最近、気候変動の影響でサンゴが白化しているという報道をよく目にします。今起きているサンゴの白化の原因は、気候変動の影響でしょうか。
地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員
(現 東京大学大学院理学系研究科 教授 /
生物多様性領域 上級主席研究員)
今起きているサンゴの白化に、気候変動による海水温の上昇が影響しているのは間違いないものと思います。ただし、白化を引き起こす原因は、高水温だけではありません。サンゴにとってストレスとなる要因、たとえば淡水や土砂の流入、強光なども白化を引き起こします。白化を防ぐには、温室効果ガスの排出量を減らして温暖化を抑制する「緩和策」とともに、サンゴが受けているストレスを明らかにして低減する「適応策」を講じることが必要です。
1. サンゴの白化はなぜ起こるのか?
サンゴの白化は、深海にいる宝石サンゴではなく、サンゴ礁を形成する造礁サンゴ(以下、サンゴ)で起こります。サンゴ自体は動物ですが、褐虫藻と呼ばれる藻類を体内に共生させ、その光合成生産物に依存して生きています。サンゴの白化は、環境ストレスにより褐虫藻の光合成系が損傷され、サンゴから褐虫藻が失われることにより起こります。このとき、サンゴの白い骨格が透けて見え、白くなるため白化と呼ばれます(写真1)。環境が回復すれば褐虫藻を再び獲得してサンゴは健全な状態に戻りますが、環境が回復せず白化が長く続くとサンゴは死んでしまいます。
ストレスとしてよく挙げられるのは高水温です。近年、サンゴの白化の頻度が増大していることが明らかになり、気候変動による水温上昇との関係が盛んに議論されるようになりました。サンゴの棲息に適する水温は25°C から28°C といわれており、30°C を超える水温の状態が長期間続くと白化が起こります。本州など温帯域では水温が30°C を超えることはありませんが、平年値より水温が上昇すると、その付近に分布するサンゴが白化を起こしたことが報告されています。このことは、サンゴがそれぞれの環境に適応しており、平年値を上回る水温がストレスとなって白化が引き起こされることを示しています。水温が上がると温帯域に生息しているサンゴでも白化が起こります。
気候変動による長期的な海水温の上昇に加え、短期的な海水温の上昇がエルニーニョなどの気候的な原因でも引き起こされます。1997 〜1998 年や2015 〜2016年に世界的に大規模な白化が起こった年は、高水温がエルニーニョによってもたらされました。高水温だけでなく、淡水や土砂の流入、強光などすべてのストレスが白化を引き起こします。これらストレスの複合効果も考慮しなければなりません。高水温と強光、高水温と淡水・土砂流入の複合効果によって白化が起こった可能性が指摘されています。
いずれの場合においても、気候変動による海水温の上昇が、背景としてサンゴ白化に影響を与えているのは間違いありません。気候変動による長期的な海水温の上昇に加え、短期的な海水温の上昇、他のストレスとの複合効果を考慮する必要があります。
2. サンゴの白化は止められないのか?
最近100 年間で、海水温は世界平均で0.61°C、九州・沖縄周辺では0.78 から1.35°C 上昇しています(気象庁・海洋の健康診断表より)。海水温が上昇を続ける中、サンゴの白化は止められないのでしょうか? 白化を食い止めるためには、サンゴ自身の適応と、人間活動の両方が鍵となります。
サンゴの中にも種によって白化しやすいものとしにくいものがあったり、また、同じ種の中でも白化しやすいものとしにくいものがあったりします。遺伝子を用いた研究により、サンゴに共生している褐虫藻には、数種類があることが明らかになっています。こうした環境ストレスに対する感受性の差は、サンゴに共生している褐虫藻の種の違いによるものであり、サンゴは白化することにより、温度耐性の弱い褐虫藻を放出する一方で、温度耐性の強い褐虫藻を獲得し、白化前より高水温ストレスに強くなるという仮説が提唱されています。白化が環境変動に対するサンゴの適応的な応答を示すものであるとしたら、白化後に温度耐性の強い褐虫藻を獲得することにより、サンゴは海水温の上昇に対して適応できる可能性があります(図1)。また、同じサンゴの種でも白化するものとしないものがあり、サンゴ自身が高水温に耐性を持つようになっていると指摘されています。
もちろん、われわれは、サンゴ自身の適応力に期待するばかりではなく、対策を考える必要があります。前述のように、白化は、高水温と他のストレスの複合影響としてもたらされる場合があります。たとえば、1998年に沖縄県石垣島で起こった白化は、梅雨期の降水に伴う農地からの土砂流入と、エルニーニョ現象によりもたらされた高水温の複合によるものである可能性が指摘されています。複合影響を実験的に明らかにするとともに、白化の起こった場所の情報を広く収集し、ストレスとなる地域的要因を特定して、農地からの土砂流入など人為影響がある場合はそれを低減する努力が白化を減らすために即効性のある対策、すなわち気候変動影響への適応策となるでしょう。現在、全世界的に生物多様性情報の集積とオープンデータ化が進み、サンゴ礁に関しても、白化をはじめとした広域のデータの収集とデータベース化が進んでいます。また、人工衛星のデータを用いて広域で白化を検出する研究もなされています。こうした広域のデータに基づいて、周辺の環境と対応させることにより、白化の予測を行い、重点的に保全すべき海域を抽出し、対策を検討することができます。
- 日本サンゴ礁学会「サンゴ礁Q&A」
- 環境省・日本サンゴ礁学会 (2004) 日本のサンゴ礁. 環境省.
- 日本サンゴ礁学会 (2011) サンゴ礁学: 未知なる世界への招待. 東海大学出版会.
- 国立環境研究所 (2014) サンゴ礁の過去・現在・未来~環境変化との関わりから保全へ~. 環境儀, No. 53.
- 環境省・国立環境研究所 (2019) 国立公園等の保護区における気候変動への適応策検討の手引き. 環境省自然環境局
- 2008-05-08 地球環境研究センターニュース2008年4月号に掲載
- 2013-10-07 内容を一部更新
- 2024-10-07 内容を一部更新