プロジェクトの概要
| 研究課題名 | 気候変動適応の社会実装に向けた総合的研究 |
|---|---|
| 研究代表者 | 肱岡 靖明(国立環境研究所 気候変動適応センター) |
| 研究期間 | 2025~2029年度 |
研究の背景と目的
IPCC WGII AR6において次のことが指摘されている。
- 気候変動は危険かつ広範な自然破壊を引き起こし、適応の努力にも関わらず気候変動は数十億人の生活に影響を及ぼしており、特に世界人口の半数以上が住んでいる都市部では気候変動影響が増長している。
- また、気候変動は、天然資源の持続不可能な利用、生息地の破壊、都市化の進展、不衡平と組み合わさり、適応能力を低下させ、温暖化が少しでも進むごとにリスクは増加する。
我が国でも気象の極端化、健康や農作物への悪影響、生態系の変化等を日々の生活においても実感している。今後、気候変動の進行に伴い、猛暑や豪雨によるリスクは更に高まることが予測されている。
中でも熱中症死亡数は増加傾向が続いており、近年では年間千人を超える年が頻発している。これは自然災害による死亡数をはるかに上回っている現状である。今後、気候変動の進行に伴い極端高温の発生頻度も増加すると見込まれ、我が国において熱中症による被害の拡大が懸念されている。
進行する気候変動とその影響はもはや「遠い未来にいつか来る課題」ではなく,「今まさに直面している課題」であり,将来の影響を回避・軽減するために如何に備えるかだけでなく,現在生じている影響にどう対応するかも含め,適応の社会実装が喫緊の課題となっている。
これまで気候変動及び気候変動影響の予測研究が進められてきた結果、一定程度の知見の蓄積が図られ、国や地方公共団体、企業等による気候変動影響評価において活用されてきた。実際に適応策の検討や実践を進める上では、将来予測等の知見に加えて、適応策に関する知見、将来の影響に備えるための検討手法などが必要であるが、現状十分な科学的知見が提供されていない。
本プロジェクトでは、気候変動適応が社会に実装されるために必要な科学的知見の創出を目的とする。
全体目標
本プロジェクトの目的、つまり気候変動適応の社会実装に必要な科学的知見を創出するために、次の4つを全体の目標として掲げる。
- ① 気候変動適応への取組を科学的に支援するためのシステム開発
- ② 気候変動に対する地方及び都市域における包括的な適応戦略の解析・創出
- ③ 適応策実践に向けた課題の抽出とソリューションの提案
- ④ 気候変動に伴う健康影響に関するデータドリブンな解析の実施
個別目標
- 【 総括テーマ 】
本研究では、S-24プロジェクト全体で創出される様々な科学的知見を統合するために、プロジェクトで共通して利用する気候シナリオや社会経済シナリオ、将来影響予測の期間や時空間解像度、適応策データベースの項目など、研究の全体方針を設定して提示する。また、本研究で開発する、適応策優先度ツールや適応経路推計ツールに加え、サブテーマ1(2)から提供される気候変動影響のトレンドと現状のリスクレベル、テーマ2~5と協働して開発する全国1㎞メッシュの影響予測結果群や適応策データベースを組み込んだ「気候変動適応実践支援システム」を構築する。さらに、適応を推進するステークホルダーの理解を促進するために、サブテーマ1(3)と協働し同システムを活用して、プロジェクト全体の成果を踏まえた持続可能な将来像に繋がる複数の適応のストーリーライン開発に貢献する。 - 【 地域テーマ 】
農業と流域治水、森林管理、水産業に関する様々な気候変動適応策を、それぞれの分野について網羅的に高い空間解像度でその経済性含めて詳細に評価するとともに、それらの分野の各適応策の分野間のシナジー的な効果やコンフリクトになる要因を探索する。また、それらの分野間の知見を統合し、農地利用の変換や氾濫許容範囲の選択も含めた地域の土地利用や産業構造自体の変化まで含めた、俯瞰的な適応策を評価・提案する。得られた知見をデータベース化し、テーマ1の気候変動適応実践支援システムの構築に寄与するとともに、地域適応計画だけでなく、現在の地方の政策立案と改革にも資する知見を提供することを目標とする。 - 【 都市テーマ 】
水供給、洪水・海面上昇、暑熱関連リスクについて、社会・経済面の変化を考慮して気候変動影響を予測する。各分野で考えうる適応策について、効果やコストも含めて整理し、影響予測モデルによるが可能であるものについてはその効果を定量的に評価する。政策決定者等との議論などを通じ、都市の規模や地域による有効な適応策の違いを考慮して、適応策の実効性を高める。 - 【 適応社会実装テーマ 】
