国立環境研究所西廣 淳副センター長
国立環境研究所
西廣 淳副センター長

猛暑で外に出られない日が増え、ゲリラ豪雨で電車が止まる。気候変動は様々な形で私たちの暮らしに影響しています。そしてそれは同時に、これまで私たちがつくってきた社会の仕組みが、変わりゆく気候や自然にうまく適応できなくなりつつあることを示すサインかもしれません。

これから、私たちの暮らしはどのようにあるべきなのでしょうか。今回は、生活に密接に繋がっている「生態系」をテーマに、生態系保全と気候変動適応の専門家である、国立環境研究所の西廣 淳副センター長にお話を伺いました。

西廣副センター長が教えてくれたのは、気候変動対策は単に「暑さをしのぐ」「防災」など対処するだけの話ではないということ。「気候変動」という入り口を通じて、これまで私たちが当たり前だと思っていた「社会の仕組み」や「自然との関係性」を見直し再構築するチャンスであるということでした。

目次

気候変動だけじゃない。生き物たちの「耐える力」を奪っているもの

西廣副センター長は、気候変動による生態系への影響は、去年暑かったから今年変わるという単純なものではなく長期的なトレンドを見ることが重要だと語ります。

「いくつもすでに起きている変化はありますね。気候変動影響評価報告書にまとめられていますが、1950年代から桜の開花日が10年に1.1日程度早まっていたり、紅葉が遅くなったり、そうした季節の変化はあります。
あと、生き物や植物の生息域、分布域の変化もあります。特に陸よりも海の方がより物理的な遮蔽物がないので影響がでやすいです。サンゴなどは相当な速度で北側に移ってるということが分かっています」

生き物たちは、環境変化に対応し、暮らし方や暮らす場所を変化させます。サンゴの分布域は年間14kmものスピードで北上していることが分かっています。

出典:国立環境研究所 海水温上昇にともなうサンゴ分布の北への急速な拡大について

しかし、西廣副センター長は「気候変動そのもの」の影響よりも、「人為的な影響が生態系に対して気候変動に対する耐性を下げている」ことがより深刻だと指摘します。

「例えば、本来、川の中には水温が高いところや低いところがありますよね。石があったり、草が生えていたり、木が覆っていたり、そうやっていろんな場所があるから、暑い日には涼しいところに移動しながら、水の中の生き物は暮らせるわけです。
だけど排水機能だけを重視したら3面コンクリート張りの四角い水路にするということが起こってしまう。 農地開発とか土地開発に伴って、生き物たちは暮らす場所を選ぶ選択肢を失っていきます。
その結果、気温や水温の変化に耐えにくくなるなど、気候変動による脆弱性が高まっていく。つまり人為的な影響がまずあって、その上に気候変動が重なることで、影響がより深刻なものになっていく、そんな関係があるんです」

こうした構造は、生態系に限った話ではありません。私たち人間の暮らし、そして防災のあり方にも、同じことが言えます。

アスファルトやコンクリートで覆われた都市は、雨水を地面に吸い込むことができません。極端な豪雨が増える未来では、排水路だけでは処理しきれず、浸水被害が増える恐れがあります。自然の「受け止める余地」を削ってきたことが、災害リスクとして私たち自身に返ってきているのです。

そして何より、西廣副センター長が危惧するのは「ウェルビーイング(幸福度)」の低下です。自然とのつながりが断たれた無機質な都市での暮らしは、私たちの心からも「ゆとり」を奪ってしまうのかもしれません。

効率を重視してきた結果、私たちの社会は便利になる一方で、変化に弱い構造を抱えるようになり、その影響は生態系や私たちの暮らしに及んでいます。

じゃあ、どうする?「グリーンインフラ」という賢い適応

西廣副センター長は適応策について、「多少気温が上がっても存続できるようなシステム」のあり方を考えることが大事だと教えてくれます。

「気候変動の影響について、人間に直接影響のある課題を見つけて叩くという発想ではなく、それを生み出している社会構造の背景を分析して、今とは違う社会の仕組みを考えられないだろうかっていうのが大事だと思っているんです」

