。特に洪水が増えることを水資源の増加とカウントしてしまうため、温暖化による水不足を表すのに必ずしも適切な指標とはいえません。

そこで「累積取水需要比」という新しい指標が考案され、利用が進んでいます。これは水需要量が河川から取水できるかを、一日ずつ累積計算するものです。図2は1990年頃を対象とした計算結果で、1年間に取りたかった水が、毎日の河川流量からどれだけ取れたかを示しています。図1の「取水水資源比」と比べるとわかるのですが、図2にだけ、アフリカのサヘル(サハラ砂漠の南の縁にあたる地域)や、東南アジアに、水不足が深刻な地域が見られます。これらの地域では、年間の河川流量は大きくても(「取水水資源比」で水不足地域と判定されていなくても)、河川流量や水需要に大きな季節変化があり、季節によっては必要な量の水が取れないことを示しているのです。この新しい指標を使うと、温暖化した時の世界の水問題は異なった様相を示すことになります(詳しくは国環研ニュース2015年度 34巻4号「続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション」をご覧ください)。

図2 累積取水需要比(新しい指標)
図2累積取水需要比(新しい指標)
1年間に取りたかった水が、毎日の河川流量からどれだけ取れたか
出典: Hanasaki N., Kanae S., Oki T., Masuda K., Motoya K., Shirakawa N., Shen Y., Tanaka, K. (2008) An integrated model for the assessment of global water resources—Part 2: Applications and assessments. Hydrology and Earth System Sciences, 12, 1027–1037

日本は水資源に恵まれた国といわれていますが、世界の水不足の問題とも強いつながりをもっています。日本は毎年大量の食料を海外から輸入していますが、その生産には海外の水資源が大量に利用されています。世界の水不足は対岸の火事ではなく、われわれ自身の問題でもあるのです。

注1:湿度が同じ場合、気温が高いほど蒸発できる水の量が大きくなります。この効果によっても、灌漑の需要は増大します。

公開日:2024年10月11日

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