温暖化が進むと生物種が3割も絶滅してしまうと聞いています。人間は大丈夫なのでしょうか。
生物多様性領域 生態リスク評価・対策研究室長
温暖化の進行に伴い、既に世界中の全ての地域で、大雨や干ばつなど多くの極端現象が引き起こされており、農業・漁業、インフラ、感染症等の健康面などさまざまな側面から人間社会に被害がもたらされています。そのため、このまま温暖化が続けば、人間社会の持続性が大きく損なわれる恐れがあります。また、人為的環境破壊(森林破壊や汚染など)によって生物の生息地が縮小し、遺伝子や種の多様性が減少することで、生態系の温暖化に対する脆弱さが高まっており、温暖化の進行は、さらなる種の絶滅をもたらすとされます。温暖化と生態系の劣化が負のスパイラルとなって進行することで、利用可能な自然資源が減少し、人間社会はますます危機的な状況に立たされる可能性があります。人間自身が生物の中でも強く自然生態系に依存しており、その恩恵なくしては生存できない存在であることを十分に認識して、生物多様性保全および回復のために、環境への負荷を低減させるライフスタイルに移行する努力が社会および個人に求められています。
1. 温暖化しても人間は大丈夫なの?
人間は、恒温動物であり、生物学的には温度変化には順応できる種ではありますが、近年の気温上昇に伴い、夏季には熱中症患者が続出するなど、気候変動の深刻な健康被害がすでに人体に及んでいることが示されています。また、夏季の異常高温のみならず、大雨や巨大台風、干ばつ、異常寒波など、地球温暖化は気象の極端現象を招いており、農業・漁業などの食糧生産や、住宅、電力供給などのインフラに対しても大きな被害をもたらしています。その結果、人間生活の安心・安全も脅かされる状況が広がっています。
人間は、この地球上において、ありとあらゆるエリアに生活圏を広げ、繁栄を極めていますが、その繁栄は、人間自身が自らの生息空間を、文明の利器によって住みよい環境に改変してきたことで作り上げてきたものです。逆に言えば、農業や水産業による安定した食糧供給、インフラによる快適な居住空間など、人間による人間のための生活環境の維持ができなければ、人間ほど自然環境の脅威に対して脆弱な生物はいないのです。
そのため、今後さらに温暖化が進行し続ければ、人間生活の安全性が大きく損なわれ、人間という種そのものの存続も危うくなると危惧されます。また、その危険性は、温暖化も含めた人為的要因がもたらす生態系の劣化によって、さらに高まると考えられるのです。
2. 温暖化すると生物種は減るのか?増えるのか?
2022年に公表された気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第6次評価報告書では数万種を対象として評価した結果、「陸域生態系では、1.5°C の地球温暖化の水準で、3~14%、 2°C で 3~18%、3°C で 3~29%、5°C で 3~48%の生物種が極めて高い絶滅のリスクに直面する」と予測されています。一方、海洋の生態系については、IPCCが2018年に提出した「1.5℃特別報告書」によれば、世界の平均気温が1.5℃上昇すると、世界のサンゴ礁の70~90%が消失し、2℃になると事実上絶滅すると指摘されています。データの蓄積や予測モデルの精度の向上によって、絶滅リスクの予測値は今後も変化して行くと考えられますが、少なくともかなりの割合で生物種が絶滅することは避けられないと言えるでしょう。
実際に近年、高山帯や北極などの寒冷地において、気温の上昇が原因で減少していると考えられている生物種は多数報告されています。暑さに弱い生物が温度上昇で滅んでいくという事例は直感的にもよくわかる話ですが、一方で、熱帯のように元々気温が高い環境に生息している生物種は、温暖化によって生息域が拡大して、むしろ個体数が増加するのではないか、とも思えます。
実際に地球上で最も生物多様性が高い地域、すなわち、生物種数と個体数が大きい地域は、赤道に近い熱帯の地域です。特に熱帯雨林と呼ばれるジャングル地帯は地球全体の陸上面積のわずか7%しか占めませんが、陸上生物の40%以上がこの地帯に生息するといわれています。温暖化によって熱帯地域が広がるのであれば、生物多様性は今よりもさらに高くなると予測されてもおかしくはありません。
しかし、現実には、熱帯雨林は、減少の一途を辿っていて、地球レベルでの生物多様性減少につながっているとされます。そもそも、熱帯雨林に存在する生物種の多くは、暑ければ増えるというものではなく、適正な温度と湿度の中でのみ生息できるのです。