西廣副センター長は全国のフィールドで、自然再生、地域活性化、気候変動適応という多様な課題に対し、自然の機能を活用する「グリーンインフラ」の研究を行っています。

「例えば、今取り組んでいる静岡の麻機遊水地のプロジェクトがあります。遊水地というのは、雨が降ったときに水を一時的に貯留できる空間で、防災の施設として重要な役割を持っています。
一方で平常時には、この場所は自然が豊かな公園として活用され、福祉や教育目的での活用など、人と自然の関係、人と人の関係を育む場としての役割を担っています。この空間で育まれた地域コミュニティの連携力は、非常時の助け合いにもつながるでしょう。
そうした「非常時の備え」と「日常の恵み」を切り離さずに、一体で増やしていく発想は、特定のリスクを下げるというよりも、システム全体の対応力を向上させることになると考えています」

西廣副センター長が重点的に活動している場所の一つに、千葉県の印旛沼流域があります。そこでは、防災や水質浄化、生態系保全といった軸ごとに、どこで取り組めば効果が大きいかを定量的に評価し、その結果を地図に落とし込む整理が行われています。

里山グリーンインフラマップ

「インフラというと道路や鉄道などの人工物を思い浮かべがちですが、もともとの意味は『基盤』であり、自然も大切なインフラといえます。都市化が進む以前は、雨が染み込みやすい場所、溜まりやすい場所、栄養が多い場所、涼しい場所など、自然の特徴を読み解いて活用していました。これは、言い方を変えると『自然をインフラとして活かす』社会だったといえます。
気候変動と人口減少が進む中、人工物だけでなく、自然をインフラとして活用することは、今後さらに重要になると考えています。それは、暮らしを昔に戻すことではなく、現代や未来のニーズに対応して、新たな視点で自然を活かすことです。

私たちは今、千葉県を主なフィールドにして、防災、水質浄化、脱炭素など、今後より重要になる課題の解決に対する自然の活用手法を研究しています。同時に、取り組みの効果が高い場所を地図にして、オープンデータとしてweb で公開しています。次のステップとしては、企業や関係者が支援しやすい形、その地図をどう活用していくか、というところに取り組んでいます。
このような自然の活用では野生の動植物との関係を特に重視しています。野生生物は、社会の状態を映し出す鏡とも言えます。たとえばホトケドジョウという生き物は、湧水が多い場所に生息します。地域によってはお祭りで捧げものにされるなど、文化の大事な要素でもあるのですが、それは湧水が農業や暮らしにとっても大切なものだったからでしょう。

湧水は周辺で都市化が進むと枯渇します。しかし、都市化が進む中でも、緑地を保全することや、雨水浸透機能を向上させることで、回復させることもできます。『私たちの自然の利用の仕方は適切か?』という問いを、地域で人間よりも長く暮らしてきた生き物にも尋ねながら進めるという姿勢は、賢明なアプローチになるのではないでしょうか」

「開発か、保全か」の二項対立で語るのではなく、自然の力を生かしながら、経済、防災、暮らしの豊かさを求めていく。そんな「賢い適応」が求められているのです。

未来を変えるのは、我慢ではなく「しなやかさ」。今日からできる適応アクション

西廣副センター長のお話からはポジティブな未来が見えてきます。それは「効率」一辺倒だった社会から、変化を受け入れ柔軟に対応する「レジリエンス」を持った社会への転換です。

私たち一人ひとりにできることも、実はたくさんあります。 「我慢して昔の生活に戻ろう」ではなく、新しい技術やデータを使いながら、賢く自然と付き合うライフスタイルへのアップデートです。

ハザードマップを見るのも大切ですが、散歩ついでに実際に街を歩いて「ここは雨水が溜まりやすそうだな」と水の逃げ場を見てみる。それは災害への備えであり、地域の自然を知る第一歩です。緑豊かな公園や遊水地のある街づくりに関心を持ったりする。そうした場所へ遊びに行くことも、立派な適応アクションです。

「#適応しよう」ページでは、こうした「様々な適応」を含め、これからの時代を快適に暮らすための「15の適応アクション」を紹介しています。
未来を快適に暮らすために必要なのは、特別な誰かの大きな決断だけではありません。
あなたが今日選ぶ、ほんの小さな「適応」の積み重ねが大切です。
まずは身近なアクションから始めてみませんか?

気候変動に関する研究者インタビュー2025