ココが知りたい地球温暖化 気候変動影響編
Q3

温暖化すると北極の氷が融けて海水面が上昇し、海抜ゼロメートル地帯は水没してしまうと聞きましたが、本当ですか。

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小倉 知夫
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 主任研究員
(現 地球システム領域 気候モデリング・解析研究室長)
小倉 知夫

温暖化すると海水面が上昇するのは本当です。しかし、それは北極海の氷が融けるからではなく、グリーンランドなど陸上の氷河/氷床が融けて海に流れ出して海水の量が増加したり、海水が温まって膨張したりすることによるものです。海水面上昇による水没の危険は海岸地域から徐々に進行し、温暖化が非常に進んだまま気候が安定化した場合、数百年以上かけて東京湾・伊勢湾・大阪湾の海抜ゼロメートル地帯にまで及びます。ただし、温室効果ガスの排出を今後抑制することで水没を回避できる可能性はまだ残されています。

1. 海面上昇の原因は陸上の氷の融解と海水体積の膨張

まず、海面上昇が起こる仕組みについて整理したいと思います。地球温暖化に伴う海面上昇は主に、(1)陸上の氷河/氷床が融解して海に流れ込み、海水の量が増えることや、(2)水温が高くなって海水の体積が膨張することによって起こります。図1は過去に観測された海面水位変化を黒線で示しており、水位が1950年以降に上昇を続けている様子がわかります。このうち最近48年間(1971~2018年)に注目すると、上昇幅のほぼすべてを(1)と(2)の寄与で説明できることが確認されています。なお、近年ニュースで北極海の氷の面積の縮小が報じられていますが、北極海に浮かんでいる海氷は海水が凍ってできたものなので、融けても海水面の上昇にはほとんど結びつきません。これは、コップの水に浮かんだ氷のかけらが融けてもコップの水位に変化が起きないことと同様です(アルキメデスの原理)。問題となるのは陸上の氷河/氷床が融けて縮小した場合です。氷河とは、雪が陸上に降り積もって圧縮されてできた雪氷の塊で、重力の働きにより長期間に連続して流れるものを指します。山岳地域や南極・北極圏に分布します。氷河のうち、大陸や島全体を覆うほど大きなものを氷床と呼びます。こうした陸上の氷河/氷床から海に流れ込む融け水や氷が温暖化によって増加し、海洋の質量が増加することにより海面は上昇します。

2. 海面上昇の将来的見通し:21世紀末までに0.28~1.01m

(1)の効果に(2)の海水の膨張の影響などを合わせた海面上昇の将来予測はIPCC報告書で公表されています。2021年に公表されたIPCC第6次評価報告書によると、21世紀(1995~2014年平均から2100年まで)の海面上昇は0.28m~1.01mの可能性が高いと見積もられています(注)。海抜ゼロメートル地帯の存在する東京湾、伊勢湾、大阪湾の海岸堤防は2~3m以上の高潮(台風や低気圧による一時的な海面上昇)を想定して整備を進めているため、上記の範囲内ならば通常は水没する可能性は低いと考えられます。同報告書ではさらに21世紀の海面上昇に寄与する要因を示しており、最も大きいものとして海水体積の膨張、2番目に氷河の融解、または南極氷床の融解を挙げています。このほかにグリーンランド氷床の融解も大きな寄与を示しています。

