温暖化によって作物の収量が減ると聞きましたが、地域や作物によっては暖かくなることで収量が増えることもあるのではないですか。
地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室
NIESポスドクフェロー
(現 気候変動適応センター
アジア太平洋気候変動適応研究室長)
はい、暖かくなることで収量が増えると予想される地域や作物はあります。しかしながら暖かくなることで逆に収量が減ると予想される地域や作物があることも事実です。また収量が増えると予想される地域や作物も、あまりに気温上昇が大きいと逆に収量は減ることが予想されます。
1. 作物の収量はさまざまな要因によって左右される
作物の収量は気温、降水量、日射量などの気象要素と、大気中の二酸化炭素(CO2)やオゾン(O3)濃度などの大気環境要素、土地の肥沃度、保水性・排水性などの土壌要素、人間による肥料投入量や管理の仕方、灌漑施設の有無などの人為的要素といったさまざまな要因に左右されます。ここではこれらのうち大気中CO2濃度の増加とそれが及ぼす気候変化に関し、これらの変化がどのように作物の収量に影響を与えるのかを説明します。
環境変化に対する作物の収量への影響は、光合成を介した作物の応答に大きく依存します。光合成はCO2を原料に光エネルギーと水を利用して炭化水素を生成する生化学反応です。光合成は原料であるCO2の量が増加すれば促進されます。したがって大気中のCO2濃度が増加すると作物の収量は増加します。この効果はCO2が肥料のような効果をもたらすので、CO2の施肥効果と呼ばれています。また光合成は反応のエネルギー源である光エネルギーが増加すると促進されるため、日射量の増加は作物の収量を増加させます。一方、降水量が減少して根から吸い上げる土壌中の水分量が減少したり、気温上昇が蒸散量を増加させ、これに見合う土壌中の水分量が十分でなかったりすると、葉中の水分量が低下することにより光合成が抑制され、作物の収量は減少します。また光合成はその反応過程に酵素と呼ばれる蛋白質によって反応が触媒される酵素反応を含んでいます。蛋白質が酵素として機能を発現するには最適な温度(至適温度)があるために、光合成は気温の影響を受け、気温変化は作物の収量を変化させます。なお光合成の速度は至適温度で極大となり、至適温度から離れるにつれ遅くなります。
このほか、葉におけるCO2と水分(水蒸気)の通り道である気孔は環境変化に対し敏感に反応し、気孔が開閉することにより間接的に光合成に影響を与えます。たとえば気孔は湿度の低下に対し、その開度を下げ、蒸散を抑えるために、CO2の取り込み量が少なくなり、光合成は抑制され、作物の収量は下がります。また低温が制約となって作物の生長可能な期間が短いような地域では、気温上昇は生長期間を延長させ、作物の収量を増加させます。しかしながら、すでに十分な生長期間のある地域では、気温上昇は受精から成熟までの登熟期間を短縮させるため、逆に作物の収量を減少させます。また温暖化と関連深い作物の収量への影響として、作物の高温および低温障害があります。作物の一生で花の芽(花芽)が形成される頃から開花、受精にいたるまでの期間は、気温変化に対し特に敏感な時期です。このためこの時期の極端な高温および低温による温度環境の不良は、花粉の発達阻害や受精阻害を通じて、作物の収量を減少させます。日本の水稲の場合、ほとんどの地域で8月に開花、受精の時期をむかえます。したがって温暖化による夏の高温は、北海道や東北地域などの低温障害による収量減少を緩和するものの、その他の地域では高温障害により水稲の収量を大きく減少させると考えられています。
2. 作物の収量変化には地域差、作物差が大きく影響する
温暖化時の作物の収量変化の地域差は、現在の気温に大きく左右されます。例えば現在の気温が低くて十分な生長期間が確保できなかったり、あるいは気温が光合成の至適温度より低い地域などは、ある程度の気温上昇は生長期間の延長や至適温度に近づく効果により、作物収量を増加させると予想されます。ただし、気温上昇があまりに大きいと、登熟期間の短縮や高温障害、気温が至適温度を超えて離れる効果が現れるため、逆に作物収量は減少すると予想されます。一方、現在の気温が高い地域は、たとえ1〜2°C程度の気温上昇でも登熟期間の短縮や高温障害、至適温度より離れる効果を引き起こし、作物収量を減少させると予想されます。このように現在の気温の違いによる温暖化時の作物収量の変化の違いを示したのが図1です。例えばトウモロコシを見てみると、現在の気温が10°C以下の地域では、2.5°C以下までの気温上昇では、様々な予測の平均でみると収量が増加することがわかります。一方、現在の気温が20°Cを超えるような場所では、こちらも予測の平均でみると、1.5°Cの気温上昇でも収量が低下し、1.5から2.5°Cの気温上昇では平均で50%程度の収量低下を引き起こすことがわかります。図1からは作物収量の変化が作物によって違うこともわかります。これは気温上昇やCO2濃度の変化、乾燥といった環境変化に対する作物の応答が作物ごとに違うことより生じます。例えば、図1でトウモロコシとイネを比べると高温になったときにトウモロコシは非常に大きな収量低下が見られますが、イネについては収量は低下するもののトウモロコシほどではありません。ここでこの図1では横軸に気温上昇をとっていますが、同時にCO2濃度の変化や降水量の変化も考慮されていることに注意してください。例えばより高温になる場合はCO2濃度も高くなっているので、CO2濃度に対する作物応答もこの図の中では考慮されています。イネはトウモロコシに比べるとCO2濃度増加に対する施肥効果が大きいため、これはイネがトウモロコシより収量低下が小さい要因の一つと考えられます。これはダイズ・コムギも同様です。降水量の変化については、気温上昇やCO2濃度の変化と違い、増加する地域もあれば減少する地域もあるので、気温上昇で整理したこの図から明確な傾向を見出すことはできません。ただ降水量変化の予測は大変難しく、複数の予測で増減が異なることもあるので、そのような予測の不確実性が収量変化の予測の幅を大きくしていることが考えられます。
3. 気温変化に「適応」させて収量を確保
以上に見たように、温暖化の影響は地域と作物により異なりますが、気温上昇が大きいときは概ね収量は減少します。ではわれわれはこれを黙って見ているしかできないのでしょうか? いえ、そんなことはありません。温暖化に適応することにより、収量減少をある程度、防ぐことができます。ここで適応とは品種の変更、播種日の変更、灌漑施設の整備等を行うことにより、温暖化の影響を低減させることです。たとえば品種の変更では、高温耐性品種と呼ばれる高温に強い品種を植え付けることで、温暖化による高温の影響を軽減することができます。また播種日を変更することで、開花期を暑い時期に当たらないようにして、温暖化の影響を防ぐことも可能です。表1に、農業分野での適応策について、それぞれの効果・コスト・導入時間・実施主体についてまとめたものを示します。このように適応策といってもさまざまなものがあることがあるのがわかります。重要なことはそれぞれの適応策の特徴を掴み、適切なものを適切なタイミングで実施していくことです。またどれか一つの適応策ですべてが解決するようなことはありません。さまざまな関係主体が手を組んで、協力的に適応策を実施していくことが重要だと考えられます。
1)内嶋善兵衛 (2005) 〈新〉地球温暖化とその影響—生命の星と人類の明日のために—. 裳華房.
2)陽捷行 (1995) 地球環境変動と農林業. 朝倉書店.
3)堀江武ら (1999) 作物学総論. 朝倉書店.
- 2007-11-01 地球環境研究センターニュース2007年10月号に掲載
- 2013-09-19 内容を一部更新
- 2016-08-26 内容を一部更新
- 2024-09-17 内容を一部更新