熱帯雨林では、鬱蒼と繁る広葉樹の樹冠がキャノピーの役割を果たし、林内の気温と湿度が適度に保たれていることで、樹木も含めて、様々な動植物が生息することができています。健全な生態系システムによる生息環境の安定性があって初めて熱帯雨林エリアの豊かな生物多様性は持続可能となるのです。
その生物多様性のホットスポットである熱帯雨林エリアは、現在、人間による森林伐採・土地開発によって急速に面積の減少および分断化が進んでおり、林内環境の悪化に伴って、生物多様性の衰退が止まらない状態にあります。その結果、熱帯雨林の生態系に備わっていた環境変化に対する抵抗力が弱まり、温暖化による被害を一層受けやすくなっているのです。
このまま森林破壊および温暖化の進行が続けば、熱帯雨林エリアの生物多様性減少速度はさらに加速し、地球全体の生物多様性の大規模な減少につながると危惧されています。
3. 人間活動がもたらす第6の大絶滅
地球上では35億年の生物史上5回の大絶滅が起きたとされ、その都度、地球上の生物の70〜90%が死滅したとされます。これらの大絶滅は、巨大火山の噴火や巨大隕石の落下などの天変地異がもたらした大規模気候変動が主たる原因と推測されています。
例えば、最も激しい絶滅だったとされるペルム紀末期(今から約2億5000万年前)の大絶滅の原因は、シベリアの巨大な火山帯の噴火がもたらした温暖化と海洋酸性化とされます。火山活動に伴って、CO2やメタンなどの大量の温室効果ガスが発生し、地球規模の気候変動がもたらされ、わずか20万年の間に、地球上の生物の95%以上が死滅したと推定されています。
こうした自然現象による大絶滅とは別に、現在、人間自身が引き金となって、第6の大絶滅が引き起こされようとしていると、多くの研究者が警鐘を鳴らしています。2019年に世界の研究者や専門家らが参加する政府間組織「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」が発表した報告によれば、現在、100万種もの動植物が絶滅の危機に瀕しており、絶滅速度は過去 1,000万年間における平均速度の数百倍に達しているとされ、白亜紀末期の大絶滅と比較しても現在の絶滅スピードは速いと推定されています。
史上空前の速度で進行しているこの現代の絶滅の原因は、自然現象による天変地異ではなく、人間活動によるものとされます。その一つが、大量の温室効果ガスの排出がもたらしている地球温暖化です。現在の温室効果ガスの排出速度(年間当たりの排出量)は、上記のペルム紀末期の大火山噴火時よりも大きいという推計結果もあり、このままの速度で温室効果ガスを排出し続ければ、史上最悪の大絶滅につながりかねないことになります。しかも、温暖化以上に深刻かつ急速に生物を絶滅に追い込んでいる要因が他にいくつもあるのです。
国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature::IUCN)の調査によれば、現代の絶滅をもたらしている最大の要因は、人間活動による生息地の破壊とされます。今や、世界の陸地の75%が人為的に改変されており、熱帯雨林をはじめとする自然林は急速に減少し、一見、緑豊かに見えるエリアもほとんどが二次林・人工林に置き換わっています。現在の地球上の人工建造物の総重量は、森林の総重量を上回るという計算結果も報告されています。
そのほかにも、乱獲、化学物質や廃棄物による環境汚染、外来生物の持ち込みなど、様々な人間活動によって、生物の生息環境に大きな負荷がかかり、生物の絶滅が加速しています。その結果、生態系の環境変化に対する抵抗力が劣化し、大気中の温室効果ガスも吸収・処理しきれなくなって、温暖化が加速するという負の相乗効果が生じています。
4. 生態系の崩壊と人類の危機
本来、地球上の生物は、生態系というシステムの中で物質の循環と活動エネルギーの生産・消費を行い、その生息数のバランスをとってきました。すなわち、太陽光エネルギーによって植物が二酸化炭素と無機物から酸素と有機物を作り出し、それを1次消費者である草食動物が利用して活動エネルギーを得て、さらにその草食動物を高次消費者である肉食生物が利用して活動エネルギーに転換する、というふうに生物の階層性が構築され、各階層で利用できる栄養資源に限りがあるので、必然的に個体数も制限され、高次消費者になるほど個体数が小さくなるという生態系ピラミッドが造られていたのです(図1上)。