3. 温暖化が5℃で安定化すると2000年後、海水面が19~22m上昇するとの試算も

より遠い将来においては、海面水位の上昇幅がさらに大きくなると予測されています。なぜなら、気温上昇をあるところで抑え、気候を安定化させたとしても、海面水位は過去の温暖化の影響を受けてすぐには上昇を止めないためです。たとえば温暖化が5℃で安定化すると想定した場合、海水体積の膨張や氷河・氷床の融解がゆっくりと進行し、海面水位は2千年後までに19~22m上昇すると試算されています。そうなれば、現在の海岸堤防のままでは数百年以上後の段階で海抜ゼロメートル地帯が水没の危険にさらされることになります。一方、温暖化が2℃に抑えられた場合、海面水位の上昇幅は2千年後までに2~6mと試算されています。従って、海抜ゼロメートル地帯の水没を防ぐには温暖化を抑制することが重要と分かります。
以上のことをまとめると、「温暖化すると陸上の氷河/氷床の縮小や海水の熱膨張によって海水面は上昇する。21世紀の間の上昇幅は、現在の海岸堤防がそのまま維持されるとすれば、東京湾、伊勢湾、大阪湾の海抜ゼロメートル地帯が水没するほどではない。しかし温暖化が非常に進んだまま気候が安定化した場合、数百年以上後には水没の危険が高まることが指摘されている」となります。

4. 当面は「高潮による浸水」の危険性への対策を

今後数年~数十年のうちに海抜ゼロメートル地帯が水没することはない見込みですが、数百年後までまったく問題なしと安心してしまうことはできません。なぜなら、上に挙げた21世紀の海面上昇予測(0.28~1.01m)は可能性が高い範囲を示しているに過ぎず、これより大きな海面上昇が生じる可能性も完全には排除できないためです(図1、点線)。つまり、可能性は低いものの仮に実現した場合に影響が大きい予測結果が存在します。これは、海面上昇のリスクを評価する際に無視できない要素と思われます。また、浸水の被害を避けるためには平均的な海面水位だけではなく、台風や低気圧などによる一時的な海面上昇についても考慮する必要があります。現在でも、台風が通過すると海岸付近は高潮により浸水の危険にさらされることがあります。海抜ゼロメートル地帯の海岸堤防は過去の大型台風による高潮を想定して整備されていますが、温暖化で海水面が上昇した場合、従来なら防げたはずの高潮を防げなくなる恐れがあります。さらに、台風の強度が温暖化に伴い増加することも予想されています。その意味では海抜ゼロメートル地帯「水没」の危険は数百年以上先ですが、「高潮による浸水」の危険はそれよりも早い時期から徐々に高まってくると考えられます。加えて、海岸堤防が十分に整備されていない地域は比較的小さな海面上昇に対しても脆弱であり、早い時期からの対策が必要となります(ココが知りたい地球温暖化「海面上昇で消える島国」参照)。今後は海面水位の監視を継続的に行うと共に、将来の海面上昇に備えて海岸や河川の施設整備等を進めることが重要になると思われます。

(注)21世紀の海面上昇は温室効果ガス排出が非常に多いシナリオ(SSP5-8.5)の下で0.63~1.01m、多いシナリオ(SSP3-7.0)の下で0.55~0.90m、中程度のシナリオ(SSP2-4.5)の下で0.44~0.76m、少ないシナリオ(SSP1-2.6)の下で0.32~0.62m、非常に少ないシナリオ(SSP1-1.9)の下で0.28~0.55mの可能性が高いと見積もられています。

図11900年を基準とした世界平均海面水位の変化。黒は過去の変化の観測値、それ以外の色は将来の変化の予測値を示す。予測では、温室効果ガス・エアロゾルの排出量などについて5つのシナリオを想定している。すなわち、温室効果ガスの排出量が非常に多いシナリオ(SSP5-8.5)、多いシナリオ(SSP3-7.0)、中程度のシナリオ(SSP2-4.5)、少ないシナリオ(SSP1-2.6)、非常に少ないシナリオ(SSP1-1.9)である。SSP1-2.6とSSP3-7.0については可能性の高い範囲を影で示した。予測のうち実線の部分では、海面水位に関係するプロセスのうち比較的よく理解されている部分のみが考慮されている。一方、点線の部分では理解が不十分なプロセスも考慮されている。点線の予測は可能性が低いものの、仮に実現した場合の影響が大きいため、リスク評価に資する情報として表示されている。IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)より、図SPM.8(d)を転載。
公開日:2024年10月11日

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