気候変動適応の実践においては様々なステークホルダーレベルでの現状と課題を理解し、適応促進に向けた戦略を提案することが必要である。本テーマでは、個人、コミュニティ、企業、地方自治体、国といった異なるレベルを対象に、大規模調査と個別の聞き取り調査を通じて、適応の現状、現場での適応における課題、制約、促進要因を明らかにし、適応促進に向けた施策の提案と評価を実施する。 - 【 暑熱健康テーマ 】
地域性や季節性、年齢や労作等をも加味した重み付けによる熱中症予防に資する情報提供を行う、より粒度の高いデータを基にした熱中症予防を推進し、重症熱中症患者数や死者数を減ずる。また、アプリ開発において、今までコラボレーションがなかった分野をつなぎ、分野横断的研究によりシナジー効果を新たに生み出す熱中症予防の方略を開発することを目指す。
研究の内容
本プロジェクトでは、統一的な全国規模の影響予測・適応評価をめざして、次の5つのテーマが密接に連携・協働して研究を推進する。
- 【テーマ1】気候変動適応実践支援システムの構築と応用に関する研究
テーマ1ではS-24プロジェクトで創出される科学的知見を統合するために、研究の全体方針を設定して提示する。また、本研究で開発する、適応策優先度ツールや適応経路推計ツールに加え、サブテーマ1(2)から提供される気候変動影響のトレンドと現状のリスクレベル、テーマ2~5と協働して開発する全国1㎞メッシュの影響予測結果群や適応策データベースを組み込んだ「気候変動適応実践支援システム」を構築する。また,適応を推進するステークホルダーの理解を促進するために、サブテーマ1(3)と協働して、持続可能な将来像に繋がる複数の適応のストーリーライン開発に貢献する。
- 【テーマ2】気候変動に対する地域単位の包括的な適応戦略の解析・創出
気候変動は農業や洪水、森林、水産業に大きな影響を及ぼし、それぞれの分野で研究が進められてきた。しかし適応策は個別に議論されるのではなく、地域という単位で分野横断的に統合して考える必要がある。たとえば洪水被害は強度だけでなく土地利用にも依存し、農業においても品種開発に加え洪水リスクや最適栽培地域を考慮することが重要である。本テーマでは、農業・河川・森林・水産業の知見を統合し、高解像度かつ経済的視点から適応策を評価する。そのうえで、相乗効果やコンフリクトを分析し、包括的な地域適応策を提示する。人口減少と気候変動という現実的課題に対応するシステムチェンジも視野に入れ、実践的な適応への足がかりとなる研究を目指す。
- 【テーマ3】都市域の気候変動リスク評価と適応戦略の解析
日本の都市域を対象として、都市の規模による気候変動影響や有効な適応策の違いを評価するなど、都市における気候変動影響と適応戦略に関する幅広い分析を行う。人口や土地利用等気候変動以外の要素も考慮して、水供給、沿岸域の洪水や海面上昇、暑熱関連リスクに関する気候変動影響および適応策の効果を評価し、社会変動も踏まえた適応戦略を提示する。成果の受け手である地方公共団体や地域気候変動適応センター等と議論を深め、提示する適応戦略の実効性を高める。
- 【テーマ4】適応実践に向けた異なるステークホルダーレベルでの課題の抽出とソリューションの提案
個人、コミュニティ、企業、地方自治体、国といった異なるレベルを対象に、気候変動適応の現状、現場での適応における課題、制約、促進要因を明らかにし、適応促進に向けた施策の提案と評価へと繋げる。
- 【テーマ5】気候変動に伴う健康影響に関するデータ収集・データドリブンな解析
熱中症の初期診断、予防啓発から医療機関への受診誘導、患者重症化予防を促し、個々の患者データを領域横断的に取得する熱中症アプリを開発する。発症時の位置情報(屋内・屋外)・発症様式(運動・安静時)環境(WBGT・エアコンの使用等)の情報を個々の患者よりタイムリーに取得することにより、WBGTの絶対値のみによる熱中症警戒情報、特別警戒情報の発表に資するアラートの補足因子たるべき情報を収集し検討する。
環境政策等への貢献
本研究の成果は、以下の項目への貢献を目指しております。
国・地域レベル
- 地方公共団体等による計画的かつ適切な適応取組の実施や充実,課題となっている部局間連携
- 2030年熱中症による死亡者数半減
国際レベル
- アジア太平洋地域における気候変動適応情報プラットフォームとの連携強化