ところが人間の人口が爆発的に増加し、さらに一人当たりの資源消費量が莫大となっている現在では、このような生態系ピラミッドは完全に崩壊して、巨大な消費者の傘として人間は生態系の頂点にのしかかっています。人間集団によって、野生生物たちは資源と生息域が奪われ続け、その結果、生物多様性の劣化が引き起こされているのです。
そして、人間社会を支えるには、もはや太陽光だけではエネルギーが足りなくなり、人間は化石燃料を掘り出して、エネルギー生産と物質生産に充当するようになったのです。その結果、プラスチックなど自然界では分解不能な化合物が環境中に蓄積して環境汚染が引き起こされ、自然界の吸収能力を完全にオーバーしたCO2の排出が続くことで、地球温暖化が引き起こされています(図1下)。
生物多様性の劣化、環境汚染、そして地球温暖化という重大な地球環境問題は三位一体であり、その根源は人間によるエネルギー及び資源の大量消費、および大量廃棄にあると結論されます。
一方、人間活動による環境改変は、生物界に新たなる進化と適応のチャンスを与え、それが人間社会に負のインパクトをもたらそうとしています。人間が土地開発を進めるなか、人為的撹乱地に適応的なアライグマやヒアリなどの有害生物が分布を広げ、人間社会にリスクをもたらしています。
また、生物多様性は、ウイルスなどの病原体のゆりかごとしての機能も果たしており、自然生態系では、様々な宿主動物とともに多様なウイルスが共進化し、安定した共生システムが構築されていました。ところが、人間が野生動物の生息域を撹乱し、その奥地まで足を踏み入れたことで、野生動物の世界に封印されていた病原体ウイルスが人間社会にスピル・オーバー(流出)して、現代の新興感染症が引き起こされているとされます。
人間集団のように、生態系においてこれだけ「定員オーバー」で「密」に生息する動物がいれば、必然的にそれを捕食する天敵生物が進化します。特に、ウイルスから見れば、人間は格好の餌です。人口が多い上に免疫もさして強くはない、そんな脆弱な動物集団を資源として利用しない手はないわけで、自然界から人型へと進化した新興感染症ウイルスが襲来してくるのは、起こるべくして起こった自然の摂理とも言えるでしょう(図1下)。
5. 人間は生態系から恩恵を受けて生きている
人間活動によって、多くの野生生物が存続の危機に立たされていることは、重大な環境問題です。しかし、それは「可愛い動物や美しい植物が姿を消して可哀想、悲しい」というような感傷論で済まされる問題ではなく、私たち人間がこの地球上に生存し続けることができるか否かに関わる問題なのです。
私たち人間が生きていく上で必須の酸素や水は、自然生態系から供給されており、さらに農作物の新しい品種や医薬品の素材となる植物・微生物などの遺伝子資源、レクリエーションや野外活動の場となるフィールド、文化・芸術の源となる美しい風景など、人間社会に不可欠な資源と機能も、すべて自然生態系から提供されているものです。すなわち、人間は他の生物種以上に自然生態系に依存しており、その恩恵なくしてはわれわれ人間の存在は成り立たないのです。
人間を頂点とした不安定な生態系ピラミッドは生物多様性の減少によって、いつ崩壊するかわかりません。そして、生態系が崩壊した時に、最も危機的状況に直面するのは、生物学的に最も脆弱な動物である人間自身だということを、私たちはまず知る必要があります。
取り返しのつかない事態が起こるかもしれないという予測不能性を十分に考慮して、これ以上生物多様性が減少しないように策を講じることは、人間社会の存続のために最も必要とされていることだと言えます
- IPBES(2020)生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書/政策決定者向け要約. 環境省.
- オズワルド・シュミッツ(日浦勉 訳)(2022)人新世の科学 ニュー・エコロジーがひらく地平. 岩波新書.
- 五箇公一(2021)人類の進歩が招いた人類の危機 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文. ダイヤモンド社
- 2008-06-05 地球環境研究センターニュース2008年5月号に掲載
- 2015-05-13 内容を一部更新
- 2024-09-22 内容を一部更新