温暖化を話題にしたテレビ番組で、海に沈む島と称して、大潮のときに海水が地面から湧き出して膝まで浸かっている映像が映されることがあります。これは、温暖化による海面上昇の影響がすでに現れているということなのですか。
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 主任研究員
(現 社会システム領域 副領域長)
ツバルなどで見られる海水の湧き出しによる洪水の深刻化は、潮位だけでなく、島の地形、土地利用、波力など複数の要因が関わって生ずる現象ですが、そのメカニズムは十分に解明されておらず、現時点では温暖化による海面上昇が主原因と断定することはできません。ただし、首都フナフチでは2023年12月までの過去30年間に、平均4.48mm/年の潮位上昇傾向がありましたので、洪水の深刻化になんらかの寄与があったと考えられます。また今世紀中には世界平均で28〜101cmの海面上昇が予測されており、洪水の規模・頻度が高まるため、対策の検討・実施が必要です。
1. サンゴ島の国「ツバル」で見られる海水の湧き出し
テレビ番組などで「海に沈む島」としてよく取り上げられる島に「ツバル」があります。ツバルは南太平洋に位置する9つのサンゴ島で構成された国です。このうち、たとえば首都フナフチがあるフォンガファレ島の平均標高は1.5m、最も高い地点でも約4mしかありません。質問は、ここの島で撮られた映像のことを指しているものと思います。
フナフチで測定される平均潮位は季節により上下し、高い時と低い時で20〜30cm程度の差があります。また、潮汐による干満の差が大きい時には2mを超します。よって、潮位が高くなる春先の満潮時には、標高が低い地域では海水面より低くなってしまうところも出てきます。サンゴ礁の上に砂が堆積してできた島ですので、満潮時に海水面以下になる地域では、地盤(サンゴ礁)の穴を通じて水が滲み出してきます。島のあちこちで海水が地面から湧き出す現象は以前からも観測されてきたもので、温暖化により初めて生じるようになったわけではありません。
しかしながら、近年その地面からの湧き出しによる洪水が深刻化しつつあるとの住民の証言があります。これは、どのように考えればよいのでしょうか。
2. 首都フナフチでの過去30年の平均潮位の上昇は4.48mm/年
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第6次評価報告書(IPCC-AR6)によると、全球平均で見た場合、世界平均海面水位は、1901~2018 年の間に0.20(0.15~0.25)m 上昇しました(括弧内は90%信頼区間の不確実性幅)。その平均上昇率は、1901~1971 年の間は1.3(0.6~2.1)mm/年でしたが、1971~2006 年の間は1.9(0.8~2.9)mm/年に増加し、2006~2018 年の間には3.7(3.2~4.2)mm/年に更に増加しました。また、1971~2018 年に観測された海面水位上昇の50%が海洋の熱膨張で説明される一方で、22%は氷河での氷の減少、20%は氷床での氷の減少、8%は陸域における貯水量の変化が寄与したと見積もられています。
では、ツバル付近の地域的な海面水位についてはどうでしょうか。オーストラリア国際開発局の出資で1993年以降継続して行われている信頼できる計測によると、フナフチにおける1994年1月から2023年12月までの過去30年間の平均潮位の上昇傾向は、4.48mm/年で、世界平均よりも大きいものでした。この期間についていえば、なんらかの理由により平均潮位の上昇傾向があったといえます。ただし、長期の変化傾向とは直接関係のない短期的な海洋の変動性(たとえばエルニーニョによるもの)の影響も受けており、長期的な上昇傾向や温暖化の影響の大きさについては、現時点では断定的なことはいえません。今後も潮位計測を継続することで、この平均潮位の上昇傾向が一時的なものかどうか、温暖化がどれくらい寄与しているかなど、さらにくわしい情報が得られるようになると考えられます。
3. 洪水被害の深刻化は、要因の複合影響による
ツバルにおける海水の湧き出しによる洪水の深刻化は、潮位だけでなく、島の地形、土地利用、地下水、降水、波力など複数の要因が関わって生ずる現象であると考えられますが、その全体のメカニズムは十分に解明されていません。しかしながら、原因と疑わしきものをいくつか挙げることができます。
まず、上述の近年の短期的な平均潮位の上昇傾向は、その原因の候補の一つです。また、月・太陽と地球の位置関係によって起きる潮の干満と潮位の季節変動との組み合わせにより、毎年春先に記録される年間最高潮位は約4年半の周期で上昇・下降することがわかっており、年間最高潮位は高い年と低い年で10cm以上の差があります。この年間最高潮位の周期的変化は平均潮位の変化傾向には直接影響しませんが、大きな洪水が生ずるのは、その年間最高潮位が発生するときですので、これもまた島の住民が証言する洪水被害の深刻化に関わりがあるかもしれません。
さらに、20世紀に続いた人口増加にともない、1970年代以降に、沼沢地を埋め立てて出来た低地にまで居住地が拡大されてきたことがわかってきました。それらの地域の中には、春先の高潮時に海水面以下となるところもあり、海面上昇に対して脆弱な地域への居住者が増えたことになります。そのような社会的条件の変化も、高潮時の洪水被害増加に関わりがあると考えられています。
4. ツバルでの海面上昇に備えての対策が必要
将来に目を向けた場合、IPCC-AR6によると、温暖化により海面が上昇することはほぼ確実で、気候モデルを用いた今世紀中の全球平均の海面上昇量は28〜101cm(幅は将来の温室効果ガスの排出量見込みや予測に用いられた気候モデルの違いによる不確実性;1995~2014年の平均からの変化)と予測されています。たとえば、50cmの海面上昇が生じるとすれば、洪水の規模・頻度が急激に高まると予想できますので、対策の実施はどうしても必要になります。海面上昇に対して脆弱な地域からの住居の撤退を含む対策を、早い段階から検討しておくことの重要性は高いといえます。
(本回答の初回作成(2006年)に際して、茨城大学三村信男教授(当時)、国立環境研究所山野博哉主任研究員(当時)より、有用な助言を頂戴しました。ありがとうございました。)
- 神保哲生 (2004) ツバル 地球温暖化に沈む国. 春秋社.
- 2006-11-30 地球環境研究センターニュース2006年11月号に掲載
- 2010-09-28 内容を一部更新
- 2024-09-24 内容を一部更新