海水温の上昇でサンゴが白化したり、南の海の生物が見つかるようになったというニュースを見ます。実際に気候変動によってどんな海洋生物にどのような変化があるのでしょうか?
気候変動適応センター
気候変動影響観測研究室
陸の生物と比べて、サンゴなどの浅い海の生物は全般的に気候変動の影響を受けやすい傾向があります。最も分かりやすい変化の仕方は、生物が分布する範囲が気候変動に伴って北に広がるという変化でしょう。例えば熱帯魚など南の海の生物が以前よりも北で見つかるようになる変化です。さらに、関連の深い生物の間で一方が変化を受けると、もう一方の生物も影響を受けるという連鎖反応も起こります。例えばサンゴとサンゴに共生する小さな藻とでは、藻の方がサンゴよりも早く気候変動の影響を受け、共生関係が崩れて“白化” する現象が知られています。また、南方から進出してきた魚類が大型の海藻を食害することによって、海藻からサンゴ主体の生態系へと変化します。このように周囲の生態系も含めて大きく影響することがあります。
1. 生物への気候変動の影響とは
まず、生物にとっての気候変動がどういうものなのかを説明します。現在よく耳にする「気候変動」とは、人類の社会活動によって排出された温室効果ガスの影響による数十~200 年程度のスケールの気候変動です。これは生物史上の数百~数億年スケールの気候変動とは区別して考えられています。つまり現在の気候変動は「人為的気候変動」であり、「人新世」という呼び方もあります。長い生物の歴史上には、現在よりも寒い時代も暑い時代もありました。現在の生物はその地球の気候変動を生き抜いてきた子孫です。それではなぜ人為的気候変動が問題かというと、その気候が変動する“速さ” がいまだかつてなく速いことにあります。緩やかな気候の変化にならば適応できてきた生物も、人為的気候変動の速さについてこられなくなり始めています。これが現在の生物への気候変動影響です。
2. どんな生物が気候変動の影響を受けやすいか
気候変動影響の受けやすさには、生物が住んでいる環境や生物のグループによって違いがあります。平均的に見ると、陸上では約60% の生物種が影響を受け、海洋ではより多くの90% 弱が影響を受けています(熊谷 2018)。とくに魚類やサンゴ、動植物プランクトンのように、海の流れによって運ばれやすく移動能力の高い生物グループ(注:サンゴは卵や幼生が海中を漂うため)を中心として、目立った影響が現れています。海の方が影響を受ける種が多い理由は、海では温度の昼夜や季節による変動が陸と比べて元々小さいため、海の生物の耐えられる温度の幅も小さいためと考えられます。例えば、関東沿岸では、気温の変化は昼夜で約15℃、季節で約30℃程度ですが、海の水温変化は昼夜でせいぜい1~2℃、季節で15℃程度しかありません。このため、この元々の温度差に対して、平均的に約1~2℃の温度が上がった時の影響は、陸よりも海の方が大きくなります。さらに、南の海では季節による温度差がより小さいので、僅かな温度の上昇であっても、サンゴなど南の海の生物は影響を受けやすいことになります。
3. 生物は気候変動によってどういう影響を受けるのか
気候変動による生物への影響は様々な形で生じます。例えば、従来そこに住んでいた生物が生きづらくなったり、その一方で新たな生物が見られるようになったりします。また、サンゴのように白化で生息地が減少している生物が、より北の地域では増加しているといった、地域によって影響が異なる複雑なパターンも見られています。まず、これらの影響は相互にどういう関係にあるのか、図1 を参考に整理してみたいと思います。
生物の分布範囲が生息可能な温度によって決まっている場合、気候が温暖化すると、以前からの分布範囲の中ではより住みづらくなります。とくに分布範囲の南限付近では地域的な絶滅に向かい、分布の南限が北上すると考えられます。一方、分布の北限付近の外側まで生息可能な温度になり、過去の分布の外側へと新たに移住すると、分布の北限が拡大することでしょう。すると分布範囲はより涼しい方へと全体的に移動することになります。なお、南半球では分布の移動の南北の方向が逆になります。これらの現象についてサンゴを例にとって説明してみます。国内の亜熱帯の沿岸域では、以前からサンゴを主体とした生態系が広がっていますが、20 世紀末から世界中の熱帯から亜熱帯域の大規模なサンゴの白化が繰り返されるようになりました。一方、九州・四国から伊豆半島、房総半島などの黒潮や対馬暖流といった暖かい海流の流域に沿った温帯域では、元々は数少なかったサンゴが増えてきたり、新たに熱帯性のサンゴが見つかるようになってきました。つまり、全体が温暖化すると、分布の南の方ではより住みにくく、北の方ではより住みやすくなります。
なお、気候変動に伴う生物の実際の分布変化は、必ずしも図1のような模式的な変化にはなりません。例えば、移動能力の小さい生物では新たな移住ができずに南限の生息地が失われ分布範囲が縮小するのみの場合があります。逆に温暖化しても分布南限が変わらずに、北へとどんどん分布範囲が拡大するような場合、また分布範囲全体がほとんど変化しない場合も少なくありません。さらには、元々の生息範囲よりも暑い地域へと分布を拡げてしまう種もあるなど、生物の分布範囲と生息可能な温度範囲の関係は複雑な場合があります。加えて、次の項で説明するような生物間の関係が大きい場合には、生物の気候変動の影響の現れ方はより複雑になります。
4. 生物の気候変動の影響が連鎖反応する
生物の気候変動の影響は、関連の深い生物へと及ぶ場合があります。関連の深い生物の間で、耐えられる温度に差がある場合、より耐えられる温度が低い生物が先に影響を受けると、もう一方の生物へまで影響が及ぶという連鎖反応が起こることがあります。この代表例がサンゴの白化です。サンゴは体内に小さな褐色の藻(以下、共生藻)を共生させており、サンゴは共生藻の光合成の産物を受け取ります。この共生藻は元々海中にも漂っていますが、親から共生藻を受け継ぐ種もいます。しかし、サンゴが水温の上昇や陸からの土砂・栄養の流入など環境の悪化のストレスを受けると、共生藻の光合成システムが阻害され、サンゴは共生藻の多くを体外へ放出したり消化したりします。サンゴの組織自体は半透明で骨格は白いので、褐色の共生藻が抜けた後は白い骨格の色が表れます。この状態が“白化”です。サンゴ自体の耐えられる温度は共生藻よりも少し高いので、白化=サンゴの死ではなく、高水温期が過ぎると回復することも多いです。しかし共生藻が減った状態があまり長く続くとサンゴも次第に弱って死んでしまいます。つまり白化に伴うサンゴの死は、共生藻の影響がサンゴへと連鎖反応した結果とも言えるでしょう。
生物の気候変動の影響は、食う・食われる関係を通じても連鎖します(図2)。日本の温帯域の沿岸でサンゴと同じように生態系を形作る生物に大型の褐藻類があります。日本人に馴染みの深いワカメなどを含むコンブ類、またヒジキなどを含むホンダワラ類といった海藻がその代表です。これらの褐藻類の藻場は魚類や無脊椎動物の生育・繁殖の場として機能します。コンブ類やホンダワラ類は日本の亜寒帯から温帯域に広く分布しています。しかし温帯域ではこれらの褐藻類は生存可能な温度範囲から考えるとまだ生きられる余裕があるにも関わらず、とくに暖かい海流の流域で大きく減少しています。その原因として、暖かい海流が南の海から運んでくるアイゴ類などの魚種の影響があります。これらの魚類は活発に褐藻類を食べてしまい、根元まで残らず食べ尽くされることも珍しくありません。この状態が続くと、藻場が無くなってしまい、生態系そのものの消失に繋がります。これらの褐藻類は海中を浮遊して分散する期間が非常に短いため、より北方への分布拡大もほとんどすることができず、分布範囲は衰退の一途を辿っています。一方で、褐藻類のいなくなった空き地には、南方からサンゴが新たに移住し、温帯域でサンゴが主体の生態系が拡大しています。これによってサンゴの周囲に生息するような南方の魚類や無脊椎動物も増えるという生態系スケールの連鎖反応も起きています。さらに、サンゴ主体の生態系へと変化すると、従来その土地で食用としていた魚種が獲れにくくなる弊害があります。一方で、南方系の色鮮やかな魚類がダイビングなどの観光資源となるなど、周辺地域の人々の生活にまで波及しうる大きな影響になります。ただし、藻場が消失した後に、サンゴさえも増えることがなく岩盤の平原と化す“生態系の消失” も起こっています。そのような生態系の消失域が拡大しないよう対策を行うことも重要です。
以上のように生態系への気候変動は、見方や立場によっても影響が小さいか大きいかは異なりますし、困ったものにも好ましいものにもなり得ます。このため生態系への気候変動適応策を講じていくためには、広域的な気候変動影響だけでなく、周辺地域の環境負荷の軽減、相互作用する生物の個体数管理や、また地域社会の方々との今後の関わり方についても相談しながら、取り組んでいくことが必要です。
2)環境省・日本サンゴ礁学会 (2004) 日本のサンゴ礁. 環境省.
3)熊谷直喜 (2018) 温暖化による生物・生態系への影響 .( 国立天文台編 理科年表2019)pp. 961‒962
4)熊谷直喜(2020)藻類学最前線:気候変動に伴う藻場群集の地理的分布変化.藻類 68: 91‒97
(2022 年夏頃から一般にダウンロード可能)
5)プレスリリース「生態系の“熱帯化”:温帯で海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりが進行するメカニズムを世界で初めて解明-気候変動、海流輸送、海藻食害による説明-」